♪ 小夜:星山小夜(ほしやま・さよ)。高校1年生。軽音楽部で、エレキギター担当。タクの幼馴染で、タクに片思い。
♪ タク:水野拓(みずの・たく)。高校1年生。小夜の幼馴染。軽音楽部でドラムス担当。メイに恋を始める。
♪ メイ:久米郁葉(くめ・いくは)。高校2年生。軽音楽部の先輩。エレキベース担当。恋人がいるらしい。
♪ ショージ:東海林ショージ(しょうじ・ショージ)。高校1年生。軽音楽部でキーボード担当。現実の恋に、ファンタジーを持ち込みたい。
♪ ヤッ子:牧靖子(まき・やすこ)。軽音楽部の顧問であり、タクが町内のイベントで合奏する大人。渦中でうろたえている者を、外側の落ち着いた場所から俯瞰する。
[第二話] 視線のずれ
(回想セクション)
メイには大学生の兄がいる。
メイにベースを教えたのは、兄。和音の「基本形」「転回形」や、ベースのメロディなどと共に、バンド全体を把握することも教わった。
ギターやキーボードなどの目立つ主役が、時には勝手に暴れる。それらを把握するのが、ベースとドラムスの役目だと教わっていた。
この教えが、今年の軽音楽部での、メイの役割に深く影響した。
兄は実家を出て、大学の近くで独居している。連休では、実家に帰って来ることもある。
大学の近くで何らかのイベントがあれば、メイが兄の家に泊まりがけで行くことがある。
とはいえ、兄の住居は、実家から遠くはないので、「イベントのために泊まりがけ」には、必然性が無い。
● ●
軽音楽部の初日。
仮の部長であるメイを正面に、小夜、タク、ショージが向かい合って立つ。改めての挨拶。
顧問のヤッ子は、休憩用の椅子に座っている。化学教師なので白衣を着ているのは、学校内の作業服の用途。
立ち位置を確認しながら、部長挨拶の前に、ショージが発言する。
「メイ先輩の、勧誘の姿が、面白かったです」
微笑んでいたタクの顔が、ほんの僅かに険しくなった。じっとタクを見ていた小夜だけが、気付いた。
「ようこそ、軽音楽部へ」
声変わりをしたが、成熟途中のメイの声は、朗々とはしていなくとも、歓迎の明るさがある。
ここでは「芝居じみた定型の進行」が望まれる。ショージによって妨げられたが、無視するようにメイが挨拶したので、速やかに修正された。
「顧問の牧靖子(まき・やすこ)先生、通称ヤッ子先生……」
ヤッ子を促すように手の平を向けるが、全員がヤッ子を見た時、座ったままバイバイされたので、ヤッ子からの言葉は無し。
「改めて、私が久米郁葉(くめ・いくは)、「メイ」と呼んでほしい。今は部長ではあるけど、仮の部長だから、今日のうちに部長を決めたいね」
メイがタクに発言を促す。
「水野拓(みずの・たく)。一年生。担当はドラムス希望です。主なジャンルはロック。よろしくお願いします」
拍手。
タクのことは、ヤッ子から聞いていたのだろう。「芝居じみた定型の進行」の見本を任せるのに適している。
メイは今度は小夜に目を向けた。
「星山小夜(ほしやま・さよ)です。一年生で、水野君の幼馴染です。ギターは、小さい頃にクラシックギターで遊んでいましたが、中学生の頃から、エレキギターを始めました。ヤッ子先生とタクちゃんが、ギターの師匠です」
拍手。
小夜が、ここでも「幼馴染」と言ったのは、タクとメイの関係と、ショージから言い寄られることの、両方に警戒しているため。
「東海林ショージ(しょうじ・ショージ)。一年生。キーボード。絶対音感あり!」
ショージにとって、絶対音感があることは自慢なのだろう。
ヤッ子が拍手した。
「さて、入部式も終わったところで、私は職員室に戻るよ。後はみんなで、自立(自律)できるよね」
メイ「ありがとうございます」
全員「ありがとうございます!」
メイの一礼に、みんなが追随した。
ヤッ子は、メイの性格を知っているので、ほぼ任せている。部活動も、メイなら自治できるだろうと、ヤッ子が部室に来ることは、ほぼ無い。
新入部員募集のパフォーマンスをヤッ子が許可したのも、そんな信頼からだった。
ヤッ子の言葉遣いは、どこかおかしい。「おネエキャラ」と「男装の麗人」に、ショージが求める「都合の良い二次元キャラ」を添えているようだ。語尾の選択を迷っているようにも思える。
「入部式」の後、ミーティングで今後の活動方針などを話し合った。
話し合いをしながら、それぞれの性格を互いに分析しているようだ。
「メイ先輩、今年度のことを決めるとしても、部員が四人だけなので、柔軟に変わると思って大丈夫ですか? もちろん、自分勝手にではなく、即席ミーティングで、みんなの同意を得てですが」
「そうね。みんなも、ヒヨコとかを飼った経験があると思うけど(笑)、たくさんのヒヨコのみんなが勝手に動くと困るよね。勝手なことをしないように、話し合いは大切ね」
「そうですよ。日本人なら絶対、ヒヨコを飼った経験があるはず。ねえ、みんな」
ショージは、何かと注目されたがっているようで、場の雰囲気を考慮するのが苦手らしい。ヒヨコの冗談は、メイ自身の(笑)で昇華済み。
メンバーは、部活動要因の最低限の四人。部員募集は積極的でなくてもいいが、ギターがもう一人いてもいい。
「パーカッションや、「何でも屋」のような人がいても、良さそうですね」
「ほほう、何でも屋か。いいね」
楽譜には詳しくないが、ドラムスということで、曲の盛り上げに試行錯誤するタクは、いつも「何か楽しいことの工夫」をする。
小夜にとっては、このミーティングで、タクとメイが急激に接近したように見える。
「小夜ちゃまも、何か意見は無いの?」
ショージは、勝手に小夜を「手頃な恋人候補」にしている。身勝手な性格が「小夜ちゃま」の呼称に表れている。
軽音楽部の部長は、やはりメイに決まった。副部長はタクになった。ミーティングで、自然にみんなが同意した。
「せっかくギターを持って来たので、軽く演奏してみませんか?」
壁に立てかけていた小夜のギターを、軽く撫でながら、タクが呼び掛けた。
「いいねえ。ついでに、備品の楽器の具合も、今日のうちに確認できるし」
「はいっ」
「あたしはヤッ子先生に、部活申請書を出して来るから」
メイが退室し、タクはドラムセットに座り、配置を自分の好みに調整した。小夜の大好きな、ハイハットの音が鳴る。タクのハイハットは、準備段階でも、嬉しい予感がする。
ショージは備品棚からキーボードを出す。ケースから出して、「おおー、このタイプか」などと言っている。そのセリフを、小夜は「どうせばれないから、キーボードに熟知しているように装っている」と感じた。
小夜は、備品のアンプを出す前に、自分のギターを用意した。単に、狭い場所にショージがいたから。
しかし、ショージは、キーボードのケースを床に寝かせたまま、備品棚のあれこれを見ている。
タクが助け舟を出す。
「小夜。小夜もアンプを使うだろう?」
「え、うん」
ショージが気付いた。
「あ、ゴメン。今、場所を空けるから、好きなのを選んで」
小夜には、アンプのこだわりが無い。要するに、音が出ればいい。エフェクターの知識は、いくつかの名前と音色を知っている程度。
メイが帰って来た。
「ただいまー。用意ができているね。じゃあ、あたしもベースを出すから、小夜ちゃん、鐘を鳴らして」
「鐘?」
「机の上の鐘。うちでは、あれをチューニングに使うのが、伝統なんだ」
「お洒落ですね」
「聞いた話では、何年か前の先輩の、置き土産らしいよ。本当は、ただのインテリアだけど、意外にも安定した持続音が鳴るから、伝統にしているんだって」
全体像は、十二ロール入りパックのトイレットペーパーよりも少し小さく、四本の柱の上に屋根、そして、屋根裏から長い鐘がぶら下がっている。
小夜が鳴らした。音は小さいものの、確かに安定している。
「ショージ君のキーボードも、これに合わせてね」
「はい。ええーっと、チューニングの方法は……」
「悪いけど、説明書を見てくれる? 何かのスイッチを押しながらとか、あたしも知らないんだ。小夜ちゃんは、ショージのキーボードに合わせてね」
「はい」
説明書を読みながら、ショージが尋ねる。
「でも、それって、ラじゃないですよね。ミ? ファじゃなくて、ちょっと高いミですか?」
「さすが、絶対音感! ちょっと高いミだよ」
ショージがキーボードでのミを鳴らすと、鐘と合っている。
「あれ? 合ってますよ」
「良かった。まだバッテリーが残っていた。それって、バッテリーが切れると、元の四四〇に戻るから」
メイもベースギターの用意ができたので、チューニングした。
「じゃあ、やってみようよ」
「ちょっと待ってください。ここにいる、みんなが知っている曲って、あるんですか?」
「あるよ。キーはC。テンポはこれ。♪ドードーソーソーラーラーソー、、」
メイが『きらきら星』を歌い始めると、タクが小さくハイハットを鳴らした。メイは、エレキベースで、続きのメロディを演奏。小夜とショージも加わる。
時々、全員が伴奏になり、誰もメロディを鳴らさないこともあったが、テンポとコードが合っているので、続けることができた。
アドリブを適度に入れて盛り上がったが、同じことを続けていると飽きる。
タクが突然、曲の区切りの前に「メイ先輩!」と叫んだ。メイがタクに近寄った。
タクのリズムが複雑になった。いや、特殊なリズムのようだが、メロディっぽく聞こえる。メイが呼応する。
初めて合わせたとは思えない、息の合った演奏。いつの間にか『きらきら星』ではなくなり二人だけの演奏になっている。小夜とショージは、ただ聞くだけ。
長時間のデュオがあり、タクが両腕を上げ、「よおーっ」と叫んだ。特殊なリズムでユニゾンし、演奏が終わった。
その終わり方から、いや、デュオの途中から、小夜は気付いた。二人が共通に知っている曲を演奏したんだ。
ショージが拍手。
汗を拭きながら、タクが言う。
「最高ですね、メイ先輩」
「水野君も、楽しいねえ」
「さすが、高校生になったって感じがします」
「ふふーん、水野君も、大人の仲間入りかい?」
小夜はどきりとした。昼休みに、友達から聞いた「女ドラキュラ」を思い出した。
「今まで、町内のバンドでの演奏は、何かのイベントだけでしたが、これからは、部活動で毎日、合奏できるんですね」
あからさまには言わないが、タクは、自宅で小夜との合奏に、物足りなさを感じていた。
● ●
五月下旬。
軽音楽部の活動も、落ち着いている。秋の文化祭向けにオリジナル曲を作るとか、校外イベントに参加するとか、予定はあるものの、熱血過ぎない。メイの質素な誕生日パーティーの後、毎日がだらだらと過ぎて行く。
小夜にとっての大問題である、タクとメイとの仲は、深みが増しているように感じる。サラミが、目立たないように少しずつスライスされているのだろうか。
メイと比べて、小夜はタクとの関係は深まらない。こうして毎日、一緒にいるのだから、告白のきっかけなんて、どっさりあるはずなのに。
毎日の小さな積み重ね。関係を一気に進める事件。どちらにしても、なぜ自分にはできないのだろう? そんな気持ちが、小夜に沁み込んでいる。
明日こそは告白しよう、今日こそ告白しよう、昨日は告白できなかった。結局、毎日がだらだらと過ぎて行く。
校門を出たら告白しよう、信号待ちの時に告白しよう、改札口を過ぎたら告白しよう。
できない理由を探しているのでもなく、嫌なことから逃げているのでもない。恋だから。
「(タクちゃんにとって、あたしは、恋愛対象じゃないのかな……。幼馴染で、音楽仲間で、一緒にいて楽しい間柄だと思っていたけど)」
学校を出て、駅に向かって一緒に下校しているタクを、横目で見る。機嫌が良さそうなのは、部活でメイと合奏したためだろうか。
肩に提げているギターを持ち替えて、探りを入れるように言う。
「タクちゃん、最近、機嫌がいいよね」
「そうだなあ。うん、きっと、部活のお陰だな」
「メイ先輩と、仲がいいもんね」
「そうだな。さすが部長、さすがベース。メンバーのまとめかたも上手いし」
小夜からメイの話を持ち出したが、失敗だったかも。
「タクちゃん、メイ先輩のこと、好きなの?」
「ああ、好きだよ。でも、部活で部員同士の恋愛は、どうなんだろう? ヤッ子先生に相談しようかな」
藪蛇(やぶへび)だっ。
小夜はとっさに、平静を装う。
「相談する程、そんなに好きなの?」
「うーん。そこは、明言する程なのか、自分でもわからない。青春は恋愛すべきという固定観念か、性欲の相手を求めているのか、目新しい楽しさの錯覚なのか」
「タクちゃん、メイ先輩のこと、そんな目で見てたのっ?! いやらしい!」
「小夜が相手だから正直に言えるんだ。俺達、互いに「便所ドア開け事件」をした仲だからな、もう、あれ以上に恥ずかしいこともない」
小夜は、平手で何度もタクの腕を叩く。
正直に言える仲というのは嬉しいけれど、恋愛対象から除外してるってこと。
「でも、メイ先輩、大学生の彼氏がいるらしいよ。お泊りしてるって」
厭な嘘を言ってしまった。これは、瞬時に黒歴史と自認した。喉の下が、急に重く詰まった。
タクは立ち止まった。小夜を酷く睨んでいる。小夜の嘘を見抜いている。
「俺が知っているのは、メイ先輩には大学生のお兄さんがいる。行き来していると聞いた。彼氏も大学生だというのは、知らない」
「タクちゃん、ダメ。友達から聞いたの」
「本人から、聞いたのか?」
少しの間の後、小夜は首を横に振る。
これはまずい。大失敗だ。タクと話す時は、「後で考えると、これが最適」から離れたことを言ってしまうことが多い。
「女ドラキュラ」という噂などの印象を、都合よく組み合わせた。
「小夜は、誰かを貶めるために、嘘を言うんだな。話に尾鰭が付くというが、悪い噂を補強するために「だったら、こう考えたら辻褄が合う」という、未確認情報を、確認済みにする。冤罪だ」
メイの悪口にしてしまったことは、変わらない。これなら、恋愛対象とは正反対ではないか。
「小夜……」
小夜は、少し俯いていた顔を上げる。しかし、タクの目を見ずに、タクの顎を見る。
「なあに?」
どんな表情をタクに見せるのが正解か、わからない。せめて、涙でも出てくれれば、伝わったかもしれないのに。
「……小夜……いくつかの意味で、ごめん。ひとつは、言い過ぎたこと。小夜は、冤罪を目的にするつもりでは、なかったんだよな」
小夜は、唾(つば)を飲み込むだけで、僅かに頷いた。
「……それから、もうひとつの、ごめんは、もし間違っていたら自惚れで恥ずかしいから、理由は聞かないでほしい」
顔の角度は変えず、目だけを上げてタクを見た。上目遣いで、タクと目が合った。
そこには、あらゆる力を抜いた、あらゆる感情を亡失した顔があった。
「(そうか、これがタクちゃんの精一杯の気遣いなんだ)」
その瞬間、小夜の口角は下がり、涙が湧き出した。涙が「流れる」とは、こういうことなのか。
学校の誰かが通るかもしれない道。
「タクちゃん。ありがとう。好きだよ、恋愛感情で」
もしかすると、タクと目を合わせるのは、これが最後なのかも。
駅に向かって、速足。ギターが重い。
「(どうか、タクちゃんに追い付かれませんように)」
● ●
次回は …… [第三話] 流れの中で
ユニゾン:ショージが説明
簡単に言えば、「同じことを、一緒に」ってことさ。口で歌いながら、歌と一緒に机を「コッココ……」と叩くのもユニゾンしていることになる。
タクがドラムスを、メイ先輩がベースを、同じに「ダダダ、ダダッダ」と鳴らすのも、ユニゾンさ。タイミングがぴったり合うと気持ちいい。
同時ではなく、直後に真似するのは「コール・アンド・レスポンス」で、これも気持ちいい。
ロック:小夜が説明
音楽ジャンルの名前です。
岩もロック「ROCK」で、スペルも同じですが、音楽の方は「揺れる」の意味です。ロッキングチェアは揺り椅子でしょ。
聞いていて、体が揺れるだけでなく、あたしが動画を見て感動したように、心が揺れるっていう意味もあるかも。
アンプ:メイが説明
オーディオの機械の名前だよ。日本語では増幅器って言うね。電気を使うから、電気のコンセントやバッテリーが必要だね。
エレキギターもエレキベースも、演奏そのものの音は小さいんだけど、みんなで聞けるように大きくするのが、アンプってことだ。
エレキギターやエレキベースで「アンプ」と言うと、スピーカーとの一体型が使われる。だから、勘違いして「エレキギターでは、スピーカーのことをアンプと呼ぶ」なんてこともありそう。
ハイハット:タクが説明
ドラムセットの中の、シンバルの名前だ。小夜は、この音が好きなんだね。
シンバルといえば、一枚ずつ両手に持って、二枚を合わせるように打ち鳴らすよね。ドラムスでは一枚だけをスティック(太鼓の撥を細くしたようなもの)で叩く。
ドラムスでも、二枚を合わせる仕掛けをしたシンバルがある。それが、ハイハットというわけだ。
両手にはスティックを持っているから、ハイハットは足で操作する。ペダルを踏んだら二枚がくっ付き(クローズ)、ペダルを離したら二枚が離れる(オープン)。
ペダル操作だけでも音は鳴るけど、スティックとペダル操作を組み合わせて鳴らすのが、よく使われる手法だ。
絶対音感:小夜が説明
ショージが自慢っぽく言っていたよね。聞いた音の「ドレミ」を言い当てたり、「ドレミ」の高さを思い浮かべることができる感覚だよ。「絶対音感を持っている」なんて言い方をする。
絶対音感には、都市伝説が多いのは、絶対音感は感覚だから、「ある」「無い」の二種類ではなく、人によって感覚が違うのに、絶対音感を持たない人が勝手に噂するからでしょうね。
エフェクター:ヤッ子が説明
音色を変える機械が、エフェクターだね。「効果」ということで、「SE」は「サウンド・エフェクト」の略ですよ。
ギターの元々の音色が「ビー」で、それを「ギー」「プー」「ゴー」とかに変える機械。エコーのような効果もできますよ。
「エフェクターを買う」と言えば、手のひらサイズの機械を思い浮かべます。パソコンを使うエフェクターもあるんですよ。
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