放送事故ではありません。   作:宇宙きのこ(ヴァーチャル)

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想像以上の反響に驚いています。
まさかここまで跳ねるとは思わなかったので、ちょっと加筆して投稿します。



誤字脱字のご指摘などいつもありがとうございます。
この場を借りてお礼を申し上げます。



外部タレント心霊企画後異常 その2

 

動画は公開直後から素晴らしい勢いで再生数を稼ぎ出していた。

 

 

 

夜坂ハルトの深夜心霊スポット現地収録。

タイトルだけで場所を伏せ、具体的な施設名などは出していない。

 

 

サムネイルには暗い廊下の奥へライトを向けるハルトの後ろ姿。

それと画面端に小さく配置された「本当に聞こえた?」という煽り文句。

派手すぎないが、しかしホラーの王道を心得たサムネだ。

 

 

 

▲▲▲▲社の編集班はそのあたりの塩梅がとても上手で、程よく人の好奇心を引き寄せるサムネに仕上げていたのだ。

 

 

動画冒頭のハルトはいつもの軽い調子で始めた。

 

 

 

『はいどうも、夜坂ハルトです。今日はですね、言っていいのかこれ。

 まあ具体的な場所は言えないんですけど、ちょっと曰く付きの場所に来ております』

 

 

 

コメント欄は公開から数分で大変な盛り上がりを見せた。

毎年恒例のホラー企画。

もう何回か繰り返しているこの手の動画は夏のお約束といえた。

 

 

 

『きた』

『今年も待ってた』

『もう画面暗い』

『ハルトくんの怖がり芸助かる』

『現地収録は強い』

『場所どこだろ』

 

 

 

動画はそもそも一つの映像作品としてよくできていた。

暗い廊下に揺れるライト。

少し湿った壁の中を歩き、些細な物音に肩を跳ねさせるハルトという構図だ。

 

 

 

彼の怖がり方は、やはり一つの娯楽の商品として完成している。

本当に怯えているようでいて、視聴者が笑える余白を残し、エンターテイメントだというのを決して忘れない。

 

 

ガチではあるがガチすぎない。

それを彼は徹底して守っていた。

恐怖をそのままにせず、自分の情けない反応で受け止めて娯楽の形へ戻していく。

 

 

動画を見た後の30分くらいは怖いかもしれないが、瞬く間に日常の生活の中では溶けていって忘れてしまいそうな程度の恐怖だ。

正にインスタントなホラーと言える。

 

 

 

『いやいやいや、ちょっと待って、今のはスタッフさんでしょ? 

 そうだと言ってください。違う? 違うの?』

 

 

 

 その場面では、コメント欄が一気に流れた。

 

 

『草』

 

『スタッフじゃないの草』

 

『帰れw』

 

『ここでくじける男じゃないお前は』

 

『いや普通に怖い』

 

『音入ってる?』

 

 

 

見どころ/切り抜きどころは多くあった。

ライトが一瞬暗くなる場面や廊下の奥で足音のような音が入る場面。

ハルトが「今、声しなかった?」と素で言いかける場面などだ。

 

 

 

どれもホラー企画としてはとてもおいしい。

怖いのだが、見られないほどではないちょうどいいバランスだ。

視聴者が自分の部屋で笑いながら見られるちょうどよい恐怖。

 

 

 

 

そして、噂の部屋の前までやってくる。

自殺者が出たとされる最も曰く付きの部屋、ホラー映画でいうところの盛り上がり処だ。

 

 

扉は少し開いている。

恐る恐るライトを向けてもやはりあるのは暗黒だけ。

ハルトは声を少し上擦らせながら、それでもいつものように軽口を挟む。

 

 

 

 

『おーい!」

 

 

『いるなら、ちょっとだけ映ってもらっていいですか。

 いや、出てこられても困るんですけど』

 

 

『自分、▲▲▲▲社の夜空ハルトと申しまーす!』

 

 

 

うん。

 

 

 

その直後だった。

マイクに何かが入った。

 

 

 

動画本編ではほんの一瞬で音量も小さい。

普通に見ていれば、聞き逃す者もいただろう。

 

 

だが、コメント欄はそういうものを見逃さない。

何万人も見るのだ。

その中には耳が良い人も必ず居る。

 

 

 

そんな誰かが気づき、時間指定を書き込み別の誰かが戻って確認する。

さらに別の誰かがイヤホンで聞く。

 

 

やがて、コメント欄はその一瞬へ収束し始めた。

 

 

 

『今の声なに?』

『34:18あたり』

『ハルトくんの後ろに影ない?』

『スタッフじゃない?』

『いやスタッフの位置と違う』

『ガチっぽくて怖い』

『何回聞いても変な声する』

『返事してない?』

『出てこられても困るって言った後、何か言ってる』

 

 

 

再生数が伸びる。

そして例にたがわず切り抜きが始まった。

 

 

最初はただのリアクションまとめだった。

ハルトが叫ぶ場面、扉の前で固まる場面、スタッフに助けを求める場面。

視聴者はそれを見て今年もやってると笑った。

 

 

次に、例の音声を切り出した短い動画が伸びた。

音量を上げたもの、ノイズ除去をかけたもの、スロー再生したもの、逆再生したもの。

そこへ「本当に声がするのか」と題した検証動画まで出始めた。

 

 

恐怖が恐怖を呼ぶ。

 

 

 

誰も悪意でやっているわけではなかった。

未知に対する好奇心と怖いもの見たさ、あとは純粋に心配なファンたちだ。

 

 

その一人一人は小さな感情だった。

だがその数が多すぎた。

何万という人たちが同じ思いで行動すればそれは膨大な力となる。

 

 

 

渦中の夜坂ハルト本人も最初は笑っていた。

動画公開翌日の雑談で彼はコメント欄に促されるまま例の場面について触れた。

 

 

「いや、俺も編集で見てビビったわ。あの音、現地では気づいてないんですよ。

 帰って素材見たら、スタッフさんが“ここ何か入ってますね”って言ってきてさ」

 

 

 

うわぁ、マジかと続けて大げさに怖がるそぶりを見せる。

演技と本音が半々の動作だった。

幾つかのコメントは「後ろ後ろ」などという思わせぶりなものが流れる。

 

 

 

ハルトは笑いながら後方を確認してから苦笑した。

 

 

「いやそんなこと言わないでくれって。怖いから」

 

 

コメント欄はそんな彼の滑稽ともとれる動きを見て盛り上がる。

 

 

『やっぱり声なんだ』

 

『本人も知らなかったの怖い』

 

『何て言ってると思う?』

 

『返事してるよね』

 

『出てこられても困るって言ったから返事した説』

 

『ハルトくん連れて帰ってない?』

 

 

ハルトはそこで、笑うべきだと判断した。

 

 

 

「そんなまさか……連れて帰ってないです。それに家、ペット禁止だし」

 

 

コメント欄が笑う。

 

『ペット扱い草』

『飼うな』

『事故物件V』

『もういるよ』

『後ろ見て』

 

 

「やめろやめろ、後ろ見ては本当にやめろ」

 

 

彼はもう一度だけ振り返る仕草をして、何もないことを確認し少し大げさに息を吐いた。

 

 

「はい、いません。何もいません。解散」

 

 

 

画面上では、それはいつものホラー雑談と変わらなかった。

怖がり、笑い、コメントに返す。

夜坂ハルトという配信者の得意な流れだった。

 

 

▲▲▲▲社のマネージャーも、その時点では本気で危険だとは思っていなかった。

疲れてはいるだろうが本人も例年通りネタにできている。

それに動画は伸びているしコメント欄も好意的だ。

 

 

 

むしろ妙なそういうことのおかげで再生数は1日たらず十万、二十万と加速していっている。

このままいけば再生数100万という大台突破も夢ではないだろう。

更にはハルト自身のアカウントへのフォロー人数も膨れ上がり始め、近々50万の壁突破は確実に見えた

 

 

これは相手側にとっても十分なものだ。

 

 

怖がる声とそれに引かれて繰り返される再生。

増幅される音声と検証される一瞬によって補強される認知。

 

 

更には「何かいるかもしれない」という期待。

「連れて帰っているのでは」という物語。

 

 

それらは餌だった。

株式会社〇〇〇〇側でも、その動画は話題になっていた。

若手スタッフの一人が、休憩スペースで例の音声検証動画を見ていた。

 

 

イヤホンを片耳だけ外し、画面に顔を近づけるようにして、何度も同じ箇所を再生している。

 

 

 

『は……』

 

 

『……い』

 

 

『…ぁ…』

 

 

 

音声は加工されすぎて、もはや元が何だったのか判別しづらい。

だが、人は意味を探す。

何度も聞くうちに、何かの言葉に聞こえてくる。

 

それが本当に声なのか、ノイズに脳が意味を与えているだけなのかの判別はつかない。

 

 

 

 

そこへ槙野が通りかかった。

 

「何を見てる」

 

 

若手スタッフは、少し気まずそうに顔を上げた。

 

 

「あ、夜坂ハルトさんの例のやつです。声が入ってるって話題になってて」

 

 

槙野は眉を寄せた。

 

 

「消せ」

 

「え?」

 

「今すぐ消せ。休憩中に見るなとは言わんが、社内で検証みたいな真似をするな」

 

 

このスタッフは“知っている”故に槙野の裏の言葉を読み取ったようだ。

あの時みたいな目にまた合いたいのか? という真意を。

若手は槙野の声の硬さに小さくうなずき視線を泳がせた。

 

 

「すみません。ただの動画かと」

 

 

「それならば、なおさら見る必要ない。仕事に戻れ」

 

 

若手は慌てて画面を閉じた。

槙野はそれ以上叱らなかったが表情は険しい。

 

 

彼は過去の新スタジオ事件を知っている。

あのスタッフだってそうだったはずだ。

 

 

終了済みの配信が終わらず、映像の中にだけ3Dアバターが立ち、監視カメラの向こうから社長の存在を認識した夜。

あのおぞましい夜を身体が覚えている。

だから、こうした「検証」という行為がどれほど危ういか理屈ではなくわかっていた。

 

 

それはじっくりと自分の記憶に焼き付ける行為だ。

この世界へのとっかかり、アンカーを自分の中に作るようなものだ。

 

 

 

 

 

 

その日の午後、怜司は久我と槙野に呼ばれた。

小会議室に三人だけが集まる。

久我はすでに動画を確認していた。

 

 

社長として外部事務所の話題に逐一反応する立場ではないが、今の状況は無視しづらかった。

ロボボの一件、更にその前に新スタジオの一件。

それ以外にも幾つかを経た会社として彼はもうこういうものを「ただのホラー動画」とは見られない。

 

 

 

怜司は、動画のリンクを開かずに言った。

何度も何度も口を酸っぱくして同じことを言う

 

 

「検証しない方がいいです」

 

 

槙野が腕を組む。

 

 

「やっぱりか」

 

 

「はい。聞いたり唱えたり、考えを巡らせる。全てNGです」

 

 

久我は静かに問う。

 

 

「何がいる? どんな姿なんだ」

 

 

「わかりません」

 

 

「前にも聞いたな、その答えは」

 

 

「……聞かない方がいいです」

 

 

 

見下しではなく怜司の目にあったのは哀れみと羨望に近い感情だった。

見えない方がずっといい。

常日頃からあんなものを見ていたら、気が滅入るどころか発狂したっておかしくはない。

 

 

 

心からの助言だった。

少なくとも怜司の目に映っている存在は言葉で表現したりするべきではない姿をしている。

なのであくまでも怜司は淡々としていた。

 

 

声を抑えて事実だけを彼は言う。

 

 

「ただ、夜坂ハルトさんは持って帰っています」

 

 

かもしれない、や、おそらく、でもない断言だった。

確実に彼は連れ帰っているという断言だ。

久我の表情が少し硬くなる。

 

 

 

「本人は危険か」

 

 

「すぐに死ぬとか、そういうタイプではなさそうです。

 彼を利用し、認知を稼いで強くなるタイプに見えます」

 

 

 

「認知を稼ぐ。あれらの基本か」

 

 

「はい。声が入ったとか、後ろに立っているとか、そういう話題が増えるほどああいうのは強くなります」

 

 

 

「特に名前は絶対につけさせちゃダメです」

 

 

 

槙野が低く言った。

 

 

 

「本人が泣き言を言い始めたら? 

 幽霊がいる、憑りつかれた、助けてくれと」

 

 

怜司は、少しだけ目を伏せた。

おおよそソレは最悪のパターンだった。

 

 

「一気に悪化します。相手への降伏宣言ですからそれは」

 

 

短い答えだった。

 

 

「ある程度怖がるのは仕方ありません。

 ただ、配信上で“許して”とか“やめて”とか言うのは最悪です」

 

 

「それは相手が自分よりも上の立場であると認めるのと同じです。

 さらには視聴者の前で恐怖と謝罪を成立させることになる」

 

 

 

一種の契約なようなものだ。

そういうものと配信者が契約を結び、視聴者は見届け人という立ち位置に置き換えられる。

つまりそうなったら数万人の前で相手に自分の生殺与奪を渡しますと宣言するに近い行為だ。

 

 

 

久我は机の上で指を組んだ。

 

 

これは外部事務所の案件である。

株式会社〇〇〇〇が表立って口を出す筋合いはない。

しかも、現時点では動画が伸びているだけだ。

 

 

 

夜坂ハルト本人も笑っている。

▲▲▲▲社からそういうことの相談が来ているわけでもない。

 

 

 

ここで突然「その動画は危険です」と言えば、何を言っているのかと思われるだけだろう。

それでも久我は放置することに嫌な感覚を抱いていた。

例えるならば自分の隣の家から煙が昇りだし、火事寸前になっているかのような。

 

 

「業界内の知人には遠回しに伝えておく」

 

 

彼は言った。

 

 

「心霊系の検証配信や、一部分だけの執拗な切り抜きは控えさせた方がいい。

 そういう言い方ならできる」

 

 

「お願いします」

 

 

怜司は頷いた。

久我は息を大きく吐き、遠い目をしながら言った。

 

 

 

「ただ、向こうが本気にするかは別だろうなぁ……」

 

 

 

 

 

その通りだった。

▲▲▲▲社はまだ本気にしていなかった。

普通に考えればなるわけもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがハルトのマネージャーは心配していた。

現地収録でのハルトの反応が本当に目に見えないナニカを怖がっているように見えたこと。

そして動画公開後は例の音声ばかりが切り抜かれ検証され始め、嫌でも目に入ってくる。

 

 

 

マネージャーから見ればどんどん悪い方向に加速しているようでならない。

彼女はハルトが雑談で何度もその話題に触れ、怖がりつつも笑いにしていることも知っている。

だが同時に彼の顔に浮かぶ疲労は今までにないものだというのを見ていた。

 

 

 

だが、上層部の判断はもう少し現実的だった。

 

 

ビジネスと見ればこれは素晴らしい成果だからだ。

再生数100万越えは硬く、まだまだ伸びている。

 

 

話題になって数字が伸びているのは間違いない。

 

 

 

いや、これは過去最高の伸び方だ。

 

 

それに本人もネタにできているし変な炎上はしていない。

危険行為もしておらず全ての撮影は合法的な許可のもとに行った。

 

 

だからこの祭りも一時的なものだろうと彼らは考えた。

それは、会社としては不自然な判断ではなかった。

 

 

配信業界では、話題になること自体が価値を持つ。

もちろん炎上は避けるべきだ。

しかし怖がられ、検証され、切り抜かれ、元動画へ誘導されるならばそれは成功に近い。

 

 

 

夜坂ハルト本人も、活動歴のある中堅だ。

自分の商品としての扱い方はわかっている。

今回も少し怖がりすぎているように見えても配信者として制御できる範囲だと見られた。

 

 

それが危険なのだが彼らは知らないのだから致し方ない。

 

 

怖い、でも配信者としては大チャンスで、掴むしかない。

夜坂ハルト本人の中ではその二つの感情が混ざっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

最初の異常は普段の雑談配信で起きた。

ホラー企画動画の公開から数日後。

ハルトはいつものように自宅の配信環境から雑談枠を取った。

 

 

内容は近況報告とゲームの話。

そして当然のように心霊スポット動画の反響について、視聴者の多くもそれを期待していた。

 

 

「いや、マジで伸びててびっくりしてます。

 みんな怖いの好きだねぇ。俺はもうしばらく暗い廊下を見たくないです」

 

 

コメント欄が流れる。

 

『でもまた行くんでしょ』

『次回期待』

『例の音声聞いた?』

『何て言ってると思う?』

『後ろ見て』

 

「後ろ見て、じゃないんですよ。

 そういうコメントをする人はね、夜中に自分の洗面所の鏡を見てください。

 怖いのは俺だけじゃないということを学んでください」

 

 

彼は笑っていた。

その時、背後で微かな足音のような音がした。

 

 

こつ、と一度だけ。

ハルトは言葉を止めた。

コメント欄も一瞬で反応する。

 

 

 

『え』

『今音した』

『足音?』

『スタッフ?』

『一人だよね?』

『後ろ見て』

 

 

ハルトは少しだけ目を泳がせた。

 

 

「……いや、今のは家鳴りです。家鳴り。俺の家は結構古いので」

 

 

「ないない。考えすぎだって」

 

 

そう言って振り返る。

 

 

何もない。

 

 

部屋の背景は電子の世界も現実もいつも通りだった。

棚に間接照明と配信用の小物。

冷蔵庫のブオオオという音だけが少し響いていた。

 

 

人がいる気配はもちろんない。

ハルトは大げさに胸を撫で下ろした。

 

 

「何もいません。解散っ! 皆さんの負けでぇぇぇす! 」

 

 

 

コメント欄は盛り上がった。

 

 

『勝ったと思うな』

『絶対いた』

『今のはガチ』

『家鳴りにしてはタイミングよすぎ』

『例のやつ来てる?』

 

 

「来てません。来てたら警察と不動産屋に電話します。事故物件じゃないですよねって」

 

 

笑いは取れた。

だがハルトの喉は少し乾いていた。

 

 

次の異常はその配信の後半だった。

 

 

彼がゲームの話へ移り、心霊スポットの話題から離れようとした時、マイクに短い息のような音が入った。

ハルトの声ではない。彼が息を吸うタイミングとも違う。

配信上では小さなノイズに過ぎなかったが、耳のいい視聴者が気づいた。

 

 

 

『今の何?』

『息入った?』

『ハルトくんじゃないよね』

『また声?』

『やばくね?』

 

 

ハルトは見なかったふりをした。

時にはこういうスルーも大切なのだ。

だがコメント欄は見なかったふりを許さない。

 

 

 

『巻き戻して』

『今の絶対おかしい』

『切り抜き確定』

『例の部屋のやつ?』

『名前つけたい』

 

 

その最後のコメントを、彼は笑って流した。

 

 

「誰もいーまーせーん! 勝手にうちの配信に準レギュラーを増やさないでください」

 

 

コメント欄は笑った。

だが、その言葉は危うかった。

 

 

 

準レギュラー。

 

 

 

冗談としては良いセンスだ。

だが、そこには「それがいる」という前提が含まれる。

いるかもしれないものを配信の中のキャラクターへ近づける。

 

 

ロボボの機材君は機械の不調を茶化す言葉だったが、これは擬人化を含んでいる。

 

 

これは二人目の配信者の存在を肯定する言葉なのだ。

恐怖を笑いにするための技術が少しずつ逆の方向へ作用していた。

その後も、小さな異常は続いた。

 

 

 

画面が一瞬だけ暗くなる。

配信ソフトが5秒ほどフリーズする。

ハルトがコメントを読もうとしたタイミングで、いきなりカクつきだす。

 

 

 

マイク入力のランプが、彼が黙っている間にもかすかに誰かの囁きを拾い揺れる。

 

 

どれも不気味ではあれど致命的ではない。

だからこそ、まだまだ広がる。

一目見ても危険だと確信されれば人は距離を取る故に、まだ曖昧な状態にしているのだ。

 

 

 

 

▲▲▲▲社の初期対応は現実的ではあったが一歩遅かった。

マネージャーはハルトに休みを提案した。

 

 

 

「少し配信から離れませんか」

 

 

「いや、でも今かなり反応いいですよ。流れ来てますって」

 

 

「だからこそです。変な方向に行く前に」

 

 

「今の時点で十分変ですけどね!」

 

 

 

ハルトは笑った。

笑っていたが、目の下には少し疲れが出ていた。

頬は微かにこけだしていた。

 

 

 

「寝れてます?」

 

 

うーんと彼は考え込んだ。

本当のことをいうと、睡眠は余りとれていない。

妙な金縛りとかはないが、小さな息遣いや鼻が曲がるような匂いを部屋の中で感じる事があった。

 

 

「……ちょっと寝つきが悪いだけです。

 あの動画見すぎて自分で怖くなってるんだと思います」

 

 

それは半分本当だった。

彼は自分の動画を見すぎていた。

 

 

反応や検証が気になる。

自分の背後に影があると言われれば確認したくなるし、謎の音声が何と言っているかというコメントを見れば聞きたくなる。

怖いのに、見てしまう。

 

 

見たくないのに、数字が伸びていると確認してしまう。

根っからの配信者としての習性だった。

 

 

しかし▲▲▲▲社の上層部は、彼のマネージャーほど危機感を持っていなかった。

 

 

何せ現実に数字は伸びているのだから。

本人も配信ではうまく扱い、持ちネタのようにしている。

何より一つの企画としてはこれ以上ないくらいに大成功している。

 

 

 

あまり神経質になりすぎると逆に本人のテンションを削ってしまうかもしれない。

あれはあくまでも一つの企画であり主ではない。

時間経過と同時に流されていく無数のタイトルの一つだ。

 

 

 

そういう判断があった。

外から見ている者としてはその判断を完全に責めることは難しい。

 

 

 

彼らはまだ知らなかったのだ。

恐怖が数字になり、数字がさらに恐怖を呼ぶ時、そこへ何が寄ってくるのかを。

 

 

 

 

 

 

 

異常は周囲にも薄く広がり始めた。

 

 

夜坂ハルトが同僚男性Vとゲームコラボをした時だ。

その通話中に一度だけ、彼のマイクから低い声のようなものが入った。

ゲーム音に紛れるほど小さかったが、コラボ相手は一瞬だけ言葉を止めた。

 

 

 

「今、ハルトの方で誰か喋った?」

 

「え、俺?」

 

「いや、気のせいかも。何か、遠くで」

 

「やめてくださいよ、今ホラーゲームじゃないのに」

 

 

コメント欄はすぐに反応した。

 

 

『また?』

『例のやつじゃん』

『ハルトくん側から聞こえた』

『コラボ先にも来るの?』

『やばくね?』

 

 

ハルトはすぐに笑って流したが、コラボ相手の表情は硬いままだった。

 

 

別の日、別の配信者がハルトの心霊スポット動画の話題を軽く出した。

するとその配信者の部屋で小さなノック音が入った。

本人は「家族かも」と言って席を立ったが、誰もいなかった。

 

 

 

戻ってきた彼は冗談にして配信を続けた。

さらに、切り抜き師の一人が例の音声を編集している最中、音声波形に不可解な山が出たとSNSで呟いた。

 

 

 

証拠としての画像が上げられる。

それによれば音がないはずの無音部分に細い針のような波形が幾つか立っている。

嘘だと思って複数人が検証すれば全員がそれは生成AIなどではない本物だと認めるしかなかった。

 

 

 

そうやって話題は広がっていく。これも一種の炎上と言えた。

心霊スポット、あの企画の後からおかしくなった。

それらの点が線で結びあわされて物語が形を形成しはじめてしまう。

 

 

 

『やばくね?』

『ハルトくん本当に連れて帰ってる?』

『例の部屋のやつ?』

『名前つけようぜ』

『ハルトの背後さん』

『〇〇様とか呼ぶ?』

 

 

株式会社〇〇〇〇の管理室でその流れを見た怜司は、はっきり顔をしかめた。

そのまま顔を手で覆い、深くため息を吐いた。

こういう起こらないでほしいと思うことほど起きるものだ。

 

 

何もかもが悪い方向に噛みあって進んでいる。

現代のvtuber文化の負の極みとしか言いようがない。

 

 

隣にいた槙野が画面を覗く。

彼も怜司の内心を悟ったらしく多くは言わない。

 

 

 

「止められるか」

 

 

「外部なので直接は無理です。

 出来る事といえば自社のライバーには避けさせるくらいしか……」

 

 

これは一種の疫病の流行のようなものだ。

SNSで流行っている単語に当てはめるとしたらミーム汚染が最も近い。

 

 

 

故に隔離と遮断こそが基礎であり最大の防壁だ。

新種のウィルスと同じ様に扱うしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

その医者としての役割を担ったのは意外にもロボボだった。

彼女───ロボボは表向きには何も言わない。

配信で夜坂ハルトの件に触れることもしない。

 

 

 

だが、裏で仲のいいライバーたちへ個別に連絡を入れた。

彼女は大物であり業界内にも相応に顔が広い。

冗談めかして言えば角が立たない相手も多かった。

 

 

 

 

 

『今その話題、触らない方がいいかも』

 

 

『切り抜きでずっと煽るのはやめた方がいい』

 

 

『動画サイトを開くとずっとこの話題の動画ばかりでちょっと……』

 

 

『面白いゲームを見つけました。これを皆でやりませんか?』

 

 

 

 

それで察する者もいた。

ロボボがわざわざ止めるということはただの流行りネタではないのかもしれない。

そう思える程度には、彼女は信用を持っていた。

 

 

 

だが全員が聞くわけではない。

話題に乗る者もいた。

断っておくが彼/彼女らに悪意はない。

 

 

ただ好奇心が強く流行り廃りに敏感なだけだ。

vをやるものは多かれ少なかれそういう性質の者が多い。

 

 

 

『例の心霊スポット動画を見る枠』

 

『ハルトくん怪異検証』

 

『本当に声がするのか聞いてみた』

 

『噂の音声、逆再生してみる』

 

 

そういう配信が立つたびに視線はまた集まる。

怖い、怖いと言いながら人は再生する。

 

 

何か聞こえたと言い、いや、俺は聞こえないと言う。

ここだと時間指定し、音量を上げ、波形を見て、これは死んだ人の怨念云々と考察からの意味を与えようとする。

 

 

 

そうやって情報と認知は広がっていく。

一度ネットの海に拡散したミームは中々に消えない。

唯一時間経過だけがそれを可能にするが、まだこのネタは旬だった。

 

 

 

夜坂ハルト本人は、その中心で少しずつ削れていった。

 

 

 

まず夜はますます眠れなくなった。

最初は動画の反響が気になっているだけだと思った。

通知が多く切り抜きが伸びるたびに動悸が早まった。

 

 

色々な他の人の配信のコメント欄で自分の名前と例の音声が並ぶ。

これはマナーとしても最悪に近いし、面白おかしく彼の不幸を吹聴して回る人が多数存在したというのもハルトの精神を抉った。

 

 

とっくの昔に慣れたはずのインターネットの中の無責任な悪意の数々。

きっと彼らには悪いことをしているという自覚さえない。

普段ならば容易くスルー出来るソレが何故か刺さり続けてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、別の理由もあった。

 

 

 

やはり部屋に誰かがいる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドに入って目を閉じる。

すると、机の方に気配がある。

配信用PCの黒いモニターがこちらを見ていた……様な気がした。

 

 

 

電源は落ちていて、待機ランプだけが小さく光っている。

ジジジジとそれが何時ものように揺れていた。

 

 

 

何もおかしくない。

それでも見られているような気がする。

精神的に参ってるんだなと彼は無理やりに眠りについた。

 

 

 

しかしそれが二日、三日、四日、十日と続けば話は別だった。

 

 

遂にある夜、彼は耐えきれず起き上がった。

 

 

 

部屋は暗くPCの電源は入っていない。

だが、マイクの入力ランプが一瞬だけ光った。

ナニカの音声を拾ったようだった。

 

 

 

「……は?」

 

 

ハルトは机へ近づいた。

もう一度見れば既にランプは消えている。

 

 

 

接触不良かと思った。

待機電力か、ドライバの誤作動か、何かの通知か。

いくらでも説明はできる……彼は、そういう説明を必死に探した。

 

 

結局答えは見つからなかったが。

 

 

 

別の日はモニターが勝手についた。

真っ黒な画面に、待機中の自分のアバターが表示されている。

配信用ソフトは立ち上げていないはずだった。

 

 

そもそもパソコンさえつけた覚えはないのに勝手に動いている。

 

 

 

ハルトは椅子に座り、震える手でマウスを動かした。

画面はいつも通りの待機画面。

あと何回かボタンを押せば配信が可能になる。

 

 

 

「嘘だろ……」

 

 

誤作動というにはあまりに意図を感じさせる動作だ。

何かの設定ミスかもしれない。

もしくはウィルスか? と彼が思ったのは当たり前だった。

 

 

こんな時代だ。

毎日何万というウィルスやマルウェアが飛び交うのだ。

きっと気づかない内にそういった奴をPCに落としてしまったのだとハルトは自分を納得させた。

 

 

念のためにハルトはウィルスソフトを起動させようとして……自分のアバターと目が合った。

 

 

 

アバターが少しだけ動いていた。

キャプチャーは……切っている。

そもそも今はカメラを用意していないので読み込みも何もあったものじゃないのに。

 

 

 

ぎょろ、ぎょろと眼だけが動いている。

 

 

 

明らかに意思を感じさせる動きだった。

接触不良だとか、そんなものじゃない。

誰かが「夜坂ハルト」に入っている。

 

 

 

首がゆっくりと彼の方へ動く。

そのまま口がパクパクと動き出した。

ピィィィという意味不明なノイズがPCから吐き出された。

 

 

 

ハルトは反射的にモニターの電源を切った。

暗くなった画面に自分の顔が映る。

その背後が、一瞬だけ濃かった。

 

 

 

「疲れてるだけ」

 

 

 

彼は声に出して言った。

息は荒く、背中に汗はびっしょりとかいていた。

 

 

「怖い企画のせいで気にしすぎ。ネタにしすぎたから、自分で怖くなってるだけ」

 

 

 

そう思おうとしたが……思えたなら、よかった。

しかし、次の配信、彼はつい口を滑らせた。

 

 

 

雑談枠の後半。

コメント欄がまた例の動画の話題へ流れかけた時にハルトは最初はいつものように笑っていた。

またこれか、と内心でうんざりしていたのはあったがそれを表には出さない。

 

 

 

「だから連れて帰ってないって。みんなさ、俺に何か憑けたがりすぎじゃない? 

 俺は一人暮らしで十分です。同居人は募集してません」

 

 

 

コメント欄が笑う。

けれどその直後、彼の視線が画面の外へ流れた。

 

 

 

何も映っていない。

配信画面上は、いつもの部屋だ。

背景にも異常はない。

 

 

だが、ハルト本人の顔だけが一瞬で強張り瞳の焦点が合う。

彼は何かを見たように、あるいは何かを感じたように、口を閉じた。

 

 

コメント欄がざわつく。

 

 

『どうした?』

『え、何』

『後ろ?』

『ハルトくん?』

 

 

彼は笑おうとした。

いつものように処理しようとした。

だが、声が少し震えた。

 

 

画面の中のアバター/自分を見る。

「夜坂ハルト」の口が動いているのを彼は何処か客観的に無言で見た。

ハルトはそれと全く同じ動きを後追いで行ってしまう。

 

 

 

うぼそあ うぼそあ うぼそあ うろえかにちうお

 

 

「いや、ほんとにさ、もし何かいたら……」

 

 

 

 

 

 

てけすた てけすた てけすた てけすた てけすた 」

 

 

 

()()()っていうか……」

 

 

言ってから、自分でも何故だかまずいと思ったのだろう。

ハルトはすぐに口を押さえてから笑った。

こんなこというつもりはなかった。

 

 

 

 

「いや、違う違う。何に謝ってるんだ俺。疲れてますね。普通に寝ます。今日は早めに終わります」

 

 

 

コメント欄は明らかにいつもと違うハルトに不穏なモノを感じたらしく警戒と恐怖が高まっていく。

 

 

『今謝った?』

『やばい』

『ガチじゃん』

『本当にいるの?』

『ハルトくん大丈夫?』

『例のやつ怒ってる?』

 

 

 

ずらっと一斉に数百を超える労わりと恐怖が流れていく。

その感情と認知の総量は一定のラインを超えた。

 

 

 

相手はそれを待っていた。

認知と恐怖、どっちか一つだけではダメだった。

しかし今、その条件は達成された。

 

 

 

そこに追い打ちをかけるようにハルトは謝罪までしてしまった。

こうなってしまうと立ち位置さえも決定してしまう。

 

 

 

即ち怖がる人間と怖がらせる何か。

即ち許しを請う人間と許すかどうかを握る何か。

生殺与奪を握るという事の本当の意味だ。

 

 

その関係が視聴者の前で成立していく。

怜司は、この配信を後から確認した時、眉間に深く皺を寄せてゆっくりと呟いた。

 

 

 

「非常に問題です」

 

 

 

久我は画面を見ながら低く言った。

 

 

「それほどまでか」

 

 

「かなり参ってる上に……謝ってしまった」

 

 

 

目に見えないそれらに白旗を振ってしまった。

それが問題だと怜司は顔を歪めている。 

 

 

槙野が苛立たしげに吐き捨てる。

 

 

「向こうの会社は何をしてる」

 

「休ませようとはしているようです。ただ、本人が嫌がっているらしくて」

 

 

 

今はハルトからすればかつてない程にバズっている状態だ。

念願の登録者数50万を超え、その先に羽ばたける土台だと思っている。

恐怖とマズイという感情はあれど、この流れを捨てるのは惜しいと思っているのかもしれない。

 

 

「数字が伸びてるからか」

 

「それもあると思います」

 

 

久我は腕を組んだ。

外部会社のこととはいえ、これはもう他人事ではなくなりつつあった。

ハルトとコラボした配信者にも小さな異常が出ておりまるで感染病だ。

 

 

 

ハルトとコラボしたり、この件を話題にした者の配信にも奇妙なナニカが現れると密かに裏では有目になっている。

名前をつけようとする流れもあり、良くも悪くも広がり始めている。

 

 

だが、まだ表立って介入できる段階ではない。

自社ならば強硬手段をとれるが、相手は別の会社だ。

幽霊が危険ですなんて叫んでも拒絶されるだけなのは明らかだった。

 

 

 

そんな夜だった。

夜坂ハルトはホラーなどではなく通常の雑談枠を取っていた。

本人は「普通の話をします」と言っていた。

 

 

 

心霊スポットの話題から離れようとしているのか、あるいは離れられるか試しているのか。

ゲームの新作、最近買った飲み物、同僚との雑談。

彼はできるだけ普通の配信へ流れを戻そうとしていた。

 

 

しかし、コメント欄は違った。

 

 

 

『例の件大丈夫?』

『ちゃんと寝た?』

『後ろ何もない?』

『今日は音しないね』

『逆に怖い』

『部屋明るくした?』

 

 

ハルトは、笑って返していた。

 

 

「大丈夫です。今日は部屋めちゃくちゃ明るくしてます。

 電気代で除霊していくスタイル」

 

 

コメント欄で笑いが起きる。

その時、彼は一瞬だけ画面の外へ目を向けた。

 

 

そこには何も映っていない。

視聴者にも彼がどこを見たのかわからなかった。

部屋の右側か、モニターの横か、床の方か。

 

 

 

だが、彼の顔は明らかに強張った。

喉が小さく上下し、肩が一瞬だけ硬くなる。

 

 

彼は笑おうとした。

その結果、口角は上がったが声は震えてしまう。

 

 

無意識に言葉が漏れる。

 

 

「……今、肩に触られた気がした」

 

 

その一言でコメント欄が爆発した。

 

 

『え』

『やばい』

『今?』

『肩?』

『後ろ映して』

『無理しないで』

『配信切れ』

『いや見せて』

『ガチじゃん』

『例のやつだ』

 

 

 

その瞬間、彼の画面にノイズが走る。

彼のアバター、その右肩に手のような影が一瞬だけ映って消える。

あくまでも“ような”ものであり、実際には指の形があったかどうかはわからない。

 

 

 

照明のちらつきかもしれない。

圧縮ノイズかもしれない。

見たい者には手に見え、否定したい者にはただのノイズに見える。

 

 

 

だが怜司は見た。

それが肩を掴んでいたのを。

前よりも深く、強く掴んでいる事を。

 

 

夜坂ハルトはしばらく画面の前で固まった。

それから、無理に笑った。

 

 

「いや、すみません。寝不足ですね。 

 まだ始まったばかりだけど今日はもう終わります。皆さんも、あの、早く寝てください」

 

 

 

20分も経たずに枠の終わりを宣言する。

配信はそのまま短く締められた。

 

 

夜坂ハルトはギリギリだった。

軽口とユーモアはまだ失っていないし直接的なコメントもまだ何とか拾える。

けれど、その奥で彼の精神はガリガリと摩耗し続けていた。

 

 

 

自分の背後を意識しすぎて視線が何度も揺れる。

画面の中で一人でいることに耐えきれなくなりつつある。

配信終了後、切り抜きは即座に作られた。

 

 

 

『夜坂ハルト、配信中に肩を触られる?』

『例の心霊スポット後、ついに異変』

『背後に手のような影』

『ガチで連れて帰ってる説』

 

 

情報はさらに広がる。

株式会社〇〇〇〇の管理室で怜司はその配信の最後を確認していた。

 

 

 

久我と槙野も無言で画面を見ている。

ロボボは同じ時間帯、別室でその話題に触れようとするコメントを見つけては静かに読み飛ばしていた。

配信者として何も知らないふりをする技術が必要な瞬間だった。

 

 

 

怜司はハルトが「肩に触られた気がした」と言った場面で映像を止めた。

アバターの背後から伸びる手のような影は槙野と久我にも見えている。

更にもう数フレームを飛ばせば、そこにあったのは真っ白な手だった。

 

 

それは、もうハルトの肩を万力の様に締め上げていた。

 

 

 

「次……」

 

 

怜司は、静かに呟いた。

久我が顔を向ける。

 

 

 

「次?」

 

 

怜司の声は、いつも通り淡々としていたが顔色は良くない。

あの手の後ろにあるものを見ている故に気分が悪いのだ。

 

 

「次に彼が一人で配信を始めたら、それが最期になるかもしれないです」

 

 

画面の中の夜坂ハルトは何とかいつも通りに笑おうと足掻いていた。

けれど、その肩には白すぎる生気のない手が張りついていた。

 

 

 

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