霞む世界の先に見えるもの   作:雪白

3 / 4
第2話 

 

 

鬱蒼とした獣道を四人はひたすら駆け抜ける。

 

嬴政と共に先頭を行く秋嵐は、背後の気配に耳を澄ませていた。

 

 

(……限界だな)

 

背後から聞こえてくる信の呼吸音は荒く、足音も重くなっている。

 

その時だった。

 

 

「!?」

 

貂が足を滑らせ、前方へと転がり出す。

小さな身体はそのまま太い木の幹に激突し、鈍い音を立てて止まった。

 

 

それをきっかけに、全員の足が止まる。

 

信は近くの木に手をつき、肩で大きく息をしている。

 

 

(……すさまじい執念だが、あのままじゃいずれ倒れる)

 

秋嵐は信を一瞥し、隣に立つ嬴政へと視線を向けた。

 

政は静かに、だがはっきりと告げる。

 

 

「……少し休憩にしよう」

 

 

 

 

 

秋嵐は来た道を引き返していた。

 

足跡を消し、折れた枝を戻す。踏み荒らした草を整える。

 

幼い頃から身体に染み付いた習慣だった。

 

 

(こんなところで役に立つとは思わなかったがな……)

 

 

 

『ねえ父様。どうして歩いた痕を隠さなきゃいけないの?』

 

 

ふと、父との会話が脳裏をよぎる。

 

 

『昔、我らの祖先は戦士として恐れられ、戦になれば各国は我らを求め、武功を立てれば褒賞を与えた。……だがな、人は力を持つものを畏怖し、それは時に恐怖へ変わる』

 

『役に立つ間は歓迎される。だが、用済みになれば脅威となり警戒される』

 

『この村にいるのは俺たち霧の民だけではない。戦から逃げた兵もいる。故郷を追われた者もいる。皆それぞれ事情を抱え、この谷へ流れ着いた。……だからこそ、この平和を守らねばならん』

 

『余所者に村への道を見せるな……。それがこの村の掟だ』

 

 

『人は道を見つければ辿る。……1人が来れば2人来る。2人来れば10人来る』

 

『…商人が来れば、そのうち役人が来るようになる。兵が来る。………そして争いが来る』

 

 

深い霧と絶壁に守られた谷底の隠れ里。

 

外界から閉ざされたその場所で、人々は寄り添うように暮らしていた。

 

秋嵐にとっては唯一の故郷であり、父がいて、母がいて、妹がいた場所。

 

……何よりも大切な、守るべき帰る場所だった。

 

 

(……帰る場所、か)

 

ふと脳裏に嬴政の顔が浮かぶ。

 

玉座を追われ、命を狙われながらも真っ直ぐに前を向いて歩く少年王。

 

あの男にも守ろうとしている場所があるのだろうか。

 

胡山は言った。

 

 

『あの方ほど王に相応しい方はおらん』

 

だが、それは胡山の評価だ。自分の目で確かめたわけではない。

 

 

『どうせ戸籍もねぇ山猿みたいな連中だ』

『殺したって罪にはならねぇ』

 

 

村を焼き、家族や村人を殺した連中の言葉が脳裏を掠める。

 

 

「あの王様はそんなことを言うようには見えなかったな……」

 

 

 

 

秋嵐が休憩場所に近づくと、騒がしい声が聞こえてきた。

 

あの少年と子供……信と河了貂だろう。

 

 

「……大きな声を出すな。刺客に見つかったらどうする」

 

「秋嵐…」

 

 

政が鋭い視線を向ける先で、秋嵐は手についた泥を払いながら頷いた。

 

今のところ、すぐに迫ってくる気配はないが、決して安全な状況ではない。長居は無用だった。

 

 

一行が歩き出そうとした時だった。

 

ふらり、と信の体が大きく傾いた。

 

 

 

「信!?」

 

「……脈はしっかりしている」

 

 

秋嵐は信の首に指を当て、脈を確かめる。

 

 

「おそらく心身疲労の限界に達したのだろう。……無理もない。一晩のうちに友を失い、敵を討ち、休まずにここまできたのだ」

 

「まだ出発は無理だよ。しばらく休ませないと!」

 

 

貂が慌てたように声を上げる。

 

嬴政は倒れた信から視線を外し、秋嵐へと顔を向けた。

 

 

「秋嵐。追手はどれくらいで追いつく」

 

「……足跡は消してきた。だがこいつの血の匂いが厄介だ。鼻の利く奴や犬を連れた追手がいれば二日。早ければ明日には嗅ぎつけてくるだろう」

 

「………ダメだ。そんな暇はない」

 

 

嬴政は結論を下す。

 

 

「え!?でも信がっ……!」

 

 

秋嵐は小さくため息をつくと、信の傍へ歩み寄り、その身体を抱え上げようと手を伸ばす。

 

だが、途中で政が信の腕を取った。

 

 

「俺が運ぶ。お前は自分の仕事をこなせ」

 

 

秋嵐は思わず息を呑む。

 

王が自ら下僕を背負うというのか。

 

その瞳には打算も保身もなく、何があろうと決して歩みを止めないという覚悟が宿っていた。

 

 

(変な王だ……)

 

……だが、嫌いじゃない。

 

胸の奥にふつふつと湧き上がる感情。

 

 

(……危ない。引き込まれるな)

 

真っ直ぐな光を宿した瞳から逃れるように、サッと背を向ける。

 

…目の前の男はただの護衛対象に過ぎない。依頼主と合流し金を受け取ったらそれで終わりだ。

 

 

「…行くぞ」

 

嬴政の一声と共に秋嵐は口元を引き結び、再び地面を蹴った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。