ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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銀月騎士団という奇妙な若手部隊

同盟軍・戦後評価会議室

 

 

 

 資料の最初に書かれていたのは、ひどく単純な触れ込みだった。

 

 

 

/*/

 

 

 バッハトマ軍・銀月騎士団。

 若手騎士を中心に編成。

 血気盛んな跳ねっかえりを集めた実験的部隊。

 

 

/*/

 

 

 

 ロッゾ帝国の参謀は、その一文に指を置いた。

 

「この記述だけを読むなら、損耗率は高いはずだ」

 

 ウモス軍の将校が頷く。

 

「若手中心。新設に近い部隊。しかもバッハトマの急拡大戦線で、デムザンバラを旗騎にしている。普通なら、戦果欲に煽られて突っ込み、派手に削れる」

 

「だが、実際は違う」

 

 別の参謀が、次の表を出した。

 

 ベラ方面会戦。

 ノウラン市外縁任務。

 小規模救護任務。

 哨戒。

 撤退線訓練後の実戦投入。

 

 銀月騎士団の損耗率は、明らかに低い。

 

 撃破数は突出していない。

 だが、大破機が少ない。

 ファティマ過負荷が少ない。

 救護線の崩壊がない。

 擱座騎の回収率が高い。

 

 そして何より、撤退時の混乱が少ない。

 

「銀月は、前へ出る部隊ではなく、帰す部隊として機能している」

 

 ガマッシャーン軍の連絡将校が言った。

 

「レイスル騎士団ナオ団長からも、銀月の退路展開は有効だったと報告が来ている。ドレンノの損傷騎二騎を置いていかずに済んだ件だ」

 

 ロッゾの参謀は、少し不満そうに鼻を鳴らす。

 

「帝国中央第一軍の後退規律が主であることは変わらん」

 

「もちろんです」

 

 ウモス側の将校が、淡々と受けた。

 

「しかし、銀月の識別灯展開が有用であったことも、帝国側の返礼に記録されています」

 

「……有用であった、とは書いた」

 

「十分です」

 

 会議室に、わずかな笑いが漏れた。

 

 資料が次へ進む。

 

 

 

/*/

 

 

 銀月騎士団の特徴

 

 一、若手騎士の戦果欲を完全には否定しない。

 二、ただし停止線・白旗線・帰還線を明確化し、違反者には即座に機体貸与停止や救護班補助を課す。

 三、礼状、返礼、軍務記録を積極的に運用し、敵味方双方に「白旗を汚さない部隊」として認識させつつある。

 四、撃破数ではなく帰還数を朝礼・報告の最上位に置く。

 五、士気維持策として夜食休憩、訓練教材上映、若手による標語化など、非公式な隊内文化を許容している。

 

 

/*/

 

 

 

「面白いのは四と五だな」

 

 ロッゾの参謀が言った。

 

「若手を抑え込むだけなら、士気は下がる。だが、銀月は冷やしているだけではない。別の誇りを与えている」

 

「撤退線保持において信頼できる、か」

 

 ウモスの将校が資料を読む。

 

「若い騎士にとって、最初は地味な評価だろう。だが、それを隊内で誇りに変換している」

 

 ガマッシャーンの連絡将校が笑う。

 

「レイスル側でも話題になりましたよ。『銀月は帰すために立つ』とかいう標語が、整備テントに貼られているそうです」

 

「若手の跳ねっかえり部隊が、撤退線の標語を貼るのか」

 

「普通はありえません」

 

「だから面白い」

 

 資料の最後に、団長名が出た。

 

 

 

/*/

 

 

 団長:ジョー・ジィッド・マトリア。

 若年ながら、銀月騎士団の損耗抑制、救護線維持、撤退線構築、文書運用、若手教育において一定の成果を示す。

 デムザンバラの戦闘力に依存するだけではなく、部隊運用面でも評価に値する。

 

 

/*/

 

 

 

 少し沈黙が落ちた。

 

 最初に口を開いたのは、ウモス軍の将校だった。

 

「ジィッド・マトリアは、七騎撃破の若い騎士という印象だった」

 

「剣聖騎の成れの果てを与えられた幸運な若造、という見方もあった」

 

「だが、実際には違う」

 

 ガマッシャーンの連絡将校が言う。

 

「デムザンバラで敵を落とすより、若手を落とさず帰す方に力を使っている。これは、なかなかできることではない」

 

 ロッゾの参謀は腕を組んだ。

 

「若いと言うが、中々の運営巧者ではないか」

 

 その言葉に、会議室の何人かが頷いた。

 

「跳ねっかえりを集めた部隊を、ただの突撃隊にしなかった」

 

「熱を完全に消さず、しかし死に役にもしていない」

 

「礼状や返礼の使い方も若い騎士らしくない。誰かが見ているのか?」

 

「ファティマのニナリスが文書を補助しているという話だ」

 

「なるほど。だが、最終的に署名し、運用しているのは団長だ」

 

「そこだ」

 

 ウモスの将校が資料を閉じた。

 

「銀月騎士団は、今後も撤退線保持、負傷者交換、識別灯展開、後送支援で使える。突撃隊ではなく、戦場の裏側を支える部隊として見た方がよい」

 

「ただし、若手の熱は残っている」

 

「だからこそ使い方を誤ると壊れる」

 

「ジィッドが冷やしている間は、使える」

 

 会議室に、短く重い結論が落ちた。

 

 

 

/*/

 

 

 銀月騎士団は、若手中心ながら損耗率が低い。

 撤退線保持任務において信頼できる。

 団長ジョー・ジィッド・マトリアは、若年ながら部隊運営能力を示している。

 今後、同部隊は突撃任務よりも、帰還線・救護線・後退支援任務での起用を推奨する。

 

 

/*/ 同時刻・黒騎士隊・臨時指揮所 /*/

 

 

 

 その評価文の写しを読んだデコーズ・ワイズメルは、喉の奥で笑った。

 

「へえ。ジィッド君、運営巧者だってよ」

 

 バギィ・ブーフ少将が横で鼻を鳴らす。

 

「本人に聞かせたら胃を痛めるぞ」

 

「もう痛めてんじゃねえの。礼状と白旗と若造どもで」

 

 デコーズは資料をひらひら振る。

 

「跳ねっかえり部隊の損耗率が低い。撤退線を任せられる。士気も落としてねえ。いやあ、立派な騎士団長じゃん」

 

 バギィは少し真面目な顔で言った。

 

「あいつは、まだ自分が教わる側だと思ってる」

 

「実際そうだろ」

 

「そうだ。だが、教わりながら若手を帰してる。そこは評価していい」

 

「評価ねえ」

 

 デコーズは笑う。

 

「ボクちゃんは、あいつに剣聖騎の成れの果てを押しつけたんだけどな。気づいたら礼状と撤退線で騎士団を作ってやがる」

 

「お前の趣味が悪かったのが、たまには良い方に転んだな」

 

「バギィちゃん、言うねえ」

 

「事実だ」

 

 デコーズはまた笑った。

 

 だが、その目は笑っていなかった。

 

「まあ、使えるなら使う。銀月は帰還線だ。派手な首狙いじゃなく、味方を帰すために置く」

 

「若手は不満を言うぞ」

 

「ジィッド君が冷やすだろ」

 

「便利に使うな」

 

「便利な部隊になりつつあるのが悪い」

 

 バギィはため息を吐いた。

 

「それを聞いたら、また副官が欲しいって喚くな」

 

「いないねぇ」

 

 二人は同時に言った。

 

 それから、少しだけ笑った。

 

 

 

/*/ ノウラン市占領地・銀月騎士団・朝礼 /*/

 

 

 

 その頃、当の銀月騎士団では、いつもの朝礼が行われていた。

 

 ジィッドは紙を見ながら読み上げる。

 

「昨日の哨戒班、全員帰還。救護班、負傷者一名後送。ファティマ過負荷なし。カーバーゲン小破一。撃破数なし」

 

 若手たちは、もうその報告順に慣れ始めている。

 

 撃破数が最後。

 

 帰還が最初。

 

「本日の訓練は、撤退線保持。識別灯展開。白旗線確保。午後は礼状の二次運用と政治利用対策」

 

「午後が重いです!」

 

「午前も地味です!」

 

「敵を落とす訓練は?」

 

「明日だ」

 

 少しだけ空気が明るくなる。

 

 ジィッドは言った。

 

「ただし、敵を落とす前に味方を帰す線を確認する。以上」

 

「了解!」

 

 その返事は、以前より揃っていた。

 

 熱はある。

 

 不満もある。

 

 前に出たい気持ちも消えていない。

 

 だが、その熱の下に、撤退線という骨が入り始めている。

 

 ジィッドはそれを見て、少しだけ息を吐いた。

 

 自分が外でどう評価され始めているかなど、まだ知らない。

 

 ただ、今日も若手を帰すために、地味で面倒な訓練を積む。

 

 銀月騎士団は、まだ若い。

 

 だが、もうただの跳ねっかえり部隊ではなくなり始めていた。

 

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