ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

89 / 131
君たちは包囲されている

/*/ 星団暦3045年 旧王都ベイジ 王都AP騎士団旧格納庫区画 /*/

 

 

 

 王都AP騎士団の旧格納庫は、思ったより形を残していた。

 

 もちろん、無傷ではない。

 

 外壁は崩れ、天井の一部は抜け、整備架台は錆び、床には瓦礫と油と古い血の跡が残っている。

 

 それでも、巨大なGTM格納庫というものは頑丈だった。

 

 壊れた王都の中で、そこだけが妙に骨格を保っていた。

 

 だからこそ、無法者が入り込んでいた。

 

 中古GTMを持つ傭兵崩れ。

 

 騎士崩れ。

 

 逃亡兵。

 

 旧王都の名を盾に、壊れた格納庫を勝手に使い、闇市の用心棒じみたことをしていた連中。

 

 彼らは最初、抵抗するつもりだった。

 

 だが、格納庫の外縁を国家騎士団のカーバーゲンが囲み、銀月騎士団のカーバーゲンが退路を塞いだ時点で、その気はかなり萎えた。

 

 さらに、銀月工兵が格納庫周辺の地盤を押さえ、黒豹が地下通路を塞ぎ、憲兵が外縁を固めると、傭兵崩れの頭目は中古GTMの操縦席で長い沈黙に入った。

 

 通信が入る。

 

「……投降する」

 

 ノエルが眉を上げた。

 

「意外と早いですね」

 

 ラドが言う。

 

「中古GTM数騎でカーバーゲンに囲まれたら、まあ」

 

 ジィッド・マトリア少将は、格納庫前の簡易指揮所で腕を組んでいた。

 

「撃つな。降りてくるまで待て」

 

 国家騎士団の連絡将校が確認する。

 

「捕虜扱いで?」

 

「まず武装解除。次に機体確認。整備記録、登録、入手経路、弾薬、格納庫内の帳簿。全部押さえろ」

 

「抵抗した場合は」

 

「脚を止めろ。機体ごと吹き飛ばすな。格納庫を使う」

 

 その言葉に、国家騎士団の若い騎士が顔を上げた。

 

「使うのですか、この格納庫を」

 

「使う」

 

 ジィッドは即答した。

 

「王都AP騎士団の格納庫だ。柱も床も、GTMを入れる前提で作ってある。壊すより直した方が早い」

 

 銀月工兵班長が、すでに図面を広げていた。

 

「天井の抜けは二箇所。南側架台は使えませんが、北側は補強すればいけます。地下の燃料区画は怪しいので封鎖。東の搬入口は瓦礫をどかせば大型車両が入ります」

 

 ジィッドは頷く。

 

「復旧資材の集積所にする。GTMの応急整備、通常車両の待機、工兵資材の保管、医療搬送の一時受けにも使う」

 

 ノエルが端末に打ち込む。

 

「旧AP騎士団格納庫、ベイジ復旧前進拠点へ転用」

 

「名前をつけるな」

 

「必要です」

 

「必要で殴るな」

 

 その間に、傭兵崩れたちが出てきた。

 

 武器を床に置く。

 

 顔は汚れている。

 

 だが、追い詰められた獣の目ではなかった。

 

 むしろ、どこかほっとしている者もいた。

 

 戦いたくなかったのだろう。

 

 王都の亡骸に巣を作り、GTMを持っているというだけで食いつないでいた連中。

 

 ジィッドは彼らを見て、低く言った。

 

「戦わない判断は褒めてやる」

 

 傭兵崩れの頭目が顔を上げる。

 

「なら、助かるのか」

 

「調べてからだ。人身売買、薬、難民狩りに噛んでいた奴は別扱いだ」

 

 頭目の顔がこわばる。

 

「俺たちは格納庫を守っていただけだ」

 

「なら、帳簿を出せ。言葉より帳簿を信じる」

 

 黒豹が、影のように格納庫内へ入っていった。

 

 

 

/*/ 同日午後 旧王都ベイジ AP騎士団旧格納庫前 /*/

 

 

 

 格納庫が落ちた、という噂は早かった。

 

 旧王都の王宮外縁が押さえられた。

 

 AP騎士団の格納庫が復旧されるらしい。

 

 水が出る井戸が三つ見つかった。

 

 医療班がいる。

 

 工兵が道を通している。

 

 バッハトマだが、略奪はしていない。

 

 働ける者には仕事があるらしい。

 

 その噂を聞いて、人が戻り始めた。

 

 戻る、といっても、街はまだ街ではない。

 

 市街地は瓦礫。

 

 工場はない。

 

 市場もない。

 

 職場もない。

 

 屋根のある家すら少ない。

 

 それでも人は来た。

 

 荷車を押す家族。

 

 王都から逃げたまま周辺で食いつないでいた老人。

 

 親を失った子供。

 

 大工道具を抱えた男。

 

 鍋だけ持った女。

 

 元職人。

 

 元役人。

 

 元兵士。

 

 そして、ただ「王都へ戻れば何かが始まる」と思って来た者たち。

 

 ノエルが、その列を見て青ざめた。

 

「少将。人が戻り始めています」

 

「見れば分かる」

 

 ジィッドは、格納庫前の仮設卓に地図を広げていた。

 

「まずいですね」

 

「ああ。非常にまずい」

 

 ラドが言う。

 

「まだ住む場所も、仕事も、配給線も足りません」

 

「だから難民キャンプを作らせるな」

 

 ジィッドは即座に言った。

 

 ノエルが顔を上げる。

 

「ノウランと同じ方針ですか」

 

「同じだ。ただし、ベイジの方が悪い。ここは王都の名前がある。放っておくと、仕事のない人間が“帰還民”の顔をして集まり、すぐに賭博、薬、売買、情報屋、偽役人、偽王党、全部が湧く」

 

 ジィッドは地図を叩いた。

 

「登録しろ。職能を聞け。働ける者はすぐ仕事につけろ」

 

 ノエルが記録する。

 

「帰還民登録線、職能分類、就労配分」

 

「まずは土木だ」

 

 ジィッドは言った。

 

「測量班を作る。道路を引く。瓦礫をどかす。井戸を囲う。仮設倉庫を建てる。格納庫を復旧する。建物はその後だ」

 

 銀月工兵班長が頷く。

 

「測量補助なら素人でも使えます。杭を持たせる。縄を張らせる。印を打たせる。瓦礫撤去も班を分ければできます」

 

「大工は」

 

「仮設足場と倉庫へ回します」

 

「元兵士は」

 

「荷役、警備、道路作業。ただし武装はさせません」

 

「職人は」

 

「工具登録。工房再建候補。まずは格納庫内の作業台修理から」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「食える理由を作れ。配給だけするな。働いた者に食わせろ。働けない者は保護。子供、老人、怪我人、病人は医療と民政へ回す」

 

 ラドが手を挙げる。

 

「薬物反応がある者は先に医療へ。作業に入れると事故ります」

 

「任せる」

 

 ニナリスが静かに項目を並べる。

 

「帰還民登録所、三箇所。職能分類所、二箇所。工兵作業配分所、一箇所。医療選別所、一箇所。食料配給所、登録後配布方式」

 

「また線が増えた」

 

「必要です」

 

「言うと思った」

 

 国家騎士団の連絡将校が、少し戸惑いながら言った。

 

「我々は、掃討後の治安維持に入るのでは」

 

「治安維持はする。だが、治安は剣だけじゃ維持できない」

 

 ジィッドは戻ってくる人の列を指した。

 

「仕事がない人間を一箇所に固めたら、どれだけ騎士がいても腐る。道路を引け。瓦礫をどかせ。井戸を直せ。食わせるなら働かせる。働かせるなら街が戻る」

 

 連絡将校は黙った。

 

 それから、ゆっくり頷いた。

 

「国家騎士団からも人員を出します」

 

「騎士に測量杭を持たせるのか?」

 

「必要なら」

 

 ジィッドは少しだけ笑った。

 

「いい答えだ。だが、騎士は外縁警備と重作業の護衛だ。杭は帰還民に持たせろ」

 

 

 

/*/ 翌日 ベイジ復旧登録所 第一仮設所 /*/

 

 

 

 帰還民の列は、朝から続いていた。

 

 ただし、ただ並ばせてはいない。

 

 銀月工兵と民政管理官が、板に大きく書き出している。

 

 

 

 名前

 出身地

 家族数

 職能

 怪我・病気

 使用可能工具

 旧ベイジ居住区

 作業可否

 

 

 

 その横には、さらに板がある。

 

 

 

 本日の作業募集

 瓦礫撤去班

 測量補助班

 道路杭打ち班

 井戸周辺整備班

 仮設倉庫建設班

 炊き出し班

 洗濯班

 資材運搬班

 子供保護補助班

 

 

 

 元石工の老人が、登録官に言った。

 

「わしは、もう重いものは持てん」

 

 登録官が答える。

 

「石の割れ目は見られるか」

 

「見られる」

 

「なら瓦礫選別班。崩れやすい石を見ろ。若い者に持たせる」

 

 若い女が言う。

 

「私は料理しかできません」

 

「炊き出し班。人数が足りない」

 

 元兵士が言う。

 

「剣は使える」

 

「今はシャベルを使え」

 

「シャベル?」

 

「道路班だ」

 

 子供を連れた母親が不安そうに言う。

 

「働かないと、ここにいられませんか」

 

 登録官は顔を上げた。

 

「子供が小さいなら保護対象だ。昼は炊き出し補助、短時間。子供は民政の見守り所へ。無理はさせない」

 

 その背後で、ジィッドが見ていた。

 

「上手く回ってるか」

 

 ノエルが答える。

 

「混乱はありますが、難民キャンプ化は避けられそうです。仕事を先に出したのが効いています」

 

「まだ街じゃない」

 

「はい」

 

「だから先に道だ」

 

 ジィッドは地図を見る。

 

「王宮から格納庫。格納庫から井戸。井戸から仮設倉庫。仮設倉庫から医療所。まずこの四本を通す」

 

 銀月工兵班長が頷く。

 

「測量は今日中に仮線を出します。明日から杭打ち。三日後に瓦礫撤去本格化。GTM通行可能路は後回しで、人と荷車の道を先に」

 

「それでいい。GTMのための都市じゃない。人が戻るための都市だ」

 

 ニナリスが記録する。

 

「ベイジ復旧第一段階。測量、生活道路、井戸、仮設倉庫、医療所、登録所」

 

「建物は?」

 

 ノエルが聞く。

 

「道路の後だ」

 

 ジィッドは即答した。

 

「道がなければ資材が入らん。資材が入らなければ建物は建たん。先に道路。次に水。次に倉庫。建物はそれから」

 

 ラドが笑う。

 

「本当に復興局ですね」

 

「うるさい」

 

 ジィッドは不機嫌そうに返したが、目は地図から離れない。

 

 王都ベイジ。

 

 かつての中枢。

 

 今は瓦礫と無法の巣。

 

 そこへ、人が戻ってきている。

 

 戻ってきてしまった。

 

 なら、仕事を作るしかない。

 

 仕事がなければ、彼らは難民になる。

 

 難民が固まれば、街は腐る。

 

 街が腐れば、また地下に子供が隠される。

 

 ジィッドは低く言った。

 

「難民キャンプは作らせるな。王都をキャンプにするな。働ける者は働かせろ。働けない者は保護しろ。まず測量。次に道路。それから建物だ」

 

 銀月工兵が復唱する。

 

「測量、道路、水、倉庫、建物」

 

 民政管理官も続ける。

 

「登録、職能分類、就労配分、保護対象分離」

 

 ノエルが呟く。

 

「また線が増えましたね」

 

 ジィッドは、王都の瓦礫へ目を向けた。

 

「線がなきゃ、街は戻らん」

 

 その時、遠くで子供の声がした。

 

 ノウランへ送られる子供たちを乗せた荷車が出ていく。

 

 別の列では、帰還民が測量杭を担いで歩き始めている。

 

 片方は保護。

 

 片方は仕事。

 

 どちらも、王都をもう一度腐らせないための線だった。

 

 ジィッドは短く命じた。

 

「動かせ」

 

 ベイジの復旧は、王宮の玉座からではなく、測量杭とシャベルから始まった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。