ノウラン市占領地・同盟軍合同式典・銀月騎士団控え区画
その日のジィッド・マトリアは、いつものBDUではなかった。
泥の染みもない。
肘の油もない。
袖を雑にまくってもいない。
黒紫を基調とした、格式のある騎士服。
深い黒に近い紫。
襟と袖口には銀月騎士団の仮章。
肩線は硬すぎず、だが騎士としての姿勢が崩れないよう仕立てられている。
胸元の留め具には、控えめな銀。
ニナリスのデカダン・スタイルの紫紺と橙の差し色に、並んでも浮かない色味だった。
普段のジィッドを見慣れている若手たちは、控え区画に入ってきた瞬間、固まった。
「……え」
「誰?」
「団長?」
「ジィッドさん、ちゃんとした服持ってるじゃないすか」
ジィッドは露骨に嫌な顔をした。
「持ってはいる」
「なんで普段着ないんですか」
「これしかないからだ」
「一着だけ?」
「一着だけだ」
若手たちが、妙に納得したような顔をする。
「あー」
「うち、まだ制服ないすからね」
「正式な式典服も揃ってないですし」
「騎士団なのに、式典のたびに各自それっぽい服で誤魔化してる」
「言うな」
ジィッドは襟元を少しだけ直した。
「シアン夫人にニナリスの服を注文する時に、騎士の分も作らされた。『隣に立つ騎士が雑では、ファティマの装いも死にます』と言われた」
若手たちは、一斉にニナリスを見た。
ニナリスは、いつものように静かに立っていた。
今日はデカダン・スタイル。
日常軽装ではあるが、式典にも耐える格がある。
白い襟元、紫紺のライン、橙の差し色。
袖口には、マンダリンガーネットのカフスボタンが小さく灯っている。
ジィッドの黒紫の騎士服と並ぶと、確かに色のまとまりがある。
「……並ぶと絵になる」
「団長、ちゃんと騎士団長に見える」
「普段もそうしてればいいのに」
「普段使いにすると、式典用の礼服がなくなる」
「切実!」
「予備作りましょうよ」
「金がかかる」
「ニナリス様の服とカフスに比べたら」
「そこを比べるな」
ニナリスが静かに言った。
「ジィッド様。予備礼服の作成は、今後の式典参加頻度を考慮すると合理的です」
「ニナリスまで」
「マスターの礼服が一着のみである場合、汚損・破損・戦闘後式典への対応に支障が出ます」
「戦闘後式典なんて嫌な言葉だな」
「可能性はあります」
「あるのが嫌だ」
若手の一人が手を上げた。
「隊長、銀月騎士団の制服、作らないんですか?」
その一言で、空気が変わった。
若手たちは、急にざわつき始める。
「銀月の制服!」
「黒紫系ですかね」
「いや、銀月だから黒と銀では?」
「帰還線の部隊なんだから、識別灯の色も入れたい」
「白旗要素も必要じゃないか?」
「白旗要素のある制服って何だよ」
「救護班に見えるぞ」
ジィッドは頭を押さえた。
「式典前に余計な火種を出すな」
ニナリスは端末を開いた。
「銀月騎士団制服案、検討項目として記録します」
「記録するな」
「必要です」
「必要なのか?」
「はい。銀月騎士団は、撤退線保持任務において外部評価が上がっています。式典、他軍連絡、救護線交渉、ファティマ返還時に統一された服装があることは、部隊識別と信用形成に寄与します」
若手たちが、急に真面目な顔になった。
「制服も信用形成……」
「また全部戦場につながる」
「飯も、礼状も、服も、全部軍務になる……」
ジィッドは深くため息を吐いた。
「お前たちが言い出したんだからな」
「でも隊長、制服欲しくないですか?」
若手の一人が言った。
「うち、まだ寄せ集め感ありますし」
「正式な銀月騎士団って感じ、欲しいです」
「撤退線なら銀月、って言われるようになってきたなら、見た目も銀月にしたい」
その言葉に、ジィッドは少しだけ黙った。
若手の熱は、相変わらずある。
だが、方向が変わってきている。
星を取りたい。
敵を落としたい。
見出しになりたい。
それだけではない。
銀月として立ちたい。
帰還線を守る部隊として見られたい。
そういう欲が混ざり始めている。
「……式典が終わったら検討する」
若手たちが一斉に顔を明るくした。
「本当ですか!」
「銀月制服!」
「シアン夫人に頼むんですか?」
「いくらかかるんだろ」
「給料飛びます?」
「部隊予算だろ!」
「そんな予算あるんですか?」
ジィッドは遠い目をした。
「ない」
空気が沈んだ。
ニナリスが静かに言う。
「予算要求書を作成します」
「また書類か」
「はい、マスター」
「制服まで文書戦か」
「はい」
ジィッドは諦めたように襟を正した。
その動作を見て、若手の一人がぼそっと言った。
「でも団長、その服、似合ってますよ」
ジィッドは一瞬だけ動きを止めた。
「……そうか」
「はい。ちゃんと銀月の団長に見えます」
ほかの若手も頷く。
「普段のBDUも好きですけど」
「今日は式典用って感じです」
「ニナリス様と色味が合ってるのも良いです」
「隣に立つ前提で作ったんだなって分かります」
ジィッドは少しだけ照れたように視線を逸らした。
「シアン夫人がそうしただけだ」
ニナリスが言う。
「ですが、最終確認はマスターが行いました」
「ニナリス」
「事実です」
若手たちがにやにやする。
「へえ」
「最終確認」
「色味合わせたんですね」
「見るな。式典に遅れるぞ」
ジィッドは強引に話を切った。
控え区画の外では、同盟軍合同式典の開始を告げる鐘が鳴る。
ジィッドは一度だけ深く息を吸い、銀月の若手たちを見た。
「行くぞ」
「了解!」
若手たちの返事は揃っていた。
黒紫の騎士服のジィッド。
デカダン・スタイルのニナリス。
まだ制服のない銀月騎士団の若手たち。
揃っていない。
だが、もう寄せ集めではない。
銀月は、これから自分たちの形を作っていく。
礼状で。
白旗で。
撤退線で。
そして、たぶんそのうち制服でも。
ジィッドは小さく呟いた。
「副官が欲しい」
ニナリスが即座に答えた。
「制服検討分掌を追加しますか」
「やめろ」
「検討します」
若手たちは笑いながら、式典会場へ歩き出した。