オータ市攻略戦後負荷評価依頼
ノウラン基地・デムザンバラ、フルメンテナンス検討
オータ市攻略後、デムザンバラは格納区画で沈黙していた。
白い装甲には、目立つ損傷はない。
だが、ジィッド・マトリアはそれを信用していなかった。
見た目に無事でも、内部は違う。
オータ市攻略戦では、デムザンバラに何度も無理をさせた。
中域上限。
短時間加圧。
バーガ・ハリへの損傷付与。
GTM戦場地震を抑えながらの外縁戦闘。
鹵獲機を抱えての帰投。
ニナリスは許容範囲内と言った。
整備班も、即時戦闘不能ではないと言った。
だが、それは「壊れていない」という意味ではない。
ジィッドは、格納区画の手すりからデムザンバラを見上げた。
「ユーゴ・マウザー教授に、フルメンテナンスを依頼しようかな」
隣にいたノエルが顔を上げた。
「ユーゴ・マウザー教授って、GTMガーランドの?」
「ああ。GTM専門の整備設計の最高位だ。デコーズ隊長のダッカスも、マウザー教授がオーバーホールした」
「ダッカスを?」
「そう聞いている」
ノエルはデムザンバラを見た。
「それなら、デムザンバラも見てもらう価値はありますね」
「価値はある。問題は、俺が説明を理解できるかだ」
「そこですか」
ジィッドは真面目な顔で頷いた。
「専門用語だらけで説明されたら、たぶん半分くらい分からない」
ニナリスが横から静かに言った。
「マスター。半分理解できれば、高い方です」
「慰めか」
「評価です」
「そうか」
整備班長が、工具箱を抱えたまま近づいてきた。
「准将。マウザー教授に見てもらえるなら、こちらとしてはありがたいです。デムザンバラは、通常機の点検項目だけでは拾い切れない部分があります」
「どこだ」
「関節駆動系、出力制御系、騎士殻の反応拾い、ファティマ側の制御負荷、あとは……」
整備班長は少し言葉を選んだ。
「本来の設計思想と、現在の運用が噛み合っているか、です」
ジィッドはデムザンバラを見上げた。
「そこが一番怖いな」
「はい」
ニナリスが端末を開く。
「スバース市制圧戦での負荷記録、右膝、肩部、胸部騎士殻周辺、頭部コントローラー応答、低中域トルク制御の揺らぎを提出資料として整理できます」
「頼む」
「はい、マスター」
ジィッドは整備班長を見る。
「説明を聞く時は、お前も来てくれ」
「私もですか」
「当然だ。俺だけで聞いても、騎士としての感覚しか残らない。ニナリスだけで聞いても、ファティマ制御側に寄る。整備班長がいないと、実際に何を直すかが分からない」
整備班長は少しだけ目を丸くし、それから深く頷いた。
「承知しました」
ノエルが感心したように言う。
「少将、そこはちゃんとしてますね」
「そこは、とは何だ」
「いえ。騎士って、機体のことを“俺の感覚で分かる”って言いがちじゃないですか」
「俺の感覚で分かるなら、整備班はいらない」
ジィッドは淡々と言った。
「俺はデムザンバラに乗る。ニナリスは制御する。整備班は直す。誰か一人が分かった気になるのが一番危ない」
ニナリスが静かに言う。
「適切です、マスター」
「褒めてるのか」
「評価です」
「今日は評価が多いな」
「良い判断が続いています」
ノエルが小声で言った。
「その分、書類も増えますけどね」
ジィッドは顔をしかめた。
「マウザー教授への依頼文か」
「はい。デムザンバラの戦闘記録、負荷記録、整備班所見、ニナリス様の制御ログ、スバース市制圧戦での運用概要、今後の注意点確認依頼」
「また山になるな」
「出世です」
「その言葉を俺に使うな」
ノエルは少し笑った。
ジィッドはもう一度、デムザンバラを見上げた。
白いGTMは、静かだった。
だが、静かだから安全とは限らない。
動くから強いとも限らない。
強いから壊れないわけでもない。
「フルメンテナンスを依頼する」
ジィッドは決めた。
「マウザー教授に、デムザンバラを見てもらう。どこに無理が出ているか。次に戦う時、どこを避けるべきか。どこまでなら踏めるか。どこから先は踏むなと言うべきか」
ニナリスが頷く。
「はい、マスター」
「説明は、俺、ニナリス、整備班長の三人で聞く」
「記録します」
整備班長も頷いた。
「こちらも、質問をまとめておきます」
ノエルが書類を抱え直した。
「では、依頼文を作ります。件名は……」
少し考えてから、ノエルは言った。
「デムザンバラ総合点検およびオータ市攻略戦後負荷評価依頼」
「固いな」
「相手がGTMガーランドですので」
「なら、それでいい」
ジィッドは苦笑した。
「専門用語は分からんかもしれないが、分からないまま乗るよりはましだ」
ニナリスが静かに答えた。
「分からない部分は、私と整備班長が補足します」
「頼む」
白いデムザンバラは、格納区画の奥で低く沈黙している。
戦場へ出るためではなく、次も帰るために。
ジィッドは、その沈黙へ向けて小さく言った。
「お前にも、医者が要るな」
整備班長が苦笑する。
「医者というより、教授ですね」
「厳しそうだな」
「おそらく」
ジィッドは少しだけ嫌そうにした。
「説明で怒られそうだ」
ニナリスが答えた。
「高確率で」
「知ってた」