彼女の誕生日を祝おうと、今日から解禁になるお酒を含んだ会を開催。
アルコールの入った久美子の行く末はいかに……
初出:https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25659766
「夏紀―!この間言ってたおすすめのお酒、買ってきたー?」
「もちろん!優子のほうは、おつまみできたー?」
「今やってる!もうちょい!」
買い出しを終えて優子の部屋に戻ってきた私は、玄関で靴を脱ぎながらキッチンにいた優子と声を交わす。約束の19時まではあと少し。買ってきたものや、優子が作った料理を早めにテーブルに並べなきゃ。
両手に提げた買い物袋には、缶や瓶のいろんな種類のお酒が入っている。それをリビングのローテーブルまで運び、せかせかと食器類を並べた。この2年のお隣さん生活で、どこに何があるかはもうほとんど把握済みだ。
冷えてたほうがいい缶ビールは、ささっと冷蔵庫に押し込み、ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴った。優子が料理の準備を終えたところだった。
ここはオートロックのマンションだから、部屋から玄関ホールの来客の顔を確認できる。
「こんばんは。お招きありがとうございます」
「はーい!今扉開けるから、部屋の前までどうぞー」
カメラ越しではあるけど、久しぶりに見る彼女の姿は、去年の全国大会の会場で会ったときと何も変わっていない。でも、そんな彼女も今日を境に、いろいろ変わっていくことになる。その第一弾が、これから始まる。
もう一度チャイムが鳴って、私と優子は玄関のドアを開けた。
「黄前(ちゃん)!誕生日おめでとう!」
2019年8月21日。今日は、高校時代の後輩、黄前久美子が20歳を迎える日だ。
§
「じゃあ黄前ちゃん、どれからいこうか?」
「う~ん……どれがおいしいんですかね……」
「あんた、買ってきすぎなのよ……」
私がローテーブルに広げた酒類を見て、黄前ちゃんはやや引いていて、優子はあきれ返っていた。正直、並べてみたら自分でも“やりすぎた”と思う。言い訳をさせてもらえるなら、「何が黄前ちゃんの口に合うかわからなかったから」、というのが理由だ。せっかくだし、お酒を飲む初回でいいものに出会ってほしかったし。
「ビール飲めるようになっとくと、今後飲み会とかでは何かと便利だけど……まずはこのホロっと酔えるやつで様子見かな」
「はいよ」と、缶・瓶の山の中から、該当の缶を取り出し、黄前ちゃんに手渡した。私はビールの缶を探し出して手に取り、優子には、いつもの赤いラベルの付いた瓶を渡す。
このメンバーで乾杯するなら、音頭を取るのはやっぱり私ではないだろう。任せた、と隣にいる優子にアイコンタクトを送る。が、優子はこちらなど見ておらず、すでに瓶を開栓し、黄前ちゃんのグラスにも缶チューハイを注いでいる。相変わらず仕事が早いことで。おっと、私も早くビールの缶を開けなきゃ。
「それでは、我らが後輩、黄前久美子の飲酒解禁を祝いましてー!」
「「「かんぱーい!!」」」
私と優子は、いつもの通りに、手に持ったアルコールを一気に喉に流し込む。飲み始めた最初のころこそ躊躇はしたものの、今ではこの飲み方が一番気持ちいい、というように二人で認識を一致させていた。
いや、私たちはこれでいいのだが、今日の主役は黄前ちゃんだ。彼女にアルコールの良さを伝えなきゃいけない。――なんだかこれじゃ、私たちがただののんべぇみたいだ。
そんな黄前ちゃんはというと、私たちの飲みっぷりに若干引きながら、グラスに口をつけて、最初の一杯を飲もうと挑戦しているところだ。
「さぁさぁ黄前ちゃん。ためらっていたらいつまでも飲めないよ。私たちみたいに一気に行かなくていいから、とりあえず口付けよっか?」
私からの促しの言葉で、黄前ちゃんはようやくグラスの中身を口内へ注ぎ込んだ。最初は目を細めて警戒しているような表情だったが、徐々にその警戒が緩んでいく。
「どう?おいしい?」
「……思っていたよりも甘いんですね。ジュースみたいです」
「まぁ、それはそういうやつだからね。アルコールの雰囲気大丈夫だったら、他もいっとく?」
「はい!どれがいいですかね……」
意外とアルコールへの耐性は高いようで、次はどれに手を出そうか、と獲物を狙うかのような表情で、机の上に広がった缶と瓶の山を物色している。……これは凄い酒飲みになりそうな予感がするぞ。
「お、今日のおつまみいつもよりおいしいじゃん。優子腕上げたね」
「ありがと。まぁ、今日はお客さん来るからちょっと気合入れて作った、というのもあるかも。ところで黄前、今日は塚本と過ごさなくてよかったの?」
「秀一ですか?一応日中にお祝いしてもらいましたし、今日誘っていただいたことを話したら『俺はまだ酒飲めないし、行って来いよ』って」
そう言う黄前ちゃんは、部活をやっていた時には見たこともないような嬉しそうな表情を浮かべている。いやしかし、あの二人がこんな関係になっているだなんて全く気づきもしなかった。幼馴染で同じマンションに住んでいるとは聞いていたけれども、私と優子が部長副部長をしていた時に付き合っていただなんて。部長副部長の仕事で大忙しだったとはいえ、部員の人間関係にはかなり目を配っていたはずなのだけれど。その目をかいくぐって仲を深めていたとはなかなか隅に置けない。二人を部長、副部長に指名した後にそのことを知り、さらに部長をやるにあたって一度関係をリセットしたと聞いた。優子とそろって大反省したのも、今や懐かしい話だ。その後、無事に復縁して今も関係が続いているようで、ほっとするばかりでもある。
「相変わらず仲がよさそうで何よりだよ。ねぇ夏紀、塚本が成人したら塚本も呼んでやらない?北宇治部長副部長の会、みたいに」
「私はそれでもいいけど……黄前ちゃんはどう?」
「今度聞いてみますね。秀一ももう少しで誕生日ですし。あ、次はこれをいただこうかな……」
黄前ちゃんが次に手を伸ばしたのはやや度数が高めのお酒。何事も挑戦からなので止めることはできないけれども、少し心配だ。このペースで行くと後々が怖いので、早めに次の一手を指しておこう。
優子、と声をかけてパソコンの準備を始める。クリスマスに優子と二人でお金を出し合って買ったプロジェクターに接続し、部屋を暗くする。準備ができたので、サムズアップして優子に合図をした。
「さて。黄前がお酒に付きっ切りになる前に、本日のスペシャルゲストのご紹介をします!」
優子の合図に合わせて、ビデオ通話アプリを事前連絡済みの相手に接続する。そしてその画面を、プロジェクターを通して、リビングの白壁に投影した。
「Hello, Kumiko. 久しぶりね」
「麗奈……!」
§
今回の場を設けるにあたって、なかなか日本に帰って来られていないと聞く高坂さんとビデオ通話をつなげよう。そう提案したのは優子だった。――相変わらず、そういうところはよく気がつくんだよな、と感心した。
かくいう私も、奏をこの場に呼ぼうという話を出したのだが、「ユーフォの会に私がいるみたいになるじゃん。そもそも、未成年の久石さんを、黄前の飲酒解禁の会に呼ぶのも変でしょ」と、一蹴されてしまった。
ということで、悔しかったが優子の提案を受け入れ、無事にビデオ通話をつなげることになったのだが。私たちのことは見向きもしないで、高坂さんとお酒を飲みながら楽しそうに会話を繰り広げているを見ると、……まぁ、これが正解だったんだろうな。
「それにしても、すごい勢いで酒消費しているわね。大丈夫だと思う?」
「どうかな……一応ソフドリとかも用意してあるけど、ヤバそうになったら止めればいいんじゃない?いざというときのヘルプも呼ぶ用意はしてあるし」
「ヘルプ?」
「その時になればわかるよ」
優子は不安そうな表情を浮かべたが、あんたが言うならきっとちゃんとした助けになるんでしょ、と納得してくれた。最近は素直に納得してくれることが増えてきたようなので助かる。
いやしかし。たしかに黄前ちゃんの脇に空き缶が積みあがっていくペースが速すぎる。10分ごとに空き缶が1本増えていくペースだよく「自分の限界は知っておいた方がいい」ともいうし、よっぽどのことがない限りは止めないつもりではあるけれど。でも、一応「予想よりヘルプ早いかも」、とだけは連絡しておこう。
「ゆ~こせんぱ~い~」
「ちょ、黄前!離しなって!女同士とはいえ、塚本に怒られるよ!」
「え~?しゅ~いちですか~?いいんですよあんなやつは~」
……はい、完全に酔っぱらっている。
あのあともすごい勢いで飲み続けた黄前ちゃん、1時間と立たないうちに完全に出来上がってしまっていた。これに関しては、「酒に弱かった」というよりも「飲むペースが速すぎた」が正しいであろうことは、床に転がっている大量の空き缶が物語っていた。
――たぶん、私と優子が二人で飲み会3回やって消費するくらいのアルコールが消費されている。私たちも特別弱いというわけでもないので、あんなに飲んでもまだ倒れてないのは、やはり酒に強い、ということではあるのだろう。
5分前にヘルプは呼んだが、到着までまだ10分はかかりそうだ。それまで、優子にはあの黄前ちゃんの甘えん坊絡み酒に耐えてもらうしかない。
「ゆ~こせんぱいはぁ~今も夏紀先輩となかよしですかぁ~?」
「は?いや、まぁ仲悪くは……ないけど……?」
いつもは私に喧嘩腰の優子も、さすがに黄前ちゃんにはそんな態度は取らずにしおらしくしている。これで黄前ちゃんが素面だったら私も優子をからかいにいくところだが、今はそんな場合ではない。そろそろつくであろうヘルプを、すぐにマンション内に入れられるようにインターホン前で待機しているからだ。
ビデオ通話越しの高坂さんも黄前ちゃんに声をかけているが、どうやら無視されているようで。最初は酔った黄前ちゃんを心配するような表情であったが、どんどん悲しい表情に変わってきている。
「仲いいのうらやましぃですぅ~。しゅーいちなんか、最近大学でやってるジャズバンドでモテモテで、最近私にかまってくれないんですよぉ~」
「久美子。私今から日本に帰る。塚本問い詰めないと」
「高坂、それはやりすぎ……」
「ゆ~こ先輩~私がもっと積極的にならないとだめですかね~。しゅーいちが他の女の子に見向きしなくならないくらいに~」
ボディタッチ――いやもはやタッチというレベルではない。粘着だ――をしながら黄前ちゃんは優子に絡み続けている。アルコールの力って、怖い。私も優子も、「やけ酒だー!」とそれなりに飲むことはあるが、あそこまで酔いつぶれたことはない。今後も気を付けよう。いや、優子があんな感じになるのは見てみたいかもしれない。
『ピンポ~ン』
「来た!」
部屋のチャイムが鳴った瞬間、モニターを確認して目当ての人物が来たことを確認。即座に入り口のカギを開ける。さすがにそろそろ優子がかわいそうなので、一刻も早く黄前ちゃんを回収してもらおう。
「すみません、中川先輩。遅れました」
「いやいや、こっちこそごめんね。黄前ちゃん借りちゃって、しかも迎えに来させちゃって」
「久美子が楽しめてるのならなにより……っ!?」
「あ~しゅーいちだ~。やっほー」
ヘルプとして呼んだのは、後輩副部長の塚本秀一。事前に「万が一の時は回収頼む」と連絡はしていたものの、まさかここまで酔った状態で回収してもらうことになるとは思っていなかった。そこは素直に申し訳ないと思う。
「久美子、おまえ酔いすぎじゃね?」
「え~そう~?」
塚本が迎えに来たのを見て、今まで優子に絡みついていた黄前ちゃんが、じわりじわりと塚本のほうに寄っていった。疲れ切った優子を見て心の中で「おつかれ」とつぶやく。部屋の片づけは全部私がやって、優子にはゆっくり過ごしてもらおう。
「ほら久美子、ちゃんと立てって。――すみません、ご迷惑おかけしました。後日お詫びさせるので……」
「いいっていいって。ここまで酔わせちゃったのこっちなんだし。ほら、黄前ちゃん。塚本が迎えに来てくれたんだし、ふらふらなんだから帰れば?今なら塚本が多分かまってくれるよ」
「え!やったー!しゅーいちかまってかまってー!」
煽ったのは自分ではあるが、私たちという他人の目がある中で、恋人に抱き着きに行くとはさすがに思わなかった。一瞬嬉しそうな顔をしたものの、私たちがいるので気まずそうな表情になる塚本。ごめん。
「すみません、こいつ連れて帰ります。今日は久美子の誕生日を祝ってくださってありがとうございました。高坂も、アメリカからわざわざありがとうな」
「別に。久美子のためならなんでもするわよ」
玄関で最後にもう一度礼をして、塚本は黄前ちゃんを肩に担いで去っていった。閉じた玄関のドアの向こうから、「今夜はしゅーいちとなかよくするー」「こら、家に帰ってからにしろよ」とかいうやり取りが聞こえてきたような気がするが、聞かなかったことにしてあげるのが、先輩の優しさというものだろう。
「お疲れ、優子」
「お疲れさまでした。優子先輩」
「まったく……二人とももうちょっと助けてよね……」
リビングの中央では、疲れ切った優子が大の字になって寝ころんでいた。本当に、今日の優子は頑張ったよ。
「優子、後片付けは私がやるから、高坂さんとしばらく話してたら?二人も会話できるの久しぶりでしょ?」
「そうですね。とはいえそろそろこっちも朝で私も家出ないといけない時間なので、あまり長くは無理ですが」
「ありがと夏紀。じゃあお言葉に甘えて、アメリカで腕を磨いた高坂が、滝先生に何か新しいアプローチできているか聞いちゃおうかしら……?」
「えっ?いや、あの、昇さんとはですね――」
「あ!名前呼びになってるじゃない!何か進展したの……?」
高坂さんと2人で話始めたら、優子もだんだん元気を取り戻してきた。やっぱり、あの二人はいい先輩後輩関係に、あの2年間でなることができたんだな。
高校に入って何となく入った吹奏楽部でできた初めての後輩たちと、お酒が飲める年齢になるまで長く付き合うことになるなんて、昔は思ってもいなかった。この先どうなるかはわからないけど、私も彼女と一緒に部活をした2年間で変えてもらった1人だ。……こういうお祝いは、これからもしてあげたい。
黄前ちゃん、誕生日おめでとう。