ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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壊したのは誰だ

ノウラン市占領地・旧AP騎士団スキーン隊本陣跡

 

 

 

 ノウラン市には、もともと設備があった。

 

 AP騎士団スキーン隊の本陣。

 

 司令棟。

 通信室。

 倉庫。

 給養区画。

 医療施設。

 兵舎。

 防壁。

 地下保管庫。

 整備用の水と電力の引き込み。

 

 使えるものは多い。

 

 ただし、使えるものばかりではない。

 

 攻略戦で壊れた。

 正確には、壊された。

 

 黒騎士団のデコーズ・ワイズメル。

 バギィ・ブーフ少将。

 そして、他六騎。

 

 八騎による、旧スキーン隊本陣攻略。

 

 その時、ジィッド・マトリアたち銀月騎士団は、国境ラインでの抑えに回っていた。

 ノウラン市本陣攻略には参加していない。

 

 だから、瓦礫を前にしたジィッドは、少し複雑な顔をしていた。

 

「……見事に壊れてますね」

 

 ジィッドが言うと、バギィ・ブーフ少将は焼け焦げたGTM格納庫跡を見て、少しだけ視線を逸らした。

 

「見事に壊したからな」

 

「バギィさんが」

 

「俺だけじゃねぇ。デコーズ隊長と、俺と、他六騎だ」

 

「八騎で本陣を潰した結果がこれですか」

 

「文句あるか?」

 

「攻略としては正しいです」

 

 ジィッドは、崩れた吊架設備を見上げた。

 

 巨大な格納庫の残骸。

 焼けた冷却管。

 折れた整備クレーン。

 床から引き剥がされた固定基部。

 魔導炉補助管制の焦げた筐体。

 

 GTMを再出撃させないための破壊としては、徹底している。

 

 徹底しすぎている。

 

「正しいから困っています」

 

 バギィは鼻を鳴らした。

 

「戦場じゃよくある。昨日敵の橋を落として、今日こっちが渡りたくなる」

 

「今回は橋どころか、GTM格納庫を全部潰してます」

 

「敵本陣だぞ。半端に残せるか」

 

「残せません」

 

「だろ」

 

 ジィッドは黙った。

 

 バギィの判断は正しい。

 

 ノウラン本陣を落とす時点では、ここを後で基地化するなど決まっていなかった。

 AP騎士団スキーン隊の再出撃能力を奪うなら、GTM格納庫は潰すしかない。

 

 だが今、ジィッドはノウラン市を基地化しようとしている。

 

 つまり、味方が正しく壊したものを、味方が金と手間をかけて作り直すことになる。

 

「……思ってた基地化と違います」

 

 ジィッドが呟くと、バギィは笑った。

 

「お前、最近そればっかりだな」

 

「出世も基地化も、だいたい思ってたのと違います」

 

「慣れろ、准将」

 

「慣れたくありません」

 

 ニナリスが端末を確認する。

 

「旧GTM格納庫群、再利用不可。床基礎一部損壊。冷却系統断裂。吊架設備全損。整備クレーン全損。魔導炉補助管制、焼損」

 

「言葉にされると胃が痛いな」

 

「修復ではなく再建と分類します」

 

「そうだな」

 

 バギィが腕を組んだ。

 

「司令棟は使えるだろ」

 

「はい」

 

 ジィッドは別の図面を広げた。

 

「司令棟は修理すれば使えます。通信室も黒豹の確認後なら転用可能。倉庫も一部残っています。給養設備は、スキーン隊本陣だっただけあって基礎がある。医療施設も救護所へ拡張できます」

 

「つまり、基地の胴体は残ってる」

 

「はい」

 

「だが、GTMの腹がない」

 

「格納庫と整備区画が全滅です」

 

「俺たちが潰したからな」

 

「そこを誇らしげに言わないでください」

 

「作戦成功の証拠だ」

 

「今は再建費用の証拠です」

 

 その場にいた整備班長が、焦げた基礎を見ながら呻いた。

 

「吊架を一から入れ直しですね。カーバーゲン用の標準格納庫だけでも相当かかります。デムザンバラ用は別です」

 

「別扱いにする」

 

 ジィッドは即答した。

 

「デムザンバラを標準GTM格納庫に入れるな。専用冷却区画、隔離整備線、警戒区画を設ける」

 

 整備班長が頷く。

 

「当然です」

 

 ラドが救護側の図面を持って来た。

 

「旧医療区画は使えそうです。搬入口も広い。担架動線は修正すれば通ります」

 

 ティリカが補足する。

 

「ただし、ファティマ過負荷対応用の静温室はありません。新設が必要です」

 

 ノエルが文書束を抱えて顔をしかめた。

 

「司令棟は文書室に使えますけど、旧AP騎士団の記録残滓がありそうです。黒豹の確認前に全面使用は危ないです」

 

 リネットが静かに頷く。

 

「通信室、文書室、地下保管庫は、先に黒豹側の確認が必要です」

 

 そこへトモエが、瓦礫の間を軽く歩いてきた。

 

「正しいね。敵本陣跡を使うなら、壁と床と天井を疑いな。机の裏も、排水溝も、食堂の釜もね」

 

「食堂の釜までですか」

 

「食堂の釜ほど人が集まる場所はないよ」

 

 ジィッドは深く息を吐いた。

 

「つまり、使える設備はある。だが、全部点検。壊されたGTM格納庫は再建。ファティマ保守区画は新設。デムザンバラ専用区画も新設」

 

「基地司令らしくなってきたじゃないか」

 

 トモエが言う。

 

「嬉しくありません」

 

 ノエルが瓦礫の格納庫跡を見て、ぽつりと言った。

 

「准将、これ、再建計画の文書量すごくないですか」

 

「やったな、ノエル。出世だぞ」

 

「思ってたのと違います!」

 

「GTM格納庫再建申請、資材要求、冷却系統復旧、吊架設備発注、ファティマ保守区画新設。全部文書線だ」

 

「俺、二刀の稽古は?」

 

「空き時間があればな」

 

「ないやつだ!」

 

 リネットが端末を開く。

 

「ノエル様。まず旧AP騎士団本陣設備の再利用可能区画一覧を作成します」

 

「はい……」

 

 ラドが少し笑う。

 

「こっちも救護動線の再設計だ。人のこと笑えない」

 

 ティリカが頷く。

 

「ラド様。旧医療区画は使えますが、GTM擱座騎からの搬送を想定した動線が不足しています。救護線の引き直しが必要です」

 

「救護課トップ、いきなり仕事が重いな」

 

「出世です」

 

「思ってたのと違う」

 

 バギィは、焼けたGTM格納庫跡を見上げた。

 

「ジィッド」

 

「はい」

 

「恨むなら、攻略時の俺たちじゃなく、ここを基地にしようとした今のお前を恨め」

 

「無茶を言わないでください」

 

「攻略時点では、ここは敵本陣だった。格納庫を残して敵が再起動する方が悪い」

 

「分かっています」

 

「だが今は、味方の基地だ。なら作り直すしかない」

 

「分かっています」

 

「分かってる顔じゃねぇな」

 

「納得と予算は別です」

 

 バギィが笑った。

 

「いい返しだ」

 

 ジィッドは図面に赤線を引いた。

 

 

 

/*/

 

 

第一段階:旧AP騎士団スキーン隊本陣跡の調査・再利用

第二段階:黒騎士団攻略時に破壊されたGTM格納庫群の撤去・再建

第三段階:救護線、整備線、給養線、文書線、諜報線の再接続

第四段階:ファティマ保守区画、デムザンバラ専用区画の新設

第五段階:同盟軍中継基地としての限定運用開始

 

 

/*/

 

 

 

 ノエルがその表を見て、顔をしかめた。

 

「准将」

 

「何だ」

 

「第二段階の書き方、バギィ少将が怒りませんか」

 

「事実だ」

 

 バギィが横から言う。

 

「怒らねぇよ。むしろ書け。誰が壊したか分からんと、なぜ再建が必要か通らん」

 

「いいんですか」

 

「俺たちが潰した。だから敵の再出撃は防げた。今はこっちが使うから再建する。筋は通ってる」

 

 ジィッドは少しだけ意外そうにバギィを見た。

 

 バギィは肩をすくめる。

 

「古株はな、壊したものの後始末を他人に押し付ける時、せめて壊した理由くらいは残すんだよ」

 

「助かります」

 

「ただし、余計な書き方をしたら殴る」

 

「気をつけます」

 

 ノエルが小声で言った。

 

「文書線、怖い……」

 

 リネットが即座に答える。

 

「ノエル様。文書は刃物です」

 

「最近それが分かってきたよ」

 

 ジィッドは旧司令棟と壊れた格納庫跡を見比べた。

 

 ここは、銀月が落とした場所ではない。

 

 銀月は国境ラインで抑えに回っていた。

 実際に突入し、スキーン隊本陣を潰したのは、デコーズ、バギィ、他六騎。

 

 だが、今後ここを使うのはジィッドだ。

 

 壊した者と、作り直す者は違う。

 それでも、同じ軍の中で戦場は続いている。

 

「まず瓦礫を撤去する」

 

 ジィッドは言った。

 

「次に床基礎の再検査。吊架の再設計。カーバーゲン用の標準格納庫と、デムザンバラ用の隔離冷却区画を分ける。ファティマ保守区画は整備区画に隣接させるが、一般整備兵が勝手に入れない構造にする」

 

 バギィが満足げに頷いた。

 

「いい。最初から分けろ。後から分けると絶対揉める」

 

 トモエが続ける。

 

「旧本陣の地下は黒豹が見る。抜け道、隠し倉庫、通信線、間者用の目印。残っていて当然と思いな」

 

「黒豹の十人に割り振ります」

 

「そうしな」

 

 ジィッドは地図を畳んだ。

 

「ノウラン基地化は、完全な新設ではありません。旧敵本陣の再利用と、味方攻略部隊が正しく壊したGTM格納庫の再建です」

 

「言い方が長いな」

 

 バギィが言う。

 

「短くすると?」

 

「壊したものを直して使う」

 

「身も蓋もないですね」

 

「基地なんざ、だいたいそんなもんだ」

 

 ジィッドは、少しだけ笑った。

 

「では、それで行きます」

 

 ノエルが書類束を抱え直す。

 

「准将、再建計画の草案、いつまでですか」

 

「明朝」

 

「思ってた副官補と違います!」

 

「出世だぞ」

 

「厳しい!」

 

 ラドが救護図面を見て呻く。

 

「こっちも明朝までに救護動線案か……」

 

 ティリカが静かに答える。

 

「出世です、ラド様」

 

「思ってたのと違う」

 

 ジィッドは瓦礫の向こうに残った旧司令棟を見た。

 

 壊れた場所。

 残った場所。

 疑わしい場所。

 使える場所。

 

 ノウラン基地化は、綺麗な建設ではない。

 

 戦場で壊された敵本陣を、今度は味方が帰るための場所に作り替える仕事だった。

 

 ジィッドは呟いた。

 

「副官が欲しい」

 

 ノエルが即座に言った。

 

「俺がいます」

 

 ジィッドはノエルを見た。

 

 そして、資材要求書の束をもう一つ渡した。

 

「では副官補、これも頼む」

 

「言わなきゃよかった!」

 

 バギィが笑い、トモエが薄く笑い、ニナリスが淡々と記録した。

 

 ノウラン市は、ただの野戦陣地ではなくなり始めていた。

 

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