ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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スバース市を落とさない理由

ノウラン基地・指令室

 

 

 

 ジィッドは、広げた地図の上に指を置いていた。

 

 中央に、ハスハ連合共和国。

 

 西から南西にかけて、スバース市。

 さらにその先にはシーゾス王国。

 外海側には、ボルサ諸島列島が散っている。

 

 東へ目を移せば、ナカカラ・クルル王国、カステポ方面。

 さらに周辺にはガマッシャーン共和国、メヨーヨ朝廷、フィルモア帝国系の勢力圏も絡む。

 

 地図の上では、線を引くだけで済む。

 

 だが、実際の戦場では違う。

 

「……落としたい」

 

 ジィッドは、スバース市を見ながら呟いた。

 

 スバース市は邪魔だった。

 

 東回り海路からの補給線に噛んでくる。

 ノウラン基地へ運び込む資材も遅れる。

 GTM格納庫の再建材。

 ファティマ保守区画の資材。

 冷却管。

 給養物資。

 医療品。

 ファティマ用の高価な天然素材の肌着やブラウス。

 

 全部、スバース市周辺と海路の不安定さのせいで、護送と迂回が増えていた。

 

 ノエル・バルデン・ローグが、書類束を抱えたまま地図を覗き込む。

 

「落としますか」

 

「落としたい。だが、今落とすとまずい」

 

 ジィッドはスバース市の周辺を指で囲んだ。

 

「ここはただの港町じゃない。ハスハ連合共和国西側の結節点だ。連合首都圏だ。政治的に重い場所だ」

 

 ノエルが少し眉を寄せる。

 

「軍事的に落とせば、分かりやすい戦果になりますね」

 

「分かりやすすぎる」

 

 ジィッドは言った。

 

「バッハトマがスバース市を奪いに来た。連合首都圏に迫った。そう見える。そうなれば、今は利害が割れている連中まで、一つの旗の下に集まりかねない」

 

 ニナリスが端末に記録する。

 

「スバース市直接攻略による反抗意思の統一化」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは地図の西側と南西側へ視線を落とした。

 

「シーゾス王国。ハスハント共和国。カッツェー、カステポ方面の利害。商人、地方有力者、王宮系、港湾関係者。こいつらは同じハスハ側でも、全部が同じ腹じゃない」

 

 ノエルが頷いた。

 

「だが、スバース市を叩けば」

 

「“反バッハトマ”でまとまる」

 

 ジィッドは短く言った。

 

「それはまずい」

 

 ラド・ベイカーが救護線の図面を持ったまま、地図の外海側を見た。

 

「海路の安定だけなら、スバース市を落とす必要はないんですか」

 

「そこだ」

 

 ジィッドは外海側へ指を滑らせた。

 

「ボルサ諸島列島」

 

 地図上では、スバース市の直接の市街ではなく、外海側に散る島々。

 

「東回り海路そのものを安定させたいなら、スバース市を落とすより、ボルサ諸島列島を押さえる、あるいは中立化する方が効果が高い可能性がある」

 

 ノエルが書き取る。

 

「港を落とすのではなく、海路の節を押さえる」

 

「そうだ。補給船の退避、護送船団の中継、敵私掠の監視、小艦隊の動きの制限。ボルサ諸島を押さえれば、スバース市を直接叩かずに海路へ圧をかけられる」

 

 ラドが言う。

 

「島なら、市街戦にもなりにくい」

 

「相手次第だが、少なくとも連合首都圏を直接殴るより政治的には軽い」

 

 ニナリスが補足する。

 

「海路安定化を目的とする場合、ボルサ諸島列島の制圧・中立化・監視拠点化を比較検討、ですね」

 

「それでいい」

 

 ジィッドは、今度はノウラン基地から伸びる陸路へ線を引いた。

 

「一方で、スバース市周辺は経済で割る」

 

「また経済ですか」

 

 ノエルが少し嫌そうな顔をする。

 

「また経済だ」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「道を直す。橋を補修する。食料品を安く流す。基地で農産物、燃料、布、修理部材を一定価格で買い上げる。民間輸送業者を登録する。給養、洗濯、修理、荷役を民間へ発注する」

 

 ノエルの顔が、嫌そうながらも書類屋の目になった。

 

「バッハトマの補給線が通ると、民間が儲かる」

 

「そうだ」

 

「そうなると、占領軍に協力するなという声と、でも道が直った、食料が安い、基地が買い上げてくれる、という声が割れる」

 

「反抗心を消せるとは思わない。だが、一枚岩にはさせない」

 

 ジィッドは地図上のスバース市を見た。

 

「スバース市を落とす前に、スバース市を支える周辺の利害を割る。シーゾス、カッツェー、ハスハント。全部まとめて敵にしない」

 

 ノエルは書類の題名を書き始めた。

 

 

 

/*/

 

 

 東回り海路およびスバース市周辺市場安定化に関する提案

 副題:ボルサ諸島列島の戦略的価値評価と連合首都直接攻略回避の利点

 

 

/*/

 

 

 

 書いてから、ノエルは顔をしかめる。

 

「題名は真面目なのに、中身はかなりえげつないですね」

 

「真面目な顔で出すから通る」

 

「最近、准将が本当に経済屋みたいなことを言います」

 

「言うな。俺が一番嫌だ」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「マスター。文書では“経済的依存”ではなく、“市場安定化”と表現するべきです」

 

「だろうな」

 

「“連合内利害差の維持・拡大”も直接的です」

 

「では?」

 

「“地域ごとの商業的自律性を尊重し、補給線周辺の民間市場を安定化させる”」

 

「それだ」

 

 ノエルが即座に書き換える。

 

「綺麗な言葉になりました」

 

「中身は変えるな」

 

「はい」

 

 ラドがボルサ諸島列島を指す。

 

「島を押さえるなら、救護線も別物ですね。陸上の担架線じゃなく、船舶後送、島内医療点、ファティマ保護区画、補給船の退避線」

 

「お前も考えるようになったな」

 

「救護課トップですから」

 

「思ってた出世と違うだろ」

 

「かなり」

 

 ティリカが静かに端末へ入力する。

 

「ラド様。海路後送および島嶼救護線に関する参考資料を作成します」

 

「頼む」

 

 ノエルがリネットを見る。

 

「リネット、三国利害差分析って俺たちがやるのか」

 

「はい、ノエル様。ローグ卿の文書線に適しています」

 

「またローグ卿」

 

「慣れてください」

 

 ジィッドは地図を閉じずに、しばらく眺めていた。

 

 スバース市。

 

 落としたい。

 

 だが、今は落とさない。

 

 直接叩けば、敵はまとまる。

 周辺を買えば、迷いが生まれる。

 海路を押さえるなら、ボルサ諸島列島。

 都市を攻める前に、市場を割る。

 

「この案は、デコーズ隊長とバギィ少将へ出す」

 

「ペール会長にも?」

 

 ノエルが嫌そうに聞く。

 

「経済で割るなら、ユーコン財団の視点がいる」

 

「怖いんですよ、あの人」

 

「俺も怖い」

 

 ニナリスが淡々と答える。

 

「ですが、有効です」

 

「知ってる」

 

 ジィッドは、スバース市に置いていた指を外した。

 

「スバース市は、まだ俺の仕事じゃない。だが、スバース市へ繋がる道と市場は、ノウラン基地司令の仕事にできる」

 

 ノエルが書類をまとめる。

 

「結論はこうですね」

 

 

 

/*/

 

 

 連合首都圏に近いスバース市への直接攻略は、シーゾス王国・カッツェー公国・ハスハント共和国の反抗意思を統一する危険が高く、現段階では推奨しない。

 海路安定を主目的とする場合、外海側のボルサ諸島列島の制圧・中立化・監視拠点化を優先検討する。

 スバース市周辺については、補給線と民間市場を接続し、地域ごとの商業的自律性を維持しながら、各勢力の利害差を保つ。

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドは頷いた。

 

「それでいい」

 

「地味です」

 

「中身は地味じゃない」

 

「ですね」

 

 外では、旧GTM格納庫の再建音が続いていた。

 

 ノウラン基地から伸びる線は、また増えた。

 

 道路。

 市場。

 酒場。

 救護線。

 文書線。

 海路。

 島。

 連合首都。

 そして、三国の利害。

 

 ジィッドは低く呟いた。

 

「戦場は、剣だけじゃない」

 

 ニナリスが答える。

 

「はい、マスター。都市は、剣だけで落とすものではありません」

 

「嫌な学びだ」

 

「有効です」

 

「知ってた」

 

 スバース市は、地図の上に残った。

 

 落とさない敵拠点。

 

 だが、何もしないわけではない。

 

 剣を抜く前に、道を直す。

 都市を攻める前に、市場を買う。

 港を叩く前に、外海の島を押さえる。

 敵を一つにする前に、敵の中へ利益を置く。

 

 それもまた、ノウラン基地から伸びる戦線だった。

 

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