たぶんこの辺りが『半分』ということで、中休みをば。
暖かくなる頃に帰って来るので、忘れるか忘れないかくらいで待っていて下さい。
「なはと先生、もう止めましょう」
何をだ。
「だから、『スプラッシュアンドタイズムズール』」
ちょっと待て、何だそれ。噛み過ぎだろ。
「この修行ですよ――だって、ここで使った魔力は全部、先生が代わりに消費しちゃうんでしょう?」
だからどうした。
「えっと……申し訳ない、というか。だってわたしたちの魔法なのに、先生が対価を払うなんておかしいですよ」
ふうん、そうかな。僕はそちらの方が便利だと思ったから、こういうシステムにしたんだけど。大体、教えたじゃないか。僕は体力も魔力も使ったら使った分だけ、瞬間的に回復する。記憶と時間の魔法だよ。痛くも痒くもない。
「痛いですよ……見てるだけで痛いもん。わたしの矢が掠るのが恐い。大きな魔法を使うことが恐い。わたし、嫌なんです。誰かを守る為のこの力で、誰かが苦しむなんて……」
そうか、矛盾だな。何もかも矛盾だ。だってきみは僕を傷つけなければ、この『スピリットアンドタイムズルーム』で僕と戦わなければ、強くなれないし、誰かを守ることができなくなる。
「……『現実』があります」
ふうん。
「『スプラッタアンドタイズルズール』じゃなくて、ちゃんとわたし自身が魔力を失う、現実で修行したいです」
そうか。修行場の名前を言えないことは措いておいて、きみがそうしたいのならそうするといい。
「勝手でごめんなさい。でもわたし、できるだけ一人の力でやり遂げたいんです。魔法少女以外に、得意なこととか好きなこととかないから……」
それもいいんじゃないか。自分の欲望に、願望に、正直に従うことが一番いいことなんだ。自分の好きなように、好きなことをやるといい。きみはなんでもできるんだ、魔法少女鹿目まどか。
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一つの結果として、巴マミの部屋には僕だけが残った。
一つの結論として、鹿目まどかは魔法少女にならなかった。
「嘘だよ、ごめんな。きみを試すようなことをして」
「え?」
「頷こうとしたろ。それだけで十分だ。いいか、鹿目。魔法少女になんか、なるな。同じ土俵に立ってあげることもいいが、今回に関しては美樹を悲しませるだけだ」
「でも、なはとさん。だったらわたしはさやかちゃんに、何をしてあげたら……」
「一緒にいてやれ。味方でいてやれ。それだけでいい。それだけで、ずっと力になるだろう」
そんな感じで。
部屋を出る鹿目の表情は『安堵』と『不釈然』が半々だったけど、とりあえず乗り切ったと言えようか。僕がどうしてこの期に及んで彼女を手放したのか。理由の一つは、まあやはり焦り過ぎたということに気付いたのだ。鹿目まどかが魔法少女になることは計画の最終段階なのだ。早計は身を滅ぼす。急がば廻って、本来の予定通りにゆっくりと進めることにした。
まあそれは別にしても、一番の理由は暁美ほむらが僕を狙っていたから、というのだが。
およそ百メートル離れた高層ビルの屋上。PGMヘカートⅡで僕の脳天に狙いを定める暁美の姿が、そこにはあった。
「まあ――危ないよな」
別に、僕が攻撃されるくらいなら構わない。傷はすぐに再生するし、死の概念は適用されない。しかし曲がりなりにも暁美の得物は対物ライフル。鹿目に危険が及ばないとも限らない。
ちなみに『視界を飛ばす魔法』で確認したのだが。
画して、僕は鹿目をすごすごと帰らせることにしたのだ。やれやれ、やはりそうも都合よくいかないということか。あまり欲張るものではない。
瞬間移動ではなく自分の足で巴の部屋を退室し、そのままビル街の方向へ進む。しばらく歩いて到着し、エレベータで上昇。人払いがされている展望テラスに、暁美ほむらとPGMヘカートの姿を見つけた。
「よう、味な真似をしてくれるじゃないか」
テラス入口のドアで声をかける。暁美は顔だけ振り向くと、舌を打って歓迎した。
「入ってきなさいよ」
「いやいや、絶対罠じゃん」
視認しづらいが、足元には透明なワイヤーが一本、ピンと張られている。きっとそれだけではないだろう。きっと僕が一歩テラスに踏み込めば、暁美による破壊蹂躙が開始される。
「『まどか・マギカ』って――まどかを魔法少女にすること?」
「それだけなら前にも何回かなってるだろう。そもそもきみが最初に出会ったのも――」
睨まれたので、口を噤んだ。やはり彼女が何よりも憎んでいるのは、最初の無力な自分らしい。
「言葉が足りなかったわ。まどかを魔法少女にして、その後――そのエネルギーこそが目的というわけ?」
「答える必要はない」
「もしくはまどかを魔法少女にして、その後――『魔女にする』こと、とか」
「だから、答える必要は、ない」
沈黙。暁美はまるで威嚇するように睨み続けるが、恐怖心なんてものを持たない僕にとって、それは事実としか捉えることができない。暁美は睨み、僕が黙る。それだけだ。
「――いいわ。もともと答えがもらえるとは思っていない。あなたの思惑すべてを暴いたところで、それを防ぐことができるかはまた別なのだから」
「よく分かってるじゃないか、ほむらちゃん。まあでも――うん、とりあえず鹿目を魔法少女にすること、それを止める方向で合ってるよ。計画の一つであり、要だからな」
僕も大概、甘い。まあ今回に関して、僕を止めたご褒美というわけだ。少なくとも暁美は鹿目を殺してしまうかもしれないというプレッシャーを受け容れた上で、この場所で引き金に指を掛けたのだから。
また何もかもを台無しに、リセットしてしまう覚悟がそこにはあったのだ。それがどれだけの地獄なのか、感情を持たない僕には到底知ることは叶わない。ただ、『地獄』であることは予想が付く。
たまにはサービスしてあげなくちゃ、あまりにも哀れじゃないか。
「解答を乞うのは情けない行為だけれど、『ワルプルギス』の対処も控えている以上、四の五の言ってられないわ。もっと情報を教えてください」
黒髪をなびかせて、仁王立ちのまま暁美は頼んだ。否、およそ人に物を頼む態度ではない。――まあ、僕は人ではないのだけど。
「もっと情報を教えてください、お兄ちゃん」
「何故、萌えを狙う」
「もっと情報を教えてほしいわけじゃないんだからね、お兄ちゃん」
「とりあえずきみの萌えの知識がひどく浅いということが分かった」
しかしそのアプローチの仕方が面白かったので、その努力に免じてもう少しだけ、情報を教えてあげることにしよう。いはやは甘い。
「今から僕は、美樹と会う」
「……あなた、まだ」
「勘違いをするな。今更、またあいつを終わらせようなんて思っていない。ただ約束した通り、修行をつけてやるだけさ」
定期的に行う『スピリットアンドタイムズルーム』での修行。毎日というわけにはいかないが、暁美に、佐倉に勝とうとする美樹は頻繁に修行の約束を付けてくる。それが今日なのだ。
「この期に及んで、まだ美樹さやかを鍛えようというの!? あなたはどの面を提げて彼女に――」
「この、無気力で無神経な顔だよ。確かにあれから僕と美樹は顔を合わせていない。何度か美樹に呼ばれたが、全部無視している。でもしょうがないだろう、約束なんだから。お前だってそうだろう暁美ほむら。自分と交わした約束を、今でも律儀に愚直に果たそうとしてるんじゃないか」
大事なのは信頼関係だ。信頼関係があってこそ、僕は彼女たちを利用して『まどか・マギカ』を完成させる。
「美樹さやかを使うのね」
「だったらどうする?」
「邪魔をする」
残念だ。
「だったら、ほれ。ごめんな」
溜息と共に、『筋力を奪う魔法』を発動させた。
「あ――っふ……ぐ……っ!」
頭を垂れるように、ぐらりと暁美ほむらは崩れ、コンクリートの地面に伏した。現在、彼女の全身の筋肉は著しく衰えている。意識を保つギリギリの段階。
「一時間で解ける。まあ、それまでゆっくりしてろよ」
「………………!」
「おお、睨むほどの力があるとは驚きだ。さすがの根性だが、疲れるだろう。もう消えるよ」
「………………!」
「じゃあな、ほむらちゃん。美樹にはよろしく言っておくよ」
もうすぐ日が落ちてしまいそうだ。身動きの取れない女子中学生を残して、待ち合わせ場所の公園に速足で向かった。
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「美樹」
ファーストフード店の入り口で美樹と落ち合う。彼女は僕の声に少しだけ肩を震わせたが、表情は何てことのないように、極めて平静的だった。平静を装っていた。
「よろしくお願いします、なはとさん」
平静なまま美樹は頭を下げる。僕と美樹さやかが顔を合わせるのは、前回の修行以来である。つまり、彼女が『人間』ではないことを知ってからは一度も面会していない。もちろん彼女としてはあの夜から質問したいことが山ほどあったようで、テレパシーや携帯電話でのコールが何度かあったのだが、それに関して僕は全て無視している。
だって、気まずいじゃないか。
そもそも僕はあの夜、美樹さやかに退場してもらうつもりだったのだ。それを暁美の奴が邪魔しやがって、ソウルジェム取りに行きやがって、生意気に出し抜きやがって、まったくもって面白くないのである。――何にしても、ここに美樹さやかが存在することすら計画違いなのだ。予定が狂って会ってやる気なんて起きない。
にも関わらず。
美樹さやかは、僕に糾弾もせずに『修行』に移ろうとした。この違和感。不気味で不自然な対応。
「なあ美樹。この間のことは――」
「今日、試してみたいことがあるんです。お願いします、なはとさん」
「……うん」
急かされてはしょうがない。魔法を発動させると、いつものように空間が歪み、歪み、歪み、『スピリットアンドタイムズルーム』が僕らを囲んだ。
「ルールはいつもと同じ。きみが死にかけたら、僕の勝ち。僕は死んだら、きみの勝ち」
「はい――じゃあ、行きます」
ソウルジェムが煌き、美樹さやかは魔法少女に姿を変える。人ならざる、ソウルジェムに支配された屍。その衝撃を身を以て知っている筈なのに、美樹はあまりにも容易く再びその身を魔法少女に変えたのであった。
「やああぁっ!」
美樹の剣と僕の剣が火花を立てて衝突する。打ち込みは激しいが、いささか力任せだ。テクニカルな打ち込みなんて簡単にできるものではないが、それにしたって美樹の太刀筋は、いつもより遥かに歪んでいた。
歪んだ剣が何度もぶつかる。力任せというか、これでは『しっちゃかめっちゃか』だ。恐らくだけど、美樹さやかはこの荒唐無稽な剣に『ストレス』を乗せているのではないだろうか。
「馬鹿な……ストレス発散ってわけかよ」
相殺するように剣撃をぶつけて、乱心したように剣を振るう美樹と距離を取る。
「何を考えている、美樹」
「……何てことないですよ」
「こんな乱暴な攻撃があるか。どうして教えた通りにできない」
「あなたが何を教えてくれたっていうんですか」
「何?」
「私が欲しいのは、『勝ち方』ですよ。戦い方じゃない!」
果たして、美樹さやかは何を言っているのだろう。
乱心? 錯乱? だとすると美樹の心は、正義は既に瓦解してしまったというのか。
「暁美ほむらに、佐倉杏子に勝つ。もちろん魔女にも勝つ。――あなたが教えてくれないのなら、自分で考えるよ!」
「自主性のあることは良いことだが――それで僕くらい倒せなきゃ、通用しないぜ」
僕の言葉に、どうしてか美樹は「にぃ」と笑った。それはおよそ正義を語った彼女のものとは思えない、邪悪で、自虐で、荒んだものだった。
「おっけー……!」
美樹は飛翔する。飛翔し、降下しながら突貫する。サーベルを体とマントの陰に隠す点は、確か前に教えた通りだ。『見て』分からない太刀筋。しかし予想くらいはつく――何にしても、前みたいに『指で摘まんで』止めることは不可能だろう。僕は先ほどと同じように、同じサーベルで剣撃を受け止めた。
重い――が、力はこもっていない。別段、力の使い方が上手くいった感覚ではない。むしろより粗雑になった気がする。
気のせい、か?
「真面目にやってんのかよ」
「もちろん!」
「がっかりだ」
剣を押し、美樹さやかの華奢な体を突き飛ばす。――おかしいのはそこからだ。いつものように受け身を取るかと思われたが、美樹はまるで気を失ってしまったように、勢いに抵抗することなく地面に衝突し、転がっていった。
「……おいおい」
心なしでも心配してしまう体たらくだ。そんな『心なし』の焦燥をよそに、美樹さやかは緩慢に立ち上がる。
「違うか……こうじゃない、もっと、もっと行けるよね」
聞き取れた呟きは、その程度だ。自己啓発のつもりだろうか、それともはったりではなく、本当に秘策があるのか。
「おい美樹?」
「まだまだ、行きますよ!」
発言通りに再び美樹は突貫した。同じスタイル、同じ太刀筋。だから僕もあえて同じ角度で剣を受け止めた。そして、同じく突き飛ばした。同じく美樹は受け身と取らずに地面を舐める。時間が戻ったかのような一連の流れは、素直に気持ちが悪かった。ここに暁美がいるのではないだろうか。ただ美樹の傷が新たに増えていたので、どうやら時間をいじくられたわけではないようである。
そして再突撃は、一度では終わらなかった。
何度も。
何度も。何度も。
何度も。何度も。何度も。
何度も、美樹は向かってきた。その度に彼女は剣を叩きつけ、押し返され、地面に伏した。例えば僕は、『努力』という行為に好感を持っている。人間に限らず『目的』と持った生命体は、それに対して然るべき成長をしなくてはならない。努力という課題は必然的に付きまとう。その難関を受け容れ、突破したものが成長を手に入れ、目的を達成するのだろう。
美樹にしてもそうだ。
だけど、こいつは――今の美樹さやかは、明らかに努力の方向を間違えている。否、努力と呼ぶにはあまりにも醜悪な姿だ。
「……一回、黙らせるか」
そろそろ十回目くらいだろうか。傷だらけの美樹さやかが起き上がった時、初めて僕は自発的に武器を構えた。そんな相手を確認してか、それとももはやルーチンからの反射か、美樹もふらりと剣を構えた。
その瞬間に、突貫する。
今度は僕から。
別に身体の陰にサーベルを隠したりはしない。ただ僕にはスピードがあり、美樹さやかには冷静さがない。彼女が動くその前に、剣を突き立てた。
ずぶり。
サーベルは白い魔法少女の衣を破り、薄い肉を切り、桃色の内臓を貫き、背骨を掠り、再び肉を、魔女の衣を貫通した。
「――やり過ぎかもしれないけどさ」
ぐっ、と柄に力を込める。
「きみだって、『やり過ぎ』だ。これであいこな」
「ううん。私の方が悪いかも」
その声はあまりにも冷めていた。
体温のない死体のように、不気味な冷たさを帯びていた。
声色はあまりにも無感情。横目を遣ると、その手には未だにサーベルが握られている。痙攣もしていない。その平然たる反応は、まるである感覚を失ってしまったかのような――
「……ああ、なるほど」
ようやく理解した。美樹が狙っていたのはこれだ。
「いまいち分かんないけど、たぶん成功でいいのかな」
「情報ソースは『キュゥべえ』だろ」
「はい。まだちょっと慣れない感はあるかな――でもおかげで分かった。勝ち方が」
油断したつもりは無かった。ただ、寸でのところで考えが及ばなかった。まさか夢にも思わなかったのだ――美樹さやかが、ここまで愚か者になれるなんて。
「それじゃ、なはとさん」
首筋に鉄が当たる。
「ああ、やれ。僕を殺して、強くなれ」
「はい。私は魔女を殺せる。暁美ほむらを殺せる。佐倉杏子を殺せる。なはとさんを殺せる。私自身を殺せる。私自身の、本当の気持ちを殺せる。人間でもない私なら、何だって殺せる」
「よく言いやがった。きみの勝ちだ」
抱き締めるように、僕の首を切った。
落ちる首。僕の瞳が最期に見たのは、痛覚を棄てた魔法少女。化物に成り下がった美樹さやかの誇らしげな表情だった。
ちなみに僕を殺した魔法少女は、歴史上三人目である。