ノウラン市占領地・銀月騎士団・訓練区画
分掌表を見て、若手たちは散々文句を言った。
「文書係!」
「救護連絡係!」
「給養連絡係!」
「白旗記録係!」
「騎士団なのに係活動が多い!」
だが、銀月騎士団は書類だけの部隊ではない。
翌朝、若手たちはすぐに思い知らされた。
訓練区画には、シミュレータ筐体が並んでいた。
簡易型ではあるが、GTM騎士用の反応訓練に対応したものだ。
カーバーゲンの基本挙動。
撤退線保持。
識別灯展開。
損傷騎誘導。
ファティマ過負荷警告。
敵影接近時の停止判断。
全部入っている。
若手の一人が青ざめた。
「……座学の次、シミュレータですか」
ジィッドは当然のように頷く。
「そうだ」
「係活動だけじゃないんですね」
「当たり前だろ」
ジィッドは訓練予定表を掲げた。
「午前前半、シミュレータ。午前後半、実騎で停止線訓練。午後、カーバーゲン低速隊列と損傷騎誘導。夕方、白旗線確保。夜、記録の読み合わせ」
「重い!」
「全部つながってる」
若手たちが呻く。
バギィが横で笑った。
「良かったじゃねぇか。剣もGTMもあるぞ」
「思ってた喜び方と違う!」
ジィッドは冷静に言った。
「係活動は戦闘訓練の代わりじゃない。戦闘訓練を成立させるための土台だ。記録が雑なら、シミュレータの失敗が次に活きない。整備連絡が雑なら、実騎訓練で機体を壊す。救護連絡が雑なら、損傷騎を帰せない」
若手たちは黙った。
「銀月は帰す部隊になる。なら、シミュレータでも実騎でも、帰す訓練をする」
ニナリスが端末を開く。
「本日の第一課目。シミュレータ訓練、題目は“追撃衝動発生時の撤退線維持”です」
「題名がもう嫌だ」
「恐怖を伴う記憶は教育効果が高い場合があります」
「ニナリス様、それ好きですね……」
ラドが筐体の前で深呼吸した。
ティリカが隣に立つ。
「ラド様。今回はGTM搭乗ではありませんが、警告には即応してください」
「分かってる」
「敵影が崩れて見えても、追わない」
「分かってる」
「味方の擱座騎を優先」
「分かってる」
ラドは少し笑った。
「怖いな。シミュレータなのに」
ティリカは静かに答えた。
「良い傾向です。怖くない方が危険です」
ジィッドはそれを横目で見て、頷いた。
「始めろ」
シミュレータが起動する。
若手たちの視界に、崩れた戦場が投影された。
敵影。
味方の損傷騎。
白旗線。
識別灯不調。
ファティマ過負荷警告。
そして、いかにも追えば取れそうな敵騎。
若手の一人が叫ぶ。
「今なら落とせる!」
次の瞬間、シミュレータ上で撤退線が崩壊した。
味方損傷騎二騎が取り残される。
救護班が詰まる。
識別灯が倒れる。
ニナリスが淡々と告げた。
「失敗。帰還者数、六名減少」
若手が固まる。
「撃破は?」
「敵一騎撃破」
「でも帰還者数六名減少……」
ジィッドが言う。
「星は取れたな」
若手が振り返る。
ジィッドは冷たく続けた。
「その代わり、味方六名が星になった」
「厳しい!」
「だから訓練だ」
午後には実騎訓練が行われた。
カーバーゲンが低速で隊列を組む。
速く走る訓練ではない。
斬り込む訓練でもない。
止まる。
待つ。
識別灯の線を崩さない。
損傷騎役の機体を支える。
救護班の動線を空ける。
若手は汗だくになった。
「地味なのに難しい!」
「敵を斬る方が分かりやすい!」
「止まる位置が一歩ズレただけで後ろが詰まる!」
ジィッドはデムザンバラの前で腕を組む。
「その一歩で死ぬ奴が出る」
若手たちは、もう笑わなかった。
銀月の訓練は、書類だけではない。
シミュレータも使う。
実騎も使う。
剣も振る。
カーバーゲンも走らせる。
ただし、目的が違う。
敵を倒すためだけではない。
味方を帰すために、止まる。
追わない。
支える。
線を守る。
ジィッドは訓練区画を見渡し、短く言った。
「もう一回だ」
若手たちは悲鳴を上げた。
だが、誰も逃げなかった。