ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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副官任命

ウラン基地司令部・銀月騎士団、副官格任命

 

 

 

 ジィッド・マトリアが准将になった。

 

 ノウラン基地司令になった。

 

 本人はまったく嬉しそうではなかったが、階級章と書類だけは容赦なく増えた。

 

 そして、仕事が増えた者は、部下にも仕事を増やす。

 

 これは軍の摂理である。

 

 ジィッドは司令部予定区画の机に書類を積み上げ、まずノエル・バルデン・ローグを呼び出した。

 

 着任早々、ジィッドに二刀流で喧嘩を吹っ掛け、初合いで腕を斬り落とされた若手騎士。

 

 その後、書類係に回された。

 

 本人にとっては屈辱だった。

 

 だが、やらせてみると意外と使えた。

 

 礼状の宛先分類。

 返礼の整理。

 白旗記録。

 補給・整備・救護の帳票照合。

 文面の危険箇所発見。

 

 剣では初手で姿勢を崩されたが、紙では初手の違和感に気づく。

 

 ジィッドはその性質を見逃さなかった。

 

「ノエル」

 

「はい、准将」

 

「やったな」

 

「はい?」

 

「嬉しいだろう。出世だぞ」

 

 ノエルは、嫌な予感を覚えた。

 

 ジィッドが満面ではないが、妙に晴れやかな顔をしている。

 

 これは、だいたい面倒な仕事を押し付ける時の顔だった。

 

「……出世、ですか」

 

「ああ」

 

 ジィッドは書類を一枚差し出した。

 

 

 

/*/

 

 

 ノエル・バルデン・ローグ

 ノウラン基地司令部

 文書運用補佐

 兼 銀月騎士団白旗記録係統括補

 

 

/*/

 

 

 

 ノエルは固まった。

 

「思ってたのと違います!」

 

「出世だぞ」

 

「星を取る方の出世がよかったんです!」

 

「今のお前が星を取りに行くと、お前が星になる」

 

「厳しい!」

 

 ジィッドは平然と言った。

 

「お前は書類が読める。宛先のずれも拾える。返礼の裏にある要求も見つけられる。救護線と補給線の帳票が混ざっている時も気づく」

 

「それは、まあ……」

 

「使える」

 

 ノエルは少しだけ黙った。

 

 褒められている。

 

 間違いなく褒められている。

 

 だが、方向性が思っていた騎士の褒められ方ではない。

 

「准将。俺、騎士ですよね」

 

「そうだ」

 

「なのに事務方ですか」

 

「騎士だから事務方だ」

 

「またその理屈!」

 

「剣で帰れる奴は強い。だが、紙で帰れる道を作る奴も要る」

 

 ジィッドはノエルの繋がった腕を見た。

 

「お前の腕も、救護記録と返礼と処置確認が繋がって戻った。剣だけで戻ったわけじゃない」

 

 ノエルは反論しかけて、黙った。

 

 その腕はまだ少しぎこちない。

 

 痛みも残っている。

 

 それでも、ある。

 

 ジィッドは続けた。

 

「お前には、紙の帰還線を任せる」

 

「紙の帰還線……」

 

「嫌か」

 

「嫌です」

 

「正直でよろしい」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「だが、やれ」

 

「命令じゃないですか!」

 

「命令だ」

 

 横に控えていたリネットが静かに一礼した。

 

「ノエル様。文書運用補佐への任命は、現在の能力適性に合致しています」

 

「リネットまで」

 

「はい。ノエル様は剣で踏み込みすぎますが、文面では踏み込みすぎる箇所を検出できます」

 

「俺のファティマが容赦ない」

 

「事実です」

 

 ジィッドは少し笑った。

 

「それに、剣を捨てろとは言っていない」

 

 ノエルが顔を上げる。

 

「本当ですか」

 

「ああ。俺でよければ、二刀は空き時間に見てやる」

 

「本当ですね」

 

「もちろんだ」

 

 ジィッドは真顔で頷いた。

 

 ただし内心では思っていた。

 

 空き時間があればな。

 

 ニナリスが端末へ視線を落とした。

 

「マスター。現在の予定表では、空き時間は未定義です」

 

「ニナリス」

 

「事実です」

 

 ノエルがじっとジィッドを見る。

 

「准将?」

 

「作る。努力する」

 

「絶対ですよ」

 

「善処する」

 

「それ怪しいやつです!」

 

 司令部に小さな笑いが起きた。

 

 ジィッドは書類をノエルに押し付けた。

 

「まずはこの返礼を分類しろ。ロッゾ、ウモス、レイスル、ハプハミトン、ドレンノ、黒豹、給養、救護、ファティマ保守。混ぜるな」

 

「量!」

 

「出世したからな」

 

「思ってたのと違う!」

 

 

 

/*/

 

 

 

 次に呼ばれたのは、ラド・ベイカーだった。

 

 ラドは救護所から来たばかりで、袖にまだ担架布の繊維がついていた。

 

 隣にはティリカ。

 

 ティリカは静かに立っているが、端末には救護線ログが開かれている。

 

 ジィッドは、今度も妙に明るい顔をした。

 

「ラド」

 

「はい」

 

「喜べ。出世だぞ」

 

 ラドは一瞬で警戒した。

 

「……何の出世ですか」

 

「救護班のトップにしてやる」

 

 ラドは固まった。

 

「はい?」

 

「ノウラン基地救護課。救護線実務責任者。銀月騎士団の副官格だ。大出世だ。やったな!」

 

 ラドはしばらく無言だった。

 

 そして、深く息を吸った。

 

「思ってたのと違います!」

 

「出世だぞ」

 

「俺も星を取る方だと思ってました!」

 

「お前はもう星を取っただろ」

 

「取ってますけど!」

 

「なら次は、取った星の後ろで死にかけてる奴を帰す番だ」

 

 ラドは言葉に詰まった。

 

 ジィッドは机の上に救護線の図を広げた。

 

「お前は止まれなかった。だからカーバーゲンを回収された。救護班で担架を持たされた。白旗を担いだ。敵の負傷騎士とファティマを見た。そこから戻った」

 

「……はい」

 

「だから、お前にやらせる」

 

「止まれなかったから、ですか」

 

「そうだ。止まれなかった奴の顔は、止まれなかった奴が一番分かる」

 

 ティリカが静かに言った。

 

「ラド様。現在の救護線記録と停止線訓練記録から、救護課実務責任者としての任命は妥当です」

 

「ティリカも容赦ないな」

 

「評価です」

 

「最近みんな評価って言えば刺していいと思ってないか」

 

 ジィッドは少し肩をすくめた。

 

「救護課トップといっても、一人で全部やるわけじゃない。救護班長は別にいる。医療の専門家も置く。お前は騎士側の救護線を見る」

 

「騎士側」

 

「損傷騎がどこへ倒れるか。誰が救護線を塞ぐか。どの若手が敵影を追って白旗線を潰しそうか。ファティマ過負荷を無視して踏み続ける奴は誰か。そういうのを見ろ」

 

 ラドは黙って聞いていた。

 

「それは、お前が実際にやりかけたことだ」

 

「はい」

 

「だから止められる」

 

 ラドは少しだけ目を伏せた。

 

 以前の自分なら、ここで不満だけが先に出た。

 

 だが今は違う。

 

 救護線で見た。

 

 白旗の下で、敵も味方も、騎士もファティマも、同じように壊れる。

 

 そして誰かが線を開けなければ、戻れない。

 

「……やります」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「よし。救護課トップ、銀月副官格として扱う」

 

「副官格」

 

「嬉しいだろ」

 

「重いです」

 

「出世とはそういうものだ」

 

 ノエルが横から書類束を抱えたまま言った。

 

「思ってたのと違うものですよ、ラドさん」

 

「お前、急に先輩面するな」

 

「俺は先に出世しましたので」

 

「文書でな」

 

「文書でです」

 

 リネットが補足する。

 

「ノエル様。返礼分類が三件未処理です」

 

「今いいところだったのに!」

 

「出世されていますので」

 

「出世って辛い!」

 

 ティリカがラドに向き直る。

 

「ラド様。救護課実務責任者として、まず救護線の通過記録とファティマ過負荷記録の共有範囲を決める必要があります」

 

「今から?」

 

「はい」

 

「出世って辛いな」

 

「はい」

 

「そこは否定しないんだな」

 

「事実ですので」

 

 ジィッドは満足そうに二組を見た。

 

 ノエルとリネット。

 

 紙の帰還線。

 

 ラドとティリカ。

 

 現場の帰還線。

 

 自分が准将になったことで、仕事は増えた。

 だが、全部を一人で抱えるわけにはいかない。

 

 だから、出世させる。

 

 嫌がる若手を。

 思ってたのと違うと叫ぶ騎士を。

 腕を斬られた者を。

 止まれなかった者を。

 

 その傷ごと役職にする。

 

「お前たちは、銀月の副官格だ」

 

 二人は揃って嫌そうな顔をした。

 

「光栄です、准将」

 

「顔が光栄じゃないな」

 

「思ってたのと違うので」

 

「俺も思ってた出世と違う」

 

 その場にいた全員が、妙に納得した。

 

 ジィッドは書類を配る。

 

「では、文書線と救護線の合同会議を始める」

 

「いきなり!」

 

「出世初日に会議!」

 

「准将、せめて祝宴とかは」

 

「Aレーションでアイスが出る。祝宴だ」

 

「銀月式すぎる!」

 

 ニナリスが端末を開く。

 

「会議記録を開始します」

 

 リネットが続く。

 

「文書分類表、準備済みです」

 

 ティリカも言った。

 

「救護線記録、共有可能です」

 

 ノエルとラドは顔を見合わせた。

 

 星が欲しかった。

 

 前線で目立ちたかった。

 

 デコーズのように、ジィッドのように、敵を落として名を上げたかった。

 

 だが今、自分たちに渡されたのは、書類と担架と白旗とログだった。

 

 思ってたのと違う。

 

 けれど、それが銀月騎士団の出世だった。

 

 ノエルが小さく呟いた。

 

「……まあ、二刀見てもらえるなら」

 

 ラドも言う。

 

「……カーバーゲンには乗れるしな」

 

 ジィッドが即座に言った。

 

「仕事が終わればな」

 

 二人は同時に叫んだ。

 

「厳しい!」

 

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