ボルサ諸島連合臨時軍政協議会
/*/ 星団暦3046年 ボルサ諸島列島 首都コフツ /*/
コフツ港の会議室に、新しい図面が広げられた。
港湾倉庫。
造船所。
船舶修理場。
灯台管理所。
そして、その奥に描かれた新しい区画。
オータ市カーバーゲン製造工場
コフツ補助工場予定地
図面を見た瞬間、島長たちの顔色が変わった。
港湾代表は眉を寄せる。
船大工組合の老人は、図面を凝視する。
塩田組合と乾物商は、互いに視線を交わす。
ジィッド・マトリア少将は、その反応を見て、面倒そうに言った。
「勘違いするな。コフツにGTMの主工場を作るわけじゃない」
ノエルが補足する。
「主工場はオータ市郊外です。コフツは補助工場、分工廠、部品倉庫、海上輸送検査拠点になります」
船大工組合の老人が低く問う。
「軍需工場を島に置く、ということですかな」
「一部はそうだ」
ジィッドは隠さなかった。
「だが、島を軍需だけで食わせる気はない。船舶修理、部品検査、塩害対策、小型部品の再生、倉庫管理、荷役、輸送箱、工具、作業服、食堂、宿舎、医療分所。周辺の仕事も増やす」
港湾代表が目を細める。
「我々に何の得がある」
「雇用だ」
ジィッドは即答した。
「港湾労働者だけでは吸いきれない若い連中がいる。漁に出られない者もいる。船大工の見習い、倉庫番、帳簿係、金属加工を覚えたい者、塩害処理を覚える職人。そういう仕事を作る」
ラドが図面の一角を指す。
「海上輸送で傷んだ部品の検査は、コフツでやった方が早いです。塩害処理も島の方が経験があります」
ニナリスが静かに続ける。
「オータ本工場へ送る前に、コフツで検査・洗浄・防錆処理を行えば、部品劣化率を下げられます」
管理官が帳簿を開く。
「さらに、ボルサ便の往復荷役が安定します。行きは部品や素材、帰りは加工済み部品、修理済み小物、船舶資材。空荷を減らせます」
ジィッドは頷いた。
「船を空で走らせるな。港を遊ばせるな。仕事を港に残せ」
/*/ 副産物 /*/
そこで、別の管理官が一枚の書類を差し出した。
「少将。もう一つ、民需転用の案があります」
ジィッドは嫌そうに眉を寄せた。
「また案か」
「はい。ですが、これは島の経済にも、ミノグシア全体の復興にも効きます」
「言え」
「コフツ分工廠で扱うのは、GTMの中核技術ではありません。検査用表示器、密閉筐体、冷却機構、防錆処理、電源制御、小型配線、船内固定具、保冷庫部材。これらは民生品へ転用可能です」
ノエルが顔を上げる。
「民生品?」
「はい」
管理官は淡々と言った。
「TVモニタ、船内用表示器、冷蔵庫、保冷庫、医療用小型保冷箱、港湾倉庫用の温度管理機器、漁船用の電源制御装置。そういったものです」
会議室が少しざわついた。
乾物商が目を細める。
「冷蔵庫、ですか」
「魚の鮮度保持に使えます。医療分所の薬品保冷にも使える。島内の食料保存にも使える」
港湾代表が言う。
「島の中で使うだけですかな」
「いいえ」
管理官はそこで、もう一枚の地図を広げた。
ボルサ諸島列島。
オータ。
ノウラン。
さらに、戦災から復旧しつつあるミノグシア各地の町や村。
「売ります。ミノグシアの復興地へ」
会議室が静かになった。
島長の一人が、低い声で言う。
「ミノグシアの同胞に、ですか」
「はい。冷蔵庫があれば食料を保てます。保冷庫があれば医療品を守れます。TVモニタや表示器があれば、港湾、病院、学校、避難所、工房で情報を共有できます。船内表示器や電源制御機器は、漁船や輸送船の復旧に役立つ」
船大工の老人が、図面を覗き込んだ。
「船内用表示器なら、古い船にも載せられるかもしれん」
漁業組合の長も頷く。
「保冷庫があれば、魚を遠くまで運べる。戦で流通が壊れた村にも届けられる」
乾物商が言った。
「冷蔵庫が売れるなら、乾物だけでなく生鮮も扱えるようになる」
ジィッドは腕を組んだ。
「つまり、GTM工場の副産物で、ミノグシアの生活復旧用品を作るのか」
「はい」
管理官は頷いた。
「軍需の周辺技術を、生活再建用品に落とします。島に雇用を作り、同時にミノグシアの復興地へ売る。占領地の税収にもなり、復興地の実用品にもなる」
ノエルが資料を見ながら呟く。
「占領軍の工場から、ミノグシア同胞向けの生活用品が出る……」
「気持ち悪いか」
ジィッドが聞いた。
ノエルは少し考えた。
「気持ち悪いです。でも、役に立ちます」
「そこだ」
ジィッドは言った。
「綺麗な話じゃない。だが、冷蔵庫があれば薬が腐らない。保冷庫があれば食料が長持ちする。表示器があれば港や病院が回る。なら作れ」
島長の一人が問う。
「それは、バッハトマの名で売るのですか」
ジィッドは即座に顔をしかめた。
「売れるわけないだろう」
管理官が少し咳払いした。
「外向きには、ボルサ諸島連合臨時軍政協議会認可、コフツ分工廠製。商業名はボルサ製造組合、あるいはコフツ電工組合とする案があります」
「軍の名前を前に出すな」
「承知しています」
「ただし、軍需中核には触らせるな」
ジィッドは釘を刺した。
「駆動系の核心、装甲材の詳細、制御系の軍用規格、ファティマ関連は論外だ。民需ラインに流すのは、表示、冷却、保冷、防錆、筐体、電源、固定具、倉庫管理まで」
「承知しました」
「ミノグシアの同胞に売るなら、壊れやすい粗悪品も駄目だ。占領地製だから信用されない。最初から壊れたら二度と買われない」
港湾代表が頷いた。
「なら、島の名も傷つきます」
「ああ」
ジィッドは言った。
「ボルサの名で売るなら、ボルサの職人が恥をかくものを出すな」
船大工の老人が、少しだけ笑った。
「占領軍の少将に、島の名を心配されるとは」
「俺は港と帳簿を心配しているだけだ」
「同じことです」
「違う」
ラドが横で小さく笑った。
/*/ 島の仕事、ミノグシアの生活 /*/
雇用案が書き換えられた。
第一期雇用。
港湾荷役。
船舶修理。
若年見習い。
帳簿係。
倉庫番。
塩害処理訓練生。
食堂、洗濯、宿舎管理。
そこに、新しい欄が加わる。
表示器組立。
冷却機構組立。
密閉筐体加工。
保冷庫内装。
電源制御検査。
船内機器取付。
港湾倉庫用モニタ整備。
医療用保冷箱の検査。
ノエルがその欄を見て言った。
「一気に工場町らしくなりましたね」
「工場町にするな」
ジィッドは反射的に言った。
「港町の中に工場を置くんだ。工場が港を食うな」
管理官が頷く。
「では、民需工房区を港湾倉庫区の外側に置きます。漁港と祭礼道には干渉しません」
「祠の道も避けろ」
「承知しています」
乾物商が冷蔵庫の試案図を見て、真剣な顔になった。
「これがあれば、魚の扱いが変わる」
漁業組合の長も頷いた。
「遠い島からコフツまで運ぶ間の傷みが減る。ミノグシア本土にも売れる」
港湾代表が言った。
「復興している町や村に、保冷庫や表示器を送るなら、ボルサ便だけでは足りなくなる」
管理官がすぐに書き込む。
「民需品輸送便を追加。ボルサ便の一部を商用便へ分離」
ジィッドが呻いた。
「話が早いな」
ニナリスが答える。
「需要が明確です」
「需要が明確だと仕事が増える」
「はい」
「否定しろ」
「事実です」
/*/ 売る相手 /*/
島長の一人が、慎重に言った。
「少将。ミノグシアの同胞は、我々から買ってくれるでしょうか」
その問いには、会議室の全員が黙った。
バッハトマ占領下のボルサ諸島列島。
そのボルサで作られた民生品。
それを、戦災から復興しているミノグシアの人々に売る。
理屈では役に立つ。
だが、感情は別だ。
ジィッドは少しだけ考え、答えた。
「最初は買わない奴もいる」
誰も反論しなかった。
「占領地製だ。嫌がる者もいる。バッハトマの金が混じっていると見る者もいる。だが、薬を冷やせる保冷箱が必要な医療所はある。魚を腐らせたくない町もある。港湾記録を表示するモニタが欲しい港もある。避難所で食料を保管したい村もある」
ジィッドは図面を叩いた。
「役に立つものを作れ。安くしすぎるな。高くしすぎるな。壊れにくくしろ。修理できるようにしろ。部品を送れるようにしろ」
ノエルが頷く。
「売って終わりではなく、修理網も作る」
「そうだ。壊れたらコフツへ戻すか、オータで直すか、現地で直せる部品を送る。そこまで考えろ」
管理官が記録する。
「民生品販売網、修理部品供給、交換部品規格化、復興地向け価格設定」
「また規格か」
「産業ですので」
「その言葉は本当に便利だな」
/*/ 軍需と民需の線 /*/
ただし、ジィッドはすぐに釘を刺した。
「いいか。GTMの中核技術には触らせるな」
管理官が頷く。
「はい」
「駆動系の核心、装甲材の詳細、制御系の軍用規格、ファティマ関連は論外だ。民需ラインに流すのは、表示、冷却、保冷、防錆、筐体、電源、固定具、倉庫管理まで」
「承知しました」
「検査官を置け。黒豹にも薄く見させろ。だが、民需工房をスパイ扱いしすぎるな。職人が逃げる」
ノエルが苦笑する。
「また線引きですね」
「線引きばかりだ」
ジィッドは図面を見下ろした。
「軍需が強すぎると島が硬くなる。民需だけだと継戦能力に繋がらない。だから分けて繋げる」
ラドが感心したように言う。
「少将、完全に経済政策です」
「言うな。俺は騎士だ」
船大工の老人が、低く笑った。
「騎士様が冷蔵庫の心配をする時代ですか」
ジィッドは老人を見る。
「魚が腐ると飯が減る。飯が減ると港が荒れる。港が荒れると補給が詰まる。補給が詰まるとGTMが止まる。だから冷蔵庫は軍務だ」
会議室が一瞬静かになり、それから港湾代表が吹き出した。
「なるほど。冷蔵庫は軍務ですか」
「笑うな」
「いや、分かりやすい」
ノエルが小さく言う。
「今の言葉、使えますね」
「使うな」
ニナリスが静かに続ける。
「記録しました」
「記録はいつも残酷だな」
/*/ ボルサ製 /*/
数か月後、コフツ港の一角に、小さな刻印が入った製品が並び始めた。
『ボルサ製』
軍需品ではない。
TVモニタ。
船内用表示器。
冷蔵庫。
保冷庫。
医療用小型保冷箱。
漁船用電源制御装置。
港湾倉庫用温度管理機器。
最初に買ったのは、島内の医療分所だった。
次に漁業組合。
乾物商。
港湾倉庫。
それから、オータの市場。
ノウランの保存食工場。
そして、ミノグシア本土の復興地から、小さな注文が来た。
医療用保冷箱を三つ。
避難民向け食料保管用の小型冷蔵庫を二つ。
港湾事務所用の表示器を一つ。
注文書の端に、震えた字でこう書かれていた。
ボルサ製で構わない。
早く送ってほしい。
ノエルはその注文書を見て、しばらく黙っていた。
「少将」
「なんだ」
「構わない、だそうです」
ジィッドは書類を受け取った。
読み、少しだけ目を細める。
「最初はそれでいい」
「はい」
「嫌われていても、必要なら買われる。使って壊れなければ、次も来る」
ラドが静かに言った。
「生活再建の一助にはなりますね」
「ああ」
ジィッドは低く答えた。
「綺麗な救済じゃない。商売だ。だが、商売で冷蔵庫が届き、薬が冷え、魚が腐らず、避難所の飯が少し長持ちするなら、それはそれで意味がある」
ニナリスが記録する。
「コフツ民生品、ミノグシア復興地への初出荷」
「記録しろ」
ジィッドは珍しく、そう言った。
ニナリスが少しだけ目を伏せる。
「はい」
/*/ 冷蔵庫まで軍務 /*/
港では、ボルサ便に新しい荷が積まれていた。
塩。
干物。
海藻。
船舶資材。
GTM小型部品。
そして、木枠に包まれた冷蔵庫と保冷箱。
港湾労働者が、いつもより慎重に荷を扱っている。
船大工の見習いが、固定具の確認をしている。
表示器工房の若い島民が、出荷票を抱えて走っている。
ジィッドはそれを見て、深くため息を吐いた。
「GTM工場の補助で、なんで冷蔵庫がミノグシアの復興地へ行くんだ」
ノエルが答える。
「必要だからです」
「それは分かる」
ラドが笑う。
「魚が腐ると飯が減る。飯が減ると港が荒れる。港が荒れると補給が詰まる。補給が詰まるとGTMが止まる。だから冷蔵庫は軍務、でしたね」
「俺の言葉を俺に返すな」
ニナリスが静かに言った。
「冷蔵庫は軍務です」
「お前まで言うな」
だが、ジィッドは出荷される木箱を止めなかった。
ボルサ諸島列島の島民が作った冷蔵庫。
コフツ分工廠の副産物。
占領軍の軍需から生まれた民生品。
それが、戦災から復興するミノグシアの同胞へ売られていく。
矛盾している。
だが、役に立つ。
その矛盾ごと、船は出る。
ジィッドは低く言った。
「船を止めるな。灯を消すな。飯を切らすな。仕事を残せ」
ノエルが続ける。
「生活を繋げ、ですかね」
ジィッドは少し黙った。
「……それは、まだ早い」
ラドが尋ねる。
「なぜです」
「綺麗すぎる」
ジィッドは港を見た。
「まずは壊れにくい冷蔵庫を送れ。言葉はその後でいい」
ニナリスが静かに記録した。
「ボルサ民生品第一便、出港」
その日、ボルサ便は魚と塩だけでなく、冷蔵庫と保冷箱を積んで海へ出た。
軍需から生まれた民生品。
占領地から復興地へ向かう生活用品。
それは、善政というには歪だった。
だが、ミノグシアのどこかの医療所で薬を冷やし、どこかの避難所で食料を保ち、どこかの港で表示器として灯る。
その程度には、確かに生活再建の一助だった。