ノウラン市占領地・黒騎士隊・臨時指揮所
デコーズ・ワイズメルは、戦況図を見ながら言った。
「そろそろ出すぜ」
ジィッドは、すぐには答えなかった。
出す。
それが何を意味するか、分かっていた。
銀月騎士団の若手を、本当の前線へ出す。
撤退線保持でも、救護線でも、白旗でも、訓練でもない。
敵がいて、斬れば戦果になり、失敗すれば死ぬ場所へ。
バギィ・ブーフ少将が横から言った。
「騎士の本当の強さは、実戦を通してしか身につかねぇ」
ジィッドは視線を上げる。
バギィの顔は、いつもより少し硬かった。
「シミュレータじゃ足りねぇ。実騎訓練でも足りねぇ。白旗も、礼状も、撤退線も大事だ。だが、敵と刃を合わせて初めて分かることがある」
デコーズが笑う。
「お前さんが冷やしてきた若造どもだ。そろそろ、冷えたまま燃えるか試す」
「規模は」
「一個中隊。八騎くらいだ」
「敵は」
「小競り合いだよ。哨戒線の押し合い。大部隊は出ねぇ。けど、相手も素人じゃない」
バギィが低く続けた。
「何人か死ぬ。必要経費だ。割り切れ」
ジィッドの表情は変わらなかった。
だが、ニナリスは端末上の心拍上昇を見ていた。
ほんのわずか。
それでも、上がった。
ジィッドは敬礼した。
「それは理解しております」
声は安定していた。
「銀月騎士団は出ます」
デコーズは、少しだけ目を細めた。
「へえ」
「ただし、条件があります」
「言ってみな」
「救護線の設定権限。白旗掲揚時の通信優先権。擱座騎回収は銀月判断。敵を追撃する場合は、帰還線維持を優先して中止できること」
バギィが低く笑った。
「言うようになったじゃねぇか」
デコーズは肩をすくめる。
「いいぜ。条件付きで出せ。だがな、ジィッド」
「はい」
「今回は帰すだけじゃねえ。斬らせる。撃破を取らせる。敵を落として、生き残る感覚を覚えさせろ」
「はい」
「で、死んだら?」
デコーズの目は笑っていなかった。
ジィッドは、少しだけ間を置いた。
「名を記録します。ファティマを返します。機体を回収します。遺族に文書を出します。生き残った者に、死んだ意味を誤読させません」
バギィが、静かに頷いた。
「それでいい」
デコーズは、にやりと笑った。
「いいねえ。ジィッド君、騎士団長の顔になってきたじゃねえか」
ジィッドは答えなかった。
ただ、もう一度敬礼した。
/*/ 銀月騎士団・格納区画・出撃前 /*/
八騎。
カーバーゲン八騎が、低い駆動音を立てて並んでいた。
若手たちは、いつもより静かだった。
前線に出る。
その言葉だけなら、待ち望んでいたはずだった。
だが、今回は違う。
訓練でも、撤退線保持だけでもない。
敵を落とせる。
そして、自分が落ちる。
それを全員が分かっていた。
ジィッドは八人の前に立った。
「今日の任務は哨戒線の押し返しだ。敵の前進偵察を潰し、こちらの外縁線を戻す」
若手たちは黙って聞く。
「撃破は許可する。追撃も許可する。ただし、停止線を越えるな。味方の帰還線を潰すな。ファティマの警告を無視するな」
ラドは、その列にはいなかった。
まだ復帰前だ。
救護連絡係として、後送線の側に立っている。
彼は悔しそうだったが、黙っていた。
ティリカも隣にいる。
ジィッドは続ける。
「星を取りたいなら取れ。だが、自分が星になるな」
若手の一人が、少し笑いかけて、笑えなかった。
「帰還報告は撃破数より先に取る。死んだ者の名は、俺が読む。負傷した者は、救護班が拾う。ファティマは必ず返す」
ニナリスが静かに記録している。
ジィッドは八人を見た。
「行け。銀月は帰す。だが、今日の銀月は斬って帰る」
「了解!」
返事は揃っていた。
恐怖も、熱も、混じっていた。
/*/ ノウラン市外縁・小規模交戦 /*/
戦闘は、短かった。
だが、軽くはなかった。
敵は六騎。
こちらは八騎。
数だけなら銀月が有利だった。
だが、相手は引き方を知っていた。
釣る。
止まる。
片側を沈ませる。
突出した若手を狙う。
最初に銀月の一騎が前へ出すぎた。
ファティマの警告が飛ぶ。
『停止線接近。戻ってください』
「分かってる!」
分かっていなかった。
敵の一騎がわずかに崩れたように見えた。
そこへ踏み込んだ瞬間、横から二騎目が来た。
カーバーゲンの肩が裂け、騎士殻へ衝撃が抜ける。
通信が一瞬、潰れた。
『一番騎、中破! 騎士負傷!』
ジィッドは後方管制から即座に命じた。
「二番、三番、救援に入るな。帰還線を開けろ。救護班、待機線を前へ。ラド、白旗準備」
『了解!』
若手たちは飛び出しかけた。
だが、止まった。
止まれた。
その代わり、四番騎が敵の釣り役へ角度を合わせる。
正面からではない。
逃げ道を切り、味方の損傷騎から引き離す。
初撃で敵の足を止めた。
五番騎が続く。
敵一騎、撃破。
『一騎落とした!』
「叫ぶな。次を見る」
ジィッドの声が飛ぶ。
次の瞬間、敵の主力が返してきた。
速い。
銀月の若手が一人、受け損ねた。
カーバーゲンの胸部装甲が砕ける。
ファティマの悲鳴が通信に乗った。
騎士殻が赤く染まる。
『七番騎、騎士反応消失!』
テントの管制側が静まる。
ジィッドは、息を止めなかった。
「七番騎、回収対象。救護班、白旗はまだ上げるな。敵接触継続中。六番、七番の機体を盾にするな。離れろ」
『了解……!』
声が震えていた。
仲間が死んだ。
それでも戦闘は止まらない。
銀月は崩れかけた。
だが、崩れなかった。
シミュレータで何度もやった。
帰還線訓練で何度も詰まった。
白旗線を何度も引いた。
その地味な訓練が、ここで効いた。
敵を追わない。
味方を踏まない。
救護線を塞がない。
撃破を取った後に叫ばない。
八騎のうち、完全に綺麗な動きができた騎は少ない。
だが、全員が一度は止まった。
そして、止まったから、次の一撃が入った。
敵二騎目を撃破。
三騎目を中破後、撤退不能に追い込む。
四騎目を味方二騎で挟み、足を飛ばす。
銀月、撃破四。
だが、その代償は重かった。
もう一人が死んだ。
敵の最後の返しで、若い騎士が胴を抜かれた。
ファティマは辛うじて救護班が引き出したが、騎士は戻らなかった。
『八番騎、騎士戦死。ファティマ生存。機体小破』
ジィッドは、目を閉じなかった。
「敵、後退します」
ニナリスが言う。
「追撃可能範囲、残り十二秒」
ジィッドは即答した。
「追撃しない。帰還線を閉じる。救護班、前へ。白旗掲揚。負傷者を拾え。敵側にも白旗を見せろ」
「はい、マスター」
白旗が上がった。
戦闘は終わった。
/*/ 戦後集計 /*/
報告は、いつもの順で始まった。
撃破数ではない。
帰還数からだった。
ジィッドは、血と泥と油の匂いが残る管制卓の前で、報告書を受け取った。
ニナリスが読み上げる。
「出撃八騎。帰還八騎。ただし騎士戦死二名。負傷四名。無傷帰還二名」
八騎は戻った。
だが、二人は戻らなかった。
機体としては帰ってきた。
騎士としては帰っていない。
その差が、重い。
「ファティマ」
「全員回収。重度過負荷一名、中度過負荷二名。死亡なし」
「機体」
「中破三。小破三。二騎は軽微損傷」
「撃破」
「敵GTM四騎撃破。敵側撤退。銀月側、戦線維持成功」
周囲が息を吐いた。
悪くない。
数字だけ見れば、悪くない戦果だった。
八騎で出て、敵四騎を落とした。
こちらの機体は全騎回収。
ファティマ死亡なし。
戦線維持成功。
だが、二名戦死。
それが、机の上に残った。
バギィが報告を見て、低く言った。
「悪くねぇ」
ジィッドは黙っている。
デコーズもそこにいた。
「悪くねぇよ、ジィッド。初の本格的な小競り合いで、撃破四。全機体回収。ファティマ全員回収。撤退線も崩れてねえ」
ジィッドは、ようやく答えた。
「二名、死にました」
「死んだな」
デコーズは軽く言わなかった。
だが、逃げもしなかった。
「必要経費だ」
ジィッドは、目を伏せた。
「理解しております」
バギィが言った。
「理解してても、慣れるな」
その言葉に、ジィッドは顔を上げた。
「割り切れ。だが、慣れるな。必要経費ってのは、軽く扱う言葉じゃねぇ。必要だったと後で言えるように、死んだ奴の分まで次を変えるための言葉だ」
ジィッドは深く頷いた。
「はい」
デコーズが続ける。
「若造どもにはどう言う」
「先に帰還数を読みます。次に戦死者名。次に負傷者。次にファティマ回収状況。最後に撃破数」
「撃破を最後か」
「銀月ですので」
デコーズは笑った。
「いいじゃねえか」
/*/ 銀月騎士団・帰還報告 /*/
若手たちは、広場に集められた。
戦闘に出た八騎のうち、二人は棺ではなく、まだ処置台の上にいた。
機体は戻った。
ファティマも戻った。
だが、騎士は戻らなかった。
ジィッドは紙を持って立った。
「出撃八騎。機体全騎回収」
若手たちは黙っている。
「ファティマ全員回収。死亡なし」
ティリカが目を伏せた。
ニナリスは記録している。
「騎士戦死二名。負傷四名。無傷帰還二名」
誰かが息を詰めた。
「敵GTM撃破四」
最後に、それを読んだ。
歓声は起きなかった。
撃破四。
本来なら誇っていい数字だった。
だが、戦死二名の後では軽く叫べなかった。
ジィッドは言った。
「悪くない戦果だ」
若手たちは顔を上げる。
「だが、良い戦果ではない」
沈黙。
「二名が死んだ。四名が負傷した。ファティマ三名に過負荷が残った。中破三、小破三。これが今日の値段だ」
ジィッドは続けた。
「お前たちは敵を四騎落とした。戦線を維持した。機体を全騎回収した。ファティマを全員帰した。そこは誇れ」
誰も喋らない。
「だが、死んだ二人の分を、撃破四で軽くするな」
若手の一人が泣いていた。
「必要経費だと、俺は言われた。俺も理解している。だが、お前たちはそれを軽く使うな」
ジィッドは、紙を畳んだ。
「必要だったと言えるように、次の訓練を変える。次の停止線を変える。次の救護線を変える。次の判断を変える。それが、死んだ二人をただの経費で終わらせない方法だ」
ラドは、拳を握っていた。
カーバーゲンには乗っていない。
だが、救護線で二人を拾った。
ティリカが隣で静かに立っている。
新入りは吊った腕を見つめていた。
自分の腕は戻った。
戻らなかった者もいる。
ジィッドは最後に言った。
「明日は休ませる。明後日、記録を読む。泣くなら今日泣け。怒るなら今日怒れ。だが、明後日は読む。どこで死んだか、なぜ死んだか、何を変えるかを読む」
誰も返事をしなかった。
それでも、全員が聞いていた。
銀月騎士団は、初めて本当の値段を払った。
撃破四。
戦死二。
負傷四。
中破三。
小破三。
悪くない戦果。
だが、軽くない戦果だった。