魔法少女管理なはと☆マギカ   作:危橋たけ

9 / 11
第6話・屍 こんなの至って普通だよ

 

「俺さ」

 仕事の上では、一人称を変えている。それは一種の線引きのようなもので、僕が自らを『俺』と称する時は、水商売の人間として汚い世界にいる時だけだ。

「ずーっと気になってたんすけど、詢子さんって昔、どんな子供だったんすか?」

 更にキャラクターも変化させている。ノリよく、小気味よく、ホストとして望ましい人格に。働くということは――この職業に関しては、きっとこういうことだ。自分を偽り、小奇麗な部分だけを顧客に見せる。魔法少女を相手取る時だって同じである。僕は極力、彼女たちの望みに応えようとしている。どうせ破滅するのならば、せめてもの救いを与えたいのだ。

「やーだ、何訊いてんのよあんたは。別に珍しい子供じゃなかったって。ただ人より遥かに勉強ができて、スポーツが出来て、そして人望があったってだけかな!」

「あっはは、すっげー。今と全然、変わってないじゃないですか」

「はいはい、お上手だねー、この子は。あ、おかわり」

「かしこまりました」

「ていうかさ、なっちゃんはどういう子供だったの?」

「え? 俺っすか?」

「うんうん。何かさ、どこかミステリアスな雰囲気あるんだよね。ね、分かる? ふと、こう……覗かせる? みたいな」

「えー、ほんとすか? 初めて言われたかも」

「そうかー? ほんで、どんな子供だった?」

「俺だって別に、変わったところは無くて……何つうか、普通でしたよ。勉強は得意じゃなかったけど、スポーツはまあまあ。そういえば、人を笑わせるのは得意だったかなあ。お笑いとか、けっこう好きで」

「あー、なるほどなあ。分かるわ、それ。なっちゃん面白いもん」

「お、詢子さんに太鼓判を押されると嬉しいなあ。自信持っちゃいますよ」

「あたし逆に、そういうの苦手だったからさ。けっこう真面目ちゃんだったのよ、ガキの頃は。いやいや、ほんとよ? 今思えば、もっと遊んどきゃよかったなあ……」

「あはは、子供の頃は間違いが効きますもんね。転んでもすぐに起き上がれるっつうか」

「そうそう、いやー大人は大変だね。一つ間違えばもう大転倒。それで起き上がって来れなくなる奴を、何人も見て来たからさ。いやはや、世知辛いもんだぜ」

「だからその辛さを酒で流すんでしょうよ!」

「おおとも! なっちゃん、よく言った! よっしゃ、今夜は大奮発でシャンパン頼んじゃうぞー!」

「よっ! 詢子さんかっこいー! 惚れちゃう!」

 

 --------------------

 

 闇の中で目を覚ました。

 

「……最悪だ」

 これは夢とは違う。僕は『睡眠』する時、記憶を捜すのだ。そうでなければ眠る必要などない。昨夜の仕事で出会った、とある女性との会話の記憶だ。快活に笑う彼女は、今夜もどこかの店で、または自宅で、強い酒のグラスを傾けているのだろうか。

 今まであの女は、正しさについて語った。

 間違いについても語った。

 友達についても語った。

 そして昨夜は、大人について語った。僕は知っている。ああやって彼女が僕に言葉を語るのは、いずれ自分の子供に話す練習だということを。そして本番は、きっと既に終了している。

 

 鹿目まどかの暴走は、既に終了している。

 

「君たち魔法少女にとって、元の身体なんていうのは、外付けハードウェアでしかないんだ。君たちの本体としての魂には、魔力をより効率よく運用できる、コンパクトで、安全な姿が与えられているんだ。魔法少女との契約を取り結ぶ、僕の役目はね――君たちの魂を抜き取って、ソウルジェムに変えることなのさ」

 

 そう。

 そんなことが、インキュベーターの役割。

 

「心臓が破れても、ありったけの血を抜かれても、その身体は魔力で修理すれば、すぐまた動くようになる。ソウルジェムさえ砕かれない限り、君たちは無敵だよ。弱点だらけの人体より、よほど戦いでは有利じゃないか」

 

 そう。

 そして『キュゥべえ』には、人間が分からない。

 

「君たちはいつもそうだね。事実をありのままに伝えると、決まって同じ反応をする」

 

 そう。

 だけどそれが人間なんだ。そんなくだらないことに妄執するのが人間なんだ。今までの『自分』を取り上げられて、それが悲しくて泣き喚くのが人間なんだ。

 

「わけが分からないよ」

 

 そう。

 そして僕も、彼と同じ気持ちだった。わけが分からなくて、不愉快で、腹立たしくて――だから暁美ほむらの前に立ちはだかった。黒髪をなびかせて疾走する、黒い魔法少女の前に。

「――どいて!」

 真夜中の道路の中心で。

 不意に僕と向かい合った暁美は、足を止めて喚く。

「やだ」

「どうしてあなたが邪魔をするの! あれが無いと美樹さやかは……」

「いやいや、『あれ』自体が美樹さやかだろ。知ってるくせに」

「ふざけないで!」

「うるさいなあ、きみは。そもそも、これは鹿目が蒔いた種じゃないか。鹿目の責任だ。所詮は他人でしかないきみが、尻を拭いてやる必要はない」

 ちょっとセクシャル・ハラスメントだっただろうか。まあ、たまには悪くない。

「……まどかは今、きっと泣いている。それだけで十分よ」

「かっこいいねえ――きみは!」

 槍を構えて、飛び掛かって、振り下ろした。

 金属音。反応は良好なようで、刃は時空を操る盾で受け止められてしまった。

「っ――邪魔しないで……!」

「お前みたいに一生懸命になってる奴を見ると、いじめたくなる――人間からしてみれば、こんなの至って普通だろ? お前が多くの人間の『一生懸命』を踏みにじってきたように、逆にお前が何度も『一生懸命』を砕かれたように」

 暁美は極めて不愉快そうに、眉間に皺を寄せる。『盾』の中から黒々とした鉄の塊を取り出すと、銃口を向けて発砲した。轟音と共に、弾丸は僕の胸を貫く。

「――ってえ……まだそんな玩具使ってるのか。ほんとに、お前は変わらないな」

 槍が鈍ってしまったので、一旦飛び退いて距離を取る。暁美はそれを隙と見てトラックを追う訳でもなく、ただただ怒りに震えて僕を睨みつけていた。

「これも『まどか・マギカ』なの?」

「美樹さやかの退場……きみも望んでたことだろう? 協力してくれよ。ほら、回れ右してさ。『間に合いませんでした』って、舌を出して謝ってくればいいじゃないか」

「こんなことは望んでいない!」

 その小さな手に握られた二丁拳銃が火を噴く。ベレッタM92Fとデザートイーグル.50AE。なかなかどうして格好はいいものだが、如何せん飛び道具。この距離ではまともに当たりはしない。威嚇射撃もいいところだ。

「あなた……自分がどんなに冷酷なことをしているのか理解しているの? 美樹さやかも、佐倉杏子も、鹿目まどかだって、あなたのことを信頼している。あなたがそんな風なキャラクターを演じるから――それを裏切っているのよ」

 どうして今更になって、彼女は僕を説き伏せようとしているのだろう。理解不能だ。どうせ勝てない相手なのだから、あの青いソウルジェムは諦めればいいのに。

「もちろん、理解しているさ。本当にあいつらは馬鹿だよな」

 故に、挑発した。

 暁美の愚かしさにムカついたからだ。

「――よく分かったわ。あなたは人間じゃない。人間になれやしない」

 当たり前だ。誰が好き好んで、お前たちみたいな下等な種族に落ちるものか。いつだって身勝手で無秩序で意味不明。この宇宙をくまなく捜しても、こんなわけの分からない生物は『人間』だけだ。

 だからこそ我々は、人間の心を狩ることに決めた。

「お前こそ何だかんだ言って、人間だよな。人外に近づいているとは思ったが……まだ、甘ちゃんだ」

 

「人間じゃない。私は魔法少女よ」

 瞬間、黒い魔法少女が『増殖』した。

 

 暁美ほむらが六人。一人はベレッタとデザートイーグルの二丁拳銃。一人はM26手榴弾を握り締め、一人はレミントンM870。一人はM249軽機関銃を両の手に。一人はダブルドラムのMG42。一人はFFV・AT4。

「……いやいや、僕は巨大ロボットとかじゃないけど」

「知ってるわ、ちっぽけな化物さん」

 彼女『たち』は僕を取り囲み、一斉に銃火器を発射する――わけがない。それぞれ六人の暁美ほむらから発せられる魔力には、呆れるほどのムラがある。それが何を意味するかというと、つまりこの分身体たちは質量が伴わない、ただの残像の幻術だ。

 だから弾丸は当たらずに僕をすり抜ける。

「まるで推理小説だな。とは言っても、素人小説のように犯人が見え見えで、そら寒いものだけど――なあ、ほむらちゃん」

 最も魔力の濃い、手榴弾の暁美ほむらに急接近する。高速移動は便利なものだ。速いし何より、虚を突ける。眼前に迫る僕の蹴りに、暁美ほむらは目を見開いていた。

「犯人はお前だ、ほむら」

 

 すかっ、と。

 

 僕の蹴りは空を射抜いた。

 

「――あれ?」

 

「持つべきものは友、ね」

 

 時間が止まっている。

 

 耳元に、暁美の勝ち誇った声だけが響いた。

 

「調子に乗ってるから、そういう目に遭うのよ。ばあか」

 

 振り向いた時には遅かった。

 六人の暁美ほむらは既に霧散してしまっていて、『七人目』の暁美ほむらの後ろ姿を一瞬だけ捉えたかと思うと、次の瞬間にはそれも消失してしまった。

「……ああ、なるほど」

 佐倉だ。

 佐倉が僕の脚を捉えた時の戦略だ。囮の魔力を強大に、『本命』の魔力を希薄にする戦法。情けないことにまたしても、僕はそれに騙されたわけだ。

「最初からあいつは、僕なんかじゃなくて美樹のソウルジェムを狙ってたってわけか……くそ、やられた」

 調子に乗っている、か。確かにその通りかもしれない。人間は下等である。僕は上等種である。だからといって、必ずしも何もかもが上手く行くとは限らない。

『鹿目まどか自身の手で美樹さやかを殺す』――鹿目には魔女になる前に絶望してもらう必要があったのだが、どうやら今回は失敗のようだ。

「……オーケー、いいだろう。今回に関しては僕の負けだ。美樹の処分はやはり佐倉に任せよう――ふん」

 やれやれ、何てことだ。

 面白いことをしてくれる。

 

「強くなったな、ほむら」

 

 内に浮かんだ敗北感と同時に、僕は奇妙な充実さえも覚えていた。それが全体、何であるかは理解出来ない。ただ一つだけはっきりしているのは、これから二度と僕は油断しない。あの『夜』を終わらせるのだ。こんな世界を終わらせるのだ。

「メメントモリ、だ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。