ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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銀月騎士団、デムザンバラ簡易整備区画・夜

ノウラン市占領後

 

 

 目的書は、三度書き直された。

 

 一度目は、ジィッドが書いた。

 

 

 

/*/

 

 

目的:デムザンバラ安全運用基準策定のため、旧シュペルター系統に関するファティマ側運用知見を収集する。

ただし、ニナリスの代替を目的としない。

本件は、銀月騎士団の生還率向上を目的とする軍務である。

 

 

/*/

 

 

 

 ニナリスは、それを読んで言った。

 

「不十分です」

 

「どこが」

 

「“ニナリスの代替を目的としない”という一文は必要ですが、後ろ向きです」

 

「後ろ向き?」

 

「代替しない、とだけ書くと、代替可能性を前提にした文になります」

 

 ジィッドは頭を抱えた。

 

「文書でそこまで読むのか」

 

「読みます」

 

「怖いな、軍務」

 

「軍務ですので」

 

 二度目は、ニナリスが修正した。

 

 

 

/*/

 

 

本件は、デムザンバラの安全運用基準策定を目的とする。

運用主体はジョー・ジィッド・マトリアおよびファティマ・ニナリスであり、アウクソーへの接触は、旧シュペルター系統に関するファティマ側運用知見の聴取に限定する。

ファティマ契約、所有権、配属変更、譲渡、勧誘に関する交渉は一切行わない。

収集した知見は、整備班および黒騎士隊監督下で検証し、デムザンバラの限定運用へ反映する。

 

 

/*/

 

 

 

 

 ジィッドは素直に感心した。

 

「……すごいな」

 

「当然です」

 

「怒っている時の君は、文書が硬い」

 

「怒っていますので」

 

「そこは否定しないんだな」

 

「はい」

 

 三度目は、整備班長が口を挟んだ。

 

「美文すぎます」

 

「美文か、これ」

 

「団長とニナリス基準では美文です。整備班が読むと、技術項目が足りません」

 

 整備班長は油のついた手で別端末を開いた。

 

「低中域トルク補正、ピーク領域封鎖、フレーム熱逃げ、右肩部負荷集中、左脚接地衝撃、反応炉と駆動伝達系の同期。この辺を項目にしてください。アウクソーから聞くなら、“剣聖騎とは何か”じゃなくて、“ピークを殺した時に殺してはいけない反応はどこか”です」

 

 ジィッドは少し黙った。

 

「……君も容赦がないな」

 

「軍務ですので」

 

「やめろ。その言葉が部隊内で流行り始めている」

 

「士気管理上、有効です」

 

「ニナリス、君もそれで逃げるな」

 

「逃げていません」

 

 結果、四度目の目的書が完成した。

 

 ジィッドはそれを読み上げた。

 

 

 

/*/

 

 

件名:デムザンバラ安全運用基準策定に伴う旧シュペルター系統運用知見聴取について

 

一、本件の目的は、デムザンバラの限定運用における安全性、生還率、整備性を向上させることである。

二、運用主体はジョー・ジィッド・マトリアおよびファティマ・ニナリスであり、アウクソーへの接触は旧シュペルター系統に関する運用知見の聴取に限定する。

三、ファティマ契約、所有権、配属変更、譲渡、勧誘に関する交渉は一切行わない。

四、聴取項目は、ピークパワー領域封鎖時に残すべき反応、低中域トルク補正の限界、フレーム熱逃げ、駆動伝達系負荷、ファティマ側負荷判断基準、騎士側心理負荷管理とする。

五、収集した知見は、ニナリス、整備班、黒騎士隊監督下で検証し、デムザンバラの運用基準へ反映する。

六、本件は銀月騎士団の生還率向上を目的とする軍務である。

 

 

/*/

 

 

 

 

 読み終えたジィッドは、端末を置いた。

 

「硬いな」

 

「軍務文書です」

 

「それはそうだが」

 

 ニナリスが少しだけジィッドを見る。

 

「最後の一文は残しました」

 

「ああ」

 

「ジィッド様が最初に書いた一文です」

 

「……そうか」

 

 ジィッドは、少しだけ照れたように笑った。

 

「ありがとう」

 

「記録します」

 

「それはしなくていい」

 

「しました」

 

「早い」

 

 整備班長が咳払いした。

 

「では、黒騎士殿へ提出を」

 

「そうだな」

 

 ジィッドは端末を持ち上げた。

 

 その時、背後から声がした。

 

「へえ」

 

 全員が振り返った。

 

 デコーズ・ワイズメルが、整備区画の入口に立っていた。

 

 いつからいたのか分からない。

 

 いつものように軽い顔で、しかし目だけは鋭い。

 

「軍務文書ごっこは終わったかい、ジィッド君」

 

「黒騎士殿」

 

 ジィッドはすぐに姿勢を正した。

 

「提出に向かうところでした」

 

「いいよ。ここで見せろ」

 

「はい」

 

 ジィッドは端末を差し出した。

 

 デコーズは受け取ると、ざっと文面を読んだ。

 

 途中で一度、鼻で笑う。

 

「硬え」

 

「軍務文書ですので」

 

「ニナリス、お前さんが書いたろ」

 

「大枠は私が修正しました」

 

「だろうな。ジィッドだけなら、もう少し恥ずかしい感じになってる」

 

「否定できません」

 

「否定しろよ」

 

 デコーズはさらに読み進めた。

 

 そして、四項目目で止まる。

 

「ピークパワー領域封鎖時に残すべき反応、ねえ」

 

「はい」

 

「いいじゃねえか」

 

 ジィッドは少しだけ顔を上げた。

 

 デコーズは端末をひらひら振った。

 

「剣聖騎を知りたい、なんて寝ぼけたこと書いてたら破り捨ててた。だがこれはいい。何を知りたいかが具体的だ」

 

「整備班長の指摘です」

 

「そうだろうな」

 

 デコーズは整備班長を見る。

 

「お前さん、いい耳してるな」

 

「恐縮です」

 

「美談は嫌いか」

 

「整備できませんので」

 

「気が合うな。ボクちゃんも嫌いだよ。美談で機体は動かねえ」

 

 デコーズは端末を閉じた。

 

「仮許可を正式許可にする」

 

 ジィッドが目を見開いた。

 

「よろしいのですか」

 

「よろしいも何も、ここまで書いてきて駄目って言ったら、ボクちゃんがただの意地悪じゃねえか」

 

「違うのですか」

 

「おい」

 

 デコーズが笑った。

 

「言うようになったな、若造」

 

「失礼しました」

 

「いいよ。そのくらいの方が使いやすい」

 

 そして、声を少し低くした。

 

「ただし条件は増やす」

 

 ジィッドは姿勢を正す。

 

「はい」

 

「一つ。ニナリス同席」

 

「はい」

 

「二つ。整備班長同席」

 

「はい」

 

「三つ。会話は全部記録。感情的な発言も消すな」

 

「感情的な発言も、ですか」

 

「そうだ。お前さんがアウクソーの前でどんな顔をしたか、後で見返せ」

 

「それは厳しい」

 

「厳しくしてんだよ」

 

 デコーズはにやりと笑う。

 

「四つ。アウクソーに対して、欲しい、来い、俺と組め、俺ならお前を活かせる、みたいなことを一言でも言ったら、その場で帰還」

 

「言いません」

 

「五つ。言いそうになったらニナリスが止める」

 

「はい」

 

「六つ。ニナリスが止めたら、お前さんは黙る」

 

「……はい」

 

「間があったな」

 

「自分の未熟を想像しました」

 

「結構だ」

 

 デコーズは端末をジィッドに返した。

 

「七つ。バランシェ博士にも事前に目的書を渡す。こっちの都合だけで、あの場所に踏み込めると思うな」

 

「承知しました」

 

「八つ。アウクソーが拒んだら終わりだ。会わない。聞かない。追わない」

 

「はい」

 

「九つ」

 

 デコーズの目が細くなる。

 

「戻ったら、デムザンバラの設定をいじる前に、ボクちゃんに報告しろ。お前さんとニナリスが盛り上がって、いきなりピーク領域を少し開けます、なんて言い出したら蹴る」

 

「しません」

 

「しそうだから言ってる」

 

 ニナリスが静かに言った。

 

「私も同意します」

 

 ジィッドは振り返った。

 

「ニナリス?」

 

「ジィッド様は、理解が進むと試したくなる傾向があります」

 

「……あるか?」

 

「あります」

 

 整備班長も頷いた。

 

「ありますね」

 

「君たち」

 

 デコーズが喉の奥で笑った。

 

「人望あるじゃねえか、隊長さん」

 

「信頼ではなく監視では」

 

「軍隊じゃ同じようなもんだ」

 

 ジィッドは苦笑した。

 

「承知しました。設定変更前に必ず報告します」

 

「よし」

 

 デコーズは踵を返しかけた。

 

 だが、ふと足を止める。

 

「ジィッド」

 

「はい」

 

「アウクソーに会えば、たぶん傷つくぞ」

 

 ジィッドは黙った。

 

 デコーズは背を向けたまま続ける。

 

「剣聖騎を本当に知っているファティマだ。お前さんが必死に鈍らせて、殺して、生き延びようとしてるものを、あっちは本来の音で知っている」

 

「はい」

 

「お前さんがどれだけ届かねえか、今よりはっきり分かる」

 

「はい」

 

「ニナリスも傷つく」

 

 ニナリスは何も言わなかった。

 

「自分が削っているものを、外から照らされる。自分の判断が正しかったか、間違っていたか、見せられる。嫌なもんだぜ」

 

「はい」

 

「整備班長も傷つく」

 

「俺もですか」

 

「ああ。美談は嫌いでも、機体を殺してる自覚くらいあるだろ」

 

 整備班長は、少しだけ表情を引き締めた。

 

「あります」

 

「全員傷ついてこい」

 

 デコーズは軽く言った。

 

 だが、その声は冷たくなかった。

 

「その上で、持って帰ってこい。剣聖の夢じゃねえ。デムザンバラの運用をだ」

 

 ジィッドは深く頭を下げた。

 

「承知しました」

 

「へいへい」

 

 デコーズは片手を振った。

 

「それと、出発前に部下どもへ説明しとけ。隊長がアウクソーに会いに行くなんて話、変に流れたら面倒くせえ」

 

「はい」

 

「特に若いのは勝手に燃えるぞ。ニナリスを捨てるんですか、とか言い出す」

 

 ジィッドは顔をしかめた。

 

「言いそうです」

 

「だろ」

 

 デコーズは笑った。

 

「先に燃料を抜いとけ。火事になる前にな」

 

 そう言って、黒騎士は整備区画を出ていった。

 

 足音が遠ざかる。

 

 しばらく、誰も喋らなかった。

 

 やがて、整備班長が言った。

 

「全員傷ついてこい、ですか」

 

「黒騎士殿らしい」

 

 ジィッドは端末を見下ろした。

 

 正式許可。

 

 条件付き。

 

 逃げ場のない許可だった。

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「部下への説明が必要です」

 

「ああ」

 

「私も同席します」

 

「いいのか」

 

「必要です」

 

 ジィッドは彼女を見る。

 

 ニナリスの表情は、いつも通り静かだった。

 

 だが、先ほどより少しだけ硬い。

 

「ニナリス」

 

「はい」

 

「怒っているか」

 

「はい」

 

「まだ?」

 

「はい」

 

「そうか」

 

「ですが、同行します」

 

「ありがとう」

 

「軍務ですので」

 

 ジィッドは苦笑した。

 

「その言葉、本当に便利だな」

 

「はい」

 

 整備班長が端末を抱える。

 

「では、俺は技術項目をさらに詰めます。アウクソーに聞くなら、曖昧な質問ではなく具体的に投げます」

 

「頼む」

 

「ただし団長」

 

「何だ」

 

「部下への説明で、変に格好つけないでください」

 

「なぜ先に釘を刺す」

 

「格好つけるからです」

 

 ニナリスも頷いた。

 

「ジィッド様は、痛い話をするときに格好つけます」

 

「そんなにか?」

 

「はい」

 

「……軍務文書に書くなよ」

 

「必要なら記録します」

 

「やめてくれ」

 

 少しだけ笑いが起きた。

 

 デムザンバラの装甲の奥で、冷却管が小さく鳴る。

 

 白い騎体は、まだ沈黙していた。

 

 剣聖騎の残響を、どこかに残したまま。

 

 ジィッドはそれを見上げた。

 

「よし。部下たちを集める」

 

「はい」

 

「ニナリス、隣にいてくれ」

 

「そのためにいます」

 

 短い答えだった。

 

 ジィッドは一瞬黙り、それから頷いた。

 

「そうだったな」

 

 そして、銀月騎士団の若い部下たちへ集合命令を出した。

 

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