ノウラン市占領地
銀月騎士団は、もう「若手の跳ねっかえりを集めた騎士団」とだけは見られていなかった。
もちろん、若い。
前へ出たがる。
敵影を見れば体温が上がる。
撃破報告の欄を気にする。
新聞の見出しを見れば、いまだに少し悔しがる。
だが、初期とは違う。
熱くなるだけではない。
熱せられた後、冷やされることを覚えた。
戦場で敵と刃を合わせる。
小競り合いで星を取る。
仲間を失う。
負傷者を引きずって戻る。
ファティマの過負荷に青ざめる。
帰還報告で戦死者名を聞く。
そして翌日、記録を読む。
どこで踏み込みすぎたか。
どこで停止線を見落としたか。
どこで救護線を塞ぎかけたか。
どこで識別灯の向きが遅れたか。
どこで敵を追わず、味方を帰せたか。
戦場で熱せられ、訓練で冷やされる。
その繰り返しで、銀月は少しずつ鍛えられていった。
死者は出た。
一人ではない。
何人も。
そのたびに、ジィッドは名を読んだ。
「出撃六騎。機体五騎回収。一騎放棄。ファティマ全員回収。騎士戦死一。負傷二。敵撃破三」
撃破数は最後だった。
いつも最後だった。
若手たちは、もうそれに文句を言わない。
なぜなら、最後に読まれる撃破数が、最初に読まれる帰還数より重くなることはないと、何度も思い知らされたからだ。
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ラド・ベイカーも、戻った。
すぐではない。
白旗を担いだ。
担架を運んだ。
敵側救護班に礼をした。
擱座騎に触らなかった。
敵影を見ても追わなかった。
ティリカの「停止」を、生身で何度も聞いた。
そして、ようやくカーバーゲンに戻った。
復帰初回、ラドは一騎も落とさなかった。
それでも、ティリカは言った。
「ラド様。良い任務でした」
ラドは、騎士殻の中で息を吐いた。
「撃破なしだぞ」
「はい」
「敵、取れたかもしれなかった」
「はい」
「でも、救護線を塞いだ」
「塞ぎかけました」
「だから止まった」
「はい」
ティリカの声は静かだった。
「止まれました」
ラドはしばらく黙っていた。
それから、笑った。
「……じゃあ、良い任務か」
「はい」
戦闘能力Cのティリカは、ラドを英雄にはしない。
だが、ラドを止める。
カーバーゲンの挙動を整え、警告を出し、過熱する主の足元へ冷たい線を引く。
ラドは、その線を踏まないことを覚え始めていた。
復帰三戦目で、ラドは敵一騎を落とした。
ただし、追撃ではない。
撤退線を守る中で、味方損傷騎へ食いついた敵を横から切った。
撃破後、ラドは叫ばなかった。
「敵一騎停止。損傷騎、帰還線へ移せ。ティリカ、救護線を空ける」
「はい、ラド様」
後でジィッドは、その記録を読んで一言だけ言った。
「戻ったな」
ラドは少しだけ泣きそうな顔をした。
ティリカは記録した。
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銀月の訓練は、より実戦的になった。
シミュレータでは、敵を倒す訓練だけではない。
損傷騎が倒れる。
ファティマが過負荷で応答を落とす。
味方が恐慌を起こして帰還線へ逆走する。
敵がわざと隙を見せる。
識別灯が一つ消える。
救護班の車両が泥に嵌まる。
白旗線の手前で、撃破可能な敵影が出る。
若手は、以前なら突っ込んだ。
今は、まず見る。
「敵影一。釣りの可能性あり。追わない。映像共有」
「損傷騎誘導、右へ。白旗線を塞ぐな」
「ファティマ過負荷。騎士を急がせるな。救護班を先に通せ」
「撃破可能だが、帰還線が薄い。止まる」
止まることは、もう臆病ではなかった。
それは技量だった。
実騎訓練では、カーバーゲンの低速隊列が磨かれた。
速く走るだけなら、騎士にはできる。
だが、止まる。
支える。
後退する味方の斜め後ろに入り、敵の追撃線だけを消す。
損傷騎を盾にせず、しかし捨てずに帰す。
救護班の前に出すぎず、後ろに下がりすぎない。
それは、派手な剣撃より難しかった。
若手たちは、汗だくになりながら覚えた。
ジィッドは容赦なくやり直させた。
「もう一回だ」
「隊長、今ので三分保ちました!」
「三分二十秒まで行け。損傷騎二騎とファティマ一名を帰すには足りない」
「厳しい!」
「戦場はもっと厳しい」
ニナリスが記録する。
「撤退線保持訓練、三分十二秒。前回比二十一秒改善」
「改善した!」
「まだ足りません」
「ニナリス様も厳しい!」
「軍務ですので」
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外部の評価も変わっていった。
最初は、こうだった。
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銀月騎士団。
バッハトマの若手跳ねっかえり部隊。
デムザンバラを旗騎とする危険な新設部隊。
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次に、こうなった。
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銀月騎士団。
若手中心ながら、撤退線保持において一定の実績あり。
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そして、いくつもの小競り合いの後、軍務記録にはこう書かれ始めた。
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銀月騎士団は、撤退戦および後退支援任務において実力を有する。
若年騎士中心の部隊であるが、帰還線維持、識別灯展開、損傷騎誘導、ファティマ後送において信頼できる。
前線投入時の損耗は発生するが、混乱による崩壊率は低い。
同部隊は、撤退戦を任せ得る。
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撤退戦を任せ得る。
若手たちは、最初ほど不満を言わなかった。
その言葉の重さを知ったからだ。
撤退戦とは、負け戦の後始末ではない。
味方が背を向ける戦いだ。
恐怖で線が乱れる。
名誉が傷つく。
敵は追ってくる。
救護班は詰まる。
ファティマは過負荷を起こす。
騎士は、つい振り返って斬りたくなる。
その中で、立つ。
踏みとどまる。
追撃を受け流す。
白旗を通す。
損傷騎を帰す。
最後に下がる。
それを任せられるという評価だった。
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ある日、バギィが銀月の訓練を眺めながら言った。
「育ってきたな」
ジィッドは、訓練場から目を離さなかった。
「まだです」
「まだでいいんだよ」
バギィは鼻を鳴らす。
「最初の頃なら、あの状況で三騎は前へ飛んでた」
「今は一騎だけでした」
「飛びかけて止まっただろ」
「はい」
「なら進歩だ」
ジィッドは黙った。
訓練場では、ラドのカーバーゲンが損傷騎役の横へ入り、敵影役を追わずに帰還線を空けていた。
ティリカの声が通信に乗る。
『ラド様。左後方、救護線を塞ぎます』
『修正する』
カーバーゲンが半歩ずれる。
たった半歩。
だが、その半歩で担架の動線が開く。
ジィッドは言った。
「戻りましたね」
「誰が」
「ラドです」
バギィは少し笑った。
「ああ。前よりマシになった」
「マシ、ですか」
「最高の褒め言葉だろ。生きてる奴にしか言えねぇ」
ジィッドは少しだけ息を吐いた。
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デコーズも、銀月を見る目を変え始めていた。
「ジィッド君」
「はい」
「次の作戦、銀月は後退支援だ」
「正面ではなく?」
「正面は別の連中がやる。銀月は、そいつらが崩れた時に拾え」
ジィッドは一瞬だけ黙った。
それは、評価だった。
危険でもあった。
崩れた部隊を拾うということは、敵の勢いと味方の混乱の両方を受けるということだ。
「条件を」
「言うと思ったぜ」
デコーズは笑う。
「救護線権限、識別灯統一、ファティマ後送路、撤退時の追撃中止権限。いつものやつだろ」
「はい」
「通しておく」
「ありがとうございます」
「礼はいい。帰せ」
ジィッドは敬礼した。
「銀月は帰します」
デコーズは、にやりと笑った。
「それでいい。お前らは、もう若いだけの騎士団じゃねぇ」
ジィッドは、少しだけ目を伏せた。
その言葉は、重かった。
死者がいた。
戻らなかった若手がいた。
繋がった腕もあれば、繋がらなかった命もあった。
過負荷で寝込んだファティマもいた。
泣きながら記録を読んだ夜もあった。
その全部の上に、今の銀月がある。
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その夜、銀月の食堂ではAレーションの温食が出た。
ローストビーフ。
マッシュポテト。
豆の煮込み。
温野菜。
スープ。
コーヒー。
そして、アイスクリーム。
若手たちは、以前ほど騒がなかった。
それでも、アイスクリームの列だけは少し長い。
「一人一つだぞ」
給養連絡係が真剣に見張っている。
「二個取りは軍紀違反!」
「分かってるって!」
ラドはティリカに一口分けた。
ティリカは、少しだけ間を置いて受け取った。
「ありがとうございます、ラド様」
「うん」
新入りは、片腕の動きが戻り始めていた。
今は文書係として、給養兵への感謝状の写しを読みながら食べている。
「礼状、飯の分は少し読みやすいですね」
ジィッドが言う。
「飯の礼状まで硬くしすぎると、ニナリスに止められる前に俺が嫌になる」
ニナリスが静かに答えた。
「マスター。文面は適切でした」
「珍しく褒めたな」
「評価です」
「知ってた」
食堂に小さな笑いが起きる。
その笑いの中にも、空席はあった。
戻らなかった者たちの席。
誰も大げさには触れない。
だが、忘れてはいない。
銀月は、その席を抱えたまま食事をし、訓練をし、出撃する。
ジィッドは食堂を見渡した。
跳ねっかえりたち。
まだ若い。
まだ熱い。
まだ危うい。
だが、もう若いだけではない。
戦場で熱せられ、訓練で冷やされ、仲間の死で重くなり、帰還線で形を得た騎士団。
銀月騎士団は、撤退戦を任せられる部隊になり始めていた。