♪ 小夜:星山小夜(ほしやま・さよ)。高校1年生。軽音楽部で、エレキギター担当。タクの幼馴染で、タクに片思い。
♪ タク:水野拓(みずの・たく)。高校1年生。小夜の幼馴染。軽音楽部でドラムス担当。メイに恋を始める。
♪ メイ:久米郁葉(くめ・いくは)。高校2年生。軽音楽部の先輩。エレキベース担当。恋人がいるらしい。
♪ ショージ:東海林ショージ(しょうじ・ショージ)。高校1年生。軽音楽部でキーボード担当。現実の恋に、ファンタジーを持ち込みたい。
♪ ヤッ子:牧靖子(まき・やすこ)。軽音楽部の顧問であり、タクが町内のイベントで合奏する大人。渦中でうろたえている者を、外側の落ち着いた場所から俯瞰する。
[第一話] 分割位置のずれ(いくつかの意味で)
(回想セクション)
「(どうして、ギターだったんだろう。どうして、ベースじゃなかったんだろう)」
軽音楽部の練習時間に、タクがメイ先輩と話をする度に、小夜は思う。
チームスポーツの部活動では、全員が試合に勝つために協力する。文化系の軽音楽部(軽音部)でも似ている。
同じ目的のために全員が協力する。でも、タクとメイ先輩が話し合っている様子を、メンバーとして近くで見るのは辛い。
「メイ先輩、始まりの、「ダダ、、ダッダダ」を、「ダダダ、ダダッダ」なら、どうですか?」
「やってみよう。サンシッ……」
タクとメイ先輩が、目を合わせて演奏する。タクのドラムスと、メイ先輩のエレキベースが、ぴったりと合う。「ダダダ、ダダッダ」
● ●
「あたしも、タクちゃんと同じ、軽音楽部にしようかな」
高校への入学式の日に、小夜は一緒に登校するタクに話す。
小夜は、偶然を装って、タクと同じ高校に進学し、一緒に登校した。
小夜とタクは、幼馴染。近所に住んでいて、小夜がギターを始めるきっかけになったのが、タク。
今日からは、中学生とは行動範囲が格段に広がる高校生。
「小夜も、軽音楽部か。これまでは、小夜が合奏するのは、俺とだけだったからな。色々な人と合奏すると、視野が広がるぞ」
入学式の体育館に向かう廊下には、運動部と文化部(体育系と文化系)が、ごちゃ混ぜで各部のポスターが貼られている。
「あった! ねえ、タクちゃん、軽音部があったよ」
ポスターに「軽音楽部!」と書かれているのを見つけ、小夜は駆け寄り、軽くジャンプしながら、タクを手招きする。
「あるに決まってるだろう」
「だって、去年まではあっても、今年は無くなるかも知れないじゃない」
「ヤッ子先生から、聞いていたんだよ。新年度は、部員は一人だけど、年度初めは部は継承するって」
「そっか。部員が少なければ廃部になるけど、新入学生が何人いるか、これからだもんね」
タクは、最初から軽音楽部に決めていた。
小さな高校なので、新年度の部員は二年生のメイだけ。部員が少なければ、吹奏楽部と合併と称して、要するに廃部になる。
タクは、これまで、町内のイベントで、大人との合奏経験はあるが、普段は小夜との遊び合奏ばかり。
「ヤッ子先生って、一緒にギターを買いに行ってくれた、あの人だよね」
「そう。あの人が、ここの軽音楽部の顧問もやっている」
「ヤッ子先生って、呼んでたもんね」
町内のイベントで、時々タクと合奏するメンバーであり、この高校の先生が、ヤッ子。
入学式では、ヤッ子は正装していた。整列入場の際に、小夜はタクと離れてしまったので、小夜はヤッ子を見付けられなかった。
入学式が終わり、解散するところで、小夜は後ろから、タクから声を掛けられた。
「これから、ヤッ子先生に、会いに行かないか?」
「あ、行く」
「そのリボンは、付けたままがいいな」
入場前に配られた、左胸に付けたリボン記章を指した。
「それが新入学生の目印だから、気遣いをしてもらえる」
タクは、このような、先を見越した案内をしてくれる。
玄関の壁にある、校舎案内図で確認し、二人で職員室に向かう。
「お忙しいところ、申し訳ありません。軽音楽部の牧先生に、ご挨拶に参りました」
ヤッ子が呼ばれて来た。リボン記章は、新入学生とは違うデザインで、「牧靖子」と書かれている。これが、ヤッ子の本名。
「おお、水野君。入学おめでとう。それから、星山さんね、おめでとう、久し振り」
「あっ、ご無沙汰しています」
小夜にとってのヤッ子は、「大人のお姉さん」で、毅然とした立ち居振る舞いが、いつか自分でもできるのだろうか、できるようになりたいという、憧れの対象。
「僕達、約束通り、軽音楽部に入部しようと思います。今日は、ご挨拶に伺いました」
「さすが水野君ね。後々のことを予測して、物事がスムーズに進むように、今のうちから、部長に挨拶したいんだ」
「(ああ、ヤッ子先生も、タクちゃんのことを、よく知っているんだ)」
「でもぉ、今日は無理ね。見ての通り、イベントの日だから、バタバタしているし」
「了解しました」
「あっはは。相変わらず堅苦しい言葉遣いね。新入生の通常登校日の初日なら、運が良ければ部長に会えと思うよ」
「運が良ければ? ですか?」
「校内を、あちこち探し回ってみてよ。見付かれば、すぐに軽音楽部だってわかるから」
● ●
通常登校日の初日。
小さな高校だが、高校の敷地内には、朝から新入部員募集をする人がいる。
運動系や文化系、様々な部がある。勝手ながら、一見して割り当てられた予算額が違うのを推測する。
「なんだか、お祭りみたい」
「まあ、通常登校の初日だからね」
小夜とタクは、家が近所ということもあり、通学の駅で、どの電車に乗るかを、タクがあらかじめ決めていて、そこから揃って登校した。
これまで、小学校から一緒に登校していたので、小夜にとってのタクは、これまでの人生の多くの期間、多くの時間、一緒にいる。
「軽音楽部の勧誘は……、無いのかなあ」
あちこちから押し付けられた、新入部員を勧誘するチラシを持っている。
「運が良ければって、ヤッ子先生が言っていたから」
登校の初日は、荷物が多い。受け取ったチラシが邪魔になる。玄関の近くには、いけない生徒が捨てたのだろうか、チラシがあちこちに落ちている。
小夜とタクは、同じ組になった。席は離れている。
一時限目は、入学式の日に続き、高校生活の説明。内容が多く、覚えるのが大変だ。
入試に合格し、タクと合格祝いをした時、「学校のサイト(ホームページ)を、よく読んでおくように」と言われた。
タクには予知能力があるのかとさえ思う程だ。中学校には無い部屋の名前など、多くのことが、暗記はできていなくても、ざっと目を通して馴染んでいた。
もし、予習をしていなければ、今日の説明を受けるだけで、高校三年間分のエネルギーを消費したかも。
高校生活の説明が終わり、続けて、各自の自己紹介。一時限目の残り時間内で、全員が終えるように。人数で割ると、一人当たり三十秒間程度になる。
学校説明の前に、黒板の左側に「名前」「呼ばれたいニックネーム」「出身校」「趣味」「高校でしたいこと」など、あらかじめ書かれている。
担任教師は、「後で、自己紹介の時間を設けるから、何を言うか、考えておきなさい。名前は必須、それ以外は、何を話すか自由」と言っていたので、短時間での自己紹介に役立った。
学校説明で疲れた小夜は、みんなの自己紹介を、ぼんやり聞いた。
出席番号順で、タクより早く、小夜の番が来た。
「名前は星山小夜。音楽の「ノクターン」の「小夜曲」で、「小さい夜」と書きます。エレキギターで、ロックを弾きます。あそこにいる水野君の幼馴染で、一緒に軽音部に入る予定です。以上です」
周囲の人は、「ロックを弾く」に、少し反応したようだ。
タクの自己紹介は、もっとシンプル。
「水野です。軽音楽部で、未熟ながらドラムスを希望します。以上」
可もなく不可もなしという容姿のタクは、「未熟ながらドラムスを希望」に、女子が反応した。そのため、休み時間には、早速、数人の女子に囲まれた。
「水野君、ドラムを叩けるんだ」
「ああ。でも、まだまだ修行中。それより、次は移動教室だよね。誰か、場所を知ってる?」
タクは、話し掛けて来た女子だけでなく、周囲の生徒にも聞いた。これにより、タクを独占する状態を、回避しているようだ。
昼休み。
チャイムが鳴り終わらないうちに、タクに男友達が声を掛ける。
「水野。飯、どうする?」
「ああ、弁当を持って来た。購買とか、食堂は、混雑しそうな気がして」
「そうか。どこか、弁当を食える場所知ってるか?」
「お試しに、中庭に行こうと思うが、部活の先輩がいるはずだから、星山と一緒に探そうと思う。誘ってくれたのに、悪いな」
小夜が、着席したまま、タクを見ていたので、それにタクが気付いていた。
事前に、高校のブログも読んでいたタクは、弁当を食べられる場所の候補も知っていた。教室から近いのは、グラウンド脇のベンチだったが、もう満席なので、グラウンドを見渡せる階段で並んで食べた。
「残念だね」
「まあ、いいだろう。初日だし、これから、あちこちを探し回るのも、楽しいな」
風が弱い、良く晴れた春の日。ほのかに季節の香りがする。
まだ、タクに告白をしていない小夜にとっては、こんな何でもないことが、生き続ける糧になる。安穏が日常である、一緒にいる幸せを享受できている。
弁当を食べ終えて、一旦、教室に戻ろうと廊下を歩くと、ベースギターの音が聞こえた。
「あっ!」
「タクちゃん。お弁当箱、持って行くから」
タクの弁当箱を受け取り、小夜は教室に走る。タクは、音のする方を探り、階段に向かう。
アンプ(スピーカー)とバッテリーを背負い、エレキベースを弾きながら、階段を登っている人がいたので、下から呼び掛けた。
「済みません、もしかして、軽音楽部ですか?!」
メイは演奏を止め、「ちょっと待っててね。踊り場まで、上がるから」と返答。
タクも踊り場まで追い、改めて話し掛ける。
「不安定なタイミングで、声を掛けてしまい、申し訳ありません。軽音楽部の、久米先輩ですか?」
「くめ? ……なぜ、私の名を言い当てた? さては、貴様、エスパーだな!」
「あ、いいえ、済みません、ヤッ子先生から伺っていたので」
メイは、にやりと笑う。
「知っている。あたしもヤッ子先生から聞いている。君が、町内バンドで大活躍している、水野君だね」
「あ、はい、バンドの皆さんには、良くしていただいています」
「良かった。実は、さっきも別な子に呼び止められて、気さくな物言いだったから、「貴様、エスパーだな!」って、言ったんだよ。そしたら、「名札を見ました」って返されて、恥ずかしかった」
軽く笑い合う。
「あたしはメイ。軽音楽部の、仮の部長だよ」
差し出されたチラシには、連絡先として「二年 久米郁葉」に、フリガナ「く メイ くは」が添えてある。
姓と名を単純に分けた「くめ いくは」ではなく、分割位置をずらしていることが、メイの性格を表しているのだろう。
「五月生まれだから、兄が「メイ」と呼ぶようになって、気に入ってるんだ」
「もし、結婚したら?」
「その時に考える」
ここまでの会話から、タクは、メイとなら演奏だけでなく、楽しい時間が過ごせそうだと期待する。
「では……、メイ先輩」
「ん?」
「僕はドラムスですが、ドラムスのポジションは、空いていますか?」
「空いているよ。さっきは、キーボードの男の子が、入部を約束してくれた」
「僕達、ベースとドラムスの息が合えば、いいバンドになりますね」
メイは少し驚いたようだが、微笑んで軽く鼻で笑った。それが嘲笑なのか色香なのか、タクには区別も確認もできない。
小夜も到着した。階下から手を振る。
「タクちゃん」
「お、小夜、ありがとう」
メイに紹介する。
「あれが、幼馴染の星山です。エレキギター希望です」
「初めまして、一年の星山小夜です。入部希望です」
「小夜、ノクターンの小夜?」
「はい、そうです。普通に下の名前の「小夜」と呼んでください」
「うん、わかったよ。あたしはメイと呼んでね。よろしくっ、小夜ちゃん」
握手の手を出す。
小夜は、急接近されて戸惑いながら、握手に応じた。
メイの容姿は、小夜からは嫉妬を除いても、「美人のタイプ」ではない。ボブヘアー(襟に掛からない程度の短髪)で、やや丸型の体形だが、不摂生ではなく、健康的で、理にかなったもの。
「これで廃部はまぬかれた」
ほっとしたように演技したメイの表情を見て、小夜は「この人がピンチになるのは、どんな時なんだろう」と思った。
メンバーが少なくて廃部になっても、受け入れる度量があるのだろう。
挨拶が終わったところで、小夜が尋ねる。
「ところで、メイ先輩。これ、重くないですか?」
「もちろん、重いよ。だけど、ただ待っているよりも、こっちから出向いた方が効率がいいよ」
「台車を使ったら?」
小夜の疑問に、タクが答える。
「台車を曳いたら、足にぶつかるし、紐を長くしたら場所を取るし、こうして階段の昇り降りができない」
「あっ、そうか」
「これで、バンドとして十分なメンバーが揃った!」
「え? メイ先輩がベース、タクちゃんがドラムス、あたしがギター。まあ、これでもバンドになりますが」
「水野君には、さっき言ったけど、キーボードも入部することになったよ。見るからに、ふざけた男の子だけどね」
確定ではないが、これでメンバーが揃ったので、メイは勧誘行脚を終える。
「あはは。あたしにとっては、やっぱり重いし、これで校内を歩き回るのは恥ずかしいよね」
● ●
「女ドラキュラ」
小夜が初めて聞いた、メイの噂。
昨日はメイと初めて会い、部活動は今日の放課後から。
昼休みに、クラスメイトと弁当を食べる。屋外なので、誰かに話を聞かれる心配は無い。
「小夜ちゃん、軽音部に入ったんだ」
「うん。みんなと合奏するって、今まで無かったから、新鮮」
「でも、気を付けてよ。部長の久米さんって、危ないらしいから」
「危ないって?」
「大学生の彼氏がいるらしいよ」
胸が高鳴った。いや、二歳違いの恋愛は、不思議ではない。小夜はここに、触れてはいけない大人の領分を連想した。
「しかも、かわいい子がいたら、その血を吸って、仲間にするって。だから、女ドラキュラ」
「どういうこと?」
「知らなーい。噂だから、何がどこまで本当なんだか」
昨日、初めてメイを見た時は、親しみやすいという印象。タクと親し気に話していたのは、ヤッ子から話を聞いていたこともあるのだろう。
どこか、本音を出さない性格のようにも思え、嘘を言うような意地悪な人でもない。
「だからね、小夜ちゃん。今日が部活の初日でしょ。一応、気を付けておくようにって、それだけ」
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次回は …… [第二話] 視線のずれ
ロック:小夜が説明
音楽ジャンルの名前です。
岩もロック「ROCK」で、スペルも同じですが、音楽の方は「揺れる」の意味です。ロッキングチェアは揺り椅子でしょ。
聞いていて、体が揺れるだけでなく、あたしが動画を見て感動したように、心が揺れるっていう意味もあるかも。
アンプ:メイが説明
オーディオの機械の名前だよ。日本語では増幅器って言うね。電気を使うから、電気のコンセントやバッテリーが必要だね。
エレキギターもエレキベースも、演奏そのものの音は小さいんだけど、みんなで聞けるように大きくするのが、アンプってことだ。
エレキギターやエレキベースで「アンプ」と言うと、スピーカーとの一体型が使われる。だから、勘違いして「エレキギターでは、スピーカーのことをアンプと呼ぶ」なんてこともありそう。
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