まさかこんな役割をやらせることになるなんて……
「たあああああああああっ!」
美樹さやかはサーベルを構えて、超速度で突貫する。教えた通りの規定速度。だが僕はその剣の切っ先を、『摘まんで』止めた。
「うそぉ!?」
「ほんとだよ、お馬鹿ちゃん」
そのまま腕を振るって美樹を放り投げる。受け身の取り方はまだ教えてないので、無様に彼女は転倒した。
「何で受けられたと思う?」
「えっと……なはとさんが、強いから?」
「ハズレ。切り口が直線的過ぎるんだよ、きみは。相手から見えている状態での突きは止めとけ。せっかくマントが付いてるんだ。身体の陰に隠して、撫で斬りにしてやれ」
「なるほど――じゃあもう一本お願いします!」
ちなみに『スピリットアンドタイムズルーム』の利点の一つは、ソウルジェムを穢すことなく魔法が使い放題なことである。それは彼女たちが消費する魔力を僕が肩代わりにしていることが本当のところの理由であり、そして当の僕の魔力は無尽蔵(加えて自動回復)。まあ、いつものチートだ。
時間もエネルギーも許しているこの空間だからこそ、この弟子は好きなだけ頑張れる。そう、美樹さやかは頑張っているのだ。
力を手に入れた反動からだろうか。もちろんそれもあるだろうが、一番は彼女の中に『巴マミ』が残っているからであろう。
巴は正義の魔法少女である。グリーフシード目当ての他とは違い、魔女の手下相手にも躊躇なくソウルジェムを穢す。他人の為に戦う魔女少女――それは彼女自身が『願い』という不安定な命を抱えていたことに起因しているのだろう。
そんなことを知ってか知らずか、美樹は巴を目指そうとする。妄信的に、執拗に。
「夜はパトロールにようかなって。今までみたいに」
僕らは修行を終えて現実に戻る。休憩として、いつかのように自販機でジュースを買ってやった。スポーツドリンクを飲む美樹は、部活動を終えた中学生のようだ。
「そうか。構わないが、あまり無理はするなよ。きみは魔法少女としてはやはり未熟だし、ぶっちゃけ弱い」
「う、そういうことぶっちゃけますか……」
今日も僕は優しくできない。平常運転である。
「一つアドバイスをしておくなら――『メメントモリ』って言葉がある」
「なに? セメント盛り?」
何故、そんなワイルドな言葉を教えなければならない。
「『メメントモリ』だよ。ラテン語で『自分がいつか死ぬことを忘れるな』ってな――本来は『今を楽しめ』みたいな意味合いだったんだが、まあどちらにせよ死を自覚させるために使われる言葉でさ。魔法少女になってしまったきみは、もう死と隣り合わせの日常を送ってるんだ。そのことを忘れるな。戦いでは常に気を張っておけ。『大丈夫だろう』なんて油断は絶対にするなよ。きみの回復能力を考慮して、その上でだ。」
「……分かりました、『ヘルヘイムの森』ですね」
「それはわざとだろ」
美樹は舌を出して悪戯っぽく笑った。
「……機嫌がいいみたいだな」
「えへへ、実は魔法少女になるの、かなり悩んでましたからね。なーんか憑き物が落ちた感じ。恭介も治ったし、あとは自分の仕事を頑張るだけでしょ? 楽ってわけじゃないけど、考え事が無くなっただけマシかな。私、馬鹿だから」
清々しく笑う美樹に、僕は素直に好ましく感じた。この笑顔は空元気でも強がりでもない。後悔など無い、と彼女は言っていた。それはきっと本心なのだろう。
現時点に関しては。
「まあ――きみが元気で、良かったよ」
きっといつか、きみは後悔するだろう。
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展望タワーのロビーで、僕は佐倉杏子を待った。
「……はあ」
何だろう、この感覚。極めてマイナス。不愉快な重み。これは、憂鬱だ。
佐倉と会うことに、僕は憂鬱を感じている。
「何だろうな、こうして感覚がクリアになるということは、あながち暁美の言うことも間違いじゃないのかもしれない――心がある、か。そんな筈がないんだけどな。少なくとも、前は佐倉と会うだけでこんな重圧は感じなかった」
例えば、暁美ほむらが人間から遠ざかっているように。
逆に僕は、人間に――
「――戯言だ」
理論上は可能だろうが、それを現実にするのはとても難しい。それこそ宇宙の真理に迫ってしまいそうな夢物語だ。――僕が魔法で『心が欲しい』とでも願えば実現できるだろうが、誓ってそんな望みを抱くことはない。
「ふん。ブリキの木こりじゃあるまいし、誰が好き好んで人類に成り下がるかよ。そこまで自暴自棄になるにも、また心が必要だろうに」
ふと、エレベータの到着音が僕の独白を止めた。鉄の扉が開く。佐倉が来たのだろうかと身構えたが、箱の中には誰一人として乗っていない。
当たり前だ。彼女の気配は、背後にあった。
「……危なかったな。きみの魔力を読めなければ、僕はまんまと騙されていただろう」
赤毛の長髪。何かを口にしたのだろうか、彼女は指を舐めながらこちらを凝視していた。
燃えるような瞳で、睨みつけていた。
「ええと……佐倉?」
返事はない。僕と彼女の距離は十数メートル。攻撃されるならば、十分に回避できる距離だ。
「佐倉さーん?」
だけど僕は、油断していた。
今の今まで美樹の相手なんかしていた所為だろうか。彼女に『油断するな』なんて言っておきながら、とんだ体たらくだ。佐倉は魔法少女に変身することなく、そのままの状態で不意に姿を消失させた。
ああ、そういえば。
部分的に魔法少女化する練習をするのだと、言っていたっけ。
出来たんだ。
呆けているうちに回避を忘れ、まんまとボディに佐倉による攻撃を喰らってしまった。
「あーっにきー!」
突撃された。
特攻された。
組みつかれた。
抱き着かれた。
「ちょっ――」
バランスを崩し、転倒して床を滑る。佐倉はというと倒れてしまっても離れることなく、僕の腹に顔を埋めて『ぐりぐり』と顔面を擦りつけてくる。
「兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴!」
「お、おい……」
「んふふふふふ、兄貴だ! やっと兄貴だ! あっははー! 会いたかった逢いたかった遭いたかったー! いえーす!」
「おい、佐倉。なあ……」
「くんくんくんくんくん、あー! あー! あー! 兄貴の匂いがするよおおおおお! やっべー超興奮する! このまま死にてー!」
「いい加減にしろよ!」
強引に、腕力に訴えて佐倉を訴えて、そのまま巴投げしてやった。巴投げと言っても巴マミは無関係である。その反撃が予想外だったのだろうが、彼女は尻で受け身を取ってしまい、そこを押さえて呻いた。
「あ、すまん。やり過ぎた。大丈夫か?」
「あー……痛っえ。あはは、痛え! 気持ち良い!」
「………………」
やばい、変態だ。
この魔法少女、とんでもない変態になってしまっている。
「全然大丈夫じゃない! ねえ兄貴、さすって! 大丈夫じゃないからあたしのケツ、さすって! 思いっきし乱暴に!」
「頼むからきみ、もう黙れよ……R指定の数値が上がる……」
「うるせえー! こちとら久し振りに愛する兄貴に会ってテンションマックスなんだ! 触らせろ嗅がせろ舐めさせろー!」
魔女より性質が悪い。
それから数十分の格闘の後、ようやく佐倉を大人しくさせることに成功した。いや本当、この展開を予想してロビーから人払いをしていたのだが、予想を遥かに上回った勢いだった。やはり佐倉とは一度、しっかりと話をしなくてはならない。たぶんここまで彼女を捻じ曲げたのは僕なのだ。だって、ほら。これは酷いだろ。
「ごめんな」
「何がだよ」
佐倉はポケットからラムネを取り出し、一粒口に含んだ。それから僕の顔を覗き込む。首を振ると、彼女はラムネ瓶をポケットに戻した。
佐倉杏子は僕が人ではないということを、よく理解してくれている。
食べ物を不得手としていることも、感情がおよそ存在しないことも、その歪さに目を逸らすことなく向き合ってくれている。だから共に過ごす魔法少女の中で、佐倉はとりわけ『楽』な相手だった。
「傾倒、贔屓なんて許されないだろうけどさ。やはりきみはいいな、あまり演技する必要が無い。才能もある」
「いやーん、何だよ兄貴。そんなに褒めてもグリーフシードしか出ねえぞ?」
「それ、きみの最高の報酬じゃん」
要らない、と引っ付いてきた佐倉を押しのける。やはり問題点はこういう、デレデレに懐き過ぎているところなのだが――その点を除けば、恐らく佐倉は魔法少女として在るべき姿だ。
「んで、どうしたんだよ兄貴。何か話があるんだろ?」
「へえ、そう思うか」
「あはは、だってあんたがわざわざあたしのこと呼びつけるなんて、よっぽどじゃないか」
「……そうかもな。悪いね、都合のいい奴で」
「いいってことよ。この縄張りが欲しいっつうのもあるけど、一番はやっぱり、あたしは兄貴に会いたかったんだ。それに――」
佐倉の掌が一瞬、光った。
その瞬間、僕の首筋に銀の刃が突き付けられた。鎗はあとわずかにでも動かせば、この肉を傷つけるだろう。
「――あたしが強くなったことを、教えてやりたかった」
「………………」
「まあ、今じゃなくていいんだけどさ。適当に落ち着いたら、また稽古つけてくれよ。今度は二十分、持つと思うぜ」
挑戦的に笑う佐倉。白い八重歯が覗いたかと思うと、次の瞬間には鎗が消失していた。ふむ、なるほど強くなりやがった。これは手を抜いていられない。
「美樹さやか、知ってるだろ」
「おう、もう調べた」
「痛めつけてやってほしい」
ふうん、と佐倉は唸って再びラムネを口に放った。思案するように口の中の菓子を噛み砕く。
「いいのかよ。あたしは元から、そいつをぶっ倒してこの縄張りを奪ってやろうと思ってんだぜ? 痛めつけるだけで済むかねえ」
「構わない。どんな結果になろうと、僕はあいつに『教育』できればそれでいいんだ」
美樹は巴しか魔法少女を知らない。
厳密には暁美の戦いだって見てるだろうけれど、学ばなければ知ることにはならないのだ。美樹は暁美をあまりにも敵視している。故に、巴マミがいかに異質な魔法少女であったか、愚かであったかを知らないのだ。
「本来、魔法少女は魔女を喰うものなんだ。グリーフシード――それを手に入れるために、つまり魔法少女で在り続けるために戦うものだ。魔女が産まれるには人間が不可欠だよな。僕はきみの『人間は魔女の餌である』という考え方の方が合理的で好きだけどな、それは今の美樹には到底通じない」
「え? あたしが好き? えへへー、あたしも兄貴が好き!」
「話を聞いてくれ」
一体、どこに地雷が埋まっているんだ。
「ほら、食物連鎖ってあるだろ? アレのようなものだと思うんだ」
「何それ? 食ったことねえ」
食べるなよ。
いや、食べるのだけどさ。
「植物を虫が食べ、虫を鼠が食べ、鼠を鷹が食べる……とか。プランクトンを鰯が食べ、鰯を烏賊が食べ、烏賊を鯱が食べ……こういう捕食と被食の繋がりを食物連鎖と言うんだよ。ほら、きみらもそうだろ?」
「人間を魔女が食べ、魔女を魔法少女が食べ……食物連鎖、か。なるほどなるほど、憶えとこっと」
ちなみにその魔法少女を食べるのは――
――まあ、厳密には魔法少女の感情エネルギーなのだが。
「そういう冷酷で『しょうがない』面に関して、美樹に知ってもらいたいからな。それが理解してもらえないのなら、およそ役には立たないだろう。志と力が合ってないんだ」
「理想を語るほど強くねえってか――はは、可哀想。そんじゃあ可哀想だから、場合によってはあたしが殺してやんなきゃなのかなー、ああめんどくせえ」
言葉に反して、終始佐倉は口角を吊り上げていた。まるでお菓子を目の前にした子供のように。
「しっかし兄貴の大変だなー、あんな甘ちゃんの面倒を見なきゃいけないなんて。日本に多いよな、ああいうの。怖気が走るぜ」
「本人が言うには『幸せ馬鹿』だそうだ。つってもただの平和ボケなんだろうが――そんなに大変じゃないさ。ことさら今回は荒療治で済ませるわけだし。美樹には魔法少女になったことを後悔してもらうよ」
「後悔――ね」
佐倉は自らを追憶しているのか、浅く溜息を吐いた。
「そうだな。後悔しちまうのが一番、手っ取り早いのかも」
「きみはちゃんとしてるみたいだな、後悔」
「へへっ、してるさ。何せ魔法少女になったことで、あたしは家族をぶち壊したんだからな」
佐倉は笑う。
自虐的に、シニカルに。
「そうやって損した分、今は気楽にやらしてもらってるんだけどさ。せっかく何でもやれる力を貰ったんだ。好き放題使って、好き放題生きてやるさ。先のことはなーんにも考えずにさ。堪んないよなー、『好き放題』。そうしてりゃ後悔はしても、先憂なんて、あるわけないだろ」
「ふん、そうだな。それが魔法少女として本来の在り方だ」
それでこそこの宇宙は、円滑に作用する。
愚か者が宇宙を創る。
「――そうだっ、ところで暁美ほむらってどう思う? 通称イレギュラー……キュゥべえの奴が、力を渡した憶えがないとか言っててさ」
「あいつは――」
暁美ほむらは。
まあ、いいかな。
「あいつは別に、何でもないよ。大したやつじゃないから、会ったら友達になってあげるといい」
「はは、何だよそれ。まあ……考えとくよ。そいつ次第だけどさ」
「女の子は誰とでも友達になれるものじゃないのか?」
「マジで? やっべー、あたしの女子力やっべーわ」
考えてみれば、巴は友達がいなかったそうだが――一般的に語られるような『女子力』は十分に持っていた気がする。
「まあ、代わりに魔力があるからいいけどさ」
佐倉は新たなラムネを口に含み、思い出したかのように立ち上がった。
「兄貴、お腹減った。どっか連れてってくれよ」
「そうか、じゃあ行ってみるか。きみが魔法少女として成長した記念に」
社会的規範に則って物を言わせてもらえば、基本的に商品を頂く際にはお金を払った方がいい。だから今日は、佐倉に何か奢ってあげるとしよう。
「成長っつうならさあ、兄貴」
「ん?」
「あんたが人間の振りするのも、けっこう上手くなったよな」
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水商売というものは、やはり『職業』の一つとして見ても遜色のないほどに苦労する者である。客に媚びへつらい、先輩に媚びへつらい、好きでもないものを喰ったり飲んだり。僕が金を稼ぐためにホストなんて仕事を選んだのは、そういう苦労も含めて『人間』を学ぶためであった。この夜の街は人間の心の集合体である。汚れて、穢れて、濁っていて。掃き溜めにネオンで煌びやかさを括り付けた、直視に耐えない醜い世界だ。
「もしもし、暁美か」
醜い世界の隅っこで、仕事の休憩時間に携帯電話を耳に着けた。二回目のコールである。一回目は鬱陶しかったのだろう、無視されてしまった。
『この電話番号は現在使われておりません』
「へえ、お前もたまには冗談とか言えるんだな」
『……何の用よ』
あ、後悔した。
こいつ今、気まぐれにふざけてみたことを後悔した。
「いやさ、佐倉を呼んでみたから会いに行ってやってくれよ」
『は?』
「は、じゃなくてさ。佐倉杏子だよ、知らないのか? あのな、きみと同じ魔法少女で……」
『いえあの、佐倉杏子は知ってるわ。何度も会って来たから。確かに巴マミが退場した以上、そろそろこの町に訪れる頃だと思ってたけど……『呼んだ』というのはどういう意味なのかしら?』
「言った通りの意味さ。僕自らわざわざ、佐倉のことを呼びつけてやったんだ。はぐらかすのも面倒だからはっきり言わせてもらうぞ。計画のためだ」
電話の向こうで、暁美の息が詰まる呼吸が聞こえる。今、彼女はどんな顔をしているのだろう。
『何とも親切で、絶望的なお知らせね。つまり佐倉杏子はあなたの手の者であるということかしら』
「違う。佐倉は『まどか・マギカ』に関して何も知らない。ましてや僕が何か目的を持って動いているとも知らない――まあ、察せるとしても『魔法少女の選別』という点に落ち着くのかな。だから僕はきみや巴や美樹にそうしたように、佐倉をどうにかして理想通りに動かすことしか出来ない」
『利用する、というわけね』
なるほど的を射ている。いささか人聞きの悪い表現ではあるが。
『それで? 私が佐倉に接触すれば、あなたの計画が円滑に進むというわけ? そんなのお断りよ。寝言もいい加減にしなさい、私はあなたの敵なのよ』
「きみならそうやって拒むだろうな。だけどこれでも僕は、親切心で教えてやってるんだ。なあ、暁美ほむら。知ってるか? 今すぐ佐倉に会いに行かないと、
まどかちゃんが
魔法少女になっちゃうぜ?」
ひゅぅっ、と。
暁美の息遣いが、生々しく耳に伝わる。
『あなた……相変わらず、最低ね!』
電話は切れた。僕は携帯電話をポケットにしまう。
休憩時間の終了まであと少し。指名が入ったそうなので、後輩が呼びに来た。
「こんばんは、詢子さん。ご来店ありがとうございます」
今夜も僕は、醜悪の中へと身を投じていく。