/*/ 星団暦3035年・ノウラン基地 上層通信室 /*/
オータ市占領後、ジィッド・マトリア少将の机には、また新しい種類の書類が積まれていた。
港湾税務。
難民登録。
就労配分。
北東沿岸街道の補修。
オータ市場の再開。
薬流通管理線。
横流し調査線。
そして、そのさらに上に置かれた分厚い計画書。
『GTMカーバーゲン整備・部品製造工場 段階建築計画案』
ノエルがその表紙を見て、顔を引きつらせた。
「少将。今度は工場ですか」
「工場だ」
ラドが腕を組む。
「カーバーゲンの修理施設だけでは駄目なんですか」
「駄目だ」
ジィッドは即答した。
「修理だけでは、部品が来なければ止まる。部品を作れるようにしろ。最終的には、現地で一部製造まで持っていく」
ノエルが書類をめくる。
「段階案になっていますね」
「いきなり全部は無理だ。まず修理。次に部品加工。次に規格部品製造。最後にフレーム周りや補助機構の製造補助」
ラドが少し唸った。
「雇用にもなりますね」
「なる」
ジィッドは頷いた。
「難民を登録して、道路を直して、港で荷役をさせるだけでは限界がある。職人、鍛冶、旋盤工、記録係、倉庫番、計測技師、整備助手。そういう人間を吸収できる仕事がいる」
ニナリスが静かに言う。
「カーバーゲンは数が多く、現地修理・部品再生の効果が大きい機種です」
「そういうことだ」
ジィッドは通信卓へ向かった。
「主宰に申請する」
ノエルが小声で言った。
「これ、また面白がられますよ」
「分かっている」
「では、なぜ」
「必要だからだ」
通信が開く。
画面の奥に、ボスヤスフォート主宰が現れた。
穏やかな笑み。
見ているだけで、こちらの腹の中まで読まれている気がする顔だった。
「やあ、ジィッド君。今度は何を欲しがるのかな」
ジィッドは敬礼した。
「主宰。オータ市占領後の北東沿岸管区について、工場建築の許可をお願いします」
「工場?」
「はい」
ジィッドは計画書を送信する。
「GTMカーバーゲンを修理するだけではなく、現地で部品を製造できるようにします。最終的には、限定的ながらGTM関連製造まで可能な工場を一つ作りたい」
ボスヤスフォートは、しばらく黙って資料を見た。
その沈黙が一番怖い。
ジィッドは続けた。
「第一段階は修理工房です。破損部品の再生、装甲板の補修、関節部品の調整、配線系の交換。第二段階で規格部品の加工。第三段階で補助機構、駆動系周辺部品、整備用治具を製造。第四段階で、カーバーゲン系列の現地整備・再構築能力を持たせます」
「ずいぶん本格的だね」
「必要です」
「理由は?」
「占領地での雇用創出」
ジィッドは言った。
「旧ベイジ避難民、オータ市の職人、ノウラン周辺の工房、北東沿岸の港湾労働者。彼らを単純労働だけで使い潰すと、街が育ちません。技術職を作れば、市場も税も教育も伸びます」
ボスヤスフォートは微笑んだ。
「もう一つは?」
「継戦能力です」
ジィッドは即答した。
「本国からの部品輸送に頼りきると、海路や街道が切れた瞬間にGTMが止まります。現地で部品を作れれば、修理速度が上がる。損耗したカーバーゲンを戻せる。戦線に出せる騎数を維持できます」
画面の向こうで、ボスヤスフォートの笑みが少し深くなった。
「そんなに戦い続けたいのかい?」
通信室が静かになった。
ラドもノエルも動かない。
ニナリスだけが、ジィッドを見ている。
ジィッドは、少しだけ間を置いた。
そして答えた。
「騎士ですから」
その言葉は、飾りではなかった。
華やかな武勇でもない。
剣を振りたいという若さでもない。
占領地を食わせ、港を動かし、難民を働かせ、裏社会を管理し、部品工場まで作ろうとしている男が、それでも最後にそう答えた。
騎士だから。
戦うために、壊れたものを直す。
戦い続けるために、街を回す。
ボスヤスフォートは満足そうに言った。
「良い答えだ」
ジィッドは内心で、しまった、と思った。
主宰がそういう声を出す時は、だいたい仕事が増える。
「許可しよう」
ボスヤスフォートは続けた。
「段階建築を認める。第一段階は修理工房。第二段階は部品加工。第三段階以降は報告を見て判断する」
「ありがとうございます」
「ただし」
ジィッドの顔が曇る。
「来た」
「当然だよ」
ボスヤスフォートは楽しげに言った。
「工場稼働率、雇用人数、職能訓練数、部品再生率、修理完了機数、現地調達率、品質不良率、事故件数。月次で報告しなさい」
ジィッドは固まった。
「月次」
「月次だ」
「また報告書が増えた」
「工場を欲しがったのは君だよ」
「否定できません」
ボスヤスフォートは、さらに続けた。
「それと、工場を軍だけのものにしすぎないことだ。民間工房を殺すと、都市が硬くなる」
ジィッドは少し目を細めた。
「民間工房を下請けに入れます。工具、測定器、補修材、輸送台車、作業服、保存食、医療備品。軍需本体に触れさせる部分は制限しますが、周辺産業は広げます」
「よろしい」
「技術流出は防ぎます」
「当然だね」
「黒豹と憲兵で防諜線を置きます」
「それも報告に入れなさい」
「増えた……」
ボスヤスフォートは笑った。
「ジィッド君。君は都市を占領しているのではない。戦争を続けるための身体を作っている」
ジィッドは返す言葉を探し、やめた。
正しいからだ。
正しい言葉ほど、腹に重い。
「その身体には、胃も、血管も、骨も、筋肉もいる。工場は骨に近い」
「では、俺は骨まで面倒を見るんですか」
「君が欲しいと言ったんだよ」
「言いました」
「なら、やりたまえ」
ジィッドは深く頭を下げた。
「承知しました」
通信が切れる。
しばらく誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのはノエルだった。
「少将」
「なんだ」
「工場が増えました」
「分かっている」
「報告書も増えました」
「分かっている」
「でも、これができると北東沿岸の雇用はかなり安定します」
「それも分かっている」
ラドが少し笑う。
「それに、カーバーゲンの修理が早くなるのは助かります」
「それも分かっている」
ニナリスが端末を操作する。
「GTMカーバーゲン整備・部品製造工場、第一段階建築計画を正式記録へ移行します」
「名前が長い」
「正式名称です」
「短くしろ」
「では、カーバーゲン工場」
「それでいい」
ノエルが書類を見ながら言った。
「場所はオータ市外縁ですか?」
「オータの外縁、港と街道の中間だ。市街地に近すぎるな。基地に近すぎても駄目だ。民間工房区と軍用区画の間に置く」
ラドが頷く。
「防衛しやすく、民間雇用も吸える位置ですね」
「そうだ」
ジィッドは地図に新しい印を置いた。
ノウラン。
オータ。
北東沿岸。
港。
倉庫。
市場。
そして、工場。
「また街が大きくなるな」
ノエルが呟く。
「ええ」
「また人が来るな」
「来ますね」
「また管理官が足りなくなるな」
「足りませんね」
ジィッドは天井を見た。
「騎士ですから、とか言うんじゃなかった」
ラドが笑う。
「でも、良い答えだったんでしょう?」
「良い答えほど仕事が増える」
ニナリスが静かに言った。
「マスター。正しい判断です」
ジィッドは顔をしかめた。
「正しい判断ほど、仕事が増える」
その日、ノウラン=オータ北東沿岸線には、新しい点が加わった。
港でも、市場でも、難民登録所でもない。
戦い続けるための工場。
そして、占領地をただ食わせるだけでなく、戦争を支える街へ変えていくための、重い骨だった。