篠澤広はままならない 作:メランコリン
第3話
「……面倒だな」
根尾先生に渡された紙にはプロデューサー科としての評価が書かれていた。筆記や単位は問題ないがプロデューサーとしての評価は最底だった。※で二人目のプロデュースを推奨すると書いていているがこれはこれで気分が悪い。
篠澤広に対して各トレーナーの評価が著しく悪い事は承知の上だがプロデュースしてから1ヶ月も経たない内に結果が出ていないとケチをつけられている。
不愉快極まりない。周りのプロデューサー候補生は同じ期間で成果を挙げれているのかと考えたら納得した。
一年も差がある。
こめかみを抑えて己の愚鈍さを呪う。他責して自己を省みない。愚者とは私のためにある言葉だ。
せめて、せめて篠澤さんがそのレッテルを貼られないようにしなければならない。
第3話 泥中の蓮
「ふふふ、どう、かな」
篠澤広が立っている。いつもみたいに少しだけ猫背だった彼女が礼節のお手本の様に立っていた。目尻が少しだけ熱くなる。
「可愛いですよ」
「えっ…?」
成果に対して必ず褒める。それは私にしか彼女に言えない言葉だ。想像していなかったのか体勢が崩れていつもの篠澤さんになる。
「次はそれが日常でもできるようになる事です」
立ち姿に神秘とも呼べる魅力があった。アイドルとして全ての基礎が欠けていてもそれを補いえる何かを感じずにはいられない。
「プロデューサーはスパルタだ、ね」
座っている私の胸に倒れ込み顔を埋める。部屋に入ってきた時に鍵を閉めた理由はコレか。
「ごめんね、プロデューサー」
篠澤さんは私の顔を見ないままそう呟いた。恐らく私の成績を聞いたのだろう。
「誰か…他の人もプロデュース、する?」
「しません。貴女に割いてるリソースを別の人間にも割いたら私がパンクします」
ゆっくりと抱き上げて膝に座らせる。お互いの顔は見えないが私の右手を両手で掴んでいる。
「わたしとの…契約を「しません」
震えながら言われる言葉ではない。もしその時が来るなら笑って言ってほしい。
沈黙が訪れる。太陽は沈み、夜の帳が下りる。篠澤さんの震えが止まり、彼女が動くまで私は何もしない。
「少しだけ…苦しい。プロデューサーがわたしのせいで評価されない。わたしの趣味がわたしを苦しめるのは良いのにそれが…貴方を傷付けるのは許せ、ない」
「難しい、ね。アイドルが趣味でわたしの夢は此処にいる限り叶ってるのにその趣味はプロデューサーを傷付ける…この苦しいのは、嫌」
「でも…それよりも……プロデューサーを手放すのが1番嫌」
背を預け非力な手のひらから精一杯の想いを感じる。吐露された感情は10代の少女が抱えるには鋭利で強欲な願い。
「ごめんね、プロデューサー」
謝る理由などない。ただ言葉はきっとまだ届かない。
だから
「あっ…」
優しく両手を握り返す。手が砕けないようにただしっかりと
逃がさないように
より深く椅子に背もたれに深く座る。彼女は何もせずただ私に背を預け続けた。
その日、初めて手を繋ぎ私達は帰路に着く。月の見えない夜道を息を切らせて歩く彼女は初めて自身の重さ向き合ってるのかもしれない。
一寸先は暗闇でも隣に誰かがいるなら怖くない。昔、誰かに言った言葉が返ってくる。
「またね、プロデューサー」
寮まで送り一人になった帰り道はいつもより寂しく静かだった。