ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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経済政策は騎士の仕事か

ノウラン基地司令室

 

 

 

 ノウラン市復興計画は、順調だった。

 

 少なくとも、最初の三日間はそう見えた。

 

 道路修繕。

 酒場の再開許可。

 食堂、洗濯屋、雑貨屋、修理屋の営業支援。

 兵士外出規定。

 市民苦情受付線。

 支払い踏み倒し防止。

 ぼったくり対策。

 黒豹による噂拾い。

 救護課による市街救護線。

 

 項目は増えた。

 

 書類も増えた。

 

 そして、四日目。

 

 ジィッド・マトリア准将は、司令室の机に両手をついた。

 

「……俺たちだけじゃ、経済政策をまとめきれない」

 

 ノエルが書類束の向こうから顔を出した。

 

「ようやくですか」

 

「ノエル」

 

「はい」

 

「出世だぞ。経済政策も見ろ」

 

「無理です!」

 

 即答だった。

 

 リネットも静かに補足する。

 

「ノエル様の文書運用能力は有効ですが、商業許可、価格統制、雇用導線、民間資本誘導、占領地内需形成については専門外です」

 

「リネットにまで無理と言われた」

 

 ラドが救護線の地図を抱えて言う。

 

「こっちは市街で酔っ払いが怪我した場合の救護線だけでも手一杯です。酒場を増やせば怪我人も増えます」

 

 ティリカが端末を見ながら言った。

 

「ラド様。酒場三区画に救護箱を置く必要があります」

 

「また増えた」

 

 ニナリスは淡々と報告した。

 

「マスター。道路修繕と店舗許可により市街流通量は上昇していますが、税・許認可・価格・軍票交換・市民雇用の設計が未確定です。このままでは、短期的な混乱が予測されます」

 

 ジィッドは深く息を吐いた。

 

「騎士団運営の範囲を越えた」

 

「はい」

 

「基地司令の範囲も越えてないか」

 

「基地司令の範囲には入ります」

 

「入るのか……」

 

 ジィッドは天井を仰いだ。

 

 戦場なら、敵が見える。

 救護線なら、担架の通る道が見える。

 文書線なら、宛先と責任が見える。

 

 だが、経済は見えない。

 

 酒場を作る。

 兵士が金を使う。

 市民が働く。

 商人が入る。

 物価が動く。

 情報屋が混じる。

 黒豹が忙しくなる。

 補給部が口を出す。

 ペイジ方面への政治的圧力にもなる。

 

 全部、繋がっている。

 

 そして、銀月だけでは見切れない。

 

「……ペール会長に相談しよう」

 

 司令室が止まった。

 

 ノエルが恐る恐る言う。

 

「ビューティ・ペール副主宰ですか」

 

「ユーコン財団会長だ。経済と財政なら、あの人の領分だろう」

 

「それはそうですが」

 

 ラドが顔をしかめる。

 

「なんか、怖くないですか」

 

「怖い」

 

 ジィッドは即答した。

 

「だが、素人が占領地経済をいじって壊す方がもっと怖い」

 

 ニナリスが端末を開く。

 

「ペール会長宛の要請文を作成しますか」

 

「作る。ユーコン財団から経営層の人間を何人か回してほしい。ノウラン市の復興、民間店舗、道路修繕、内需形成、価格管理、雇用導線、軍との決済基準。その辺を見られる者だ」

 

 ノエルが呟く。

 

「経済まで文書線に来た……」

 

「出世だぞ」

 

「思ってたのと違います!」

 

 

 

/*/ バッハトマ魔導軍・後方連絡室 /*/

 

 

 

 ビューティ・ペールへの通信

 

 通信は、すぐには繋がらなかった。

 

 ビューティ・ペールは、バッハトマ副主宰であり、魔導軍総指揮官であり、ユーコン財団会長でもある。

 

 どこにいるのか分からない。

 そもそも、本人が本当にそこにいるのかも分からない。

 

 数度の転送と認証を経て、ようやく通信窓が開いた。

 

 薄い光の向こうに、女がいた。

 

 若々しい顔。

 柔らかな笑み。

 だが、その目の奥に、財団と魔導軍と旧い何かの気配がある。

 

 ビューティ・ペール。

 

「ノウラン基地司令、ジョー・ジィッド・マトリア准将です」

 

 ジィッドは姿勢を正した。

 

「お時間をいただき、感謝します」

 

 ペールは、ゆったりと微笑んだ。

 

「ノウラン基地の准将様から、ユーコン財団宛の要請ですの?」

 

「はい」

 

「ユーコン財団から経営層の人間を幾人か回して欲しいと……」

 

 ペールは、そこで小さく笑った。

 

「ほほ。銀月騎士団からそのような要請を受けるとは思いませんでしたわ」

 

 ジィッドは表情を崩さない。

 

「我々だけでは、ノウラン市の経済政策をまとめきれません」

 

「正直ですわね」

 

「はい」

 

「酒場を作らせ、兵士に金を使わせ、市民に基地経済へ依存させる。道路を直し、民間の行き来を増やす。復興の顔をしながら、占領政策として内需を形成する」

 

 ペールは、まるで書類を読むように言った。

 

「面白いことを始めていますわね」

 

 ジィッドは一瞬だけ沈黙した。

 

 まだ詳細を言っていない。

 

 だが、ペールは知っている。

 

 当然のように。

 

「情報が早いですね」

 

「財団は、商人の流れを見ますもの。酒場が開き、道路に修繕杭が打たれれば、すぐに分かりますわ」

 

「では話が早い」

 

「ええ。早い話をしましょう」

 

 ペールは指を組んだ。

 

「良いでしょう。何人か手配しましょう」

 

 ジィッドは少しだけ息を吐いた。

 

「助かります」

 

「ただし、准将様」

 

「はい」

 

「ユーコン財団の人間は、騎士ではありません。命令で動く兵でもありません。帳簿、契約、投資、回収、価格、雇用、信用で動きますわ」

 

「承知しています」

 

「本当に?」

 

「……努力します」

 

「ほほ。よろしい」

 

 ペールは楽しそうに笑った。

 

「ノウラン市には、三種類の人間を送りましょう」

 

「三種類」

 

「一人目は、復興会計を見る者。道路、店舗、倉庫、修理屋、給養民間委託。金の流れを整えます」

 

「必要です」

 

「二人目は、商業許認可と契約を見る者。誰に店を開かせ、誰に酒を売らせ、誰に洗濯を任せるか。店を作るより、店主を選ぶ方が大事ですわ」

 

「……はい」

 

「三人目は、信用を作る者。市民に、バッハトマ軍へ納品すれば支払いがある、道路が直る、店が守られると思わせる役です」

 

 ジィッドはゆっくり頷いた。

 

「こちらが必要としていた人材です」

 

「でしょうね」

 

 ペールの笑みが少し深くなる。

 

「ですが、気をつけなさい。依存は、反感と同じ根から育ちますわ」

 

「はい」

 

「基地が市民を食わせる。市民は基地に依存する。けれど、基地が横暴になれば、依存は憎悪になります。価格を絞りすぎれば密売が増えます。兵士を遊ばせすぎれば治安が腐ります。締めすぎれば市民は隠れます。緩めすぎればスパイが増えます」

 

「黒豹と連携します」

 

「トモエ様とブラスト大佐ですわね」

 

「はい」

 

「よろしい。表の帳簿はユーコン。裏の臭いは黒豹。軍の線は銀月。三つで見れば、ノウランは面白くなりますわ」

 

 ノエルが背後で小さく呟いた。

 

「文書線がまた増える……」

 

 ペールの視線が、通信越しにノエルへ向いた。

 

「そちらの若い方」

 

 ノエルが硬直した。

 

「はい!」

 

「文書線は経済線の背骨ですわ。お嫌い?」

 

「き、嫌いでは、ありません」

 

「ほほ。良い返事ですわ」

 

 ノエルは青ざめた。

 

 リネットが静かに一礼する。

 

「ビューティ・ペール様。ノエル様の文書運用能力は、経済文書の分類補助にも転用可能です」

 

「よいファティマですわね」

 

「ありがとうございます」

 

 ペールは満足げに頷いた。

 

「それと、准将様」

 

「はい」

 

「ノウラン市に人を送る以上、ユーコン財団の看板も少し使いますわ。露骨には出しませんが、商人は匂いで分かります。財団の影があると分かれば、金も人も寄りやすくなる」

 

「こちらとしては助かります」

 

「助かるだけではありませんわ。私の人間が入るということは、ノウランの帳簿を私も見ます」

 

 ジィッドは黙った。

 

 ペールは微笑んだまま続ける。

 

「怖いですか」

 

「はい」

 

「正直でよろしい」

 

「ですが、必要です」

 

「ええ。必要ですわ」

 

 ペールはゆっくりと言った。

 

「若い騎士を壊さず戻す。ファティマを保守する。白旗線を作る。酒場を作り、市民を食わせる。ノウラン基地、ずいぶん丁寧な実験場になってきましたわね」

 

 ジィッドの背筋が少しだけ冷えた。

 

「実験場、ですか」

 

「戦場の言葉で言えば、運用試験ですわ」

 

 ペールは柔らかく言い換えた。

 

「准将様は、人を壊さずに回そうとしている。私は、その効率に興味がありますの」

 

「壊してから作り直す方が早い場合もある、とお考えですか」

 

 ジィッドは思わず言った。

 

 ペールは笑った。

 

「ほほ。誰から聞きましたの?」

 

「想像です」

 

「良い想像ですわ」

 

 通信の向こうで、ペールの目が細くなる。

 

「けれど今は、あなたのやり方を見ましょう。ノウラン市を、壊さず回す。そのための人材を送りましょう」

 

「感謝します」

 

「感謝状は結構ですわ。いえ、やはり頂きましょうか。銀月騎士団の礼状は、少し評判ですもの」

 

 ジィッドは一瞬だけ目を閉じた。

 

「ノエル」

 

「はい、准将」

 

「ペール会長宛の感謝状、草案」

 

「思ってた通信立ち会いと違います!」

 

「出世だぞ」

 

「厳しい!」

 

 ペールは楽しそうに笑った。

 

「よい部隊ですわね。では、三名を先に送ります。必要なら増やしましょう」

 

「よろしくお願いします」

 

「ええ。ノウラン市、楽しみにしていますわ」

 

 通信が切れた。

 

 司令室に、しばらく沈黙が残った。

 

 ラドがぽつりと言う。

 

「……怖い人ですね」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「怖い」

 

 ニナリスが端末を閉じる。

 

「ですが、人材派遣は成立しました」

 

「成立したな」

 

「経済政策線が新設されます」

 

 ノエルが机に突っ伏した。

 

「線が増える……」

 

 ジィッドは市街図を見た。

 

 酒場。

 道路。

 市場。

 市民雇用。

 ユーコン財団。

 黒豹。

 銀月。

 

 ノウラン市は、ますます戦場から遠ざかり、ますます戦場そのものになっていく。

 

「戦場は、剣だけじゃない」

 

 ジィッドが言うと、ニナリスが静かに答えた。

 

「はい、マスター。帳簿も戦場です」

 

「嫌な学びだ」

 

「有効です」

 

「知ってた」

 

 そして翌日から、ノウラン基地司令部には、ユーコン財団の経営人材を迎えるための書類が新たに積み上がった。

 

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