ノウラン市占領後
ノウラン市は落ちた。
だが、落ちた都市は、その瞬間から守らなければならない都市になる。
黒騎士隊が市中心部と旧本陣区画を押さえ、バッハトマ主力が行政庁舎、通信塔、兵站倉庫を接収する。
そして銀月騎士団は、市の東側、国境に面した丘陵線へ野戦陣地を築いていた。
仮設の遮蔽板が地面に打ち込まれている。
GTM用の後退路が泥を削り、補給車両が低い音を立てて走る。
壊れた敵GTMの残骸は、敵の再反転に備えて遮蔽物として使える位置へ寄せられていた。
デムザンバラは、後方の簡易整備区画で膝をついている。
白い騎体。
低く太い駆動音はすでに止まり、装甲の一部が開かれていた。
その脇で、銀月騎士団の若い騎士たちが端末を覗き込んでいた。
前線へ配信された戦況記事だった。
/*/
> 黒騎士デコーズ、ノウラン市本陣を電撃制圧
> バッハトマ軍、国境要衝を掌握
> デムザンバラ投入、銀月騎士団も戦果
/*/
ジィッドの記事も、確かに載っていた。
デムザンバラで七騎撃破。
国境ライン保持に貢献。
敵後退を阻止。
だが、扱いは明らかに違った。
黒騎士デコーズは大見出し。
写真も大きい。
黒騎士。
本陣制圧。
バッハトマの刃。
対して、ジィッドの記事は横の囲みだった。
/*/
> 剣聖騎由来の高性能GTM、デムザンバラが初戦果
> 若き騎士団長ジィッド、機体性能を活かし七騎撃破
/*/
部下の一人が、端末を握りしめた。
「なんですか、これ」
「どうした」
ジィッドは補給用のカップを片手に、土嚢の上へ腰を下ろしていた。
声は明るかった。
だが、部下たちはもう、その明るさがいつも本心そのままではないことを少しだけ知っている。
「どうしたじゃないですよ、隊長。七騎ですよ、七騎。国境ラインを押さえて、敵の撤退も崩走にしなかった。それなのに、これだとまるで……」
「剣聖のGTMのおかげで勝てた、か」
ジィッドは端末を覗き込み、少しだけ笑った。
「まあ、間違ってはいない」
「間違ってますよ!」
「間違ってはいないさ」
ジィッドは軽く肩をすくめた。
「デムザンバラでなければ、七騎は食えない。少なくとも、俺の腕では無理だ」
「でも、隊長が乗ってたから七騎落とせたんです!」
「そうです。敵、普通に強かったですよ。あれを落としておいて、機体のおかげだけなんて」
「デムザンバラが強いのは分かりますけど、扱ってるのは隊長です!」
ジィッドは困ったように笑った。
「ありがとう。気持ちは嬉しい」
「気持ちだけじゃありません」
「いや、事実としてだ」
彼はカップを置いた。
「剣聖騎の耐久性があってこそだ。俺の技量じゃ、普通のGTMなら三騎も喰ったらフレームが歪んで戦えない」
部下の一人が、悔しそうに食い下がる。
「それを活かせるのだって技量じゃないですか!」
「……技量ではある」
ジィッドは否定しなかった。
ただし、その声は少し低くなった。
「だが、俺が手に入れた技量じゃない力が大きすぎる」
彼は後方で膝をつく白い騎体を見た。
「デムザンバラは、俺が積み上げて手にしたものじゃない。戦場の都合と、バッハトマの都合と、デコーズ隊長の判断で回ってきた力だ。褒美で与えられた力だ」
部下たちは黙った。
ジィッドは端末に映る黒騎士デコーズの記事へ視線を戻す。
「デコーズ隊長は違う」
そこで、一度言葉を切った。
「デコーズ隊長は実力で三代目黒騎士になったんだ。褒美で剣聖騎を貰った俺とは違う……」
明るく言おうとして、失敗した。
ジィッドは少しだけ笑った。
「悔しいな」
その声は、ひどく素直だった。
部下たちは何も言えなかった。
嫉妬ではない。
いや、嫉妬もある。
劣等感もある。
認められたい気持ちもある。
だが、それでもジィッドは、黒騎士デコーズの戦果を貶めなかった。
実力でそこにいる者と、機体を与えられた自分。
その差を、見ないふりはしなかった。
ジィッドは息を吐いた。
そして、部下たちの顔を見た。
「だが、お前たちが無事で良かった」
若い騎士たちが、はっと顔を上げる。
「俺の悔しさより、そっちの方が大事だ。七騎落とした。国境ラインを守った。追撃しなかった。全員、生きて戻った」
ジィッドは土嚢から立ち上がった。
「今日はそれでいい」
「隊長……」
「記事の扱いが小さいのは、腹が立つ。剣聖騎のおかげと書かれるのも、正直、傷つく。俺だって人間だ」
彼は笑った。
今度は、少しだけ自然だった。
「だが、それで追撃して部下を死なせたら、ただの馬鹿だ」
端末を持っていた騎士が、唇を噛んだ。
「でも、俺たちは、隊長が機体のおかげだけで勝ったなんて思ってません」
「ああ」
「本当です」
「分かってる」
「隊長は、ちゃんと七騎落としました。それで、ちゃんと止まりました」
ジィッドの表情が、わずかに変わった。
若い騎士は続ける。
「俺は、そこがすごいと思います。七騎落として、敵が後退して、追えばもっと戦果を増やせたかもしれないのに、隊長は止まりました。俺なら、たぶん追いたくなります」
ジィッドは黙って聞いていた。
「だから、機体のおかげだけじゃないです。少なくとも、俺はそう思います」
若い騎士は敬礼した。
ジィッドは少し困ったように笑う。
「……そういう褒め方は、効くな」
「効かせるつもりで言いました」
「生意気だ」
「軍務ですので」
ジィッドは吹き出した。
「ニナリスの真似をするな。癖になる」
その横に、当のニナリスが記録端末を持って歩いてきた。
「ジィッド様。デムザンバラの戦闘後診断、一次報告です」
「どうだった」
「フレーム歪み、許容範囲内。駆動伝達系、軽微な熱疲労。右肩部に負荷集中。ピーク手前領域の使用による局所加熱あり。ただし、次回出撃までに調整可能です」
「優秀だな」
「デムザンバラが、ですか」
「君と整備班が、だ」
ニナリスは一瞬だけ目を伏せた。
「記録します」
「褒めたことを?」
「はい」
「そこは記録しなくていい」
「士気管理上、有効です」
部下たちが少し笑った。
ジィッドも笑った。
ニナリスは端末の記事へ視線を落とす。
「メディア記事ですか」
「読んだか?」
「はい」
「どう思う」
「事実と印象が混在しています」
「実に軍務的な感想だ」
「軍務ですので」
ニナリスは淡々と続けた。
「デムザンバラの性能が戦果に寄与したことは事実です」
「ほらな」
「同時に、デムザンバラを破損許容範囲内で七騎撃破に用いたジィッド様の判断も、戦果に寄与しています」
部下たちが、ぱっと顔を上げた。
ジィッドは少しだけ眉を動かす。
「珍しく優しいな」
「軍務です」
「そうか」
「また、銀月騎士団各隊の牽制、撤退路保持、損傷敵機を遮蔽物化する判断がなければ、七騎撃破後のライン保持は困難でした」
「うん。そこは大事だ」
ジィッドは部下たちへ向き直った。
「聞いたか。俺だけでも、デムザンバラだけでもない。お前たちも入っている」
「でも記事には書かれてませんよ」
「記事に載らない仕事の方が、戦場では多い」
ジィッドは立ち上がった。
「野戦陣地の補強状況は」
「第一遮蔽線、七割。第二線はまだ三割です」
「敵が再反転したら?」
「二番隊が受けて、三番隊が右から牽制。デムザンバラは中央予備」
「よし」
ジィッドはカップを置いた。
「記事を読む暇があるなら土嚢を積め。敵は俺たちの記事を読んで待ってくれない」
「了解!」
部下たちが散っていく。
ジィッドはもう一度だけ、記事を見た。
黒騎士デコーズの大きな見出し。
その隣の、デムザンバラの記事。
剣聖のGTMのおかげ。
胸の奥が、まだ痛む。
だが、その痛みはもう、少し扱いやすかった。
「ニナリス」
「はい」
「隊内報告を作る」
「内容は」
「銀月騎士団は国境ラインを保持。各隊の牽制と撤退路管理は有効。デムザンバラの限定運用は成功。七騎撃破。ただし追撃せず。部隊損耗軽微」
「承知しました」
「それと、最後に一文」
「はい」
ジィッドは、野戦陣地を見渡した。
土嚢を積む部下。
補給線を確認する整備兵。
デムザンバラを冷却するニナリスの補助スタッフ。
遠くに見える、占領されたノウラン市。
「記事に載らない仕事で、戦線は保たれる」
ニナリスは端末へ入力した。
「記録しました」
「少し格好つけすぎたか?」
「許容範囲内です」
「それはよかった」
ジィッドは笑った。
朗らかに。
少しだけ無理をして。
けれど、先ほどよりは自然に。
「さて、仕事だ。黒騎士殿の記事に負けないくらい、地味に陣地を固めるぞ」
ニナリスが頷く。
「軍務ですので」
「ああ」
ジィッドは、白い騎体を振り返った。
「軍務だ」