ノウラン市占領地・銀月騎士団・野戦陣地広場
銀月騎士団には、まだ跳ねっかえりがいる。
当然だった。
若手の血気盛んな騎士を集めた部隊。
撤退線だ、白旗だ、礼状だ、帰還数だと叩き込まれても、全員が一晩で冷えるわけではない。
まして、新入りは違う。
新聞を読む。
噂を聞く。
デムザンバラを見る。
銀月は帰還線を守る部隊だと聞く。
そして、勘違いする。
銀月騎士団長ジョー・ジィッド・マトリアは、地味な後方仕事をしている若い団長なのだと。
「団長」
野戦陣地の広場で、その新入りは剣を持って立っていた。
まだ顔に幼さが残る若い騎士。
目だけは爛々としている。
「勝負してください」
周囲が一瞬で静まり返った。
整備班の手が止まる。
救護班が顔を上げる。
白旗を畳んでいたラドが、露骨に嫌な顔をした。
「……おい、やめとけ」
誰かが小声で言う。
だが、新入りは止まらない。
「銀月が撤退線を守る部隊だってのは分かりました。でも、俺は騎士です。団長がどれほどの方か、自分の剣で確かめたい」
ジィッドは、少しだけ目を閉じた。
「今、俺は礼状の草案を見に行くところだったんだが」
「お願いします」
「……副官が欲しい」
ぼそっと漏らすと、近くの若手が小さく笑った。
ニナリスはデカダン・スタイルの袖口を整えながら、静かに端末を開く。
「ジィッド様。訓練記録として残しますか」
「残すのか」
「新入り教育として有効です」
「そうだろうな」
ジィッドは諦めたように、広場の中央へ歩いた。
剣を一本受け取る。
両手で構える。
新入りは、二本の剣を抜いた。
二刀流。
周囲の空気が少し変わる。
「デコーズ隊長の真似か」
ジィッドが言う。
新入りは、少しだけ顎を上げた。
「騎士の力なら、片手一本ずつでも十分振れます」
「それはそうだ」
ジィッドは否定しなかった。
騎士の筋力なら、剣を片手に一本ずつ持つこと自体は難しくない。
振り回すこともできる。
見栄えもする。
勢いも出る。
だが、それだけだ。
「始めるぞ」
「はい!」
新入りが踏み込んだ。
速い。
若い騎士としては十分に速い。
二刀のうち右を先に出し、左を後詰めに置く。
本人の中では、初撃を受けさせ、二本目で崩すつもりだったのだろう。
だが、最初の打ち合いで終わった。
ジィッドの剣が、右の一刀を正面から受けた。
ただ受けたのではない。
両手で持った一本の剣を、支点を作ってわずかに返す。
片手の剣では受け流せない角度で、新入りの右腕と肩の線をねじる。
二刀流の利点は、二本目が生きることだ。
だが、最初の打ち合いで姿勢を崩されれば、二本目はただの荷物になる。
新入りの左剣が動く前に、ジィッドの剣はもう切り返していた。
一本を両手で持つ利点。
手この原理。
支点と力点。
刃筋の返し。
押さえた瞬間から、次の斬線へ移る速さ。
新入りの目が見開かれた。
遅い。
気づいた時には、もう遅い。
ジィッドの一刀が、新入りの前腕を断った。
「がぁぁぁぁっ!」
若い騎士が膝をついた。
片腕を押さえ、泥の上に蹲る。
落ちた腕が、剣を握ったまま地面に転がった。
広場が静まり返る。
ジィッドは剣を下ろした。
「救護班」
「はい!」
「腕をくっつけておいてやれ。しばらく書類仕事をやらせる」
「了解!」
救護班が駆け寄る。
ニナリスが淡々と記録する。
「新入り騎士様、二刀流による模擬挑戦。初合いで姿勢崩壊。右前腕切断。救護班搬送。教育処置、書類業務」
新入りが痛みに呻きながら叫ぶ。
「しょ、書類仕事……!?」
ジィッドは見下ろした。
「剣を二本持つ前に、礼状を一枚読め。踏み込みと切り返しの前に、文面の踏み込みを覚えろ」
「うぐっ……!」
「あと、デコーズ隊長の真似をするな。あれはデコーズ隊長だから成立している」
周囲で、若手たちがざわつき始めた。
「団長つぇぇ……」
「ばっか。あれでも七騎撃破のエースだぞ」
「ラーン制圧ではデコーズ隊長に次いで星を稼いだんだろ」
「デムザンバラもらった若い団長ってだけで勘違いする新入り、多いよな」
「礼状と白旗で薄まってるけど、普通に化け物側なんだよ」
「しかも今の、力で潰したんじゃなくて理屈で崩したぞ」
「二刀流、初手で片方殺されたら終わるんだな……」
ラドは、白旗を畳む手を止めずに言った。
「だから言ったのに。団長は止まれるだけで、弱いわけじゃない」
ティリカが隣で静かに頷く。
「はい。止まれる騎士は、弱い騎士ではありません」
ジィッドは剣を返し、救護班に運ばれていく新入りを見送った。
痛みに顔を歪めながらも、命に別状はない。
腕も、早ければ繋がる。
だからこそ、今のうちに痛みで覚えさせる。
戦場で同じことをすれば、腕では済まない。
ニナリスが近づく。
「ジィッド様」
「何だ」
「今回の教材名はどうしますか」
「教材にするのか」
「有効です」
ジィッドは少し考えた。
「“二本目を出す前に姿勢を崩されるな”」
「記録しました」
「あと、“黒騎士の真似をするな”も入れておけ」
「はい」
若手の一人が、恐る恐る聞いた。
「隊長、書類仕事って本当にやらせるんですか」
「やらせる」
「腕を斬られた直後に?」
「片腕が繋がるまでは、反対の手と口で確認作業だ。礼状の宛先分類、返礼の写し整理、白旗運用記録の読み合わせ」
「拷問では?」
「教育だ」
ニナリスが静かに補足する。
「軍務です」
若手たちは一斉に黙った。
ジィッドは広場を見回す。
「いいか。剣を二本持つのは構わない。強い相手を真似るのも悪くない。だが、なぜ成立しているか分からないまま形だけ真似るな」
若手たちは聞いている。
「一本を両手で持つ利点は、力任せに叩くことじゃない。支点を作れる。刃の返しを早められる。相手の姿勢を崩せる。最初の一合で相手の二本目を殺せる」
ジィッドは続ける。
「二刀流が悪いんじゃない。二刀流を扱える姿勢と技術がないのに、デコーズ隊長の影だけ追うのが悪い」
誰も反論しなかった。
「撤退線も同じだ。白旗も同じだ。礼状も同じだ。形だけ真似ても意味がない。なぜそうするかを分かれ」
広場に沈黙が落ちる。
それから、若手たちはゆっくり頷いた。
「了解」
「了解しました」
「……黒騎士の真似、やめます」
ジィッドは少しだけ息を吐いた。
「よし。午前の訓練に戻れ。午後は書類座学だ」
「ええっ」
「今ので剣の授業じゃないんですか」
「剣の授業でもあり、書類の授業でもある」
「また全部つながる……」
若手たちが呻きながら散っていく。
ジィッドは、救護班に運ばれていく新入りをもう一度見た。
あれも、いずれ銀月の一員になる。
腕を斬られ、礼状を読み、白旗を畳み、撤退線を走り、いつか止まれるようになる。
そうなればいい。
ニナリスが端末を閉じる。
「ジィッド様。新入り騎士への処置、妥当です」
「腕を落としたのにか」
「騎士の回復処置で接合可能。死亡なし。今後の無謀な模倣抑止効果が高いと判断します」
「怖い評価だな」
「軍務ですので」
ジィッドは苦笑した。
「副官が欲しい」
「今回のような挑戦対応も、副官機能分掌に含めますか」
「含めるな。これは俺の仕事だ」
「承知しました」
野戦陣地の広場に、また日常の音が戻っていく。
整備班の怒鳴り声。
救護班の指示。
若手たちの訓練。
白旗を畳む布の音。
遠くで鳴るカーバーゲンの駆動音。
銀月騎士団は、今日も跳ねっかえりを冷やしながら鍛えていた。