想いの力は星を越えて 〜消えた冒険者と、名もなき少女たちのアクロニア譚〜   作:想いの力のその先へ

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アミス先生と、冒険者学校

 

 もぞもぞ、と身体を動かす。何か、柔らかいものにくるまれて、すごく気持ちが良い。

 

「うぅん……」

 

 このまま、もう一度微睡みに――微睡み?

 いや、待って。あたし、さっきまでどこにいた?

 あたしはそこに違和感を覚えて、頭が一気に覚醒。

 

「はっ――!」

 

 がばり、と身体を起こした。

 まず、目に入ったのはファンシーな、ピンク色の壁紙。そして、額縁に飾られた一枚の絵。その絵に描かれた人物に見覚えがあった。

 紙芝居屋さんと同じくプレイヤーを導いてくれた恩師。赤と黒のスーツを身にまとい、穏和な表情を浮かべながら、頭の上にプルル。水色の、スライムのようなモンスターを乗せている女性。

 プレイヤーがアクロニアに降り立ったあと、チュートリアルでもある冒険者学校を取り仕切っていた先生。アミス先生だ。

 

 間違いない、ここは数少ないイベント時のみ来訪できるアミス先生の私室だ。

 彼女の私室。

 そして、額縁の絵。いや、イリスカード。想いの力を宿す、ECOを象徴するカード。

 それを見て、あたしの胸はきゅう、と締め付けられる。ここは確かにアクロニアなのだと。本来、もはや足を踏み込めるはずのなかった世界なのだ、と。

 

「うみゅう……」

 

 感傷に浸っていたあたしの耳に聞こえた、聞き覚えのない女の子の声。あたしはびっくりして思わず聞こえてきた方。つまり、あたしの横へ身体を振り向かせる。

 そこには、幸せそうによだれを垂らしながら微笑む若葉のような黄緑髪の、年の頃は十二歳前後に見える少女。あの世界、紙芝居屋さんと出会った場所で倒れていた少女だ。

 本来、きっと彼女はもっと幻想的な、透明感のある存在のような雰囲気がある。でも、それも盛大に垂らしたよだれがぶち壊しているけど。

 それはともかく。たしか、紙芝居屋さんは彼女のことを――。

 

「――リオ」

 

 そう、呼んでいた。

 

 

「あら、起きたのね。大丈夫?」

 

 聞き覚えのない。でも、間違いなくあの人だ。そう確信できた声が辺りに響く。

 声が聞こえてきた方に顔を向けると、そこには心配そうに見つめている、部屋の扉を開けたアミス先生の姿。

 

 その姿を見た瞬間。あ、だめだ。と悟る。つん、と鼻の奥が痛くなる。涙があふれてくる。

 

「う、うぅ……。アミス、せんせぇ……」

「えっ……? ちょっ、待って――」

 

 いきなり泣き出すあたしに困惑するアミス先生。でも、あたしはまた、紙芝居屋さんの時と同じように、涙を押さえることができなかった。

 

 

 

 

「す、すみません。ご迷惑をお掛けしました」

「い、いいえ。良いのよ、これくらい」

 

 しばらく、しくしく、と静かに泣いたあとのアミス先生とのやり取りだ。いきなり見ず知らずの、それも子供が自身を見て、さめざめと泣く姿など見せられても困るだろうに、本当に人のできた先生だ。

 そんな先生であるが、空気を切り替えるためかぱん、と両手で拍手するとこちらに話しかけてくる。

 

「それで、ね? そこの子はまだ寝てるけど、とりあえず、あなたたちに聞きたいことがあるの。大丈夫かしら?」

「はあ……」

 

 先生の問いかけに、思わず気のない返事をしてしまった。なんというか、まだ現実感が追い付いていないんだ。その状態で質問、と言われても。というところが正直なところであるが……。

 

「えっと……。あたしが答えられることなら……」

 

 でも、先生が困った顔で聞いてきてるんだ。無碍に断る、という選択肢はあたしになかった。

 あたしの答えを聞いて、先生の顔がぱぁ、と華やぐ。その顔を見れただけでも、あたしは良かったと安堵していた。

 

「それじゃあ、まず。あなたのお名前、聞いても良い?」

「あたしの、名前……」

 

 アミス先生の質問に面食らう。

 それほどおかしな質問じゃない。ただ、改めてそう質問され、そして自問して――。

 

 ――分からない。

 

 あたしが、俺が、もともとECOの、エミル・クロニクル・オンラインというゲームのプレイヤーだというのは覚えてる。そして、ECOがサービス終了して、もう十年近い年月が経とうとしていることも。

 でも、それ以外の俺というアイデンティティがすべて分からない。

 

 どんな暮らしをしていたのか。

 年齢がいくつになったのか。

 どんな家族構成だったのか。

 そして、何より。自身の名前すらも……。

 

「分かり、ません……」

「えっ……?」

「分からないんです……」

 

 困惑するアミス先生。でも、あたしはそう返すしかなかった。でも……。

 

「それと、横で寝ているこの子。彼女はリオ、そう呼ばれていました」

「呼ばれていた……?」

「はい。でも、詳しくは……」

 

 リオの名前だけは伝えておく。ただ、誰に呼ばれていたか、は伏せておくけど。

 アミス先生と紙芝居屋さん。少なくとも、あたしの知る限り、ふたりに面識はなかったはずだし、何より。いまの彼女がアクロニアに存在しているかも不明だから。

 

 イリスカードの原型となった研究資料。イリスレポートの著者にして、思い出星――ステラ・ロア以外のロアたちの物語を生み出した存在。

 オリジナルのイリス博士はもとより、紙芝居屋さんも、少なくとも普通のアクロニアの住人ではない。

イリス博士、イリスカード、ロアたちの物語――それらに深く関わる存在だ。

 けれど今のアミス先生が、彼女を知っているとは限らない。

 

 そのことも含め、あたしはじぃ、とアミス先生を見つめる。これ以上、あたしが言葉を紡ぐ必要はない。そんな意思を込めて。

 そんなあたしの意思が届いたのか、アミス先生は、はぁ。とため息をついたのだった。

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