ボルサ諸島列島
/*/ 星団暦3045年 ノウラン市郊外 バッハトマ魔法帝国・銀月騎士団駐屯基地 拡張工区 /*/
ノウラン基地は、もう以前のノウラン基地ではなかった。
かつては、占領都市の外縁に置かれた騎士団駐屯地だった。
GTMの格納庫。
整備棟。
兵舎。
補給倉庫。
街道を睨む監視塔。
それで足りていた。
だが、星団暦3045年のノウラン基地は、そこにさらに別の顔を持ち始めていた。
長く伸びた滑走路。
戦闘機用の誘導路。
偵察機の格納庫。
重戦車を積み下ろしするための装甲車両集積地。
輸送艦から荷を受けるための臨時港湾施設。
戦艦の補給を支える燃料庫。
海上監視用の通信塔。
上陸訓練用の模擬港湾区画。
兵士たちは、泥と鉄と潮の匂いが混じる中で働いていた。
GTM整備士たちは不満そうだった。
自分たちの格納庫より、通常部隊の施設が増えているからだ。
だがジィッドは、それでいいと思っていた。
今回の主役は、銀月騎士団のGTMではない。
戦艦。
輸送艦。
上陸艇。
戦車。
戦闘機。
偵察機。
歩兵。
通信兵。
港湾工作部隊。
税務官。
医療班。
そして、占領後に港を止めないための管理官たち。
それらが主役だった。
ジョー・ジィッド・マトリアは、拡張された司令室の窓から基地を見下ろしていた。
その背後に、ラドとノエル。
さらにニナリス。
卓の上には、大陸北部の北海が描かれた地図が広げられている。
三十以上の島々。
ハスハ連合共和国の構成国家。
ボルサ諸島列島。
首都コフツ。
ジィッドは、その島々を指で叩いた。
「ここを取れば、本国からの輸送が太くなる」
ラドが地図を覗き込み、眉を寄せた。
「島ですか」
「島だ」
ノエルが腕を組む。
「GTMで殴る場所じゃないですね」
「だから、普通の軍で取る」
その言葉に、ラドが少しだけ目を丸くした。
「騎士団長が、それを言うんですか」
「騎士団長だから言うんだよ」
ジィッドは地図の上に、赤い線を引いた。
ノウラン基地から北へ。
北海を抜けて、ボルサ諸島列島へ。
さらにそこから、スバース市方面への補給線。
「GTMで港を踏み潰してどうする。港は使うために取る。船を沈めすぎても駄目だ。灯台を壊しても駄目だ。税関を焼いても駄目だ。漁師を敵に回しても駄目だ」
ラドが渋い顔をする。
「騎士団の作戦というより、海軍と行政の仕事ですね」
「そうだ」
「やりたくないですね」
「俺もやりたくない」
ノエルが地図の島影を見ながら言った。
「では、なぜ」
ジィッドは即答した。
「やらないと、後で補給が詰まる」
ニナリスが静かに頷いた。
「正しい判断です」
ジィッドは嫌そうに顔をしかめた。
「正しい判断ほど、仕事が増えるな」
/*/ ノウラン基地 作戦会議室 /*/
会議室には、いつもの騎士団幹部だけでなく、通常軍の将校たちが並んでいた。
海軍士官。
航空隊長。
戦車隊長。
歩兵指揮官。
通信参謀。
港湾技術官。
軍政管理官。
そして、黒豹系の諜報協力員。
ジィッドは、彼らを見渡して言った。
「今回、銀月のGTMは主役じゃない」
会議室が少しざわつく。
GTM乗りたちが、明らかに面白くなさそうな顔をした。
ジィッドは構わず続けた。
「相手が騎士戦力を出してきた時の抑止。重要拠点の制圧補助。それ以外は、原則として通常部隊でやる」
戦車隊長が頷いた。
「港湾道路と行政区の封鎖は、こちらで」
航空隊長が続ける。
「灯台、通信所、沿岸砲台、港湾施設を先行偵察。爆撃は?」
「最小限」
ジィッドは即答した。
「威嚇と制空が主だ。港を焼くな」
海軍士官が地図を示す。
「戦艦は沖合に配置。輸送艦と上陸艇を三方向から進入させます。首都コフツへの集中上陸ではなく、主要港、通信塔、補給倉庫、造船所、灯台を同時に押さえる案です」
「それでいい」
ノエルが書類をめくった。
「スバース商業区経由で、ボルサ諸島に出入りする船団情報を拾っています。港湾労働者の組合、商人、船主、税関役人の名簿も揃いつつあります」
ジィッドは黒豹系の諜報員を見る。
「港湾工作部隊は?」
「配置済みです。通信線、税関、倉庫鍵、灯台勤務表、港湾労働者の交代時刻。抜けるところは抜いています」
「殺しすぎるな」
「承知しています」
「占領後に港を動かす人間まで消すな。敵と港湾労働者を一緒に扱うな」
管理官が静かに記録する。
「港湾機能保全を最優先。現地労働力の保護。交易停止の最小化」
ジィッドは頷いた。
「それだ」
ラドがぼそりと言う。
「GTM戦より、よほど面倒ですね」
「GTM戦は斬ればいい」
ジィッドは低く言った。
「港は斬ると死ぬ」
/*/ 作戦前夜 司令室 /*/
夜のノウラン基地には、潮の気配があった。
本物の海は遠い。
だが、戦艦の燃料、鉄、油、湿った風、上陸艇の点検音が、基地全体を海の作戦へ変えていた。
ジィッドは地図を見ていた。
ボルサ諸島列島。
北海。
ハスハの島々。
巫女ボルサ・バスコ・アトールの生地でもある場所。
ノエルが言う。
「AP騎士団は、こちらを見ていません」
「本当にか」
「主要な視線は大陸です。ノウラン、スバース、ナカカラ、ギーレル、シーゾス、カッツェー。島嶼部は後回しです」
「後回しにしてくれている間に取る」
ラドが苦笑した。
「APが見ていないなら、今しかない、ですか」
「そうだ」
「騎士団長、海の作戦までやるんですね」
「やりたくないと言っただろう」
「では、なぜ」
「やらないと、後で補給が詰まる」
何度目かの答えだった。
だが、それが全てだった。
ノウランは食料を作る。
スバースは金を吐く。
だが、その二つを本国と太く繋ぐには、海がいる。
ボルサ諸島列島を押さえれば、海路が開く。
海路が開けば、戦艦も、輸送艦も、整備材も、医療物資も、塩も、乾物も、GTM部品も流せる。
ジィッドは地図に手を置いた。
「いいか。ここは壊すために取るんじゃない。使うために取る」
ニナリスが静かに言う。
「全軍へ通達します」
「頼む」
/*/ 星団暦3045年 北海 ボルサ諸島列島沖 /*/
夜明け前。
海は黒かった。
その上を、ノウラン基地から出撃した艦隊が進んでいた。
戦艦。
輸送艦。
上陸艇。
護衛艦。
偵察機が先行し、戦闘機が高空で旋回する。
艦隊の中腹には、GTM輸送用の重装艦も混じっていた。
だが、GTMは沈黙している。
主役ではない。
今回の戦いは、巨人が剣を振るう戦いではなかった。
港を取る戦いだった。
通信所。
灯台。
税関。
補給倉庫。
造船所。
行政区。
それらを、同時に押さえる戦い。
最初に動いたのは航空隊だった。
偵察機が灯台と通信塔を確認する。
戦闘機が低く降り、沿岸砲台の上をかすめる。
爆撃はしない。
威嚇だけ。
砲台員たちは、頭上を切り裂く音に身を伏せた。
その隙に、上陸艇が港へ滑り込む。
第一波は歩兵。
第二波は戦車。
第三波は通信班と港湾工作部隊。
黒豹系の事前工作で、いくつかの倉庫扉はすでに内側から外されていた。
税関の記録室は焼かれていない。
灯台守は拘束されたが、殴られていない。
港湾労働者の宿舎には、先に食料が配られた。
混乱はあった。
銃声もあった。
だが、港は燃えなかった。
コフツ近郊の丘には、銀月騎士団のGTMが一騎、姿を見せた。
デムザンバラではない。
それでも十分だった。
島側の騎士戦力は動きを止めた。
GTMを出せば、港が戦場になる。
港が戦場になれば、島が死ぬ。
ジィッドはその読みだけで、GTMを立たせていた。
「出すな」
艦上司令室で、ジィッドは命じる。
「相手が出るまで、こっちも動かすな」
ラドが隣で頷く。
「抑止ですね」
「そうだ。GTMを動かさないためにGTMを見せる」
ノエルが通信を受け取る。
「第三港、制圧。灯台、確保。造船所、損傷軽微。通信塔、遮断完了」
「よし」
「第二島の税関で抵抗」
「焼くな。囲め。記録室を守れ」
「了解」
戦闘は短かった。
首都コフツだけに戦力を集中させず、主要島を同時に押さえたことで、ボルサ側の連絡は切断された。
港湾施設が残されたまま、通信と税関と補給倉庫を押さえられる。
数日後。
ボルサ諸島列島は、実質的に銀月騎士団/バッハトマ軍政下へ入った。
/*/ ボルサ諸島列島 首都コフツ 臨時軍政庁舎 /*/
占領後の命令は、戦闘命令より多かった。
ジィッドは机に肘をつき、頭を抱えていた。
管理官は楽しそうですらあった。
「准将、港を取った以上、海上税制を整える必要があります」
「また税か」
「はい。港湾税、漁業税、灯台維持費、船舶登録、倉庫使用料、海上保険、交易許可、密輸摘発費用」
「多い」
「港ですので」
「港って面倒だな」
「便利な港ほど、失った時に胃が痛いですから」
ジィッドが顔を上げる。
「俺の台詞を先に言うな」
ラドが笑いを堪える。
ノエルはすでに書類に埋もれている。
ニナリスが淡々と命令文を整理していた。
ジィッドは改めて、軍政命令を口にする。
「漁業を止めるな」
記録官が書く。
「港湾税は上げすぎるな」
記録官が書く。
「船を全部軍用に徴発するな。軍が船を取りすぎると島が死ぬ」
「はい」
「灯台守と港湾労働者は保護しろ。こいつらがいないと港はただの石だ」
「はい」
「島民に飯を配れ。だが働ける者には仕事を回せ」
「はい」
「密輸は潰せ。ただし交易まで殺すな。密輸と交易を一緒にすると、港全体が敵になる」
管理官が頷いた。
「港湾管理方針として極めて合理的です」
「合理的だろうが何だろうが、俺の机に書類が増える」
「必要です」
「便利な言葉だな」
そして実際、書類は増えた。
漁業許可。
港湾税。
船舶登録。
倉庫割当。
造船所補修。
灯台勤務表。
沿岸警備。
医療班配置。
捕虜処理。
島嶼行政代表との面談。
食料配給。
反乱兆候報告。
密輸監視。
それでも、港は動いた。
船は沈みすぎなかった。
灯台は消えなかった。
魚は市場に並んだ。
乾物は倉庫に積まれた。
塩はノウランへ送られた。
船舶資材はノウラン市の商業区へ流れた。
こうして、ボルサ諸島列島は、占領地であると同時に、軍政経済圏の海の口になっていった。