ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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黒豹から来た十人

ノウラン基地司令部予定地

 

 

 

 ノウラン市を基地化する。

 

 その言葉は、地図の上では簡単だった。

 

 補給線を引く。

 救護所を置く。

 整備区画を広げる。

 ファティマ保守区画を作る。

 白旗線、救護線、整備線、給養線を分ける。

 

 だが、基地とは人が集まる場所だ。

 

 兵士。

 騎士。

 整備兵。

 給養兵。

 救護班。

 補給商人。

 搬送業者。

 避難民。

 情報屋。

 そして、間者。

 

 ジィッド・マトリアは、基地化計画書の余白に赤で一行を書いた。

 

 

『諜報・索敵・工作対策線、銀月単独では不可』

 

 

 その横に、ニナリスが淡々と補足を入れる。

 

 

『黒豹騎士団への人員協力要請を推奨』

 

 

 ジィッドは少し嫌そうな顔をした。

 

「トモエ姐さんに頭を下げるのか」

 

「必要です、マスター」

 

「必要なのは分かってる」

 

「では、行きましょう」

 

「ニナリスは時々、容赦がない」

 

「軍務ですので」

 

 

/*/

 

 

 

 トモエは、すぐに来た。

 

 黒豹騎士団団長、泉興京巴准将。

 騎士ではあるが、GTMで正面から斬り合う人間ではない。

 諜報、工作、忍びの運用。

 基地や軍を、裏から腐らせるものを嗅ぎ分ける女だった。

 

 ジィッドが事情を説明すると、トモエは鼻で笑った。

 

「ようやく気づいたかい。基地ってのは、城壁より先に裏口から腐るんだよ」

 

「銀月だけでは見きれません」

 

「でしょうね」

 

「人を貸してください」

 

「便利な護衛が欲しいのかい」

 

「違います」

 

 ジィッドは即答した。

 

「基地が腐る前に臭いを拾う鼻が欲しい」

 

 トモエは、そこで初めて少しだけ笑った。

 

「言うようになったじゃないか」

 

「言わされている気もします」

 

「なら、十人出す」

 

「十人も?」

 

「少ないくらいだよ。ベテラン二人、若手八人」

 

 ジィッドは姿勢を正した。

 

「助かります」

 

「勘違いしなさんな。貸すだけだ。黒豹の人間を銀月の便利使いにするなら、引き上げる」

 

「基地司令部の諜報・警備線として扱います。銀月の下働きにはしません」

 

「よし」

 

 トモエは紙を一枚置いた。

 

「ベテラン二人は、外周と人の流れを見る。若手八人は、噂拾い、商人筋、補給車列、難民列、給養線、整備区画、ファティマ待機区画周辺の異物確認。あと、銀月の若造どもの口が滑った時の回収」

 

「最後が重いですね」

 

「一番多いよ」

 

 ジィッドは否定できなかった。

 

 

 

/*/

 

 

 

 翌日、十人が来た。

 

 騎士団員というより、影だった。

 

 ベテラン二人は、年齢が読みにくい。

 

 一人は痩せた男で、笑っているのに目が笑っていない。

 もう一人は小柄な女で、補給帳簿を見る目が刃物のようだった。

 

 若手八人は、見た目だけなら銀月の若い騎士たちと大差ない。

 

 だが、立ち方が違う。

 目線が違う。

 まず出口を見る。

 次に窓を見る。

 それから人の靴と手を見る。

 

 銀月の若手が小声で言った。

 

「なんか、怖くないですか」

 

「忍者だろ、あれ」

 

「黒豹ってこういう感じなのか」

 

「俺たち、声でかすぎない?」

 

「今さら気づいたか」

 

 トモエが彼らを紹介する。

 

「ベテラン二人は、シオンとカガリ。名前は覚えなくてもいい。向こうはお前らの名前と癖と、食堂で何を食べたかまで覚える」

 

 銀月の若手たちが一斉に青ざめた。

 

「怖い!」

 

「食堂まで!」

 

「アイス二個取り未遂も!?」

 

「それはもう知ってるよ」

 

 小柄な女、カガリが静かに言った。

 

 給養連絡係が膝から崩れかけた。

 

 ジィッドは咳払いした。

 

「本日より、黒豹騎士団から派遣された十名を、ノウラン基地司令部の諜報・索敵・工作対策線に組み込む」

 

 ノエルが書類を抱えたまま手を挙げた。

 

「准将、文書線との接続は?」

 

「お前とリネットが担当する。偽装文書、不審な宛名、妙な返礼、補給帳票の数字の揺れは、黒豹側へ共有」

 

「了解です」

 

 リネットが静かに補足する。

 

「ノエル様。黒豹側の秘匿情報は、分類段階で閲覧権限を分ける必要があります」

 

「あ、そうか。全部こっちの帳票に入れたら駄目か」

 

「はい」

 

「助かる、リネット」

 

「承知しました」

 

 ラドも手を挙げた。

 

「救護線はどうします」

 

「ラドとティリカが見る。負傷者搬送に紛れた間者、不自然なファティマ後送要求、白旗線を利用した接触は黒豹側と共有」

 

 ティリカが頷く。

 

「ラド様。救護記録に、黒豹共有欄を追加します」

 

「頼む。あと、救護班には驚かないよう説明する」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「そうだ。黒豹の人員は、味方を疑うために入れるんじゃない。基地が腐る前に見つけるために入れる」

 

 トモエが横から冷たく言った。

 

「味方だから腐らない、なんて思うなよ。味方の油断、味方の欲、味方の見栄、味方の口の軽さ。敵はそこから入る」

 

 銀月の若手たちは黙った。

 

「いいかい。基地で一番怖いのは、敵の精鋭が正面から来ることじゃない。出入りの商人が少しだけ帳簿をずらす。給養の噂が一つ増える。補給車の御者が一人入れ替わる。若い騎士が食堂で自慢する。そういうので、基地は穴だらけになる」

 

 ジィッドが続ける。

 

「だから、黒豹の目を借りる。文書線はノエルとリネット。救護線はラドとティリカ。諜報・索敵・工作対策線は黒豹十名。三本を司令部でつなぐ」

 

 ノエルがぽつりと言った。

 

「副官機能が増えましたね」

 

「副官がいないからな」

 

 ジィッドが言うと、バギィが遠くから茶々を入れた。

 

「いないねぇ」

 

 トモエも同時に言った。

 

「いないねぇ」

 

 ジィッドは深く息を吐いた。

 

 

 

/*/

 

 

 

 その日の午後、黒豹の若手八人は、すぐに仕事を始めた。

 

 一人は給養所へ。

 一人は補給車列へ。

 一人は整備区画の外周へ。

 一人はファティマ待機スペース周辺へ。

 二人は食堂へ。

 残りは市街地側の出入口へ。

 

 銀月の若手がぼそっと言った。

 

「動きが地味すぎて怖い」

 

「騎士って感じしない」

 

「でも、あれがいないと基地が腐るんだろ」

 

「俺、食堂で余計なこと言うのやめるわ」

 

「遅い」

 

 ノエルは、黒豹ベテランのシオンと帳票を見比べていた。

 

「ここ、補給枠は救護物資になってますけど、搬入経路が給養線ですね」

 

 シオンが薄く笑う。

 

「気づいたか」

 

「腕を斬られてから、初手で崩れる文書が分かるようになりました」

 

「変な育ち方をしたな」

 

「自分でもそう思います」

 

 リネットが端末に分類を作る。

 

「不審帳票、黒豹共有。優先度二。即時拘束ではなく、経路監視を推奨」

 

 シオンはリネットを見た。

 

「良いファティマだ」

 

 ノエルは少し誇らしそうにした。

 

「俺のファティマです」

 

「なら、権限を狭めるなよ」

 

「……はい」

 

 

 

/*/

 

 

 

 救護所では、ラドがカガリと向き合っていた。

 

「負傷者搬送に紛れる奴なんて、本当にいるんですか」

 

 カガリは静かに答えた。

 

「いる」

 

「敵が?」

 

「敵も、味方も、商人も、逃げたい奴も、入りたい奴も」

 

「救護線を悪用されるのは嫌ですね」

 

「嫌だから見るんだよ」

 

 ティリカが記録を開く。

 

「ラド様。救護線通過者の識別項目を増やしますか」

 

「増やす。ただし、救護が遅れるほど増やすな」

 

「はい。負傷度優先、識別補助、黒豹確認欄を分離します」

 

「頼む」

 

 カガリがわずかに頷いた。

 

「救護を止めずに見る。悪くない」

 

 ラドは少しだけ背筋を伸ばした。

 

「銀月ですから」

 

 

 

/*/

 

 

 

 夕方、ジィッドは司令部予定地で報告を受けた。

 

 ノエルとリネット。

 ラドとティリカ。

 黒豹のベテラン二人。

 そしてニナリス。

 

 机の上に、ノウラン基地の線が増えていく。

 

 補給線。

 給養線。

 整備線。

 救護線。

 白旗線。

 ファティマ保守線。

 文書線。

 そして、黒豹の諜報線。

 

 ジィッドは地図を見て、少しだけ頭を抱えた。

 

「基地司令、思っていたより線が多い」

 

 ニナリスが淡々と答える。

 

「はい、准将」

 

「准将呼びはまだ慣れない」

 

「慣れてください」

 

「厳しい」

 

 トモエが壁際で笑った。

 

「良いじゃないか。これで基地らしくなってきた」

 

「基地は便利になるほど面倒になりますね」

 

「そうだよ。面倒じゃない基地は、敵にとって便利なだけだ」

 

 ジィッドは黙って、その言葉を飲み込んだ。

 

 黒豹の十人は、静かにノウランへ散っていく。

 

 銀月の若手たちは、まだその動きに慣れない。

 

 だが、基地はもう、ただの野戦陣地ではなくなり始めていた。

 

 正面で斬る者。

 負傷者を帰す者。

 文書を読む者。

 服と肌着を守る者。

 飯を出す者。

 そして、腐る前に臭いを拾う者。

 

 ジィッドは地図の上でノウラン市を見つめた。

 

「副官が欲しい」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「副官機能は増えています」

 

「人間の副官が欲しい」

 

 トモエとバギィの声が、どこかから揃った。

 

「いないねぇ」

 

 ジィッドはまた、深く息を吐いた。

 

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