北東沿岸回廊確保作戦
/*/ 星団暦3035年・ノウラン基地 作戦室 /*/
北東沿岸回廊確保作戦
その名前を聞くたびに、ジィッドは嫌な顔をした。
名前が長い。
内容も面倒。
しかも、実際に成功したせいで、さらに面倒になった。
銀月騎士団は、首都ベイジには触れなかった。
ボスヤスフォート主宰の王都放棄宣言がある。
旧王都を勝手に取れば、軍事作戦ではなく政治問題になる。
だからジィッドは、ベイジを避けた。
海岸線を北東へ進んだ。
港町を押さえ、街道を押さえ、補給所を置き、反バッハトマ勢力の集積地を潰し、無政府化した小都市を軍政下に置いた。
そして、オータシティまで押さえた。
地図の上で見ると、赤い線はずいぶん長く伸びていた。
ノウランから北東へ。
海岸線沿いに。
オータシティまで。
ラドが地図を見て言った。
「団長、広がりましたね」
「広がったな」
ジィッドは嫌そうに答えた。
ノエルが補足する。
「沿岸の港、街道、中継倉庫、旧行政施設、通信所、灯台。全部、管理対象です」
「言うな」
「さらに、オータシティの治安維持、税関再開、難民整理、港湾労働者の再登録、倉庫監査、密輸対策」
「言うなと言った」
ニナリスが静かに端末を確認する。
「マスター。バッハトマ本国より昇任通達です」
ジィッドは、すでに嫌な予感がしていた。
「聞きたくない」
「読み上げます」
「聞きたくないと言った」
「軍務です」
「卑怯な言葉だな」
ニナリスは淡々と告げた。
「ジョー・ジィッド・マトリア准将を、同日付で少将へ昇任。ノウラン市および北東沿岸占領地、オータシティ方面の軍政・防衛・補給管理を継続して担当するものとする」
沈黙。
ジィッドはしばらく動かなかった。
ラドが小声で言う。
「おめでとうございます、少将」
「やめろ」
ノエルも敬礼する。
「マトリア少将」
「やめろと言った」
ラドが笑いをこらえながら言う。
「でも、占領地がここまで広がると、准将のままでは格が足りませんよ」
「格なんて足りなくていい」
ノエルが地図を指す。
「ノウラン市だけなら准将でもよかった。ですが、北東沿岸とオータシティまで入ると、複数都市・複数港湾・複数街道の管区指揮になります」
「管区とか言うな。仕事が増える」
ニナリスが静かに言う。
「実際に増えています」
「事実で殴るな」
ジィッドは椅子に沈んだ。
「俺は王都を取ってないんだぞ」
ラドが頷く。
「取ってませんね」
「スバースも取ってない」
ノエルが頷く。
「取ってません」
「なのになんで昇進する」
ニナリスが答えた。
「ベイジを避けつつ北東沿岸を確保し、オータシティまで占領。AP騎士団の視線を引きつけ、将来の北海方面作戦の足場を作ったためです」
「説明が正しすぎて嫌だ」
ラドが地図を見ながら言った。
「派手じゃないですけど、効いてますよ。ベイジを取らずに周りを押さえた。APはこっちを無視できない。北東沿岸の港も使える。オータまで押さえたから、ノウランの安全圏も広がった」
ノエルも続ける。
「しかも、ダッカスのオーバーホール明けと重なっているので、AP側はかなり神経を使ったはずです」
ジィッドは天井を見た。
「陽動だったんだがな」
「陽動で占領地が増えました」
「最悪だ」
「成功です」
「成功したせいで仕事が増えた」
「いつものことですね」
ジィッドは深く息を吐いた。
地図の上には、ベイジがある。
そこには駒を置いていない。
主宰の宣言には触れていない。
旧王都は取っていない。
だが、その北東の海岸線には銀月の駒が並んでいる。
オータシティにも駒が置かれている。
勝った。
だが、勝った分だけ責任が増えた。
「少将か」
ジィッドが呟く。
「はい」
ニナリスが答える。
「少将になると何が増える」
ラドとノエルが顔を見合わせた。
ニナリスは即答した。
「指揮権限、報告義務、軍政責任、占領地防衛計画、通常部隊の配備権限、補給線維持責任、港湾管理承認権限、治安維持責任が増加します」
「聞くんじゃなかった」
ノエルが言う。
「でも、これで通常部隊や管理官の増員要請は通しやすくなります」
「それは助かる」
「ただし、要請書類も増えます」
「助からない」
ジィッドは机の上の昇任通達を見た。
准将から少将へ。
階級が上がった。
それは名誉ではある。
だがジィッドには、肩にもう一枚重い書類束を載せられたようにしか感じられなかった。
「ラド」
「はい」
「オータシティの歩兵配置を見直せ。港と倉庫と通信所を優先」
「了解」
「ノエル」
「はい」
「北東沿岸の税関再開計画を管理官に回せ。税を取りすぎるな。船と商人が逃げる」
「了解」
「ニナリス」
「はい」
「少将用の報告書式は作るな」
「既に作成中です」
「早い」
「必要です」
「必要なのが腹立たしい」
ジィッドは、もう一度地図を見た。
ノウランから北東へ伸びる線。
ベイジを避ける曲線。
オータシティで止まる駒。
派手な王都制圧ではない。
だが、確かに占領地は広がった。
そして、それを維持するために、ジィッドは少将になった。
「王都はいらん。補給線が欲しい」
彼は低く言った。
「そう言ったのは俺だ」
ラドが頷く。
「はい」
「その結果、補給線と仕事が増えた」
ノエルが頷く。
「はい」
ニナリスが静かに結論づけた。
「正しい判断です」
ジィッドは顔をしかめた。
「正しい判断ほど、仕事が増える」
その日、銀月騎士団は北東沿岸の占領を確定させた。
ジィッドは准将から少将になった。
そして彼の机には、戦果報告より先に、港湾管理と治安維持の書類が積まれ始めた。