ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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初めての公式評価

ノウラン市占領地・銀月騎士団・臨時指揮所

 

 

 

 その文書は、新聞より遅れて届いた。

 

 派手な見出しもない。

 記者の煽り文もない。

 戦場写真もない。

 

 ただの軍務記録だった。

 

 バッハトマ軍、同盟軍各部隊、救護班、後送拠点、敵側記録から照合された、ベラ方面会戦およびノウラン市外縁任務に関する整理文書。

 

 その中の一節に、銀月騎士団の名があった。

 

 

 

/*/

 

 

 バッハトマ銀月騎士団は、ベラ方面会戦およびノウラン市外縁任務において、撤退線保持、救護線維持、識別灯展開、負傷騎士およびファティマの後送支援において安定した実績を示した。

 同騎士団は、撤退線保持任務において信頼できる。

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドは、その文面を二度読んだ。

 

 一度目は、意味を確認するため。

 二度目は、自分の感情を確認するためだった。

 

 嬉しい。

 

 だが、派手な喜びではない。

 

 胸の奥に、重いものが静かに置かれたような感覚だった。

 

「ニナリス」

 

「はい、マスター」

 

「これは褒められているのか」

 

 ニナリスは端末を確認し、淡々と答えた。

 

「はい。軍務記録上の評価としては、明確な肯定評価です」

 

「撤退線保持で、か」

 

「はい」

 

「撃破数ではなく」

 

「はい」

 

「……そうか」

 

 ジィッドは文書を机に置いた。

 

 ニナリスは、デカダン・スタイルのまま静かに立っている。

 日常軽装としてのそれは、執務テントの中でも自然だった。

 戦闘用ではなく、教育、執務、移動、待機に対応するファティマの軽装装備。

 その整った姿勢が、紙の上の評価をさらに硬く、現実のものにしているようだった。

 

「若手に見せる」

 

「はい。教育資料としても有効です」

 

「荒れるかな」

 

「多少の失望反応が予想されます」

 

「だろうな」

 

 

 

/*/

 

 

 

 銀月騎士団の若手たちは、臨時教育区画に集められた。

 

 全員、どこか期待していた。

 

 公式評価。

 軍務記録。

 他国騎士団と敵側記録にも残った銀月の名。

 

 新聞では一行だった。

 だが、軍務記録なら違うのではないか。

 

 自分たちが何をしたか、もっとはっきり書かれているのではないか。

 

 ハプハミトンの損傷騎を引っ張った。

 ドレンノのファティマを救護線に乗せた。

 南翼映像をウモスに流し続けた。

 レイスルの退路を邪魔せず広げた。

 ロッゾの後退識別灯を維持した。

 白旗を通した。

 負傷者を返した。

 

 だから、もう少し何かあると思っていた。

 

 しかし、投影盤に映された文面はこうだった。

 

 

 

『銀月騎士団は、撤退線保持任務において信頼できる』

 

 

 

 沈黙。

 

 最初に口を開いたのは、若い騎士の一人だった。

 

「……撤退線保持」

 

 別の騎士が続く。

 

「信頼できる」

 

「いや、悪くないんでしょうけど」

 

「もっとこう、ないんですか」

 

「猛勇とか」

 

「精鋭とか」

 

「敵中で友軍を救った、とか」

 

「撤退線保持……」

 

 ラド・ベイカーも文面を見ていた。

 

 顔には失望と、理解しようとする苦さが混じっている。

 

「隊長。これ、良い評価なんですよね」

 

「良い評価だ」

 

 ジィッドは即答した。

 

「でも、地味です」

 

「地味だ」

 

「また地味なんですね」

 

「そうだ」

 

 若手たちの肩が落ちた。

 

 その時、テントの入口から低い声がした。

 

「馬鹿野郎」

 

 全員が背筋を伸ばした。

 

 バギィ・ブーフ少将だった。

 

 黒騎士団副団長。

 ベラで後詰めを務め、若い銀月の騎士たちが危うく熱に流れそうになった場面を何度も見ていた男。

 

 彼は投影盤の文面を見て、鼻を鳴らした。

 

「それ、最高の褒め言葉だぜ」

 

 若手たちは一斉に顔を上げた。

 

「最高、ですか」

 

「撤退線保持ですよ?」

 

「地味じゃないですか」

 

 バギィは作戦図を拳で軽く叩いた。

 

「撤退線を任せられるってのは、死に際を預けられるって意味だからな」

 

 空気が変わった。

 

 バギィは続けた。

 

「前に出る部隊は多い。突撃したがる騎士も多い。敵を落として名を上げたい奴なんざ、掃いて捨てるほどいる」

 

 彼は若手たちを見渡した。

 

「だが、崩れた時に後ろを任せられる部隊は少ねぇ。味方が背中を向けて下がる時、そこに立っていてもらわなきゃ困る部隊だ。救護班が白旗を掲げて通る時、敵味方の識別が壊れた時、損傷騎が泥に膝をついた時、ファティマが過負荷で立てなくなった時」

 

 バギィの声がさらに低くなる。

 

「その時に、“あそこに銀月がいるなら帰れる”と思われる。これはそういう評価だ」

 

 若手たちは黙った。

 

 撤退線保持。

 

 さっきまで地味に見えた言葉が、急に重くなる。

 

「お前ら、まだ分かってねぇな」

 

 バギィは言った。

 

「撤退線を任せるってのはな、味方が背中を向けても撃たれねぇと信じるってことだ。混乱した奴が突っ込んでも止めてくれる。白旗を汚さねぇ。擱座したファティマを拾ってくれる。敵を追いたくても追わずに線を守る」

 

 彼は投影盤を指した。

 

「それを“信頼できる”と書かれたんだ。派手じゃない? 当たり前だ。派手な撤退線なんざ最悪だ」

 

 ジィッドが少しだけ口元を緩めた。

 

 若手の一人が、恐る恐る言う。

 

「じゃあ、俺たち、認められたんですか」

 

 ジィッドが答えた。

 

「まだだ」

 

「え」

 

「記録にはそう書かれた。だが、これで完成じゃない」

 

 ジィッドは文書を手に取った。

 

「評価とは、褒め言葉では終わらない。次に同じことを求められるということだ」

 

 若手たちは、また黙る。

 

「撤退線保持において信頼できる。そう書かれたなら、次の戦場で本当に撤退線を任される。白旗を通す役になる。損傷騎を拾う。敵に飛びつかず、味方を帰す。今度は“まだ若いから”では済まない」

 

 ラドが、小さく息を吐いた。

 

「評価って、重いんですね」

 

「重い」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「見出しは軽い。次の日には流れる。だが、軍務記録は次の作戦に使われる」

 

 ニナリスが静かに補足する。

 

「銀月騎士団は、今後の同盟軍作戦において、撤退線保持、識別灯展開、救護線維持、負傷ファティマ後送支援の候補部隊として扱われる可能性が上昇します」

 

 若手の一人が呻いた。

 

「仕事が増える……」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは即答した。

 

「信用されるとは、仕事が増えることだ」

 

「うへぇ」

 

 別の若手が、投影盤を見上げた。

 

「でも……死に際を預けられるって、すごいですね」

 

 バギィが鼻を鳴らした。

 

「すごいんだよ。分かったなら、もう少し胸を張れ。ただし、調子には乗るな」

 

「難しいです」

 

「それが騎士団だ」

 

 ラドが文面を見つめたまま言った。

 

「撤退線保持において信頼できる……」

 

 隣に立つティリカが静かに言う。

 

「良い評価です、ラド様」

 

「派手じゃないけど?」

 

「はい。ですが、生きて帰るための評価です」

 

 ラドは少し笑った。

 

「なら、悪くない」

 

「はい」

 

「俺も、そこに戻りたい」

 

 ティリカはすぐには答えなかった。

 

 少し間を置いてから、静かに言う。

 

「そのためには、次も止まる必要があります」

 

「分かってる」

 

「白旗の下でも、撤退線でも、GTMの中でも」

 

「分かってる」

 

「では、次も記録します」

 

「うん。記録してくれ」

 

 ジィッドは、そのやり取りを聞いていた。

 

 ラドはまだ完全には戻っていない。

 カーバーゲンも返っていない。

 だが、以前のように「次こそ敵を落とす」とは言わなかった。

 

 そこが変わっていた。

 

 ジィッドは若手たちへ向き直る。

 

「銀月は、まだ突撃隊ではない」

 

 若手たちは黙って聞いている。

 

「だが、死に役でもない」

 

 その言葉に、何人かが顔を上げた。

 

「俺たちは、帰す部隊になる。撤退線を守る。白旗を通す。識別灯を上げる。負傷騎士とファティマを後送する。敵を落とす時は落とす。だが、帰すべき時に敵へ飛びつかない」

 

 ジィッドは言った。

 

「それが銀月の役目になる」

 

 若手の一人が、少し悔しそうに聞く。

 

「隊長。俺たち、いつか正面にも出られますか」

 

「出る時は来る」

 

 ジィッドは答えた。

 

「だが、正面に出るためにも、まず帰還線を守れ。前へ出た味方が、銀月の線へ帰れると信じられるようになってからだ」

 

 バギィが頷く。

 

「いい答えだ」

 

 若手たちがバギィを見る。

 

 バギィは、少しだけ笑った。

 

「前に出る部隊は、後ろを信じてるから前へ出られる。後ろが頼りねぇなら、強い騎士でも踏み込みが鈍る。銀月が撤退線を守れるなら、次に誰かが前で思い切れる」

 

「俺たちが、誰かを前に出すんですか」

 

「そうだ」

 

 バギィは言った。

 

「そういう強さもある」

 

 テントの中に、静かな空気が落ちた。

 

 派手ではない。

 

 歓声もない。

 

 だが、若い銀月の騎士たちは、初めて自分たちの地味な一行を誇っていいのだと、少しだけ理解した。

 

 ニナリスが端末に入力する。

 

「銀月騎士団若手騎士、公式評価への理解進展。評価文“撤退線保持任務において信頼できる”を隊内教育資料へ登録」

 

 若手の一人が、苦笑した。

 

「また教材ですか」

 

「はい」

 

「もう驚かなくなってきました」

 

「良い傾向です」

 

 小さな笑いが起きた。

 

 ジィッドは投影盤の文面を見た。

 

 

 

『銀月騎士団は、撤退線保持任務において信頼できる』

 

 

 

 地味な言葉だ。

 

 だが、重い。

 

 そして、これから何度も試される言葉だった。

 

「各員」

 

 ジィッドが言った。

 

「次の訓練から、撤退線保持を正式課目に入れる。識別灯展開、損傷騎誘導、ファティマ過負荷時の後送、白旗線確保、敵接触回避。全部やる」

 

「了解!」

 

 今度の返事は、少し違っていた。

 

 前へ出たい熱は、まだある。

 

 敵を落としたい欲も、消えていない。

 

 だが、その上に新しい誇りが乗った。

 

 銀月は帰す。

 銀月は白旗を通す。

 銀月は撤退線を守る。

 銀月がいるなら、味方は背中を向けて下がれる。

 

 ジィッドは、デムザンバラを思い出した。

 

 ピークを殺し、低中域を太くした、鈍い刃。

 

 派手に斬るためではない。

 生きて帰るための騎体。

 

 銀月も、少しずつそうなっていく。

 

 敵を派手に斬る細い刃ではなく、味方を帰すための鈍く太い刃へ。

 

 ジィッドは静かに頷いた。

 

「よし。次も帰すぞ」

 

 若手たちは、今度は迷わず答えた。

 

「了解!」

 

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