ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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軍務ですので

/*/ 星団暦3069年・バッハトマ軍・ベイジ司令部 作戦室 /*/

 

 

 

 壁面受像機に、フィルモアの皇帝旗が映っていた。

 

 画面下には、慌ただしい速報字幕が流れている。

 

 

 

/*/

 

 

 速報

 フィルモア皇帝ダイ・グ、ナカカラの戦いの後に倒れる。

 容体は安定しているものの、予断を許さない状態で――

 

 

/*/

 

 

 

 音声は、同じ文言を何度も繰り返していた。

 

 

『フィルモア帝国宮内府は、238代皇帝ダイ・グ陛下がナカカラ戦線より帰還後、体調を崩され、現在治療を受けていると発表しました。容体は安定しているものの――』

 

 

 デコーズ・ワイズメルは、足を机に乗せたまま、その画面を眺めていた。

 

 笑ってはいない。

 

 だが、深刻そうでもない。

 

 いつものように、どこか面白がっているようで、その実、目だけは冷えている。

 

 部屋の端にはバギィ。

 

 窓際にはトモエ。

 

 そして机の前に、ジョー・ジィッド・マトリアが立っていた。

 

 ナカカラ北部戦線から戻ったばかりだった。

 

 軍服にはまだ細かい砂が残っている。

 

 目の下には疲労がある。

 

 だが、姿勢は崩していない。

 

 デコーズは受像機から視線を外さずに言った。

 

「で、ジィッド」

 

 声は軽い。

 

 軽いが、逃げ道はない。

 

「お前さんは、黒ローブの命令を聞きもしないで撤退してきたわけだ」

 

 作戦室の空気が少しだけ重くなった。

 

 ジィッドは、すぐには答えなかった。

 

 受像機では、また皇帝の映像が流れる。

 

 全星団通信網を奪い、若き皇帝がナカカラを守ると宣言した瞬間。

 

 同盟軍側の者でさえ、息を呑んだあの声。

 

 ジィッドは短く息を吐いた。

 

「あれは無理ですよ」

 

 デコーズが視線だけを向ける。

 

「ほう」

 

「敵である俺たちまで痺れましたからね」

 

 ジィッドは正直に言った。

 

「皇帝が命を懸けて最前線に出て、理想を語って、全星団に向けて勅命を出す。しかも、フィルモアの騎士たちはそれを聞いている。ブーレイまで反転した。あの状況で百パーセントの力で戦えるのは、よほどのひねくれものだけです」

 

 デコーズの口元が、ほんの少し上がった。

 

「お前はひねくれものだろ」

 

「俺は……」

 

 ジィッドは言いかけて、少しだけ目を伏せた。

 

「俺たちは、若すぎました」

 

 バギィが眉を上げる。

 

 トモエも、わずかに顔を向けた。

 

 ジィッドは続ける。

 

「年齢の話じゃありません。騎士として、あれを笑い飛ばせるほど枯れていなかった。銀月も、黒豹も、ロッゾも、西部連合も。敵味方関係なく、あの瞬間に戦場の意味が変わった」

 

 受像機の中で、ダイ・グ皇帝の演説が短く再生される。

 

 

 

/*/

 

 

『笑え!

 若き皇帝の戯言!

 甘い理想とな!』

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドは、画面を見ないようにして言った。

 

「王都攻略は終わりでした。あそこで押せば、全軍が包まれる。王宮方面へ割って入った味方は、救えなかった。救いに行けば、撤退路ごと閉じられた」

 

 デコーズは黙って聞いていた。

 

 その沈黙が、妙に長い。

 

 ジィッドは続けた。

 

「だから撤退支援に切り替えました。銀月58騎と黒豹72騎を使って、ロッゾ主力と西部連合の抜けられる部隊を北西へ逃がしました。王宮方面には向かわせていません」

 

「黒ローブの停止命令は」

 

「切りました」

 

「いい根性してるな」

 

「通信状態が悪かったので」

 

 ジィッドは真顔で言った。

 

 バギィが一瞬だけ咳き込んだ。

 

 トモエの肩がわずかに震えた。

 

 デコーズは、そこで初めてはっきり笑った。

 

「お前、言うようになったじゃねえか」

 

「言わないと懲罰部隊行きですから」

 

「ほう?」

 

「もしくは、書類上、戦死扱いで処理されるかと」

 

「そこまでされると思ってんのか」

 

「黒ローブの命令を切りましたので」

 

「まあな」

 

 デコーズは机の上の報告書を指で弾いた。

 

「だが、今回に関しては、お前の読みが通った」

 

 ジィッドは少しだけ眉を動かした。

 

「通った?」

 

「痛い目見ずに帰ってきたのは、良くやった」

 

 沈黙。

 

 ジィッドが、まるで今の言葉を理解できなかったように止まる。

 

 それから、ゆっくり口を開いた。

 

「……デコーズ隊長に褒められた」

 

「耳は正常みたいだな」

 

「どっきりですか?」

 

「違う」

 

「これから懲罰部隊行ですか?」

 

「なんで褒めた直後に送るんだよ」

 

「デコーズ隊長なので」

 

 バギィがとうとう笑った。

 

 トモエも薄く笑っている。

 

 デコーズは呆れたように肩をすくめた。

 

「お前さん、褒められ慣れてねえにもほどがあるな」

 

「褒められると、だいたい次に仕事が増えるので」

 

「そこは間違ってねえ」

 

「やっぱりですか」

 

 デコーズは受像機へ視線を戻した。

 

 画面では、ダイ・グ皇帝の容体を案じるフィルモア市民の様子が流れている。

 

 泣いている者。

 

 祈る者。

 

 黙って皇帝旗を見上げる騎士。

 

 それらは、敵国の映像だった。

 

 だが、馬鹿にする気にはなれなかった。

 

「通信の状態が悪かったから仕方ねぇってことになってる」

 

 デコーズは言った。

 

 ジィッドが顔を上げる。

 

「仕方ない?」

 

「そうだ。全星団通信網が奪われた。軍事通信網もやられた。現地指揮は混線。黒ローブたちは現地で判断できる状況じゃなかった」

 

 デコーズは報告書を持ち上げる。

 

「公式にはそうなる」

 

「……公式には」

 

「実際も大差ねえだろ。あいつらの盤面は割れてた。ダイ・グの勅命で戦場の重心が変わった。ブーレイは寝返った。王宮と北部戦線の間には敵が落ちた。そこでまだ王都を落とせって言うなら、そいつは地図しか見てねえ」

 

 ジィッドは黙った。

 

 デコーズは続ける。

 

「お前は現場を見てた。だから引いた」

 

「命令違反です」

 

「生き残るためなら命令くらい破れ」

 

 その声だけ、少し重かった。

 

「騎士はなー、強い弱いじゃねえんだよ。生き残るものなんだ」

 

 ジィッドは、どこかで聞いた言葉だと思った。

 

 ナカカラの撤退路で、自分の耳の奥に残っていた声。

 

 それが、今度は目の前で言われている。

 

 デコーズは言った。

 

「お前は今回、自分だけじゃなく、ロッゾと西部連合の抜けられる部隊を残した。黒豹も残した。銀月も残した。全部は救えなかったが、全部死なせもしなかった」

 

 ジィッドは小さく言う。

 

「王宮方面へ入った味方は救えませんでした」

 

「救えねえもんは救えねえ」

 

「割り切れませんよ」

 

「割り切れたら、お前さんはもう少し楽に生きてる」

 

 デコーズは鼻で笑った。

 

「だが、割り切れねえくせに切った。そこがまあ、今回の評価だ」

 

 ジィッドは嫌そうな顔をした。

 

「評価、ですか」

 

「不服か」

 

「デコーズ隊長から評価されると、育成対象になりそうで嫌です」

 

「もうなってるだろ」

 

「最悪だ」

 

 バギィが報告書をめくりながら言った。

 

「損耗は?」

 

 ジィッドは即座に答える。

 

「銀月は大破3、中破11、小破20。騎士死亡なし。ファティマ重傷1、軽傷6。黒豹は大破5、中破17。騎士死亡2、行方不明1。ロッゾと西部連合は撤退支援で主力の一部を回収。ただし王宮方面へ突出した部隊は、ほぼ通信途絶」

 

 部屋の空気が沈む。

 

 デコーズは受像機の音量を少し下げた。

 

「痛い目見ずに、ってのは皮肉だ」

 

「分かっています」

 

「だが、壊滅じゃねえ」

 

「はい」

 

「なら帰ってきた意味がある」

 

 ジィッドは、そこでようやく少しだけ息を吐いた。

 

 緊張が抜けたわけではない。

 

 ただ、呼吸を思い出したように。

 

 トモエが静かに言う。

 

「黒ローブ側はどう出るかな」

 

 デコーズが肩をすくめる。

 

「通信不良と現地判断で押し切る。押し切れなきゃ、主宰に聞け」

 

 ジィッドの顔がさらに嫌になる。

 

「主宰に面会ですか? 罪人として引っ立てられる気分ですね」

 

「似たようなもんだろ」

 

「否定してくださいよ」

 

「嫌だね」

 

 デコーズは笑った。

 

「主宰は面白がるだろうよ」

 

「それが一番嫌です」

 

「だろうな」

 

 デコーズは、楽しそうに報告書を畳んだ。

 

「若い皇帝の理想に痺れて、撤退支援に切り替えて、命令違反を通信不良に押し込んで帰ってきた。面白いじゃねえか」

 

「面白くありません」

 

「お前にとってはな」

 

 受像機の中では、また速報が流れる。

 

 

 

/*/

 

 

 フィルモア皇帝ダイ・グ陛下、容体安定。

 ただし予断を許さず。

 帝国各地で祈りの集会――

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドは、その画面を見た。

 

 敵の皇帝。

 

 王都攻略を失敗させた相手。

 

 自分たちを撤退戦へ追い込んだ男。

 

 それでも、嫌いにはなれなかった。

 

「敵ながら」

 

 ジィッドは呟いた。

 

「凄い人ですね」

 

 デコーズは薄く笑った。

 

「だから皇帝なんだろ」

 

「俺には無理です」

 

「当たり前だ。お前さんは皇帝じゃねえ」

 

「でしょうね」

 

「お前は、撤退路を開ける方だ」

 

 ジィッドは黙った。

 

 その言い方は、妙に刺さった。

 

 派手な勅命は出せない。

 

 理想を掲げて星団を揺らすこともできない。

 

 だが、崩れた戦場で残せるものを残すことはできる。

 

 デコーズは、そこを見ていた。

 

「ジィッド」

 

「はい」

 

「次はもう少し早く引け」

 

 ジィッドは少しだけ苦笑した。

 

「はい」

 

「それと、黒豹を勝手に指揮下に入れた件は、アーリィが同意したことにしておけ」

 

「実際、同意しました」

 

「ならいい。あいつもいい判断だ」

 

「本人に言ってあげてください」

 

「嫌だ。調子に乗る」

 

「俺には言ったのに?」

 

「お前は調子に乗らねえだろ」

 

「乗りませんが、胃は痛くなります」

 

「それでいい」

 

 デコーズは椅子から足を下ろした。

 

 報告書を机の上へ置く。

 

「休め」

 

 ジィッドは耳を疑った。

 

「今、何と?」

 

「休めと言った」

 

「本当にどっきりですか?」

 

「しつけえな」

 

「休めと言われると、だいたいその後に追加書類が来ます」

 

「今回は来る」

 

「やっぱり」

 

「だが、先に休め」

 

 ジィッドは、返事に困った。

 

 デコーズは笑った。

 

「お前さん、命令違反して撤退してきたんだ。堂々と寝ろ」

 

「それは理屈として正しいんですか?」

 

「ボクちゃんが言ってるんだから正しい」

 

「最悪の根拠ですね」

 

 バギィが苦笑する。

 

 トモエも小さく笑う。

 

 ジィッドは敬礼した。

 

「では、休みます」

 

「おう」

 

 ジィッドは扉へ向かった。

 

 出る直前、デコーズが言った。

 

「ジィッド」

 

「はい」

 

「よく戻した」

 

 今度こそ、ジィッドは振り返らなかった。

 

 振り返ると、顔が出る。

 

 だから扉に手をかけたまま、短く答えた。

 

「……軍務ですので」

 

 デコーズは笑った。

 

「便利な言葉だな」

 

 扉が閉まる。

 

 受像機の中では、まだフィルモア皇帝の速報が流れていた。

 

 敵国の若い皇帝は、倒れた。

 

 だが、その言葉は戦場をひっくり返した。

 

 そしてその戦場から、ジィッドは銀月と黒豹と、残せるだけの味方を連れて戻ってきた。

 

 勝利ではない。

 

 だが、敗走でもない。

 

 デコーズは報告書をもう一度見て、低く笑った。

 

「ほんと、面白い育ち方してやがる」

 

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