/*/ 星団暦3050年 旧王都ベイジ 王宮中央棟 軍政会議室 /*/
ベイジは、戻り始めていた。
だが、それは綺麗な復興ではない。
王宮中央棟は使える。
旧AP騎士団格納庫も使える。
通信塔も立った。
井戸も管理されている。
国家騎士団、銀月騎士団、そして黒騎士団が入れるだけの基地機能もある。
しかし、王宮の窓から外を見れば、まだ瓦礫は多い。
仮設住宅が並ぶ。
道は主要幹線だけが硬く、一本外れれば泥と砕石になる。
市場はあるが、布屋の隣に工具屋があり、その隣に炊き出し所がある。
都市というより、復旧現場がそのまま街の形を取り始めた場所だった。
ジィッド・マトリア少将は、王宮中央棟の軍政会議室で、報告書を前にしていた。
「黒騎士団用宿舎、第一期分完了。旧AP格納庫、黒騎士団整備区画受け入れ完了。王宮東翼、通信室稼働。王宮地下、黒豹確認継続。市街南区、下水未復旧。西市場、仮設営業許可制へ移行」
ノエルが読み上げるたび、ジィッドの眉間の皺が深くなった。
「王宮と格納庫だけ立派になって、市街が追いついてない」
ラドが窓の外を見る。
「でも、王宮と基地が戻ったから人が戻ってくるんですよね」
「そうだ」
ジィッドは苦々しく言った。
「旗が立つ。GTMが入る。黒騎士団が来る。そうすると、商人も職人も帰還民も、“ここは戻る”と思う」
ニナリスが静かに補足する。
「実際、戻っています」
「戻りすぎだ」
「帰還民登録数は、昨月比一・四倍です」
「増えるな」
「命令では止まりません」
「分かってる」
ジィッドは額を押さえた。
「仕事を増やせ。土木、下水、石材、木材、仮設住宅、洗濯、炊き出し、荷役。王宮目当てに来た連中も、働けるなら働かせろ」
ノエルが頷く。
「難民キャンプ化の防止ですね」
「ああ。王都の名前に寄ってきた人間を、ただ座らせるな。座らせたら腐る」
デコーズが、会議室の隅で足を組んで笑っていた。
「お前、本当に王都を工事現場扱いしてるな」
ジィッドは振り返らない。
「工事現場ですよ。まだ」
「王宮で下水と雇用の話ばっかりしてる」
「下水と雇用が死んだら王宮も死にます」
「名言だな」
「使わないでください」
「もう使った」
「最悪だ」
デコーズは楽しそうに笑った。
「でもよ、ジィッド。これでベイジは戻ったぜ」
「まだ戻っていません」
「戻ったんだよ」
ジィッドは、そこでようやくデコーズを見た。
デコーズは王宮会議室の窓から外を眺めていた。
瓦礫だらけの市街。
黒騎士団のGTMが入る格納庫。
荷車の列。
井戸に並ぶ帰還民。
工兵が引いた白線。
そこに、王都の中枢が戻りつつある。
「市街が半分瓦礫でも、王宮が動けば人は王都だと思う。格納庫にGTMが入れば、騎士団は基地だと思う。黒騎士団が来れば、外の連中は“ベイジはまた中枢になった”と思う」
デコーズは笑う。
「王都ってのは、綺麗だから王都なんじゃねえ。面倒なものが集まるから王都なんだ」
ジィッドは嫌そうに目を細めた。
「面倒なものが集まる場所なら、確かに王都らしくなりましたね」
「だろ?」
「褒めてません」
「褒めてるようなもんだ」
ノエルが小声で言った。
「少将、実際、ベイジ中枢化は成功段階に入っています」
「お前まで言うな」
「王宮、基地、通信、格納庫、主要道路、登録所、医療、仮設市場。中枢として必要な骨は揃っています」
「肉が足りない」
ラドが苦笑する。
「だから人が戻ってきてるんでしょうね」
ジィッドは深く息を吐いた。
「肉が勝手に戻ってきて、腐らないように仕事を作る。まったく、都市というのは面倒だ」
ニナリスが記録する。
「ベイジ復旧五年目。王宮・基地機能優先復旧により中枢化段階へ移行。市街復旧は継続。帰還民流入増加に伴い、雇用・衛生・治安対策を拡充」
「やけに綺麗にまとめたな」
「報告書ですので」
「現実はもっと汚い」
「注記しますか」
「するな」
/*/ 同日夕刻 旧AP騎士団格納庫 黒騎士団整備区画 /*/
黒騎士団が入ったことで、旧格納庫の空気は変わった。
国家騎士団のカーバーゲンが並ぶだけなら、まだ軍政の延長だった。
銀月騎士団の工兵資材と通常車両が積まれているだけなら、復旧現場の基地だった。
だが、黒騎士団のGTMが入ると、そこは急に「戦争の中枢」になった。
整備士が黙る。
騎士が姿勢を正す。
商人が遠巻きに眺める。
帰還民の子供たちまで、格納庫の柵の外から黒い機体を見上げている。
ジィッドはその様子を見て、顔をしかめた。
「見世物にするな」
黒騎士団の副官が答える。
「追い払いますか」
「いや。柵の外ならいい。だが近づけるな。整備区画へは絶対入れるな」
デコーズが横から言う。
「夢がねえな」
「GTM整備区画は夢を見る場所じゃありません。死ぬ場所です」
「お前、ほんと現実ばっかり見るな」
「現実が毎日机に来るんです」
格納庫の奥では、黒騎士団の整備員と銀月整備班が区画調整をしていた。
整備架台。
部品保管。
燃料管理。
ファティマ調整室。
緊急搬出口。
火災時の水路。
粉塵対策。
ジィッドは一点ずつ確認する。
「黒騎士団の整備区画は格納庫奥。国家騎士団とは導線を分けろ」
ノエルが記録する。
「はい」
「銀月工兵の資材置き場は南側へ移す。黒騎士団の出入りと交差させるな」
「はい」
「商人区画はさらに外。格納庫前に勝手な露店を出させるな」
「すでに三件出ていました」
「潰せ。いや、許可制にしろ。飯屋はいる。酒場は増やしすぎるな。賭博は許可制だ」
ラドが言う。
「娼館も来ますよ」
「許可制。医療検査。黒豹監視。無許可は潰す」
「相変わらず清濁ですね」
「見ないふりをすると地下に潜る」
デコーズがにやりと笑う。
「お前の王都、ずいぶん生臭くなってきたな」
「王都は生臭いものですよ。綺麗な王宮だけ見てると腐る」
「いいねえ」
「使わないでください」
「もう覚えた」
「最悪だ」
/*/ 夜 王宮中央棟 仮眠室前廊下 /*/
夜になっても、ベイジは静かではなかった。
王宮の外では、瓦礫撤去班が交代している。
格納庫では、黒騎士団の整備灯が点いている。
仮設市場の方では、まだ酒の匂いがする。
旧市街の遠くでは、銀月工兵が水路を掘っている。
復興する都市は、眠らない。
ジィッドは廊下の窓から外を見ていた。
ニナリスが横に立つ。
「マスター、休息時間です」
「分かっている」
「睡眠不足です」
「分かっている」
「明日、黒騎士団、国家騎士団、民政管理官、工兵、医療、黒豹の合同会議があります」
「分かっているから余計に眠れん」
ニナリスは少し沈黙した。
「ベイジは中枢化しています」
「ああ」
「ただし、まだ都市としては未完成です」
「ああ」
「未完成の中枢は、完成した都市より不安定です」
「嫌なことを言うな」
「事実です」
「事実で殴るな」
ジィッドは、遠くの格納庫を見た。
黒騎士団の機体が入った巨大な建屋。
その背後に広がる、まだ傷だらけの市街。
「王宮と基地を先に戻したのは正しかった」
「はい」
「正しかったから、人が戻った」
「はい」
「人が戻ったから、仕事を作らなければならない」
「はい」
「仕事を作るために、また道路と下水と市場と工房を作る」
「はい」
「正しい判断ほど、仕事が増える」
「はい」
ジィッドは苦笑した。
「五年経っても同じこと言ってるな」
「変化はあります」
「どこが」
「五年前は無法者を追い出す段階でした。今は黒騎士団を受け入れ、帰還民を雇用し、王都機能を段階復旧する段階です」
「悪化してないか?」
「高度化しています」
「言い方だな」
ニナリスは静かに言った。
「マスター。ベイジはもう、ただの瓦礫ではありません」
ジィッドは黙った。
それは分かっている。
だから胃が痛い。
瓦礫なら、放置できた。
無法地帯なら、掃討すればよかった。
だが、中枢になり始めた都市は、守らなければならない。
回さなければならない。
食わせなければならない。
記録しなければならない。
「面倒な場所になったな」
「はい」
「王都らしくなった」
「はい」
「最悪だ」
「良好とも言えます」
「言えない」
ニナリスは何も言わなかった。
ジィッドは窓の外を見続ける。
五年で、ベイジは完全復旧しなかった。
だが、王宮と基地は戻った。
黒騎士団が来た。
デコーズが笑った。
人が戻り、仕事が生まれ、台帳が増えた。
旧王都は、まだ半分瓦礫のまま、中枢として動き始めていた。
それが、ジィッド少将の五年の成果だった。
そして同時に、五年分増えた胃痛でもあった。