同盟軍・戦後評価会議室
資料の最初に書かれていたのは、ひどく単純な触れ込みだった。
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バッハトマ軍・銀月騎士団。
若手騎士を中心に編成。
血気盛んな跳ねっかえりを集めた実験的部隊。
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ロッゾ帝国の参謀は、その一文に指を置いた。
「この記述だけを読むなら、損耗率は高いはずだ」
ウモス軍の将校が頷く。
「若手中心。新設に近い部隊。しかもバッハトマの急拡大戦線で、デムザンバラを旗騎にしている。普通なら、戦果欲に煽られて突っ込み、派手に削れる」
「だが、実際は違う」
別の参謀が、次の表を出した。
ベラ方面会戦。
ノウラン市外縁任務。
小規模救護任務。
哨戒。
撤退線訓練後の実戦投入。
銀月騎士団の損耗率は、明らかに低い。
撃破数は突出していない。
だが、大破機が少ない。
ファティマ過負荷が少ない。
救護線の崩壊がない。
擱座騎の回収率が高い。
そして何より、撤退時の混乱が少ない。
「銀月は、前へ出る部隊ではなく、帰す部隊として機能している」
ガマッシャーン軍の連絡将校が言った。
「レイスル騎士団ナオ団長からも、銀月の退路展開は有効だったと報告が来ている。ドレンノの損傷騎二騎を置いていかずに済んだ件だ」
ロッゾの参謀は、少し不満そうに鼻を鳴らす。
「帝国中央第一軍の後退規律が主であることは変わらん」
「もちろんです」
ウモス側の将校が、淡々と受けた。
「しかし、銀月の識別灯展開が有用であったことも、帝国側の返礼に記録されています」
「……有用であった、とは書いた」
「十分です」
会議室に、わずかな笑いが漏れた。
資料が次へ進む。
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銀月騎士団の特徴
一、若手騎士の戦果欲を完全には否定しない。
二、ただし停止線・白旗線・帰還線を明確化し、違反者には即座に機体貸与停止や救護班補助を課す。
三、礼状、返礼、軍務記録を積極的に運用し、敵味方双方に「白旗を汚さない部隊」として認識させつつある。
四、撃破数ではなく帰還数を朝礼・報告の最上位に置く。
五、士気維持策として夜食休憩、訓練教材上映、若手による標語化など、非公式な隊内文化を許容している。
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「面白いのは四と五だな」
ロッゾの参謀が言った。
「若手を抑え込むだけなら、士気は下がる。だが、銀月は冷やしているだけではない。別の誇りを与えている」
「撤退線保持において信頼できる、か」
ウモスの将校が資料を読む。
「若い騎士にとって、最初は地味な評価だろう。だが、それを隊内で誇りに変換している」
ガマッシャーンの連絡将校が笑う。
「レイスル側でも話題になりましたよ。『銀月は帰すために立つ』とかいう標語が、整備テントに貼られているそうです」
「若手の跳ねっかえり部隊が、撤退線の標語を貼るのか」
「普通はありえません」
「だから面白い」
資料の最後に、団長名が出た。
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団長:ジョー・ジィッド・マトリア。
若年ながら、銀月騎士団の損耗抑制、救護線維持、撤退線構築、文書運用、若手教育において一定の成果を示す。
デムザンバラの戦闘力に依存するだけではなく、部隊運用面でも評価に値する。
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少し沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのは、ウモス軍の将校だった。
「ジィッド・マトリアは、七騎撃破の若い騎士という印象だった」
「剣聖騎の成れの果てを与えられた幸運な若造、という見方もあった」
「だが、実際には違う」
ガマッシャーンの連絡将校が言う。
「デムザンバラで敵を落とすより、若手を落とさず帰す方に力を使っている。これは、なかなかできることではない」
ロッゾの参謀は腕を組んだ。
「若いと言うが、中々の運営巧者ではないか」
その言葉に、会議室の何人かが頷いた。
「跳ねっかえりを集めた部隊を、ただの突撃隊にしなかった」
「熱を完全に消さず、しかし死に役にもしていない」
「礼状や返礼の使い方も若い騎士らしくない。誰かが見ているのか?」
「ファティマのニナリスが文書を補助しているという話だ」
「なるほど。だが、最終的に署名し、運用しているのは団長だ」
「そこだ」
ウモスの将校が資料を閉じた。
「銀月騎士団は、今後も撤退線保持、負傷者交換、識別灯展開、後送支援で使える。突撃隊ではなく、戦場の裏側を支える部隊として見た方がよい」
「ただし、若手の熱は残っている」
「だからこそ使い方を誤ると壊れる」
「ジィッドが冷やしている間は、使える」
会議室に、短く重い結論が落ちた。
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銀月騎士団は、若手中心ながら損耗率が低い。
撤退線保持任務において信頼できる。
団長ジョー・ジィッド・マトリアは、若年ながら部隊運営能力を示している。
今後、同部隊は突撃任務よりも、帰還線・救護線・後退支援任務での起用を推奨する。
/*/ 同時刻・黒騎士隊・臨時指揮所 /*/
その評価文の写しを読んだデコーズ・ワイズメルは、喉の奥で笑った。
「へえ。ジィッド君、運営巧者だってよ」
バギィ・ブーフ少将が横で鼻を鳴らす。
「本人に聞かせたら胃を痛めるぞ」
「もう痛めてんじゃねえの。礼状と白旗と若造どもで」
デコーズは資料をひらひら振る。
「跳ねっかえり部隊の損耗率が低い。撤退線を任せられる。士気も落としてねえ。いやあ、立派な騎士団長じゃん」
バギィは少し真面目な顔で言った。
「あいつは、まだ自分が教わる側だと思ってる」
「実際そうだろ」
「そうだ。だが、教わりながら若手を帰してる。そこは評価していい」
「評価ねえ」
デコーズは笑う。
「ボクちゃんは、あいつに剣聖騎の成れの果てを押しつけたんだけどな。気づいたら礼状と撤退線で騎士団を作ってやがる」
「お前の趣味が悪かったのが、たまには良い方に転んだな」
「バギィちゃん、言うねえ」
「事実だ」
デコーズはまた笑った。
だが、その目は笑っていなかった。
「まあ、使えるなら使う。銀月は帰還線だ。派手な首狙いじゃなく、味方を帰すために置く」
「若手は不満を言うぞ」
「ジィッド君が冷やすだろ」
「便利に使うな」
「便利な部隊になりつつあるのが悪い」
バギィはため息を吐いた。
「それを聞いたら、また副官が欲しいって喚くな」
「いないねぇ」
二人は同時に言った。
それから、少しだけ笑った。
/*/ ノウラン市占領地・銀月騎士団・朝礼 /*/
その頃、当の銀月騎士団では、いつもの朝礼が行われていた。
ジィッドは紙を見ながら読み上げる。
「昨日の哨戒班、全員帰還。救護班、負傷者一名後送。ファティマ過負荷なし。カーバーゲン小破一。撃破数なし」
若手たちは、もうその報告順に慣れ始めている。
撃破数が最後。
帰還が最初。
「本日の訓練は、撤退線保持。識別灯展開。白旗線確保。午後は礼状の二次運用と政治利用対策」
「午後が重いです!」
「午前も地味です!」
「敵を落とす訓練は?」
「明日だ」
少しだけ空気が明るくなる。
ジィッドは言った。
「ただし、敵を落とす前に味方を帰す線を確認する。以上」
「了解!」
その返事は、以前より揃っていた。
熱はある。
不満もある。
前に出たい気持ちも消えていない。
だが、その熱の下に、撤退線という骨が入り始めている。
ジィッドはそれを見て、少しだけ息を吐いた。
自分が外でどう評価され始めているかなど、まだ知らない。
ただ、今日も若手を帰すために、地味で面倒な訓練を積む。
銀月騎士団は、まだ若い。
だが、もうただの跳ねっかえり部隊ではなくなり始めていた。