ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

64 / 71
復興という名の占領政策

ノウラン基地司令室

 

 

 

 ノウラン基地は、形になり始めていた。

 

 旧AP騎士団スキーン隊本陣跡の司令棟は動き、救護課は稼働し、文書線はノエルとリネットが回し、救護線はラドとティリカが見ている。

 

 GTM格納庫はまだ再建中だが、瓦礫は減った。

 給養区画では温食が出る。

 ファティマ保守区画も、ようやく区画線が引かれた。

 

 だが、ジィッド・マトリア准将は地図を見ていた。

 

 基地の図面ではない。

 

 ノウラン市の市街図だった。

 

「ノウラン市を復興させる」

 

 その一言で、司令室の空気が少し変わった。

 

 ノエルが書類から顔を上げる。

 

「基地の復旧ではなく、市街ですか」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは市街図の通りに指を置いた。

 

「部下たちが遊びに行く酒場を作らせろ。飯屋も、雑貨屋も、修理屋も、洗濯屋も、遊びに行く店を増やす」

 

 ラドが少し驚いた顔をする。

 

「遊ばせるんですか」

 

「遊ばせる」

 

 ジィッドは即答した。

 

「駐留部隊が基地の中だけで金を使うと、基地の中だけが太る。市民は外で痩せる。そうなると、市民は基地を憎むだけになる」

 

 ニナリスが端末に記録している。

 

 ジィッドは続けた。

 

「部下たちに金を使わせろ。それがノウラン市の内需になる。酒場が儲かる。食材業者が儲かる。洗濯屋が儲かる。修理屋が儲かる。女将が従業員を雇う。従業員の家族が飯を食える」

 

「それで、市民がこちらに依存する」

 

 ノエルが言った。

 

「そうだ」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「銃とGTMだけで押さえると、銃とGTMが退いた瞬間に反乱が起きる。だが、基地があるから仕事がある、兵隊がいるから店が回る、道路が直るから商人が来る、となれば話が変わる」

 

 ラドが腕を組んだ。

 

「でも、兵隊が市街に出れば揉め事も増えます」

 

「増える」

 

「酒場なら喧嘩も」

 

「起きる」

 

「女絡みも」

 

「起きるだろうな」

 

 ジィッドは嫌そうに認めた。

 

「だからルールを作る。支払いを踏み倒した奴は軍規で潰す。市民に手を出して揉めた奴も潰す。店側がぼったくって兵士を嵌めたら、それも潰す。舐められたら命令が通らない。だが、こちらが無法者になっても市民は寄らない」

 

 ノエルが苦い顔をした。

 

「また規定が増えますね」

 

「出世だぞ、ノエル」

 

「思ってた出世と違います」

 

「俺もだ」

 

 リネットが静かに言う。

 

「市街遊興規定、兵士支払記録、店舗許可証、違反時処分記録、苦情受付線が必要です」

 

「ほら増えた」

 

 ノエルが天井を仰いだ。

 

 ジィッドは市街図の外縁を指した。

 

「そのためにも道路を直す。基地から市街、旧市場、南門、補給線、農地側の道。民間の行き来を増やせ」

 

 ラドが言う。

 

「道路が直ると、救護搬送も楽になります」

 

「そうだ。軍にも市民にも効く」

 

 ニナリスが淡々と補足した。

 

「道路修繕により、補給車両、救護搬送、民間商人、給養物資、負傷者後送の効率が上がります」

 

「ただし」

 

 ジィッドは視線を鋭くした。

 

「民間の行き来が増えれば、スパイも増える。ブローカーも来る。情報屋も来る。酒場は噂の集積所になる」

 

 その時、壁際から声がした。

 

「そこでこっちを見るのは分かってたよ」

 

 泉興京巴――トモエ姐さんが、いつの間にか立っていた。

 

 ジィッドは何食わぬ顔で言う。

 

「対スパイは黒豹の仕事です」

 

「さらっと回すねぇ」

 

「トモエ姐さんとブラスト大佐に仕事を回します」

 

「うちの人手が余ってると思ってるのかい」

 

「思っていません。ですが、基地と市街が腐ったら、もっと仕事が増えます」

 

 トモエは、少しだけ目を細めた。

 

「正しいことを嫌な言い方で言うようになったね」

 

「鍛えられました」

 

「誰に?」

 

「主に皆さんに」

 

 トモエは笑った。

 

「酒場はいいよ。兵士は酒場で喋る。商人も喋る。市民も喋る。情報屋も喋る。喋らせる場所をこちらで用意できるなら、聞く場所も用意できる」

 

「では」

 

「黒豹から、噂拾いを酒場線に回す。ただし増員はしない。今いる若手八人の配置を変えるだけだ」

 

「十分です」

 

「十分じゃない。足りない。だが、足りないままやる」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「ブラスト大佐には?」

 

「市街の外周と、夜の流れを見させる。あの子はGTM大隊も見るから、全部は無理だよ」

 

「承知しています」

 

「してない顔だね」

 

「しているつもりです」

 

「つもりは危ないねぇ」

 

 ノエルが小声で言う。

 

「准将、仕事を回す相手が増えると文書も増えます」

 

「言うな」

 

「市街復興計画、遊興店舗許可、道路修繕、黒豹協力要請、ブラスト大佐宛連絡、兵士外出規定、市民苦情受付線」

 

「言うなと言った」

 

「文書線なので」

 

 リネットが静かに端末を開く。

 

「ノエル様。まず市街復興計画を三分類します。軍務上必要、民生上有効、治安上危険」

 

「治安上危険が一番多そうだな」

 

「はい」

 

 ラドが少し考え込む。

 

「酒場が増えれば、怪我人も増えますね」

 

「救護課の仕事だ」

 

 ジィッドが言う。

 

「酔った騎士同士の喧嘩、店での刃傷沙汰、市民との揉め事。死なない範囲で処理しろ」

 

「俺たち、戦場以外でも担架ですか」

 

「騎士だから担架だ」

 

「またそれだ」

 

 ティリカが静かに言った。

 

「ラド様。市街救護線を別枠で作成します。戦場救護線と混在させると記録が乱れます」

 

「頼む」

 

 ジィッドは市街図を見た。

 

「ノウランを、ただの占領地にするな」

 

 司令室が静かになった。

 

「俺たちはここを使う。なら、市民にもここを使わせる。道路を直し、店を開かせ、金を落とし、仕事を作る。市民が食えるようにする」

 

 ノエルが言う。

 

「善政ですか」

 

「違う」

 

 ジィッドは即答した。

 

「占領政策だ。こちらに依存させる。基地があるから飯が食える、基地があるから道路が直る、基地があるから客が来る。そう思わせる」

 

 トモエが薄く笑った。

 

「いいね。綺麗ごとに逃げない」

 

「綺麗ごとでは戦場は回りません」

 

「だが、綺麗に見せることは必要だよ」

 

「そこは黒豹に相談します」

 

「回すねぇ」

 

「回します。私は基地司令ですから」

 

 ジィッドは少しだけ嫌そうに言った。

 

 ノエルが小さく笑う。

 

「准将、基地司令に慣れてきましたね」

 

「言うな」

 

「思ってたのと違う出世も、板についてきました」

 

「ノエル」

 

「はい」

 

「市街遊興規定の草案、今日中だ」

 

「思ってた茶々と違います!」

 

「出世だぞ」

 

「厳しい!」

 

 トモエは笑いながら、踵を返した。

 

「ブラストには話を通しておくよ。酒場線と道路線、噂がよく拾えそうだ」

 

「お願いします」

 

「ただし、兵士が店で馬鹿をやったら、銀月で処理しな」

 

「処理します」

 

「半殺し?」

 

「必要なら」

 

 トモエは満足そうに笑った。

 

「それでいい。舐められたら街も基地も腐るからね」

 

 ジィッドは市街図に赤線を引いた。

 

 基地から市場へ。

 市場から南門へ。

 南門から補給線へ。

 酒場予定地。

 兵士外出許可区域。

 黒豹の噂拾い配置。

 救護課の市街対応線。

 

 ノウラン市は、基地になる。

 

 そして、基地の外側に街を戻す。

 

 それは善意ではない。

 

 だが、飯が出る。

 道が直る。

 店が開く。

 市民が働く。

 兵士が金を落とす。

 

 その結果として、市民は基地を必要とする。

 

 ジィッドは低く言った。

 

「戦場は、剣だけじゃないな」

 

 ニナリスが答える。

 

「はい、マスター。金銭、道路、食料、噂も戦場です」

 

「嫌な学びだ」

 

「有効です」

 

「知ってた」

 

 外では、旧GTM格納庫の再建音が続いている。

 

 そしてそのさらに外側で、ノウラン市の壊れた道に、最初の補修杭が打ち込まれようとしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。