/*/ 星団暦3045年 オータ市郊外・GTMカーバーゲン製造工場 第一製造棟 /*/
十年かかった。
最初は、ただの修理工房だった。
壊れたカーバーゲンの装甲を外し、関節部品を洗い、配線を交換し、使える部品と使えない部品を分けるだけの場所。
次に、部品再生工房になった。
摩耗した軸受けを削り直し、装甲板を打ち直し、規格部品を合わせ、輸送待ちだった機体を一騎、また一騎と戦列へ戻した。
さらに、部品加工場になった。
旋盤が入り、測定器が入り、熱処理炉が入り、旧ベイジから流れてきた職人、オータの工房衆、ノウランの荷役上がり、軍整備班の下働きたちが、少しずつ手を覚えた。
そして星団暦3045年。
オータ市郊外の巨大な建屋に、正式な看板が掲げられた。
GTMカーバーゲン製造工場
第一製造棟 稼働開始
ジィッド・マトリア少将は、その看板を見上げていた。
横にはラド。
ノエル。
ニナリス。
ユーコン財団系管理官たち。
工場長に任命された元オータ市工房組合の老職人。
銀月騎士団整備班。
そして、ボスヤスフォート主宰から増派された国家騎士団の連絡将校たちがいた。
誰もが、どこか誇らしげだった。
ジィッドだけが、露骨に嫌そうな顔をしていた。
「……本当に動いたな」
ラドが笑う。
「少将が十年前に申請した工場ですからね」
「俺は修理能力が欲しいと言ったんだ」
ノエルが資料をめくる。
「記録では、最終的には現地で部品製造、限定的なGTM関連製造まで可能な工場が一つ欲しい、とあります」
「記録はいつも残酷だな」
ニナリスが静かに言う。
「マスターの申請通りです」
「お前まで刺すな」
工場の中では、音がしていた。
金属を削る音。
炉が唸る音。
大型クレーンが軌道を走る音。
整備士の怒号。
記録係の読み上げ。
検査官の確認。
そして、まだ組み上がっていないカーバーゲンのフレームが、巨大な治具に固定されている。
完成品ではない。
だが、ただの修理でもない。
現地で作った部品が組み込まれ、現地で調整され、現地で検査され、やがて一騎のGTMとして立ち上がる。
ジィッドはそれを見て、少しだけ黙った。
ノウランで飯を作り。
オータで市場を動かし。
北東沿岸で港を整え。
ボルサ諸島列島で海路を太くし。
そして今、オータ郊外でGTMを作る。
街が、戦争を支える身体になっていく。
それは誇らしい。
だが、同時に重い。
「少将」
工場長が頭を下げた。
「第一製造棟、稼働可能です。初年度は完全新造ではなく、再生機体と部品製造を中心に回します」
「それでいい」
ジィッドは頷いた。
「いきなり背伸びするな。品質不良で騎士を殺す工場はいらん」
「承知しております」
「検査は二重にしろ。軍整備班と工場検査班を分ける。数字が合わなかったら止めろ。納期より安全だ」
管理官が横から言う。
「ですが、稼働率報告上は――」
「稼働率でGTMは動かん」
ジィッドは即座に返した。
「動くのは部品だ。数字のために不良品を流すな」
管理官は一礼した。
「承知しました。品質不良率を別枠で報告します」
「また報告書が増えた」
ノエルが小声で言う。
「工場ですから」
「その言い方、嫌いだ」
ニナリスが端末を確認する。
「初期稼働項目。部品再生率、現地調達率、修理完了機数、製造補助部品数、事故件数、職能訓練完了者数」
ジィッドは顔をしかめる。
「月次か」
「はい」
「主宰は絶対読むな」
「読むと思われます」
「面白がるな」
「面白がると思われます」
「最悪だ」
その時、製造棟の奥で警笛が鳴った。
低い音。
作業員たちが一斉に動く。
治具に固定されていたカーバーゲンの胴体部に、現地製造の外装部品が取り付けられる。
巨大な部品がゆっくり降り、金属音とともに収まる。
工場長が静かに言った。
「第一号部品、装着完了」
拍手はなかった。
軍需工場で拍手はしない。
だが、誰もがその瞬間を見ていた。
ジィッドは小さく息を吐いた。
「……動いたな」
ニナリスが答える。
「はい。記録します」
「記録しろ」
ジィッドは珍しくそう言った。
ニナリスが少しだけ目を伏せる。
「はい」
ラドは、製造ラインの奥に視線を向けた。
「これでカーバーゲンの戻りは早くなります」
「ああ」
ノエルも頷く。
「雇用も増えます。元避難民の職人、オータの若手、ノウランの工房見習い。みんな工場に吸われている」
「ああ」
「街も安定します」
「ああ」
ジィッドは分かっていた。
この工場は、ただの軍需施設ではない。
難民を職人にする場所。
職人を納税者にする場所。
納税者を都市に繋ぎ止める場所。
都市を補給線に変える場所。
補給線を継戦能力に変える場所。
だから必要だった。
だから嫌だった。
「騎士ですから、なんて言うんじゃなかったな」
ラドが笑った。
「でも、主宰は良い答えだって言ったんでしょう?」
「言われた」
「なら仕方ないですね」
「仕方ないで工場が建つのか」
ノエルが真顔で答える。
「建ちましたね」
ジィッドは天井を仰いだ。
「建ったな」
そこへ、国家騎士団の連絡将校が一歩前に出た。
「マトリア少将。主宰より預かっている国家騎士団五百騎について、機体配備計画の確認を」
ジィッドの顔が、さらに嫌そうになった。
「……ああ。来たか」
ノエルが資料を差し出す。
「国家騎士団向けカーバーゲン配備案です。銀月騎士団の機動戦力を削りすぎず、国家騎士団側に再生カーバーゲンを段階配備。ベイジ掃討作戦へ投入可能です」
「言葉にすると胃が痛い」
ラドが笑いを堪える。
「でも、少将。国家騎士団五百騎だけ歩かせるわけにもいきませんし」
「分かっている」
ジィッドは、工場の奥で組み直されているカーバーゲンを見た。
継戦能力が欲しかった。
壊れた機体を早く戻したかった。
部品待ちで騎士を遊ばせる状況を減らしたかった。
ただ、それだけだった。
それなのに。
ボルサを取った。
補給線が太くなった。
管理官が三倍になった。
国家騎士団五百騎が付いた。
そして今、王都ベイジを掃除しろと言われている。
ジィッドは低く呻いた。
「くそう。継戦能力が欲しかっただけなのに」
ニナリスが淡々と言う。
「継戦能力があるため、ベイジ掃討が可能になりました」
「それが嫌なんだ」
「事実です」
「事実で殴るな」
ジィッドは国家騎士団の連絡将校へ向き直った。
「再生完了したカーバーゲンは、まず国家騎士団の先遣三個中隊へ配備する。銀月騎士団の整備班を一部付ける。操縦癖と整備規格の差で事故を起こすな」
「はっ」
「銀月騎士団は主力を温存しつつ、ベイジ方面への指揮管制、先導、工兵支援、掃討後の外縁警備に入る」
ノエルが記録する。
「ベイジ方面派遣部隊、国家騎士団五百騎を基幹。銀月騎士団は機動支援および指揮補助」
「それと」
ジィッドは、少し声を低くした。
「ベイジは戦場じゃない。いや、戦場にするな。あそこは旧王都だ。瓦礫と王宮と無法者の巣だ。ゴロツキどもを叩き出せ。だが、使える壁と井戸と倉庫は壊すな」
国家騎士団の連絡将校が頷く。
「王宮区画の掃討は」
「殺すために入るな。追い出すために入れ。騎士崩れや野盗が抵抗するなら潰せ。だが、避難民や下働きや使われている子供を巻き込むな」
「承知」
「王宮を焼くな。旧行政区を爆破するな。地下倉庫を無確認で潰すな。あそこには、使えるものも、後で調べなきゃならんものもある」
ラドが横から言う。
「医療班も出します。薬物中毒者、栄養失調、怪我人が出るでしょう」
「頼む」
ノエルが続ける。
「憲兵は?」
「後詰めだ。最初に憲兵の旗を立てると、無法者が人質を取る。黒豹に先に見せろ。正面は国家騎士団。外縁を銀月が押さえる」
「黒豹にも?」
「トモエ姐さんに依頼する」
ジィッドは短く言った。
「ベイジの地下は、GTMじゃ見えん」
ニナリスが端末に項目を追加する。
「ベイジ掃討作戦。国家騎士団カーバーゲン配備。銀月騎士団随伴。黒豹地下線照会。医療班待機。憲兵後詰め」
「また線が増えた」
「必要です」
「必要で殴るな」
工場長が、少し不安そうに口を開いた。
「少将。工場としては、国家騎士団向けに回す機体が増えると、銀月騎士団への戻しが遅れます」
「分かっている」
「よろしいのですか」
「よろしくない」
ジィッドは即答した。
「だが、ベイジを放置すると、もっとよろしくない。王宮に入り込んだゴロツキどもが、旧王都の名を使って好き放題する。密輸、薬、奴隷、人質、偽王党。放っておけば、ノウランにもオータにもボルサにも泥が流れてくる」
ノエルが頷く。
「旧王都が腐ると、周辺全部に匂いが移ります」
「そういうことだ」
ジィッドはカーバーゲンのフレームを見上げた。
「だから、国家騎士団に配備する。銀月騎士団と一緒にベイジへ派遣する。王宮に巣食ったゴロツキどもを叩き出す」
ラドが苦笑する。
「本当に、継戦能力が欲しかっただけなのに、ですね」
「言うな」
「でも、工場がなかったらできませんでしたよ」
「だから嫌なんだ」
ジィッドは低く言った。
「正しい準備をすると、次の仕事が来る」
ニナリスが静かに答える。
「はい」
「否定しろ」
「不可能です」
「事実で殴るな」
製造棟の奥で、次の部品が運び込まれる。
現地製造の補助装甲。
再生された関節部品。
国家騎士団向けに調整される予定のカーバーゲン。
それは銀月騎士団だけの剣ではなくなる。
ノウラン=オータ=ボルサの補給線を守り、旧王都ベイジを掃除し、中枢化の足場を作るための、軍政の道具になる。
ジィッドは工場長に向き直った。
「工場長」
「はい」
「国家騎士団向けの整備訓練班を作れ。銀月式の手順を全部押し付けるな。あいつらの癖も見ろ。だが、安全基準だけは絶対に落とすな」
「承知しました」
「それと、ベイジ派遣用に交換部品を余分に積め。王都の瓦礫で脚をやる。関節部品、足回り、外装、冷却系を優先」
「はい」
「弾薬より修理箱を多く積め。掃討後に街を使う。壊すだけの部隊にするな」
国家騎士団の連絡将校が目を見開いた。
「弾薬より修理箱ですか」
「足りなくなるのは弾より部品だ。ベイジは荒野じゃない。瓦礫の都市だ。足を取られる。関節を削る。センサーが埃で死ぬ。掃除に行くなら、箒と修理箱を持っていけ」
ラドが小声で言う。
「GTMで王宮掃除」
ノエルが続ける。
「箒は修理箱」
ジィッドが睨む。
「笑うな」
「笑ってません」
「顔が笑ってる」
ニナリスが記録する。
「ベイジ掃討派遣装備。弾薬標準、修理部材増量、瓦礫都市用足回り予備、粉塵対策、医療班増強」
「また報告書が増えた」
「はい」
ジィッドは深く息を吐いた。
そして、製造棟全体を見渡した。
工場。
職人。
騎士。
管理官。
国家騎士団。
銀月騎士団。
ノウラン。
オータ。
ボルサ。
ベイジ。
線がつながっていく。
欲しかったのは、壊れたGTMを直す力だった。
だが、直す力は、動く力になる。
動く力は、奪い返す力になる。
奪い返す力は、統治する責任になる。
ジィッドは、ほとんど吐き捨てるように言った。
「ゴロツキどもを叩き出せ」
誰に向けた言葉でもなかった。
だが、その場の全員が聞いた。
「ベイジを使えるようにする。王宮を掃除する。旧行政区を押さえる。井戸と倉庫と街道を残す。国家騎士団にカーバーゲンを配備しろ。銀月騎士団は随伴する」
ノエルが復唱する。
「ベイジ掃討・中枢化準備作戦、開始ですね」
「名前をつけるな」
「必要です」
「必要で殴るな」
ニナリスが静かに言った。
「マスター。主宰への報告文面は」
ジィッドは少し考えた。
「オータ市郊外、カーバーゲン工場、稼働開始。第一号現地製造部品、装着完了。再生機体を国家騎士団へ配備開始。銀月騎士団随伴の上、ベイジ掃討準備に入る」
「最後に一文、追加しますか」
「何を」
「継戦能力、向上見込み」
ジィッドは顔をしかめた。
「入れろ」
「はい」
「あと、俺の本音は入れるな」
「“継戦能力が欲しかっただけなのに”ですか」
「入れるな!」
「承知しました」
工場の音は止まらない。
金属を削る音。
部品を測る声。
炉の唸り。
クレーンの軌道音。
そして、遠くで国家騎士団の騎士たちが、再生カーバーゲンの前に整列し始めていた。
星団暦3045年。
オータ市郊外のGTMカーバーゲン製造工場は稼働を開始した。
それは銀月騎士団の修理能力を高めるだけではなかった。
国家騎士団を動かし、旧王都ベイジへ向かわせるための足にもなった。
ジィッドが欲しかったのは、継戦能力だった。
だが、その能力はすぐに、王都の瓦礫と無法者と亡霊を掃除する仕事へ変わった。
便利な工場ほど、動き始めた時に胃が痛い。