5年目のベイジ
/*/ 星団暦3050年 旧王都ベイジ 王宮区画外縁 /*/
五年で、ベイジは都市に戻った。
ただし、誰もが思い描く王都ではなかった。
美しい街路。
整った市街。
賑わう市場。
白い宮殿。
そのようなものではない。
まだ瓦礫はある。
崩れた区画も残っている。
王宮の西翼は仮設足場に覆われ、旧行政区の半分は工兵資材置き場になっていた。
だが、王宮中央棟には旗が立っている。
通信塔が復旧している。
水が出る井戸が管理されている。
王宮前広場には仮設ではあるが整列できる石畳が戻り、旧AP騎士団格納庫にはGTMが入る。
ベイジは、まだ完全な街ではない。
だが、もう無法地帯ではなかった。
ジィッド・マトリア中将は、王宮外縁の仮設指揮所で報告書を読んでいた。
「王宮中央棟、軍政中枢として稼働。旧謁見広間、式典用に限定復旧。東翼、通信と記録庫。西翼、未復旧。地下区画、黒豹確認継続」
ノエルが資料をめくる。
「旧AP騎士団格納庫は、第一格納庫と第二整備区画が使用可能。国家騎士団、銀月騎士団、工兵資材、通常車両を受け入れています」
ラドが続ける。
「医療区画は王宮外縁と格納庫側に二つ。帰還民向け診療所も稼働。ただし、市街南区の衛生はまだ悪いですね」
ニナリスが端末を見ながら言う。
「主要道路は四本復旧。王宮、格納庫、仮設市場、倉庫区画、医療区画、井戸管理所を接続。民間住宅区は、まだ三割程度が仮設です」
ジィッドは深く息を吐いた。
「五年かけて、まだ三割か」
ノエルが苦笑する。
「市街地を全部吹き飛ばされた旧王都です。むしろ五年でここまで戻したのがおかしいです」
「おかしいことばかりやってきたからな」
ラドが窓の外を見る。
王宮前広場では、帰還民が石材を運んでいる。
かつて難民として戻ってきた者たちだ。
今は、登録された労働班になっている。
測量補助。
瓦礫撤去。
石材加工。
道路敷設。
煉瓦焼き。
仮設住宅建設。
炊き出し。
洗濯。
資材整理。
完全な市民生活には遠い。
だが、ただの難民キャンプではない。
仕事がある。
台帳がある。
配給がある。
税の予備記録がある。
子供の名簿がある。
それが、ベイジを再び街にし始めていた。
ジィッドは地図を見る。
「王宮と基地を先に戻したせいで、市街地より先に大物が来る」
ノエルが嫌そうに顔を上げた。
「黒騎士団ですか」
「ああ」
ジィッドは、旧AP騎士団格納庫の方向を見た。
「王宮が使える。格納庫が使える。GTMが入る。通信が通る。なら、来るよな」
ラドが肩をすくめる。
「デコーズ隊長が」
「来る」
ジィッドは断言した。
「絶対に来る」
/*/ 同日 旧AP騎士団格納庫 第一整備区画 /*/
旧AP騎士団格納庫は、五年前とは別物になっていた。
崩れた天井は補強され、北側整備架台は再稼働している。
床は磨かれていない。
だが、GTMの重量に耐える。
排水も戻っている。
粉塵対策の水路も引かれている。
銀月工兵が作った仮設整備台は、いつの間にか常設化していた。
国家騎士団のカーバーゲンが並ぶ。
銀月騎士団の機体もいる。
そして、その日、黒騎士団の機体が入ってきた。
黒い。
空気が変わるほど黒い。
整備士たちが作業の手を止める。
国家騎士団の若い騎士たちが、思わず姿勢を正す。
銀月の騎士が小声で言った。
「来たぞ」
「黒騎士団か」
「ってことは」
格納庫入口に、デコーズ・ワイズメルが現れた。
派手な足取りだった。
まるで自分の家に入るように、復旧した格納庫を見回す。
「へえ」
デコーズは笑った。
「本当に使えるようにしてやがる」
ジィッドは出迎えに立っていた。
顔はすでに疲れている。
「デコーズ隊長。ベイジ第一格納庫、黒騎士団受け入れ可能です」
「五年前はゴロツキの巣だったんだろ?」
「はい」
「今はGTMが入る」
「はい」
「王宮も使える」
「最低限は」
「市街は?」
「まだ半分工事中です」
デコーズは楽しそうに笑った。
「王宮と基地だけ先に戻した王都か。実にバッハトマらしいじゃねえか」
「褒めてます?」
「褒めてるぜ」
「信用できません」
デコーズは格納庫の床を軽く蹴った。
「床も悪くねえ。整備架台も使える。水もある。通信もある。黒騎士団を置くには十分だ」
ジィッドの胃が痛くなった。
「置くんですか」
「置く」
「やっぱり」
「主宰もそういうつもりだろ。王宮を戻した。基地を戻した。なら、誰か格のある奴を置いて、ここがまた中枢だって見せる必要がある」
「その“格のある奴”がデコーズ隊長ですか」
「不満か?」
「胃が痛いです」
「いい答えだ」
デコーズは笑った。
黒騎士団の副官格が、格納庫内の区画割りを確認している。
黒騎士団用整備区画。
弾薬庫。
騎士宿舎。
ファティマ調整室。
通信室。
王宮との直通連絡線。
すべて、すでに用意されていた。
ノエルが横で小声で言う。
「少将、最初から黒騎士団受け入れを想定して設計してましたね」
「してない」
ニナリスが静かに言う。
「記録上は、星団暦3048年から“上位騎士団受け入れ可能性”という項目が存在します」
「記録はいつも残酷だな」
ラドが苦笑する。
「でも、これでベイジの中枢化はかなり進みますね」
「進む」
ジィッドは嫌そうに答えた。
「黒騎士団が入る。デコーズ隊長が来る。王宮に会議室がある。格納庫にGTMが入る。これで周辺は、ベイジをただの復旧現場とは見なくなる」
デコーズが聞きつけて笑う。
「いいじゃねえか。王都らしくなった」
「市街地はまだ仮設住宅だらけです」
「王都ってのは、まず中枢があればいいんだよ。人は後から勝手に寄ってくる」
「それが問題なんです」
ジィッドは外を見た。
すでに人が集まっていた。
黒騎士団が来たという噂は、一日で広がる。
ベイジは戻る。
王都が戻る。
黒騎士が来た。
王宮が使える。
なら仕事がある。
なら商売ができる。
なら帰れる。
その期待だけで、人はまた増える。
「難民キャンプにするな」
ジィッドは低く言った。
「王宮が戻ったからといって、勝手に人を集めるな。登録所を増やせ。職能分類をやり直せ。黒騎士団向けに商売を始める連中も台帳に入れろ」
ノエルが即座に記録する。
「帰還民登録所、二箇所増設。格納庫周辺商業許可制。黒騎士団関連物資の闇取引監視」
ラドが続ける。
「娼館、薬、賭博も増えますよ」
「黒豹を回せ」
ジィッドは即答した。
「黒騎士団が入ると、金も人も欲も増える。無法地帯へ戻すな」
デコーズは楽しそうに言う。
「俺が来ると治安が悪くなるみたいに言うなよ」
「悪くならないと思いますか?」
「悪くなるな」
「でしょうが」
デコーズは腹を抱えて笑った。
/*/ 王宮中央棟 旧謁見広間 /*/
旧謁見広間は、完全復旧ではない。
壁の一部には補修痕がある。
天井画は半分失われている。
床の石材も、色が揃っていない。
だが、広い。
高い。
そして、王宮だった。
軍政会議を開くには十分だった。
その日、黒騎士団、国家騎士団、銀月騎士団、ベイジ復旧管理官、工兵長、医療班、黒豹連絡員が集まった。
デコーズは椅子にだらしなく座り、広間を見回した。
「ここまで戻せば、そりゃ人も戻るわな」
ペール会長から派遣された管理官が資料を広げる。
「現在のベイジ復旧率ですが、王宮区画は軍政機能として七割。旧AP格納庫および基地機能は八割。主要道路は四割。民間住宅区は三割。市場機能は仮設含め五割。水道・井戸は管理区画内で六割。下水はまだ危険です」
ジィッドは顔をしかめた。
「下水が一番遅い」
工兵長が答える。
「地味で広いですからね。王宮と基地を優先した分、市街の下は後回しです」
「病気が出る前にやれ」
「やっています」
「もっとやれ」
「人をください」
「人は登録所から回す」
デコーズが笑う。
「お前ら、王宮で下水の話してるのか」
ジィッドは即答した。
「王宮が復旧しても下水が死んでたら王都は腐ります」
「いいねえ」
「笑うところじゃありません」
「いや、良い王都だぜ。玉座より下水を気にする軍政官がいる」
「俺は騎士です」
「知ってるよ」
デコーズは、珍しく少しだけ真面目に広間を見た。
「だが、ここは使える。王宮が使える。格納庫が使える。黒騎士団が入った。なら、ベイジはもうただの瓦礫じゃない」
ジィッドは黙った。
「中枢化、成功だな」
「まだ途中です」
「途中でも成功だ。完全に戻る前に中枢は戻る。そういうもんだ」
管理官が頷く。
「実際、王宮と基地の復旧によって、周辺帰還民と商人の流入が増加しています。放置すれば混乱しますが、管理できれば労働力と税基盤になります」
「また税か」
ジィッドが呻く。
ニナリスが静かに言う。
「マスター。ベイジ復旧五年目の税基盤形成は重要です」
「分かってる」
「王宮区画と基地機能の復旧により、行政命令の発信力も上昇しています」
「分かってる」
「黒騎士団駐留により、外部勢力への威圧効果も」
「分かってるから畳み掛けるな」
デコーズがにやにやする。
「便利な王都ほど、失った時に胃が痛い、か?」
ジィッドは嫌そうに見た。
「誰から聞いたんですか」
「お前の管理官が報告書に書いてたぜ」
「使うなと言ったのに」
「記録はいつも残酷だな」
デコーズが言うと、ラドとノエルが吹き出しかけた。
ジィッドは天井を仰いだ。
「最悪だ」
/*/ ベイジ復旧五年目の姿 /*/
星団暦3050年。
ベイジは、まだ完全な王都ではない。
市街地には仮設住宅が残る。
瓦礫撤去班は毎日動いている。
道路は主要幹線だけが安定し、枝道は雨が降れば泥になる。
工場はまだ少なく、復旧系の工房が中心だ。
石材。
木材。
煉瓦。
荷車。
工具。
井戸部品。
仮設住宅材。
食堂。
洗濯屋。
炊き出し場。
だが、王宮は動いている。
旧AP騎士団格納庫は基地になっている。
黒騎士団が入り、デコーズが来た。
国家騎士団と銀月騎士団が外縁を押さえ、工兵が道を引き、黒豹が地下を見て、民政管理官が帰還民を仕事へ回している。
それは華やかな王都復興ではなかった。
だが、確かに中枢だった。
壊れた王都の中心に、命令が集まり、物資が集まり、人が集まり、仕事が生まれ始めていた。
ジィッドは王宮の窓から、それを見ていた。
「五年でここまで来たか」
ニナリスが答える。
「はい」
「まだ半分瓦礫だ」
「はい」
「だが、もう無法地帯ではない」
「はい」
「そして黒騎士団が来た」
「はい」
「仕事が増えるな」
「はい」
ジィッドは深くため息を吐いた。
その背後で、デコーズが笑った。
「いいじゃねえか。王都らしくなってきたぜ」
ジィッドは振り返らずに言った。
「王都らしくなるほど、俺の机に書類が増えるんです」
「それが中枢ってもんだろ」
「中枢って言葉が嫌いになりそうです」
「遅えよ」
王宮の外では、復旧工事の槌音が続いている。
格納庫では、黒騎士団のGTMが整備を受けている。
仮設市場では、人が戻り、働き、食べている。
五年前、ゴロツキと瓦礫と地下の子供たちがいた場所に、少しずつ街が戻っていた。
完全ではない。
美しくもない。
だが、使える。
それがジィッドのベイジだった。