ノウラン市占領地・銀月騎士団・執務テント
投影された分掌表を見て、若手騎士たちは一斉に沈黙した。
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銀月騎士団・分掌型副官機能
文書係
救護連絡係
整備連絡係
給養連絡係
若手教育係
白旗記録係
噂連絡係
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騎士団の組織表というより、学校の係活動に近い。
若手の一人が、魂の抜けた声で言った。
「……俺たち、騎士団に入ったんですよね」
「そうだ」
ジィッドは当然のように頷いた。
「騎士団だから係活動が要る」
「騎士団なのに係活動が多い!」
「騎士団だから多いんだ」
「思ってた騎士団と違う!」
その声に、ジィッドは少しだけ眉を上げた。
「出世はしてるだろう」
若手は即答した。
「思ってたのと違う! もっと星を取りたかったんですよ!」
その場の何人かが、ああ、言った、という顔をした。
星。
撃破数。
戦果。
新聞の見出し。
大将首。
若い騎士なら、欲しがって当然のものだった。
だが、ジィッドは紙束から目を上げずに言った。
「今のままだと、お前が星になる」
「厳しい!」
若手が本気で悲鳴を上げた。
バギィ・ブーフ少将が、隅で肩を揺らして笑っている。
「いいこと言うじゃねぇか、ジィッド」
「笑い事じゃありません」
「笑い事だろ。星を取りに行って、本当に星になった若造を山ほど見てるからな」
若手たちは黙った。
トモエ姐さん――泉興京巴准将が、冷たい声で続ける。
「係を馬鹿にする部隊は、裏から崩れるよ」
若手の一人が恐る恐る聞く。
「裏から、ですか」
「そう。飯が遅れる。整備の優先順位が揉める。救護班が通れない。白旗の記録が曖昧になる。文書の宛先を間違える。噂がねじれる。礼状が妙な政治利用をされる」
トモエは、投影された分掌表を指先で叩く。
「それで部隊は静かに壊れる。敵に斬られる前にね」
ジィッドは頷いた。
「だから分ける。俺一人では抱えきれない。ベテラン副官もいない。なら、銀月の中に副官機能を作る」
ニナリスが端末を操作した。
「分掌表を更新します」
「もう完成してるやつだ……」
「逃げ場がない……」
「もう逃げられない!」
「逃げるな。撤退はしていいが、逃げるな」
ジィッドが言うと、若手たちはまた呻いた。
ラド・ベイカーが、白旗記録欄を見て小さく言った。
「俺は救護連絡係、ですよね」
「そうだ」
「……やります」
少し前のラドなら、不満を隠さなかっただろう。
だが今は違う。
ティリカが隣で静かに頷いた。
「良い判断です、ラド様」
「星を取る前に、白旗を通す方から覚える」
ラドの言葉に、新入りの若い騎士が吊った腕を見た。
先日、ジィッドに腕を落とされ、救護班に繋ぎ直された腕だ。
「俺は……文書係、ですか」
「そうだ」
「剣で負けたから書類……」
「剣で負けたから書類だ」
ジィッドは容赦なく言った。
「お前は、二刀流で星を取りに来て、最初の一合で腕を落とされた。まずは礼状と返礼を読め。自分が擱座した時、何の文書が帰還線になるのか覚えろ」
新入りは反論しかけて、やめた。
「……はい」
バギィがにやりと笑う。
「いいじゃねぇか。銀月らしくなってきた。腕を斬られた奴が文書係、止まれなかった奴が救護連絡係、アイス二個取りしかけた奴が給養連絡係か?」
「それはまだ決めてません」
ジィッドが言うと、若手たちが一斉に目を逸らした。
ニナリスが淡々と告げる。
「給養連絡係には、Aレーション提供記録、温食配分、給養兵への感謝状、アイスクリーム配給監視を含めます」
「アイスまで正式任務に!」
「軍紀です」
「アイスで軍紀!」
ジィッドは分掌表を見回した。
「文書を見る者がいる。白旗を見る者がいる。整備を見る者がいる。飯を見る者がいる。噂を見る者がいる。これで、俺が全部を抱えずに済む」
「隊長、楽になりますか?」
若手の一人が聞いた。
ジィッドは少し考えた。
「最初は余計に忙しくなる」
「駄目じゃないですか!」
「だが、後で効く」
トモエが頷いた。
「そういうものだよ。仕組みは最初に手間がかかる。けど、仕組みを作らない部隊は、いつまでも団長の喉元に全部ぶら下がる」
ジィッドは、また小さく呟いた。
「副官が欲しい」
バギィとトモエが同時に言った。
「いないねぇ」
若手たちから笑いが漏れた。
ニナリスが端末に入力する。
「銀月式分掌型副官機能、運用開始。発端、ジィッド様の副官不足に関する悲鳴」
「そこは消せ」
「教育資料として有用です」
「消せ」
「検討します」
ジィッドは諦めたように息を吐いた。
若手たちはまだ不満そうだった。
星を取りたい。
前へ出たい。
見出しになりたい。
その熱は消えていない。
だが、その熱の周囲に、文書、白旗、整備、給養、救護、噂という線が張られ始めていた。
跳ねっかえりの集まりが、少しずつ騎士団になっていく。
ジィッドは分掌表を見上げ、短く言った。
「これで行く」
若手たちは、まだ渋い顔をしながらも答えた。
「了解」
その返事は、少しだけ揃っていた。