ユニゾンと横恋慕   作:不定音高ふたつ

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【登場人物】

♪ 小夜:星山小夜(ほしやま・さよ)。高校1年生。軽音楽部で、エレキギター担当。タクの幼馴染で、タクに片思い。

♪ タク:水野拓(みずの・たく)。高校1年生。小夜の幼馴染。軽音楽部でドラムス担当。メイに恋を始める。

♪ メイ:久米郁葉(くめ・いくは)。高校2年生。軽音楽部の先輩。エレキベース担当。恋人がいるらしい。

♪ ショージ:東海林ショージ(しょうじ・ショージ)。高校1年生。軽音楽部でキーボード担当。現実の恋に、ファンタジーを持ち込みたい。

♪ ヤッ子:牧靖子(まき・やすこ)。軽音楽部の顧問であり、タクが町内のイベントで合奏する大人。渦中でうろたえている者を、外側の落ち着いた場所から俯瞰する。


♪ 今話の音楽用語は、このページを下にスクロールした「後書き」に記しました。





[第六話] 少し早い告白

[第六話] 少し早い告白

 

 

 

 文化祭の前日。

 

 部活の前に、小夜はメイに呼び出された。人通りが極めて少ない階段裏。

 

 メイは、頬の下、顎の骨の部分に、大きな絆創膏を貼っていた。時々、メイは絆創膏を撫でたり、軽く押したりする。

 

「小夜ちゃんは、水野君が好きなんでしょ。あたしもなんだよね」

 

 これは、夏の保健室でも聞いた。でも、続きが違った。

 

「文化祭のステージ、成功させたいよね。だから、それまでは穏便にしたいよね。明日ステージが終わったら、あたしたち、付き合うことになるから」

 

「え? メイ先輩には、彼氏がいますよね。別れたんですか? もしかして、タクちゃんに告白? タクちゃんから告白?」

 

「彼氏なんて最初からいないよ。なんだかさ、水野君と過ごす時間が楽しくてさ」

 

「でも、タクちゃんは、きっとメイ先輩のことを、信じています」

 

「子供を相手には、いくらでも誤魔化せるって」

 

「もしかして、その絆創膏は」

 

「そう、「彼氏ではない大学生」に」

 

 なぜか、ベースギターを弾く仕草をした。

 

 小夜は、メイのセリフが「彼氏じゃない」「彼氏ではない」など、僅かに使い分けていることに気付いたが、そこで混乱してしまった。

 

「彼氏ではない」「彼氏じゃない」「彼氏になれない」「彼氏にはなれない」のそれぞれに、ふたつの意味があることには、思い至らない。

 

 そうか、メイは「彼氏」を否定する言い方の使い分けをするんだ。まるで「わざと誤解させる」ような言い方をするんだ。多義性があるのに、ギリギリ不足しない言い方をするんだ。

 

 そうすることで、嘘を言わないようにしている。

 

 嘘を言わないから、「彼氏」を否定する言い方の、使い分けをする。しかし、細かな言葉の使い分けに気付く人がいないから、誤解されるんだ。

 

 もしや、「女ドラキュラ」の呼称は、わざと誤解させて自然発生させたのか? 秘密を隠すための作り話ができない、作り話の矛盾を指摘される惨状を知っているのか?

 

 メイの言葉は、鏡の迷路だ。虚像も実像も、曲がり角で鏡の向こうに隠れる。

 

 小夜は、それぞれの言い方が、どのような場面で言ったのかを覚えていないが、「大学生は、複数いる」と気付く。

 

 溜息。

 

「小夜ちゃんが、ショージの歌詞に文句を言った時、あっぱれって思ったんだよ。ファンタジーを現実に持ち込むなら、楽しくなくっちゃ。望まぬ犠牲者にはなりたくない」

 

「あたしは、ファンタジーじゃ、ありません。タクちゃんだけが、あたしをわかってくれました」

 

「それは知ってるよ。本当に偶然だけど、部室の、あの窓から見たんだよね」

 

「何をですか?」

 

「階段裏の、ここ。並んで座って、小夜ちゃんが泣いて、水野君にもたれているのを」

 

「……見られてたんですね」

 

「水野君は、小夜ちゃんの、いい理解者だろうね。でも、慰めの言葉はあっても、背中や頭を撫でてくれないでしょ?」

 

 小夜は無言。思い当たる。タクは、言葉と表情で慰めてくれる。けれど、タクが撫でてくれたことは無い。

 

「あの時だって、小夜ちゃんから、もたれて座ったんだよね。それだって、触ったのは布越し。直接、指の一本も触れたのは、もう随分と昔のことじゃないの? 夏にキスしたのは、歯痒さのせい? 切なさのせい?」

 

「そんなことは……。そう、ですね」

 

「恋ができないあたしにとっては、羨ましい。尊敬にも似ている。これは、皮肉でも何でもない。あたしとは、人種が違うとさえ思う」

 

「メイ先輩は、恋をしないんですか?」

 

「一緒にいて、楽しい人はいるよ。だから、何かをする時に、その人を誘う優先度を上げることがある。偶然その人も、あたしを優先的に誘うのなら、「恋人同士」になれるかも」

 

「それは、恋ではないんですか?」

 

「「恋人同士」とか、ましてや「独占相手」なんて、役所で登録するような感覚じゃない。独占に執着すると、こんなことになる」

 

 メイはまた、絆創膏を軽く押す。ここにはいない誰かを睨み殺すように歪めた表情をし、固唾を飲んだ。

 

「だって、何を食べるかによって、スプーンか箸かフォークか、違うでしょ。箸が優先だけど、カレーライスならスプーンがいい」

 

「相手を決めないって、ことですか?」

 

「そう。箸を恋人にしても、カレーライスを食べる時は、別な友達であるスプーンを使う。遊園地なら、あの友達。ドライブなら、あの友達。それなのに、「いつでも俺を誘え。お前の笑顔の場所に、いつも俺がいるべき」ってのは、無理」

 

「セッ……もですか?」

 

 コンシーラーで隠したキスマークを思い出す。

 

 メイは、おどけたように眉を上げる。

 

「ノーコメントよ」

 

「じゃあ! メイ先輩は、タクちゃんを、好きなんですか?! 告白するってことは、好きだってことですよねっ。好きだからこそ、許可する……」言い過ぎたと思い、口をつぐむ。

 

「ふふっ。ノーコメントよ」

 

 小夜の口角は、情けなく下がり、充血した目で涙。

 

 メイは続ける。

 

「あたしは水野君が好きだよ。一緒にいて楽しいからね。でも、胸が熱くなったり、痛くなったりしない。付き合ったら楽しくなるんだろうなっていう、期待があるだけ」

 

「胸が痛くならないんですか?」

 

「そうだよ。でも小夜ちゃんは、恋しているよね。だから、またそうやって泣ける小夜ちゃんのこと、人種が違うんだな、羨ましいなと思う」

 

 小夜は何も言えない。

 

「さっさと告白しないと、手遅れになるよ。だって、水野君も、あたしと付き合ったら、「自分は独占相手にされている」って思うでしょ」

 

 メイは、握り拳の手の甲で額を触り、少し言いあぐねる。

 

「小夜ちゃんは、夏目漱石の『こころ』を読んだ?」

 

「いえ、教科書に載っていた、ほんの少しの部分だけです」

 

「そっ。ショージが言っていた「恋は罪悪ですよ」ってのは、要するにあの小説は「恋愛は独占が前提だから、早い者勝ち」ってこと。たったそれだけのことを、一冊を使って書いている。まっ、ショージにはショージの解釈があるだろうけどね」

 

 意を決して、これまで小夜がメイに聞けなかったことがある。今が、聞くチャンス。

 

「メイ先輩、「女ドラキュラ」と呼ばれています」

 

「そうらしいね」

 

 メイは、部活に行くことを促すように、歩き始めた。目で追いながら、小夜は「虚像の一人歩き」、「虚像の暴走」という気がした。

 

 メイは、独り言のように言う。

 

「どうして「独占ではない」ことに、あんなに怒るんだろう?」

 

 

 

● ●

 

 

 

 明日は文化祭の本番。夜更かしはできない。

 

 そう思ってはいるが、小夜は寝付けなかった。階段裏でのメイとの話が頭から離れない。

 

 今日、メイに言い過ぎて、口をつぐんだ「許可する」の言葉を思い出す。

 

 掛け布団をベッドから落とした。脚が三角になるように、膝を上げた。

 

 ここまでは、いつものこと。

 

 今日は初めて、足の裏も上げた。

 

 コンシーラーを使ったメイを、自分の知らない暗黒宇宙に思え、二度と戻れない世界に呑み込まれる恐怖に感じた。自分も、メイに浸潤され始めたのだろうか。

 

 目を閉じている。

 

 公園で一緒に買い食いをした時の、タクの笑顔を思い出す。

 

「いいよ……」

 

 公園のタクの笑顔に、許可した。

 

 

 

● ●

 

 

 

 文化祭当日。

 

 軽音楽部のステージは、午後の予定。それまでは、他の役割の無い小夜は、暇な時間が長い。

 

 小夜が廊下を曲がろうとしたところで、突き当りの位置にある理科準備室のドアが開いた。

 

 中からヤッ子が顔を出す。ドアのガラス窓から、小夜を見付けたらしい。

 

「星山さん、運がいいな、模擬店のクレープをもらったんだ。食べないか?」

 

「え? はい、いただきます」

 

 小夜が室内に入ってから、ヤッ子が、ドアのガラス窓のカーテンを閉じる。

 

「さぼっていると思われないよう、カーテンを閉じておこう。邪魔が入らないように、「外出中」の札も出しておこうか」

 

「ヤッ子先生、何だか裏工作が上手な人に思えます」

 

 小夜が、喜んでクレープのある机に向かうと、後ろからヤッ子が言う。

 

「苦しいだろう?」

 

「え?」

 

 ヤッ子は、小夜との距離を保ったまま、良く通る声質で続ける。

 

「今の君に、将来を見なさいなどと言う気持ちはない。私にできるのは、ほんの少しのことだけだ」

 

 ヤッ子がポケットから鍵を出す音が聞こえる。

 

「これから校内巡視で外出する。私は、この部屋の鍵を持っている。内側からならいつでも解錠できる。外から施錠するから、ノックされても無視していい。ステージの予定まで、時間はまだまだある。気の済むまで、ここにいなさい」

 

 ヤッ子は廊下に出る。施錠音が聞こえた。

 

 崩れるように、椅子に座る。昨日、メイと話した階段裏が、窓から見える。

 

 震える指で、クレープを持ち、食べ始める。

 

 甘い。柔らかい。

 

 学校全体は、人の声、賑やかな音楽で溢れている。

 

 クレープを食べる。

 

 涙で、景色が見えなくなっている。明るさだけがわかる。

 

 声を出さずに泣いたのは、軽音楽部で外出して以来。

 

 声を出して泣いたのは、最後はいつだっただろう。

 

 

 

● ●

 

 

 

 文化祭のステージの直前。舞台袖。

 

 ショージは舞台袖の幕の、ギリギリの位置に立っている。あと一歩、前に出れば、客席から見られてしまう。

 

 メイも階段を上がった場所で、ショージの近くにいる。

 

 小夜とタクは、階段の下にいる。

 

 周囲に、数人のスタッフはいるものの、ステージからの音があり、話し声が聞かれることはないだろう。

 

「ねえ、タクちゃん」

 

「ん? どうした」

 

「あたし、タクちゃんが好き。恋愛感情で」

 

 五月の下校時に、既に告白し、失恋している。しかし、ステージが終わったら、タクがメイに、メイがタクに、告白するだろう。

 

 だったら、ステージの前が最後のチャンス。もう一度、タクに自分の気持ちを伝えれば、どうにかできるかも。

 

 タクも「独占を望む人」であれば、メイより先に告白し独占すれば、勝てる。

 

 しかし、タクからの返答は「俺はメイ先輩が好きなんだ」だった。

 

「(あは、当たり前か……)」

 

「それは知ってる。でも、それはタクちゃんの片思いだよ。メイ先輩には、彼氏がいるのかも」

 

 自分で、往生際が悪いと思う。しかし、一縷の望み。タクが諦めるようにと誘導してみた。

 

「彼氏が、いないのかも……だろ?」

 

「(やっぱり、駄目なものは駄目か)」

 

 小夜は、涙ぐみ、タクを凝視。

 

「小夜、ゴメン」

 

 タクは、清々しい顔を小夜に見られないように、背中を向ける。そして、自分に言い聞かせるように呟く。

 

「うん、よしーーー」

 

 小夜には、タクの言葉の、最後の音「しーーー」だけが聞こえた。決心した時の「S」の摩擦音。ただそれだけで、小夜は歩けなくなった。小夜が告白したことで、タクを決心させてしまった。

 

 小夜は、もう動けなくなった。膝から下が、砂を水で固めただけの砂細工になったように感じたからだ。重く、そして、脆い。

 

 

 

● ●

 

 

 

 ステージが始まった。

 

 既存曲を二曲、その後にオリジナル曲の予定。

 

 部室でチューニングしたが、ここでも改めてチューニング。

 

 メイが、挨拶の言葉も無く、いきなりマイクで迫力のある声で一言。

 

「いくぞっ!」

 

 タクが、逆シンバル。メイのエレキベースが、ダウングリッサンド。ショージのキーボードが、豪華なファンファーレのようなイントロ。

 

 このイントロは既存曲をそのままではなく、タクを中心に、ステージのオープニング用に変えた。

 

 メイが歌い始めたことで、お客さんは何の曲かとわかった。

 

 ノリの良い曲なので、ギターを弾きながら、小夜の気持ちも落ち着き始めた。小夜の担当の箇所も、声が裏返らずに歌えた。

 

 タクの短いMC(トーク、おしゃべり)を挟み、二曲目を演奏。

 

 ロックンロールを、ややアップテンポにした。

 

 タクの案で、一斉にジャンプする箇所を設けた。最初は客席のタイミングが合わなかったが、二回目、三回目になるとタイミングがわかり、客席のみんなが一斉にジャンプし、盛り上がった。

 

 いよいよ三曲目。オリジナル曲。

 

 メイがMC。

 

「次の曲が最後です。オリジナル曲でスイェーイ」

 

 客席から拍手。

 

「キーボードの、ミスターショージが中心になって、全員で作ったヨイェーイ」

 

 客席から拍手。ショージは両腕を上げる。

 

「もし、この曲に苦情がありましたら、あちらのショージが担当でスイェーイ」

 

 客席から笑いと拍手。ショージは漫才のツッコミのような仕草。

 

 タクとメイが目配せ。

 

「いくぞっ!」

 

 メイの「ぞ!」は、タクの強烈なスネアドラムの「ダッ!」と一致。オリジナル曲は、タクとメイの息が、ぴったり合うところから始まる。

 

 持ち回りで歌うが、小夜は担当箇所をデタラメなスキャット「ジャンういドびゃッ」などで誤魔化した。

 

 いよいよ、メンバー紹介。

 

 小夜は、メンバー紹介の流れを、脳内で再確認する。

 

 

 

 タクがバスドラを単調に鳴らし、ショージがキーボードでアドリブ。タクがショージの名前を言う。

 

 バスドラが単調なまま、小夜のアドリブ。ショージが小夜の名前を言う。

 

 タクがアドリブを演奏し、メイがタクの名前を言う。

 

 タクのアドリブに、メイが加わり、ユニゾン。小夜がメイの名前を言う。

 

 ユニゾンが長くなるので、ショージは椅子を持ち込み、座って漫画を読む。

 

 ユニゾンの終わりは、タクがバスドラで拍子を取る。

 

 小夜が、チョーキングや、ハーモニクスに似たミュートなど、通常の演奏ではない、拍も調律も無視した演奏で加わる。

 

 ショージが両腕を上げて手拍子し、客も一緒に手拍子する。

 

 小夜がコードをエイト・ビートで刻んだら、ショージがグリッサンドで加入する。

 

 Cメロに繋がり、曲が再開する。

 

 

 

「(よし、できる)」

 

 脳内シミュレーションをして、小夜は、自分を勇気付ける。

 

 メンバー紹介で、順番に名前を呼び合う。

 

 メイを紹介する小夜も、声をしっかり出せた。

 

 タクのドラムスと、メイのベースが、ユニゾン。目を合わせて、二人は息がぴったりだ。

 

 ショージは椅子を持ち込み、座って漫画を読む。お客さんは、これを洒落たパフォーマンスと理解し、大喜びで口笛も聞こえる。

 

 メイは、練習の時より躍動し、ステージを歩き回る。大きく口を開け、目は強く閉じ、最大の喜びで演奏している。

 

 小夜も、しばらく演奏が無い。ユニゾンを聞きながら客席を見渡す。

 

「あ……」

 

 声に出てしまった。ここにいる人達は、タクとメイの演奏を楽しんでいる。

 

 そこに、小夜が拍も調律も無視した加入をすると、小夜は「楽しみを邪魔する奴」になってしまう。楽しんでいるタクとメイにとっても邪魔、タクとメイの演奏を楽しんでいる客にとっても邪魔。

 

 ショージに煽られた客が、一斉に手拍子すると、まるで、空気を読まない小夜が、無益な邪魔をする道化者、それをショージが笑い、客席からの拍手は、空気を読まない小夜に対する嘲笑だ。

 

「(そうか。あたしはここで、公開処刑されるんだ)」

 

 演劇ならば悪役もいる。しかし、これは音楽。喜劇の音楽劇ではない。ショージの歌詞の、ハッピーな恋愛の曲。タクとメイの、相思相愛の演奏。タクとメイは、ユニゾンという愛の行為を見せているんだ。

 

 そこに、小夜が空気を読まない音を鳴らすのは、「台本に従った演技」なのだと、誰が思うだろうか!

 

 タクがバスドラで拍子を取った。小夜が乱入する……はずだが、できなかった。

 

 拍も調律も無視した加入は、軽音楽部員なら台本に従っていると知っている。しかし客は、下手糞な演奏に興ざめ、がっかりするだろう。

 

 小夜は、腕が上がらない。ピックも落ちてしまう。予備のピックは、用意していない。

 

 小夜のギターが無いので、ショージの演奏も崩れた。リズムが複雑だからだ。ショージは、もうお手上げで、演奏をやめた。

 

 タクとメイだけが、演奏を続けた。曲が終わるはずが、アドリブで、まだ続いている。続いている。

 

 ここで、生徒も教師もいるこの場で、メイの「大学生」のことを、嘘を混ぜて、マイクを通してばらそうか。

 

 いや、そんなことをしても、何も解決しないどころか、いくつもの「バッドエンド」になる。

 

 小夜は、床に跪き(ひざまずき)、ピックを拾い、ギターを鳴らした。曲に入り込むのではなく、鳴らして、ユニゾンという愛の行為を壊した。

 

 嫌がらせではない。限界だったのだ。これまでずっと、頭からか全身にからまった見えない捕獲網で動きを封じられ、脱出の期待は外れてばかり。限界だったのだ。

 

 小夜は、本当は叫びたかった。

 

 自己紹介部分の構成は、いつの間に、このように決まったのだろう、誰が決めたんだろう。タク? メイ? ショージ?

 

 それとも、公開処刑とは、被害妄想?

 

 ああ、こんなことなら、調律を無視した乱入ではなく、すぐにエイト・ビートの刻みから参入すれば良かった。、ショージがグリッサンドで加入して、うまくいくはずだった。

 

 まただ。大失敗だ。タクと一緒の時は、「後で考えると、これが最適」から離れたことをしてしまうことが多い。どうしていつも、あたしは、こうなんだろう。

 

 自己嫌悪で、小夜は無造作にギターを鳴らし続けている。ただ無造作に、ただ無気力に。

 

 タクとメイは、小夜を一瞥し、アイコンタクトで演奏を終わらせた。Cメロから再開する部分は、全く削除され、時間が余った。

 

 大きな拍手。

 

 これで、ステージの全曲が終わった。小夜を除いたメンバーが、お辞儀。

 

 タクはきっと部室に戻ったらすぐ、いや、部室に向かう廊下で、メイに告白するだろう。メイから告白するのかも知れない。

 

 想像するだけで、小夜は顎が震えた。

 

 タクだけが、演奏を再開した。ボーカル用のマイクは、オフになっていない。

 

「メイ先輩、好きです、好きです、好きです!」演奏しながら叫ぶ。

 

 客席は、拍手や口笛、歓声で沸く。

 

 なんということだ。ここで公開告白。

 

 メイが演奏で加わる。演奏しながら、タクに近付く。メイがタクに耳打ち。タクが頷く。

 

 タクのインカムで、メイが軽い調子で答える。

 

「オオーッケーイよっ!」

 

 そして、タクの額にキスをし、自分の立ち位置(ドラムスを挟んで、小夜とは反対側)に移動する。

 

 客席の熱量が、更に上がる。タクのリズムに合わせて、手拍子だけでなく、足踏みをする。

 

 小夜は、タクとメイを凝視し、ギターの六本の弦をデタラメに鳴らしながらペグを巻き上げ、チューニングが狂う。小夜は、既に声を忘れてしまっている。

 

 六本の弦を、どんどん巻き上げ続ける。どうせ、空気を読まない、四面楚歌の道化者だ。

 

 チューニングが狂う、狂う、狂う。狂い続ける。

 

 弦が切れた。一本、ほどなくして、もう一本。

 

 ショージが駆け寄る。小夜をなだめるために、肩を後ろから抱く。ショージが何と言ったのか、小夜には言葉として認識できない。小夜が体をねじり、もがいた。

 

 ショージがバランスを崩して倒れるが、周囲は「小夜がショージを突き飛ばした、攻撃した」に見える。

 

 小夜は大きく口を開けるが、声が出ない。残った弦が、情けない音を鳴らす。

 

 数人の教師がステージに上がる。幕が下がる。アンプやキーボードなど電気機器の音が、ノイズ音と共に消える。

 

(ここから後の場面は、「削除すべき」「残すべき」の意見が、AIによって分かれています)

 

 ……。

 

 客席は一瞬、息をのんだ。その後、大きなざわめきの後、また、すぐに静かになった。

 

 閉じた幕の表側、ステージに、ヤッ子が現れたのだ。いつもの白衣で、アコースティックギターを構え、中央に歩きながら演奏を始めた。

 

 たった今、聞いたばかりの曲、軽音楽部のオリジナル曲を、ギターソロで演奏している。イントロに続き、歌い始める。

 

 明らかに場違いだ。白衣でアコースティックギターだなんて、文化祭には似合わない。ほぼ全員が、ヤッ子の乱心と思った。そう、ごく一部の人を除いて。

 

 ヤッ子の歌声は、目の前にいる人との会話の声ではない、授業の朗々とした声でもない。倍音、雑音、波形、それらを、驚く程に操作し選択したのか。少なくとも、会場の半分までは、歌詞も聞き取れる。

 

 メロディは、さっきのオリジナル曲だが、歌詞が違う。

 

「♪初めてなら うまくいかないことも多い」「♪みんなにも愛がほしい」

 

 ここまで聞いたところで、人によっては、ビートルズの『愛こそはすべて』(All You Need Is Love)を連想しただろう。しかし、誰も否定しない、批難しない。

 

「♪溺れている人を 未来の自分ですら 笑えない」

 

 歌詞は、ファンタジーのご都合ハーレムとは、全く違う。

 

「♪溺れている人は 上手く泳げない 慌てている」「♪溺れたら慌てる 落ち着けない 落ち着けない」

 

 メロディに乗らない部分もある。

 

「♪あらゆることが メインストーリーであり サブストーリー」「♪思い出は玉石混交」

 

 短い時間で、歌が終わった。バンド演奏したものは、盛り上がる構成のために長い曲になっていたが、歌の部分だけで、繰り返しも減らせば、意外と短い。

 

 会場から拍手。色々な意味で。

 

 誰かが、スタンドマイクを用意したが、その時には歌が終わっていた。

 

 ヤッ子は、ギターを下ろしてマイクで話す。明るく、軽い口調。

 

「時間調整のため……というのは言い訳だけど、何だか、歌いたくなっちゃったんだよね、いきなり。優先度はみんなそれぞれで、変わるけど、つい、自分の優先度に隷属しちゃった」

 

 小さな拍手。

 

「ステージ衣装でもない、いつもの白衣だし、場違いだと自分でわかっていてもさ、結果オーケイなのかな? 恥ずかしいから、表でも裏でも、あたしが歌ったことは、秘密にしていてね。恥ずかしいことは、秘密にするのが紳士淑女よ」

 

 拍手。

 

 客席からの声を聞き取るように、耳に手を当てる。

 

「え? 投げキッス? 秘密にするから? あはは、それこそ、思い出は玉石混交……だよね。ウイーーーンクッ」

 

 可愛らしい言い方をして、客席にウインクし、わざとらしく時計を見る。

 

「はいっ! 時間調整は、終わりっと。ギター貸してくれて、ありがとう。マイクもありがとう」

 

 恥ずかしそうに、自分の手を団扇のようにして顔を扇ぎながら、そそくさとステージを降りる。

 

 ギターを生徒に返し、出口に向かうヤッ子は堂々とした歩きで、白衣の裾が広がる。

 

「ヤッ子先生、どちらへ?」

 

「みんなの分のクレープを買いに行く。青春への、ねぎらい」

 

「クレープ店なら、さっき店じまいをしてましたよ。この時間ですし、完売御礼って言ってました」

 

【終わり】

 





♪ 今話の音楽用語


グリッサンド:メイが説明
ピアノは鍵盤を上から押すよね。でも、たくさんの鍵盤を縦断するように、「ダララララ……」と上がったり、逆に下がったりするのを、見たことはないかい? ハープでは、美しく聞こえるよね。
これが、グリッサンドだよ。
ギターでもできるっ、ベースでもできるっ。弦を左手で押さえるけど、押さえる場所を高い音の方に滑らせたり、逆に低い方に滑らせたりする。これもグリッサンドだよ。
滑らせるスピードは、ゆっくりだったり、速かったりで、雰囲気が違う。
ギターでは、乾電池に似た形の「スライドバー」を使って、グリッサンドをすることもあるんだ。スライドバーを使わないと「ダラララ……」で、使うと「ドヤィーン」って感じになる。
チョーキングとグリッサンドを、同時にしたら、わざと調律を外した感じにもできるよ。

チョーキング:小夜が説明
エレキギターの面白い演奏方法です。「キュィーン」や、細かく「ウィンウィン……」と聞こえるようにします。
方法は簡単。弦を押さえた左手で、弦を押さえたまま、真っ直ぐな「一」の字の弦が「へ」の字になるように曲げます。弦をくねくねさせるんですね。こうすると、弦の張りが強くなり、少し高い音が出ます。
エレキギター以外でもできますが、使う頻度はエレキギターよりも少ないようです。
ヤッ子先生のアドバイスの「泣き」の表現もできますし、他には「突き進めー!」といった表現にも使えるんですよ。

ユニゾン:ショージが説明
簡単に言えば、「同じことを、一緒に」ってことさ。口で歌いながら、歌と一緒に机を「コッココ……」と叩くのもユニゾンしていることになる。
タクがドラムスを、メイ先輩がベースを、同じに「ダダダ、ダダッダ」と鳴らすのも、ユニゾンさ。タイミングがぴったり合うと気持ちいい。
同時ではなく、直後に真似するのは「コール・アンド・レスポンス」で、これも気持ちいい。

アンプ:メイが説明
オーディオの機械の名前だよ。日本語では増幅器って言うね。電気を使うから、電気のコンセントやバッテリーが必要だね。
エレキギターもエレキベースも、演奏そのものの音は小さいんだけど、みんなで聞けるように大きくするのが、アンプってことだ。
エレキギターやエレキベースで「アンプ」と言うと、スピーカーとの一体型が使われる。だから、勘違いして「エレキギターでは、スピーカーのことをアンプと呼ぶ」なんてこともありそう。

BPM:ショージが説明
テンポの速さのことさ。「ゆっくり」「速く」なんて言い方もあるけど、はっきりと数値で言いたいことがあるよね。
一秒間に一回のテンポで「コ………コ………」と叩くと、一分間に六〇回になるね。このテンポを「BPM=六〇」と言う。
一秒間に二回のテンポで「コ…コ…コ…コ…」と叩くと、一分間に一二〇回になるね。このテンポを「BPM=一二〇」と言う。
BPMは「B:ビート(拍)」「P:パー(割合)」「M:ミニッツ(一分間)」で、一分間に叩く回数を、「テンポの単位」としたものさ。

バスドラ:メイが説明
ドラムスは、大きさの違う太鼓、各種シンバルがセットになっているよね。その中で、最も低い音が鳴る、大きな太鼓がバスドラだ。
正面から見て目立つから、ここに何かを書いたり飾るのも、かっこいいよね。
足でバスドラを蹴ることはない。ペダルを踏んで演奏するけど、「キックドラム」と呼ぶこともあるんだ。

スネア(スネアドラム):メイが説明
ドラムスは、大きさの違う太鼓、各種シンバルがセットになっているよね。その中で、鋭い音が鳴る太鼓が、スネアドラムだ。
「ドラムロール」といって、「発表します! ……………………」と待っている間に「ドロロロロロ……」と鳴るのは、これを使う。わくわくするね。
スネアドラムと似ていて、少し低い音の「タム」と鳴るのは「タムタム」で、これらを合わせて、ドラムスでは多彩な演奏ができるんだね。


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