/*/ 星団暦3045年・旧王都ベイジ 王宮外縁地下区画 /*/
最初に気づいたのは、銀月の工兵だった。
王宮外縁区画の崩れた地下倉庫。
瓦礫をどかし、粉塵を抑え、GTMカーバーゲンの足場を確保するために地下空洞を調べていた班が、妙な壁を見つけた。
「団長」
工兵班長が、泥のついた手袋で壁を叩いた。
「ここ、音が違います」
ジィッド・マトリア少将は、地図から顔を上げた。
「空洞か」
「はい。ただ、塞ぎ方が新しいです。王宮崩落時の瓦礫じゃありません」
ノエルが顔をしかめる。
「誰かが後から隠した?」
「だろうな」
ジィッドの声が低くなる。
「黒豹を呼べ。ラド、医療班も前に出せ」
ラドがすぐに動いた。
「了解」
国家騎士団の連絡将校が問う。
「敵ですか」
「分からん」
ジィッドは壁を見た。
「分からん時が一番嫌だ」
黒豹の影が入る。
壁の隙間を調べ、匂いを拾い、床に残る小さな足跡を見つける。
成人の足ではない。
子供の足跡だった。
黒豹の一人が、短く言った。
「中にいます」
ジィッドの眉が動いた。
「何人だ」
「数は不明。複数。声を殺しています」
ジィッドは一瞬だけ目を閉じた。
それから、低く命じた。
「開けろ。ただし、崩すな。中に子供がいる可能性がある」
工兵が動く。
爆破は使わない。
梃子と鋸と手工具で、後から積まれた壁を少しずつ外していく。
石が外れる。
木板が割れる。
湿った空気が漏れる。
その瞬間、甘い薬品臭と、排泄物と、古い布の臭いが混ざって流れ出した。
ラドが顔をしかめる。
「最悪だな」
ジィッドは答えなかった。
開いた隙間の向こうに、目があった。
小さな目。
怯えた目。
行儀よく笑うことすら忘れた目。
中には、子供たちがいた。
一人ではない。
十人でもない。
奥の暗がりに、汚れた毛布がいくつもあり、その間から、小さな手と足が見える。
ラドが息を呑む。
「数十人いるぞ……」
ノエルが声を落とした。
「難民から攫った子供か」
黒豹が頷く。
「おそらく。登録札を外されています。何人かは薬を入れられています」
ジィッドは、しばらく何も言わなかった。
瓦礫。
王宮。
騎士崩れ。
密輸。
薬物。
逃亡兵。
そして、地下に隠された子供たち。
彼は、吐き捨てるように言った。
「ホントに無法地帯だな」
その声は、怒鳴り声ではなかった。
むしろ、低く冷えていた。
「ラド。全員見る。生きている者を先に出せ。薬が入っている子は分けろ。水を急に飲ませるな」
「分かっています」
「ノエル、憲兵は外縁を閉じろ。逃げた連中を拾う。だが、子供の前に剣を見せるな」
「はい」
「黒豹。帳簿を探せ。誰から攫ったか、どこへ流すつもりだったか、誰が買ったか。線を切るな。全部たぐる」
黒豹が影のように消えた。
国家騎士団の若い騎士が、呆然と子供たちを見ていた。
「王都の地下で、こんな……」
銀月の工兵が、苦い顔で言った。
「王都だから、だろ。名前だけ残って、誰も見てなかった場所だからな」
ジィッドは子供たちの前に膝をついた。
近づきすぎない。
怖がらせない。
声を低く、短くする。
「俺はジィッド・マトリア。バッハトマの軍人だ」
子供たちは、さらに怯えた。
当然だった。
軍人。
占領軍。
信用できるはずがない。
だからジィッドは言葉を足した。
「信じなくていい。だが、ここから出す。医者に見せる。飯を出す。お前たちは売らせない」
奥の少年が、ひび割れた声で言った。
「また、別のところに送るんだろ」
ジィッドは頷かなかった。
首も振らなかった。
「ノウランとオータの孤児院へ送る。名簿を作る。生きている名前を戻す」
「名前……」
「登録札を作り直す。誰がどこから来たか、分かる範囲で調べる。分からなくても、番号じゃなく名前で呼ばせる」
少年は黙った。
信じたわけではない。
ただ、聞いた。
それで今は十分だった。
ラドの医療班が入り、子供たちを一人ずつ外へ出していく。
歩ける子。
歩けない子。
薬でぼんやりしている子。
腕に縄の跡が残る子。
声を出せない子。
パンの欠片を握りしめて離さない子。
銀月の工兵たちは、瓦礫をどけて担架の通り道を広げた。
「仮設路、医療班優先!」
「粉塵止めろ、水撒け!」
「そこ、毛布持ってこい!」
「小さい子から出すぞ!」
国家騎士団の騎士たちは、カーバーゲンの前で立ち尽くしていた。
GTMで無法者を威圧するために来た彼らが、今は毛布を運び、水を運び、子供を抱えるために膝をついている。
ジィッドはそれを見て、短く命じた。
「覚えておけ。ベイジ掃討は、敵を斬るだけじゃない。こういうものを全部拾う仕事だ」
国家騎士団の連絡将校が、硬い声で答える。
「承知しました」
「承知だけで終わるな。孤児搬送隊を作る。ノウランとオータへ分けて送る。道中は医療班と憲兵を付けろ。黒豹は後ろを見る。追ってくる奴がいれば捕まえろ」
ノエルが端末を開く。
「搬送先は、ノウラン孤児院とオータ市東区孤児院。人数確認後、病状別に分けます」
ラドが子供の脈を取りながら言う。
「重い子はノウラン医療区画へ。栄養状態の悪い子はオータでも受けられますが、薬物反応がある子は俺のところへ」
「任せる」
ニナリスが静かに記録した。
「ベイジ地下児童保護。暫定確認、三十名以上。登録札なし。薬物反応あり。搬送先、ノウランおよびオータ孤児院」
ジィッドは嫌そうに顔を歪めた。
「また孤児院の台帳が増える」
ラドが言った。
「増えてよかった台帳ですよ」
ジィッドは少し黙った。
「ああ」
地下の奥から、黒豹が戻ってきた。
「帳簿を一部確保。難民列から攫った子、王宮周辺で拾った子、売買予定の印があります。買い手の符丁もあり」
ジィッドの目が冷える。
「線は残ってるか」
「残っています」
「なら、切る前にたぐれ。買い手も運び屋も、王宮に巣食った連中も、全部だ」
「承知」
遠くで、子供の一人が泣き出した。
やっと泣けたのだろう。
その声が、壊れた王宮外縁の地下に響いた。
ジィッドは、その声を聞きながら、瓦礫の向こうを睨む。
「王都を掃除するってのは、こういうことか」
ノエルが静かに言う。
「はい」
「主宰は、これも見越していたのかね」
ニナリスが答える。
「可能性はあります」
「最悪だな」
「はい」
ジィッドは深く息を吐いた。
「ゴロツキどもを叩き出す。王宮からも、地下からも、子供の名簿からもだ」
銀月工兵班長が、担架の通路を確認しながら言った。
「団長、次の壁も怪しいです」
「開けろ」
「子供がいる可能性?」
「あると思って開けろ」
「了解」
ジィッドは地図に赤線を引いた。
王宮地下。
旧行政区地下倉庫。
逃亡兵の巣。
密輸線。
孤児搬送路。
ノウラン。
オータ。
また線が増えた。
だが、今度の線は必要だった。
そこを通れば、子供が地下から出られる。
なら、引くしかない。
ジィッドは低く言った。
「便利な都市ほど、腐った時に胃が痛い」
ノエルが記録しようとした。
「今の言葉――」
「使うな」
「記録しました」
「記録はいつも残酷だな」
その日、旧王都ベイジの地下から、難民の子供たちが救い出された。
彼らはノウランとオータへ送られる。
名前を取り戻すために。
飯を食べるために。
そして、王都という名の下で隠されていた無法を、ジィッドの軍政がひとつずつ帳簿に引きずり出すために。