/*/ 星団暦3045年・旧王都ベイジ外縁 /*/
旧王都ベイジは、都市というより瓦礫だった。
壊れた街路。
傾いた石柱。
焼けた行政区画。
王宮へ続くはずの大通りは、崩れた建材と放置された車両と、どこから持ち込まれたのか分からない露店の残骸で塞がれている。
国家騎士団の若い騎士が、その光景を見て呟いた。
「ここを掃除して使えって、正気か……」
その横で、銀月騎士団の工兵部隊が動いていた。
早かった。
まず、崩れかけた壁に赤布を結ぶ。
次に、通れる街路と通れない街路を白線で分ける。
粉塵の多い区画へ水撒き班を回す。
井戸を調べる。
倒れた橋材を切り出し、仮設路の枕木に回す。
爆発物らしきものを見つけると、叫ばず、騒がず、手信号だけで周囲を止める。
国家騎士団の騎士が目を丸くした。
「……銀月さん」
「あ?」
「なんか、そちらの工兵部隊、やたらと充実してません?」
銀月騎士団の騎士は、泥だらけの手袋で額の汗を拭った。
「そうか?」
「そうかって。手際がすげぇんですが。瓦礫都市の掃除に慣れすぎてません?」
銀月の騎士は、少し遠い目をした。
「なんか復興復旧ばっかりやってるからなぁ」
「騎士団ですよね?」
「騎士団だよ」
「なんで仮設橋を三十分で組めるんですか」
「ノウランで五本組んだ」
「なんで井戸の水質検査班がいるんですか」
「オータで腹を壊した兵が出た」
「なんで倉庫の再利用区画を即座に引けるんですか」
「ボルサで港湾倉庫を焼かずに使う訓練をやった」
「なんで瓦礫に埋もれた街路の幅からGTMの足回り負荷を計算してるんですか」
「カーバーゲンが脚をやると少将が怒る」
国家騎士団の騎士は、何とも言えない顔になった。
「……実戦経験が変な方向に豊富ですね」
「うちの団長に言え」
その時、前線指揮所からジィッドの怒号が飛んだ。
「そこ! 王宮通りにGTMを突っ込ませるな! 下が空洞だ! 先に工兵入れろ!」
銀月工兵班長が即座に返す。
「了解! 地盤確認班、二班前へ! 粉塵対策、水撒き継続! カーバーゲンは右外縁路へ迂回!」
国家騎士団の連絡将校が、ぽかんとする。
「……命令が、完全に都市復旧ですね」
ノエルが隣で帳面を抱えて答えた。
「掃討作戦です。ただし、掃討後に使うので壊せません」
「面倒ですね」
「面倒です」
ラドが医療班の荷車を押しながらぼやく。
「しかも、無法者も出るし、負傷者も出るし、井戸水は怪しいし、粉塵で咳は出るし、王宮地下には薬物倉庫の可能性あり。騎士戦よりよほど厄介ですよ」
ジィッドは前方の瓦礫街を睨んでいた。
「ゴロツキどもを叩き出せ。だが、井戸を潰すな。倉庫を焼くな。王宮の柱を折るな。後で使うんだぞ」
銀月騎士の一人が、小声で言う。
「団長ー、やってることが完全に復興局です」
「うるさい」
「でも、うちの工兵、復興局より手際いいですよ」
「それが一番腹立たしいんだよ」
ニナリスが端末に記録する。
「銀月騎士団工兵部隊、ベイジ外縁区画の仮設導線構築完了。井戸三基確認。主要街路二本、GTM通行可能性あり。王宮通り地下空洞、要補強」
ジィッドは苦い顔で頷いた。
「継戦能力が欲しかっただけなのに、なんで王都の上下水と仮設橋の心配をしてるんだ俺は」
ラドが笑う。
「向いてるからじゃないですか」
「言うな」
ノエルが続ける。
「国家騎士団も驚いてますよ。銀月は戦う前に道を直すって」
「戦う前に道を直さないと、帰り道がなくなるだろうが」
ジィッドが即答すると、周囲の銀月騎士たちが妙に納得した顔で頷いた。
国家騎士団の若い騎士は、隣の銀月騎士にそっと聞いた。
「……いつもこうなんですか」
銀月騎士は、瓦礫をどかしながら答えた。
「いつもこうだよ」
「騎士団なのに」
「騎士団だからだよ。うちは勝った後の道も直す」
遠くで、工兵班の声が飛ぶ。
「仮設路、一本通ったぞ!」
「カーバーゲン一騎ずつなら通せる!」
「井戸水、煮沸すれば使える!」
「王宮側の地下入口、塞ぐな! 黒豹が見る!」
ジィッドは地図に線を引いた。
一本。
また一本。
瓦礫の街に、通れる線が増えていく。
それは戦線であり、復旧線であり、いずれ行政線になるものだった。
「よし」
ジィッドは低く言った。
「まず外縁区を押さえる。国家騎士団はカーバーゲンで威圧。銀月は導線確保。工兵は井戸と街路。黒豹は地下。ゴロツキどもを王宮から叩き出す」
銀月の工兵班長が笑った。
「団長、掃除道具は?」
「修理箱とシャベルだ」
「了解!」
国家騎士団の騎士が呆れたように笑った。
「本当に王都掃除だ」
ジィッドは瓦礫の向こう、壊れた王宮を睨む。
「掃除だよ」
声は低かった。
「ただし、終わったら使う。だから壊すな。直しながら押し込め」
銀月騎士団の工兵たちは、まるで最初からそういう騎士団だったかのように、瓦礫の中へ入っていった。
戦うために。
直すために。
そして、後でまた使うために。