優子と夏紀は二人で免許合宿に行き、ツインの部屋に泊まったということが分かっていますが、その前にはいったいどんなやり取りがあったのでしょうか。
書き始めの想定とちょっと違う物語の進み方をしたような気もしますが、そろもまぁ、味ということでご容赦ください。
初出:https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26791302
「ただいまー」
独り暮らしを始めた当初はすることもなかった帰宅の挨拶。いつの間にか、それが習慣になっていた。これもすべて、いつの間にか我が家に入り浸るようになっていたアイツのせいでもあるわけだが。
返事がないので、アイツは合鍵を使って入ってきてはいないようだ。そのことに何やら少し寂しさのようなものを感じた。そんなことを考える自分に思わず苦笑する。何か気の迷いに違いない。
大学の前期講義も今日でやっと終わり、残すは期末考査のみ。学科が違うアイツとは履修している講義も異なるものが多いので、徐々に大学に行き来する時間もずれてきた。何の縁か、入った軽音サークルでまたアイツを含めたバンドを組むことにはなったのだが、バイトも始めたし、高校の部活の時ほど四六時中一緒にいることももはやない。
とはいえ、週の半分くらいは私の家に入り浸るし、自分の部屋にはシャワーを浴びるか寝るときくらい。悲しいことに、プライベートではアイツがいるのが当たり前の毎日になってしまっている。
手洗いうがいを済ませ、トートバッグから荷物を取り出す。早めに今日の講義の内容を復習して定着させ、期末考査に備えなくては。
「ん?なにこれ?」
リビングに配置している小さめのローテーブルの上に、何やらパンフレットが置かれている。私が置いた記憶のないものだ。数冊置かれたそれには、それぞれとても目立つように「免許合宿」と書かれている。確かアイツが「バイクの免許ほしいんだよね~」なんて言っていた気がするから、資料を取り寄せでもしたのかもしれない。免許取りに行くのは別に好きにすればいいのだけれど。何で私の家にパンフレット置いていくかね。
置いてあるものから一つを手に取り、パラパラとめくってみる。
「へぇ。バイクの免許って意外と合宿だと短時間でとれるのね」
長くても10日くらい。もちろん、天候によって左右されるみたいだけれど。普通の車だったらさらに3~8日くらい長いみたい。教習所に通ったと言っていた吹部の友人は「1か月以上かかった」と言っていたので、かなり短期間で免許取得へたどり着くことができるようだ。
開催場所は、近場の大阪や神戸から、遠くは沖縄や北海道で実施するものもあるらしい。私から見て「遠い」というだけで、もちろんそこに住んでいる人たちにとっては「近所」だ。近くでお手頃にも取れるし、少し遠くへ半分旅行気分で取りに行くことも可能なのだろう。
それはともかく。そろそろアイツには、私の部屋に関係ないものを持ち込むのをやめさせないといけない気がする。このままだと、大学卒業するころにはこの部屋の半分がアイツの領地にでもなったかのような状態になってしまいそうだ。
§
「たーだいまー」
「だからここはあんたの家じゃないって何度言えばいいのよ」
とは言いつつも、その言葉のあとに「おかえり」と返してしまう自分が、なんだか悔しい。
「で?これは何?あんた免許取りに行くの?」
先ほどまで見ていた免許合宿のパンフレットを手に持ち、荷物を自分の家かのようにリビングの床に放り出した夏紀に聞いた。
「お、優子もそれ見てくれたんだ。狙い通りに見てくれたね。嬉しいよ」
「あんたの狙い通りって言われるのは気に食わないんだけれど」
昔はどうだったか覚えていないけれど、今ではこういうやり取りが挨拶のような日常だ。
夏紀はいつも通りに、食器棚にしまってある自分のコップを取り出し、冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出してコップに注いだ。そしてそれをぐびぐび飲みながら、会話を続ける。
「私はさ、和歌山のやつがいいと思うんだよね。近くの温泉入れるみたいだし。ツインの部屋もあるみたいだしさー」
「ツイン?バイクの免許取り行くならあんた一人じゃないの?」
私はバイクの免許を取るつもりは、これっぽっちもない。だから、当然の疑問を夏紀に投げかけた。一方の夏紀は、私の言葉にきょとんとした表情をしている。
「あれ……一応、『一緒に車の免許合宿行かない?』って誘っているつもりだったんだけど……」
ん……?
「前にさ、優子も『車の免許ほしいなぁー』って言ってたじゃん。大学の講義がある間は、バイトにバンドとなかなか教習所行く時間もないし、試験後ならどうかなぁって思ってパンフレット集めておいたんだけど。……あんま乗り気じゃなかった?」
夏紀の表情がなんだか悲しげだ。目尻が下がっていて、いつもはある陽気さが息をひそめている。……夏紀のそんな表情、あまり見たくないのだけれど。
確かに、前に車の免許ほしい、というようなことは話した記憶がある。あれは確か、夏紀と夕ご飯を食べながら――なぜか当たり前のように、私の家で一緒に夕ご飯を食べていることが多い――テレビを見ていた時だったか。
たまたま旅番組がやっていて、その中で、二人組の芸能人が車で目的地を目指しながら、気ままに寄り道を繰り返していた。電車での旅行もいいものだと思ってはいるけれど、なかなか予定外の寄り道はしづらい。道中のふとした出会いも大切にしたいなぁ、と思って、『車の免許があればこんな旅行できるのになぁ』とか言ったような気がする。どうやら、夏紀はそのことを覚えていたらしい。
「ううん。ちょっと急だったから驚いちゃっただけ」
あの夏紀がせっかく誘ってくれたのだ。乗らないのはもったいない。
手に持っているパンフレットをめくり、夏紀が言っていたであろう自動車学校のページを探す。
……ちょっと預金残高確認してこないといけないかもしれないけれど、何とかなるだろう。
なら、善は急げだ。
「よし!やると決めたら早く予約取るわよ!パソコン起動するから夏紀申し込みよろしく!私は予定確認してくるから!」
「あ、うん……わかった!」
私からの急な言葉に一瞬戸惑いの表情をした夏紀だったけれど、すぐに行動に移ってくれた。副部長をやってくれていたあの頃からずっと、よくこういう急な振りに応えてくれて、申し訳なさもつのる。今度、ちゃんとお礼をしよう。
§
その後、奇跡的に空いていた枠で予約を勝ち取り、なんとか免許合宿に参加できることになった。
お盆前ぎりぎりに終わるから、もともと予定していた北宇治訪問とも、なんとかかぶらずに済みそうで嬉しい。そのことを夏紀に言ったら「まぁ、誰かさんは卒業試験落ちて延泊かもしれないけどねぇ」なんてからかわれたわけだけれども。それだけは何とか阻止しないと。
免許を取れたらどこに行こうか。夏紀と一緒なら、フェスに行ってみるのもいいかもしれない。電車ではなかなか行けないところで開催されることが多いから今年は検討もしていなかったけれど、免許が取れたら来年の参戦は考えてもいいかもしれない。
運転できるようになったらやりたいことを考える時、自然と「夏紀と一緒」を前提に考えていることに私が気づくのは、もう少し先のお話……