ユグドラシルがリリースしてから12年。入れほど賑わっていたユグドラシルもサービス終了と言う事態にまで衰退していた。
ユグドラシルガチ勢であった主人公篠原尊はサービス終了を見届けるため、ログインし、過去を振り返っていた。
そしてサービス終了の瞬間。目線に映ったのはユグドラシルサービス開始当初の画面であった。
2126年■■月■■日
ログイン画面に浮かぶその日付を見た瞬間、俺は思考が止まった。
―――この日付を、俺は知っている。
ユグドラシルが、正式サービスを開始した日だ。
なぜ……?
頭の中で、何かが壊れたように思考が空転する。現実感が遠い。指先が冷えている。画面の光だけが、やけにはっきりと目に刺さった。
──キャラクターを作成してください──
表示されたその一文が、追い打ちをかけた。ユグドラシルでは、作れるキャラクターは1体のみ。それが絶対のルールである。「2キャラ目は許されない」―――プレイヤーなら誰でも知っている鉄則だった。
(ユグドラシル2……?新作か何かなのか……?)
一瞬そう考えた。でも、目の前の画面はどう見ても「ユグドラシル2」などではない。見慣れたUI、懐かしいロゴ、あの独特のメニューデザイン。12年間プレイし続けた、俺が知っているユグドラシルそのものだ。なら、この「キャラ作成」画面は何を意味する?
俺のキャラクターは、どこへ消えた?
―――
とりあえず、今は何も判断できない。
まず、ログアウトしよう。
震える目線で操作すると、ゆっくりと画面が暗転した。
―――
目を開ける。
―――見慣れない、見慣れた天井。
視界が落ち着くにつれて、部屋の輪郭が浮かび上がってくる。壁に貼られた何枚かの写真。家族と一緒に映っているもの。体操着姿の集合写真。どれも見覚えがある。いや、「あった」と言うべきか。
これは……俺の、昔の部屋だ。
サイドテーブルの上のカレンダーに目が走る。年号を確認した瞬間、全身の血が引いた。
―――12年前。
本当に、戻ってきてしまった。
そうなると、今の自分は何歳だ?計算する。12年前ということは……12か……13?あぁクソ。計算できねぇ!
ッ!学校がある。いや、今日は―――
枕元のデバイス……いや、当時使っていた古い端末を手に取る。時刻は0時を回っていた。曜日は土曜日。土曜の深夜。なら、明日は学校はない。一晩、猶予がある。
俺はゆっくりと身を起こした。
頭の中を、一つの考えが占領し始めていた。
……まずは、ユグドラシルに入り直そう。
混乱したまま結論を出しても意味がない。ゲームの中で何が起きているかを確認すれば、何かわかるはずだ。あの「キャラ作成」画面の意味も。12年前に戻ったことの意味も。
俺は再び、ヘッドギアに手を伸ばした。
―――
―――
―――
--ユグドラシルへようこそ!--
--まずはキャラクターを作成しましょう!--
画面に躍るその文字を見た瞬間、俺の中で何かが燃え上がった。この世界で、俺は唯一ユグドラシルを知っている人間だ。12年分の記憶がある。攻略情報も、ゲームバランスも、レアアイテムの入手方法も、ワールドアイテムが発見された場所も。誰も知らないことを、俺だけが知っている。ならやることは、一つだ。
前回は……諦めてしまった。
脳裏に、あの最終日の光景が蘇る。サービス終了のカウントダウン。ギルドメンバーたちの顔。一緒に笑った日々。それが全部、消えていく瞬間。
―――今回こそは。今回こそは!
俺は画面を前に、心の中で叫んだ。
ぜってぇに、ユグドラシル最強クラスのプレイヤーになってやる。
そして……またあの人たちと。ギルドメンバーと、もう一度ギルドを立ち上げて。今度こそ最後まで。せめてサービス終了のその瞬間まで、一緒にいられるように。その思いを胸の奥に静かにしまい込んで、俺はキャラクター作成画面を開いた。
種族選択
画面に広がる種族一覧を見渡す。こんな画面もあったな……懐かしい。ユグドラシルの種族は、大きく三つのカテゴリに分けられている。
人間種
亜人種
異形種
どれも一長一短だ。確かユグドラシルの総合最強種族ランキングでは……なんだったか。思い出せそうで思い出せない。お、思い出せよ俺……!ただ、記憶を辿ってみると、上位種族たちは結局どれも似たり寄ったりの強さだった気がする。ゲームバランスの都合上、どこかが強ければどこかが弱い。極端に飛び抜けた種族というのは存在しなかったはずだ。ならいっそ……誰にも選ばれていないような種族にしてみるか。12年のプレイ経験がある俺にとって、多少不利な種族でもカバーする自信はある。それよりも、他のプレイヤーが研究しきっていない種族のほうが、逆に伸びしろがあるかもしれない。そう思いながら一覧をスクロールしていくと―――1つの名前が目に飛び込んできた。
―――
使用率:0.00%
……なんだ、こいつ?説明文を読み込む。
> 「人間に近い容姿を持ちながら、頬・首筋・手の甲などに虹色の鱗が散在し、七色の光彩と竜特有の縦長の瞳孔を併せ持つ瞳は、見る者に強烈な印象を与える。
……こんな種族、いたのか。
10年以上ユグドラシルをプレイしてきて、一度も目にしたことがない。wikiで記事を見た記憶もない。というより、使用率0.00%ということは、誰一人として選んでいない可能性すらある。まぁまだユグドラシルリリース初期だからそれはしょうがないと思うが。
改めてスペックを整理してみる。
魔法親和性が高い。筋力も高い。容姿は人間に近い。
デメリットは……「全種族中最重量の経験値ペナルティ」。つまり、同じ敵を倒しても他の種族より得られる経験値が少ない、ということだ。
……でも待てよ。
ユグドラシルの経験値
つまり、経験値ペナルティが最も響く局面―――それは後半の話であって、序盤から中盤にかけては他の種族とさほど差がないはず。そして俺には、12年分の最短攻略ルートが頭に入っている。
あっれ~??この種族なかなかの強くありませんか~?
メリットが二つあってデメリットが一つ。しかもそのデメリットは、知識と戦略でかなりカバーできる。誰にも選ばれていない、誰にも研究されていない種族。
答えは出た。
「これにしよう。」
種族を確定すると、次は外見作成画面に移行した。
あぁ……そうだった。ユグドラシルの外見エディターはとんでもなく細かかったんだよな。前回のキャラクターを作ったとき、俺は外見だけで3時間近く費やした記憶がある。それだけ自由度が高い。今回もそのくらいかけちゃうか。むしろかけるべきだ。このキャラは長く使うことになる。
妥協はしたくはない。
6時間後。完成したアバターを確認画面で眺める。前回はゴリゴリの男アバターだったため、今回は女性アバターにした。腕や脚の要所に、虹色に輝く鱗が散りばめられている。
自分でも言うのはなんだが……かなりの絶世の美少女になってしまった気がする。
しかも、何故かこの種族には一部の異形種が持つ「形態」という概念まで存在している。第一形態から第三形態まで、それぞれの外見を個別に作成できるのだ。形態が変わるたびに見た目が変化する―――これも、他のプレイヤーが誰も踏み込んでいない未知の仕様だ。全形態を作り込んで、俺はようやく確定ボタンに指をかけた。
「新しくこのキャラでまた1から始めるのか……」
「名前……」
「よし。名前は《ギルガメッシュ》これでいい!」
名前を決めたあと、次の選択画面と向き合う。ユグドラシルの世界は「九つの世界」で構成されている。スポーン地点として、そのどこかを選ばなければならない。未来の知識を持つ俺が最も重視するべき要素は何か。
ワールドアイテム
ユグドラシルにおいて、ギルドの勢力図を塗り替えるほどの影響力を持つアイテム群。その存在を知っているのは、今この時代では俺だけのはずだ。初めてワールドアイテムが発見された場所に行くべきか?
いや、もっと具体的に絞れるはずだ。
ワールドアイテムの中でも「二十」と呼ばれる特別な二十個のアイテム。その最初の発見地点は確か……
「ヨトゥンヘイム」だ。
「……よし。」
俺は迷わず、その名を選択した。
―――
―――完了。ようこそ、ユグドラシルへ―――
ロード画面の光が、視界を白く塗り潰す。
人生二度目のユグドラシルが、今始まった。
―――
―――
―――
ヨトゥンヘイム
視界が白から色へと変わった瞬間、風の感触が顔を包んだ。見渡す限りの銀世界。分厚い雪雲が空を覆い、巨大な氷柱が至る所から天へと伸びている。遥か遠くには、神話の巨人すら小さく見えそうなほどの山脈が連なっていた。ヨトゥンヘイム――九つの世界の中でも、比較的過酷な環境として知られる
ヨトゥンヘイム > 巨人からの隠れ街
画面中央に表示されたその文字を、俺は一瞥しただけで視線を外した。
(まじで……ユグドラシル初期じゃん。)
右上には現在時刻。右下にはMAP。レイアウト自体は見慣れたものだが、どこか全体的に垢抜けていない。
(あ、このUI……懐かしい。文字、小さすぎてすぐ修正されたヤツじゃん。ちっっっせぇ~。)
思わず心の中でツッコんだ。確かアップデートで修正されたのは、サービス開始から数ヶ月後だったはずだ。つまり今はまだ、その前の時代にいる。
スポーン直後の広場には、何も分かっていない何人かのプレイヤーが集まり始めていた。
「うわ、グラフィック綺麗……!」
「この街の造り込みすごくない? あそこの氷の彫刻見てよ」
「まずどこ行けばいいんだ? チュートリアルは?」
初めてログインした興奮をそのままに、あちこちへ視線を走らせながら口々に声を上げている。それはごく自然な反応だと思う。ユグドラシルの世界は、初見であれば息を呑むほど美しいだが俺には、その光景に目を向けている時間がない。街の装飾も、グラフィックの質も、他のプレイヤーたちの反応も―――全部、一度見たことがある景色だ。
俺がここに来た目的は、観光ではない。
(さて……まずはレベル上げだ。)
MAPを開き、現在地を確認する。「巨人からの隠れ街」の外縁部、北東に広がるフィールド。
「よし。」
俺は誰に言うでもなく短く呟いて、他のプレイヤーたちが街を眺めている中、一人で狩場へと歩き始めた。
街の外縁を抜けると、画面上部の表示が静かに切り替わった。
ヨトゥンヘイム > 寒雲の草原
氷と岩に閉ざされた街とは打って変わって、開けた白銀の平原が広がっている。雪原の上を這うように低い雲が流れ、視界の先がぼんやりと霞んでいた。風の音だけが耳に届く、静かなフィールドだ。そしてその霞の中に、ぽつりと佇む影。骨だけで構成された、人型のシルエット。
「おぉ……
思わず苦笑いが漏れた。
仲間がギルドを去っていくたびに、俺はより高いレベル帯へと引きこもった。ギルドの維持費を一人で賄うためには、経験値も金策も効率のいい高難度フィールドで立ち回るしかなかったからだ。気づけば低レベルモンスターなど、何年も相手にしていなかった。こんなザコ敵に懐かしさを覚えるとは、我ながら妙な話だ。
まあ……今は初心者に戻ったんだから当然か。
気持ちを切り替えて、構える。
「―――ふんッ!」
短く気合いを入れ、手にした
……あ……れ?
経験値バーが、ほとんど動いていない。
(レベルが……上がらない?)
レベル1からレベル2への壁は、ユグドラシルの中でも最も低いハードルのはずだ。どんな種族であっても、そこら辺に湧いているザコ敵を一体倒しただけでさくっと上がる―――それが当たり前だと、12年の経験から体に染み込んでいた。なのに、バーはほぼ微動だにしていない。その瞬間、脳裏にあの一文がよみがえった。
>「全種族中最重量の経験値ペナルティが設定されている。」
……理解していたつもりだった。
(ま、まさか……ここまで重いとは。)
「最重量」という言葉を、どこか軽く見ていた自分がいた。序盤はどうせすぐ上がるだろう、という12年分の慢心がそこにあった。だが現実は、スケルトン一体ではバーすら満足に動かない。さすがにこれは……想定外だ。気を取り直して、狩りを続ける。草原に次々と湧いてくるスケルトンを、一体ずつ丁寧に屠っていく。投擲、回収、また投擲。単調な作業だ。それでも手を止めない。止めるわけにはいかない。
10体。
経験値バーが、ようやく半分に届いた気がする。
20体。
まだ上がらない。雪原にスケルトンの残骸が積み重なっていく。
30体。
―――その瞬間、画面の隅でレベルアップの演出が静かに光った。
レベルup!!
Lv. 1 → Lv. 2
「…………。」
俺はしばらく、無言でその表示を眺めた。
スケルトンを三十体。他の種族なら一体で済むところを、三十体。
(これ……種族選びミスったな……。)
盛大に後悔しながら、俺は三十一体目のスケルトンに向かって剣を構えた。
―――
―――
―――
「あ、あの……大丈夫ですか?」
声をかけてきたのは、さっきまで一緒に狩りをしていた初心者プレイヤーだった。心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「……そう見えます?」
我ながら、笑えない返しだと思った。既にログインしてから、6時間が経過していた。最初の1時間は純粋に一人で黙々と狩りを続けていたが、途中からきた初心者プレイヤーたちが話しかけてくるようになった。操作方法がわからない、スキルの使い方は、どこで何を倒せばいい―――そういった質問に答えているうちに、いつの間にか数人のパーティを率いる形になっていた。教えながら狩る。それ自体は悪くなかった。久しぶりに誰かと並んでフィールドを走る感覚が、懐かしくて少しだけ温かかった。
―――だが。
「えっ、もうレベル20ですよ自分!」
一緒に狩っていたプレイヤーたちが、口々に自分のレベルを報告し合っている。スタート地点は同じだったはずだ。同じフィールドで、同じ敵を、同じ時間倒し続けた。
俺のレベルは――6。
スケルトンの討伐数は200体を超えたあたりから数えるのをやめた。それ以降も延々と倒し続けて、この数字だ。
(この種族……デメリットがヤバすぎる。)
頭を抱えたくなった。選択画面で読んだときは「経験値ペナルティ」という言葉を多少軽く見ていた。序盤さえ乗り越えれば、という算段があった。だが現実は想定の遥か上をいっていた。しかも、だ。これが単純にレベルが上がりにくいというだけなら、まだ我慢できる。問題はその先だ。ユグドラシルにはPK――プレイヤーキルという概念がある。他プレイヤーに倒されると、ペナルティとしてレベルが下がる。さらに、強力なアイテムの中には装備条件として一定のレベルを要求するものもある。この経験値効率でそれを食らったら。
レベルを取り戻すのに、一体何時間かかる?
(……終わったぁ。)
心の中で盛大に嘆きながら、それでも表情には出さずにスケルトンを一体屠った。
「じゃ、じゃあ自分はもう次の街に行きますね? ありがとうございました!(^^)」
最後に残っていたプレイヤーが、少し申し訳なさそうに手を振った。レベルの差を気にしてくれているのかもしれない。
「うん……またいつか会おう。」
短く返して、その背中を見送った。賑やかだったフィールドに、また静寂が戻ってくる。雪原の風だけが、変わらず吹いていた。
「…………はぁ。」
気づけば、深い溜め息が漏れていた。全身に重さがある。肩が重い。瞼が重い。現実の身体のほうが、正直に疲労を訴えてきていた。徹夜には慣れているつもりだった。12歳の頃だってよく夜更かしをしていた記憶がある。だが六時間、ほぼ休憩なしにスケルトンを狩り続けた今夜は、さすがに堪えた。睡魔が、波のように押し寄せてくる。今日はもう限界か。続きは明日以降に考えよう。種族の問題も、レベリングの戦略も、頭が動いている状態で考えなければ意味がない。疲弊した頭で悩んでも、ろくな答えは出ない。
「今日はもうやめるか。―――ログアウト。」
静かに声に出した瞬間、視界が白く光った。次の瞬間には暗転して、現実の天井が遠くに見えた気がした。
そのまま、意識が落ちた。
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