ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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停滞する前線、進む基地化

ノウラン市占領地

 

 

 

 ベラでの、ツラック隊を軸とした大規模戦闘。

 

 あれを境に、前線全体の熱は一度、鈍った。

 

 燃え尽きたわけではない。

 終わったわけでもない。

 

 ただ、どの勢力も次の一手を測り直す時間に入った。

 

 大きく押せば、横から食われる。

 深く踏めば、補給線を裂かれる。

 勝てると見えた場所ほど、落とし穴がある。

 

 その停滞を、ジィッド・マトリアは逃さなかった。

 

 ノウラン市。

 

 旧AP騎士団スキーン隊本陣跡。

 

 司令棟は補修され、通信室は黒豹の確認を経て再稼働し、医療区画は救護課へ拡張された。

 給養区画では移動式キッチンが常設に近い形で据えられ、Aレーションの温食も、もはや特別なご褒美ではなく「出せる日は出す」運用へ変わっていた。

 

 ただし、GTM格納庫は別だった。

 

 黒騎士団が攻略時にきっちり壊したそこは、瓦礫の撤去から始まった。

 

「バギィ少将、ここまで壊す必要ありました?」

 

 ノエル・バルデン・ローグが資材要求書を抱えながらぼやくと、バギィは当然のように返した。

 

「敵の再出撃を止めるには必要だった」

 

「今、こっちが再建して死にそうなんですが」

 

「それも必要だ」

 

「必要って便利ですね」

 

「戦場じゃだいたい便利だ」

 

 ノエルは小さく舌打ちし、リネットに視線を向けた。

 

「リネット、吊架設備の再建申請、三番と四番の文面を入れ替える。四番は補給部が嫌がる」

 

「はい、ノエル様。四番案は予備部品倉庫拡張と抱き合わせにすると通過率が上がります」

 

「それだ。准将に見せる前に整える」

 

 腕を斬られた若手は、すっかり文書の刃物を覚えていた。

 

 本人は今でも騎士であり、前線へ出たい気持ちもある。

 だが、紙の上で敵味方を斬ることも覚えた。

 

 ジィッドはそれを見て、内心で少しだけ安堵していた。

 

 銀月騎士団は、小競り合いを続けている。

 

 戦死者も出た。

 負傷者も出た。

 後方送りになる者もいた。

 補充も来た。

 

 人の出入りはある。

 

 けれど、当初の予想より損耗は抑えられていた。

 

 銀月は若い。

 熱い。

 危うい。

 

 それでも、白旗線を覚えた。

 救護線を塞がなくなった。

 ファティマ過負荷を記録するようになった。

 敵影を見ても、全部は追わなくなった。

 

 小競り合いの勝敗以上に、その変化が大きかった。

 

 

 

/*/ ノウラン基地・小式典 /*/

 

 

 

 基地化が進むにつれ、式典も増えた。

 

 大仰なものではない。

 

 仮設の式典区画。

 修復済みの旧司令棟前。

 濃い紫と赤のバハットマ魔法帝国騎士服。

 まだBDUの者。

 整備兵。

 救護班。

 給養兵。

 ファティマたち。

 

 戦場では、褒めることにも慣れなければならない。

 

 撃破した者だけを褒めれば、全員が撃破へ走る。

 帰した者を褒めなければ、誰も帰還線を見なくなる。

 

 だからジィッドは、勲章を出した。

 

 ノエルにも。

 ラドにも。

 

 撃墜数によるものではない。

 

 ノエルは、文書運用と白旗記録の整理、補給・救護・整備の帳票照合により、複数の混乱を未然に潰した。

 ラドは、救護課実務責任者として損傷騎の後送線を確保し、敵味方の負傷者交換を滞らせず、ファティマ過負荷の早期後送を成立させた。

 

 派手ではない。

 

 だが、銀月ではそれを戦果と呼ぶ。

 

「ノエル・バルデン・ローグ」

 

「はい」

 

 ノエルが前へ出る。

 

 騎士服の襟はまだ少し硬い。

 だが以前より着られていない。

 

 ジィッドは勲章を手に言った。

 

「文書運用補佐として、白旗線、救護線、補給線の混線を防ぎ、ノウラン基地運用の安定に寄与した。よってこれを授与する」

 

 ノエルは一瞬だけ、複雑そうな顔をした。

 

「……ありがとうございます」

 

 ジィッドが小声で言う。

 

「出世だぞ。勲章だ。嬉しいだろう」

 

 ノエルも小声で返す。

 

「思ってたのと違います」

 

「だが似合ってる」

 

「それは……ありがとうございます」

 

 リネットが少し離れて一礼した。

 

 次にラド。

 

「ラド・ベイカー」

 

「はい」

 

 ラドは前へ出た。

 

 ティリカが後ろに控えている。

 

 ジィッドは、ラドの胸元に勲章を付けた。

 

「救護課実務責任者として、救護線、白旗線、ファティマ後送線を維持し、複数の損傷騎および負傷者の帰還に貢献した。よってこれを授与する」

 

 ラドは、少しだけ目を伏せた。

 

「ありがとうございます」

 

「出世だぞ。副官格で勲章持ちだ」

 

「思ってたのと違います」

 

「お前もか」

 

「でも、嫌ではないです」

 

 ジィッドは短く頷いた。

 

「それならいい」

 

 ティリカが静かに言う。

 

「ラド様。良い記録です」

 

「うん」

 

 ラドは胸元の勲章を見た。

 

 撃墜章ではない。

 

 けれど、自分がやったことが形になった。

 

 担架。

 白旗。

 後送線。

 警告。

 停止。

 

 それらが、戦果として認められた。

 

 それは、思っていた騎士の栄誉とは違った。

 

 だが、軽くはなかった。

 

 

 

/*/ ノウラン基地・食堂裏、ノエルの牙 /*/

 

 

 

 勲章を貰ったからといって、全員が納得するわけではない。

 

 特に補充で来た若手や、他部隊から一時的に流れてきた騎士の中には、銀月の評価を面白く思わない者もいた。

 

「ノエル・バルデン・ローグって、あれだろ」

 

 食堂裏で、どこかの若い騎士が言った。

 

「ジィッド団長に初手で腕を斬られた雑魚」

 

 空気が止まった。

 

 銀月の若手たちは、ああ、終わった、という顔をした。

 

 この基地で、誰をどう呼んでいいか。

 

 それは単なる礼儀ではない。

 命令が通るかどうかの話だった。

 

 ノエルはゆっくり振り向いた。

 

「そうだな」

 

 本人が認めた。

 

 相手は少し調子に乗った。

 

「それで文書係で勲章? 銀月は楽でいいな」

 

 ノエルは笑った。

 

 以前のような、尖っただけの笑いではない。

 

 少し逞しくなった、嫌な笑いだった。

 

「じゃあ、お前もジィッド団長に喧嘩売ってみろ」

 

「は?」

 

「初手で腕を斬られただけで済めば、俺と同格だ。やってみろよ」

 

 周囲がざわつく。

 

 相手の顔が赤くなる。

 

「お前を倒せば十分だろ」

 

「俺でいいのか? 雑魚なんだろ」

 

「舐めやがって」

 

 相手が踏み込んだ。

 

 銀月の若手の誰かが、止めようとした。

 

 だが、ノエルはもう動いていた。

 

 片腕を斬られた経験は、彼に二つのものを残した。

 

 一つは、痛み。

 もう一つは、初合いの怖さ。

 

 初手で崩されることの意味を、身体で知っている。

 

 だから、ノエルは相手の初手だけを見た。

 

 派手な踏み込み。

 見栄えの良い斬線。

 だが、肩が先に入っている。

 二の手が遅れる。

 

 ノエルは半歩滑り、相手の剣を外した。

 

 そして、柄頭で相手の肋骨を潰すように入れた。

 

「ぐっ」

 

 相手が折れる。

 

 そこへ膝。

 続けて肘。

 剣では斬らない。

 

 殺すつもりはない。

 

 だが、軽く済ませるつもりもない。

 

 銀月の文書線を軽んじる者がいれば、白旗線も救護線も軽んじられる。

 白旗線が軽んじられれば、擱座騎は戻らない。

 救護線が軽んじられれば、騎士もファティマも死ぬ。

 

 舐められたままでは、命令が通らない。

 

 命令が通らない部隊は、戦場で崩れる。

 

 だから、ここで折る。

 

 ノエルは相手の腕を極め、肩を外す寸前で止めた。

 相手が悲鳴を上げたところへ、床へ叩きつける。

 

 最後に、首元へ刃を置いた。

 

「ジィッド団長なら、ここで腕が飛んでる」

 

 相手は呻くだけだった。

 

「俺でよかったな」

 

 数秒後、救護班が来た。

 

 半殺し。

 

 命に別状はない。

 だが、後方送りは確定だった。

 

 ラドが遅れてやってきて、状況を見て顔をしかめた。

 

「ノエル」

 

「何ですか」

 

「殺してないな」

 

「殺してません」

 

「後方送りで済むか」

 

「済みます」

 

「なら、救護課としては受け取る」

 

 ラドは短く言った。

 

 以前なら、もっと狼狽したかもしれない。

 

 だが今は救護課の責任者だった。

 

 生きている。

 後送可能。

 見せしめとして機能する。

 過剰に殺していない。

 

 なら、処理の範囲内だ。

 

 ティリカが静かに補足する。

 

「対象騎士、肋骨損傷、肩関節損傷、内臓損傷の疑い。生命反応は安定。後方送致が妥当です」

 

「見せしめとしては?」

 

 ノエルが聞く。

 

「十分です」

 

「ティリカ様に十分って言われると、妙に重いな」

 

 リネットが静かに言う。

 

「ノエル様。食堂裏制裁処置として、文書記録が必要です」

 

「そこは何とかならない?」

 

「なりません」

 

「リネットも逞しいな」

 

「ノエル様の命令体系に基づき、記録します」

 

「俺が育てたのか、これ」

 

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドがその場に来たのは、少し後だった。

 

 報告を聞いたジィッドは、まず倒れた相手を見た。

 

 それからノエルを見た。

 

「殺してないな」

 

「はい」

 

「再起不能には?」

 

「していません。後方送りです」

 

「救護課」

 

 ジィッドがラドを見る。

 

 ラドは即答した。

 

「命に別状なし。後送で済みます。折れ方は綺麗です。殺す気はありません」

 

「ティリカ」

 

「見せしめ意図は明確です。ただし、過剰殺傷ではありません」

 

「リネット」

 

「文書線への侮辱、銀月の実務勲章の軽視、基地司令部副官格への挑発。放置した場合、命令系統への悪影響が予測されます」

 

 ジィッドは少しだけ黙った。

 

 そして、ノエルへ視線を戻した。

 

「理由を聞く」

 

「私を“ジィッド団長に初手で腕を斬られた雑魚”と呼びました」

 

「事実だ」

 

「はい。事実です」

 

 ノエルは逃げずに答えた。

 

「ですが、その文脈は銀月の文書線、白旗記録、救護線を軽んじるものでした」

 

「続けろ」

 

「私はジィッド団長に腕を斬られました。だからジィッド団長の強さも、初手で崩される怖さも知っています。その私を雑魚と呼ぶのは構いません」

 

「構うな。少しは」

 

「少しは構います」

 

「よし」

 

「ですが、私に任された文書運用補佐と、そこに出された勲章まで軽んじられれば、以後の命令が通りません。文書線が軽んじられれば、白旗線も救護線も軽く見られます」

 

「だから潰した」

 

「はい」

 

 ジィッドはノエルをしばらく見た。

 

 その目は怒っていなかった。

 

 むしろ、確認していた。

 

 怒りでやったのか。

 面子でやったのか。

 軍紀でやったのか。

 必要な線を守るためにやったのか。

 

 ノエルは言った。

 

「私怨もあります」

 

「あるのか」

 

「あります。腕を斬られた雑魚と言われて気分が良いわけではありません」

 

「正直でよろしい」

 

「ですが、私怨だけなら腕を折っていました」

 

「折ってないのか」

 

「折る寸前で止めました」

 

 ラドが横で言った。

 

「肩はかなりやってるぞ」

 

「腕は折ってない」

 

「基準が嫌だな」

 

 ジィッドは少しだけ息を吐いた。

 

「処置としては妥当だ」

 

 周囲の空気が変わった。

 

 ジィッドは続けた。

 

「銀月の文書線と救護線を舐められれば、戦場で命令が通らなくなる。命令が通らなければ、人が死ぬ。お前が半殺しにしたのは、銀月の副官格として必要な示威だ」

 

 ノエルはわずかに姿勢を正した。

 

「はい」

 

「ただし」

 

 ジィッドの声が少し硬くなる。

 

「次からは、一度だけ退路を与えろ」

 

「退路、ですか」

 

「そうだ。一度だけ言葉で引かせる。引けばそこで終わりだ。引かなければ潰せ」

 

「一度だけ」

 

「一度だけだ。何度も譲れば舐められる。一度も譲らなければ、ただの乱暴者だ」

 

 ノエルは、その言葉を飲み込んだ。

 

「了解しました」

 

「それと、報告書は自分で書け」

 

「思ってた処分と違います」

 

「処分ではない。記録だ。次に同じことをする時、どこまで許されるか分かるように残せ」

 

「……はい」

 

「リネット、文面を見る」

 

「承知しました」

 

「ティリカ、救護記録を添付」

 

「はい」

 

「ラド、後送手配」

 

「了解です」

 

 ジィッドは最後に、倒れた騎士の方を見た。

 

「こいつは後方送りだ。戻ってきた時、まだ銀月を舐めるようなら、次は俺の前へ連れてこい」

 

 誰も笑わなかった。

 

 それが冗談ではないと分かったからだ。

 

 ノエルが小さく言った。

 

「准将」

 

「何だ」

 

「腕を斬られた雑魚、は間違いじゃないですね」

 

「間違いじゃない」

 

「はい」

 

「だが、その後に何を任されているかで、雑魚のままかどうかは変わる」

 

 ノエルは黙った。

 

「勲章は、その後にやったことへ出した。そこは忘れるな」

 

「……はい、准将」

 

 

 

/*/ ノウラン基地・夜、司令部 /*/

 

 

 

 その夜、ジィッドは報告書を読んでいた。

 

 ノエルの制裁報告。

 ラドの救護処置記録。

 ティリカの負傷評価。

 リネットの文書分類。

 黒豹の噂拾い報告。

 

 基地化は進む。

 

 戦闘は停滞している。

 だが小競り合いは続く。

 

 銀月は損耗している。

 だが、崩れてはいない。

 

 勲章授与にも慣れてきた。

 撃墜数ではない働きを評価することにも、少しずつ意味が出てきている。

 

 そして、評価した者には牙を持たせなければならない。

 

 文書係だから弱い。

 救護係だから後ろにいる。

 白旗を持つ者は戦えない。

 

 そんな空気を許せば、銀月は戦場で崩れる。

 

 書類を運ぶ者が舐められれば、命令書が軽くなる。

 担架を運ぶ者が舐められれば、救護線が軽くなる。

 白旗を掲げる者が舐められれば、負傷者交換が軽くなる。

 

 だから、ノエルが牙を見せたこと自体は正しい。

 

 問題は、その牙をどこまで使わせるかだった。

 

 ジィッドは額を押さえた。

 

「副官が欲しい」

 

 横でニナリスが言う。

 

「ノエル様とラド様がいます」

 

「副官格が制裁報告書を書いている」

 

「機能しています」

 

「そういう評価になるのか」

 

「はい。ノエル様の示威により、文書線および実務勲章への軽視発言は減少すると推定します」

 

「実際に減るだろうな」

 

「はい」

 

「だが、増える書類もある」

 

「はい」

 

 ジィッドは深く息を吐いた。

 

 外では、まだ旧GTM格納庫の再建作業が続いている。

 

 照明の下で、瓦礫が運ばれ、基礎が測られ、救護線の印が引き直されていく。

 

 ノウラン市は、少しずつ基地になっていく。

 

 銀月騎士団も、少しずつ騎士団になっていく。

 

 ただし、かなり騒がしく。

 かなり面倒で。

 時には、誰かを半殺しにしながら。

 

 それでも、命令が通る部隊になっていく。

 

 ジィッドは報告書の最後に署名した。

 

 

 

/*/

 

 

 処置、妥当。

 次回以降、言葉による一度の退路提示を標準とする。

 引かぬ場合、制圧を認める。

 銀月の文書線・救護線・白旗線を軽んじる風潮を許さず。

 

 

/*/

 

 

 

 ニナリスがそれを確認する。

 

「良い文面です、マスター」

 

「褒めてるのか」

 

「評価です」

 

「知ってた」

 

 ジィッドは椅子にもたれた。

 

 思っていた出世とは違う。

 思っていた基地司令とも違う。

 思っていた騎士団運営とも違う。

 

 だが、これが銀月だった。

 

 若い騎士たちは、熱く、荒く、面倒で、よく間違える。

 それでも、線を引けば守れる。

 守った線を舐められれば、牙を見せられる。

 

 それでいい。

 

 舐められれば、人が死ぬ。

 

 なら、舐めさせないこともまた、救護線の一部だった。

 

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