ガンダムビルドファイターズ ダテ・ショウコの軌跡   作:わしのシアン

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久しぶりの行動です。
二次創作への挑戦。


第一章 賞金稼ぎと青い稲妻
第1話 イオリ模型店の変なお姉さん


 伊達翔子の一日は、ガンプラから始まらない。

 

 朝五時。

 けやきが丘駅前の通りにも、まだ通勤客の波は来ていない時間に、翔子はコンビニのバックヤードでエプロンを結んでいた。

 

 フライヤーの電源を入れる。

 油温が上がるまでの間に、ホットスナックケースを拭く。

 肉まんの蒸し器を確認する。

 納品された弁当の数を見て、昼に足りるかどうかを頭の中でざっと数える。

 

「チキン、多め。コロッケ少なめ。昼はレンジ渋滞かな」

 

 誰に聞かせるでもなく呟いて、冷凍庫から袋を出す。

 

 ガンプラバトルなら、出撃前の装備確認。

 コンビニなら、朝の揚げ物確認。

 

 違うようで、少し似ていた。

 足りないものがあれば詰まる。

 順番を間違えれば遅れる。

 ひとつの遅れが、次の遅れを呼ぶ。

 

 通勤客が来る。

 朝食のパンと缶コーヒー。

 タバコ。

 公共料金の支払い。

 温め待ちの弁当。

 揚げたてを狙ってくる常連のおじさん。

 

「いらっしゃいませー」

 

 声は自然に出る。

 笑顔も出る。

 ただし、頭の中では別のことも回っていた。

 

 今日、イオリ模型店に寄る。

 中等部帰りのセイくんがいる時間に合わせる。

 ビルドストライクの調整が進んでいるなら見たい。

 ついでにプラ板と真鍮線と、できれば塗料も買いたい。

 

 買いたいものは多い。

 財布は軽い。

 

 だから翔子は、レジを打つ。

 

 昼のピークを捌ききる頃には、フライヤーの油の匂いが制服に染みていた。

 弁当を温める電子音も、レジ袋の擦れる音も、ありがとうございましたの声も、すっかり体に残っている。

 

 十四時過ぎ。

 交代の店員に引き継ぎを済ませ、翔子はバックヤードでエプロンを外した。

 

「お疲れさまでしたー」

 

 そう言って店を出る頃には、朝の眠たげな空気はもうどこにもなかった。

 

 けれど、まだファイターの時間ではない。

 

 いったん帰宅。

 シャワー。

 油の匂いを落とす。

 髪を乾かす。

 制服ではなく、動きやすい服に着替える。

 肩に黒いショルダーバッグをかける。

 

 それから、部屋の隅に置いてある大型のキャリーケースを引っ張り出した。

 

 旅行用ではない。

 

 中には、ガンプラが入っている。

 スポンジで区切られた小さな格納庫。

 ストライク。

 ライトニングブリッツS。

 オルトスチールS。

 ゴーストファイターS。

 ぽんぽこ号。

 そして、換装用のドレスルーム。

 

 翔子がケースのロックを確認すると、上に置かれていたタヌキのぬいぐるみが、ぱち、と目を開けた。

 

 黒いガラス玉のような目に、小さな光が宿る。

 

「起床。ぽんぽこ、待機完了」

 

「はいはい。おはよう、ぽんぽこ」

 

「時刻、夕方。おはよう、不適切」

 

「細かい」

 

 ぬいぐるみのような小型ロボットは、短い前足でキャリーケースのベルトを掴んだ。

 丸い耳。縫い目めいたライン。腹の小さなランプ。

 どう見てもタヌキだった。

 

 ただし、喋る。

 

「本日の予定。イオリ模型店。セイ観察。物資購入。賞金戦、可能性あり」

 

「観察って言うと怪しいから、こんにちはしに行くって言いなさい」

 

「了解。セイに、こんにちは」

 

「そうそう」

 

「目的、ビルドストライク観察」

 

「言い直しても怪しいな」

 

 翔子はキャリーケースのハンドルを伸ばした。

 

 がらり、と床が鳴る。

 

 重い。

 毎回思う。

 重い。

 

 ガンプラそのものだけなら、ここまでではない。

 工具。

 予備パーツ。

 補修材。

 支援MA。

 換装プラットフォーム。

 それらを全部、戦場へ持っていこうとするから重くなる。

 

 けれど、置いていく気にはなれなかった。

 

 一機だけで戦うほど、翔子は器用ではない。

 

「出発」

 

「ぽんぽこ、重量注意」

 

「あなたも重量に含まれてるからね」

 

「否定。ぽんぽこ、軽量。かわいい」

 

「かわいさはグラムを減らさない」

 

 夕方のけやきが丘へ出る。

 

 駅前を離れると、町はすぐに住宅地の顔になる。

 中等部の生徒が帰る時間。

 ランドセルではなく学生鞄を持った子どもたちが、ちらほらと道を歩いている。

 スーパーの袋を提げた大人が家路を急ぎ、家々の窓には少しずつ明かりが灯り始めていた。

 

 その人家の並びに混じるように、イオリ模型店は建っている。

 模型店の前を通る子はいる。

 けれど、その店に用がある十九歳のフリーターは、そう多くない。

 

 翔子はキャリーケースを引きながら、イオリ模型店へ向かった。

 目当てはプラ板。

 塗料。

 セイくんのビルドストライク。

 

 そして、少しだけ。

 

 自分のガンプラを、誰かに見せたかった。

 

 イオリ模型店の自動ドアが開いた瞬間、床が小さく鳴った。

 がら、ごろ、ごろり。

 

 軽快とは言いがたい音だった。

 駅の構内で旅行客が引くキャリーケースの音とも違う。

 

 もっと重い。

 もっと中身が詰まっている。

 工具箱と弁当箱と夢と未練を全部詰め込んだような、模型店の床にだけ似合う重低音だった。

 

「あら」

 

 カウンターの奥で商品伝票を整理していたイオリ・リン子が顔を上げる。

 

 店先に立っていたのは、若い女だった。

 

 背は高め。

 肩には黒いショルダーバッグ。

 右手で大型のキャリーケースを引いている。

 その腕は、ケースのハンドルを支えるために、ほとんど全力で伸ばされていた。

 

 ケースの上には、なぜかタヌキのぬいぐるみがしがみついている。

 

 いや、正確にはぬいぐるみではなかった。

 

 丸い耳。

 縫い目めいたライン。

 腹のあたりに埋め込まれた小さなランプ。

 短い前足でキャリーケースのベルトを掴み、黒いガラス玉のような目をぱちぱちと瞬かせている。

 

「ショウコちゃん。今日はバイト上がり?」

 

 リン子が笑うと、女は息を吐きながらキャリーケースを止めた。

 

「はい。油の匂い、落としたつもりなんですけど」

 

「大丈夫よ。今日はまた、大荷物ね」

 

「いつも通りですよ。戦闘用は五個しか入ってないですし」

 

 女、ダテ・ショウコは、そこでようやくハンドルから手を離した。

 指先を軽く振る。

 血が戻ってくるのを待つように、何度か握って、開く。

 

 キャリーケースの上のタヌキが、きゅい、と小さな電子音を鳴らした。

 

「ショウコ。運搬、重労働。筋力、微増」

 

「うるさい。あなたが一番重い説あるからね、ぽんぽこ」

 

「否定。ぽんぽこ、軽量。かわいい」

 

「最後の自己評価いらない」

 

 リン子がくすくす笑う。

 

 売り場の奥、棚と壁の隙間に押し込まれた作業机から、少年が顔を出した。

 

 イオリ・セイである。

 手にはランナーから切り離したばかりの白い装甲パーツ。

 袖口には細かなプラの粉。

 机の上には、まだ調整中のビルドストライクガンダムが立っていた。

 

 セイは一瞬、ショウコを見た。

 

 次に、キャリーケースを見た。

 

 最後に、その上で喋っているタヌキを見た。

 

「……えっと」

 

「セイくん、こんにちは」

 

「あ、こんにちは。ショウコさん」

 

 挨拶はした。だが視線は完全にキャリーケースから離れていない。

 

 ショウコは肩をすくめた。

 

「見る?」

 

「いいんですか!」

 

 早かった。

 

 セイの声は、ほとんど反射だった。

 リン子が「あらあら」と笑う。

 ショウコはケースのロックに指をかけながら、わざと真面目な顔を作った。

 

「見るだけ。触る時は許可制。関節を勝手に曲げない。武装を勝手に抜かない。あとぽんぽこを持ち上げない」

 

「了解です」

 

「ぽんぽこ、警戒」

 

「セイ、危険度、低。ビルダー眼、高輝度」

 

「謎の評価をしない」

 

 リン子が店の右手側へ視線を向けた。

 

「広げるなら、バトル室を使っていいわよ」

 

 自動ドアから入って右手の奥に、小さなGBS用のバトル室がある。

 広い部屋ではない。

 けれど、GBSが起動すれば、その狭さはあまり意味を持たなくなる。

 プラフスキー粒子が満ちれば、卓上の中に市街地も宇宙も立ち上がる。

 

 ガンプラにとっては、そこが戦場だった。

 

「ありがとうございます。じゃあ、奥で」

 

 ショウコはキャリーケースを引き直した。

 がら、ごろ、ごろり。

 重たい音が、売り場の床からバトル室の床へ移っていく。

 

 キャリーケースが横倒しにされる。

 

 がこん、と鈍い音がした。

 

 中身の重量が、音だけで伝わる。

 普通の旅行用ケースなら服が詰まっているはずの空間に、厚い緩衝材が何層にも敷かれていた。

 スポンジは機体ごとにくり抜かれ、武器やパーツが整然と収まっている。

 まるで小さな格納庫だった。

 

 セイの目が輝いた。

 

「すごい……」

 

「すごいじゃなくて重い。ここ大事」

 

 ショウコはまず、一番手前に収まっていた白と赤と青の機体を取り出した。

 

「これはストライク。ほぼ素組み。今日は盾とナイフだけでいく」

 

 ストライクガンダム。

 

 ビームライフルもケースには入っている。

 だが、今日使うのは頭部バルカン「イーゲルシュテルン」二門。

 ストライクシールド。

 腰部左右のサイドスカート内に収まった、アーマーシュナイダー対装甲ナイフ二本。

 

 派手な改造はない。

 塗装も最低限だが、丁寧だった。

 ゲート処理が甘い場所は見えず、合わせ目も目立たない。

 関節の渋みも均されている。

 素組みと呼ぶには、少しだけ手が入りすぎていた。

 

「素組み、なんですか?」

 

「ほぼ、ね。大会用じゃなくて比較用。ストライク系列の改造機を見る時に、元がどう動くか忘れないように持ってる」

 

「比較用……」

 

 セイは、自分の机のビルドストライクをちらりと見た。

 

 ショウコはそれに気づいて笑う。

 

「気になるでしょ。同じ血筋だもんね」

 

 次に取り出されたのは、青い機体だった。

 

 深い青。

 黒と白の差し色。

 細身だが華奢ではない。

 肩、背、腰まわりに接続部が多い。

 単体で完成しているように見えるのに、どこか空白がある。

 何かを受け入れるための余地が、あえて残されている。

 

 セイの喉が鳴った。

 

「これ……」

 

「ライトニングブリッツS。私の本命」

 

 ショウコの声が少しだけ低くなった。

 

 自慢というより、照れに近かった。

 気軽に見せびらかしたいけれど、あまり見られると恥ずかしい。

 そんな奇妙な温度が混ざっている。

 

「本命……」

 

「ただし今日は出さない予定」

 

「えっ」

 

「えっ、じゃない。出さない予定」

 

 セイは落胆した顔をした。

 露骨だった。

 ビルダーとしての欲望が、少年の表情に正直すぎるほど出ている。

 

 リン子が、売り場側の覗き窓から言う。

 

「ショウコちゃん、セイってそういう子なのよ」

 

「知ってます。だから危ないんです」

 

「危ない?」

 

 セイが首を傾げる。

 

 ショウコは答えず、三機目を取り出した。

 

 赤い機体だった。

 

 装甲は鋭く、全体のシルエットは前へ前へと傾いて見える。

 大型の推進器。

 突撃用の武装。

 曲がることより、貫くことを優先した姿。

 

「オルトスチールS。赤い子。まっすぐ行って、まっすぐ困る」

 

「困るんですか?」

 

「曲がれないからね」

 

「それは……困りますね」

 

「でも刺されば強い」

 

 次は黒い機体。

 

 無骨な地上戦用のシルエット。

 派手な翼も、眩しい砲もない。

 だが肩や脚に泥臭い存在感がある。

 戦場に残り、遮蔽物を使い、銃火と格闘で相手を削る機体。

 

「ゴーストファイターS。黒い子。稼ぎ頭」

 

「稼ぎ頭?」

 

「賞金戦で安定する。派手さより勝率」

 

 そして、ケースの下段。

 

 ショウコが緩衝材を外すと、そこには丸い何かが入っていた。

 

 セイは一瞬、黙った。

 

 白でも赤でも青でも黒でもない。

 

 茶色とクリーム色の丸い装甲。

 短い手足。

 背面に推進器。

 腹の前には、何かを展開するための発生器らしきパーツ。

 顔は完全にタヌキだった。

 目元の黒い模様まである。

 

「……タヌキ?」

 

「タヌキ型多目的支援MA、ぽんぽこ号」

 

「モビルアーマーなんですか!?」

 

「そう」

 

「タヌキなのに!?」

 

「タヌキは強い」

 

「タヌキって強いんですか?」

 

「かわいいものは強い」

 

 セイは反論できずに黙った。

 理屈としてはおかしい。

 でもガンプラとして目の前に存在している以上、否定するにはまず構造を見なければならない。

 ビルダーの性だった。

 

 ケースの上のぬいぐるみロボが、短い前足を上げる。

 

「ぽんぽこ、ぽんぽこ号を操縦。支援、充電、換装、防御。かわいい」

 

「最後は機能じゃないでしょ」

 

「重要性能」

 

 だが、下段に入っていたのはそれだけではなかった。

 丸い機体の隣に、もう一つ、妙なものが収まっている。

 

 円筒形のプラットフォームだった。

 白っぽい外装に、縦に走るスリット。

 内部には保持アームが折り畳まれ、細かな接続端子と、換装パーツを固定するためのレールが見える。

 

 形だけ見れば、どこか米びつに似ていた。

 

 セイは一瞬、言葉を探した。

 

「……これは?」

 

「換装用ドレスルーム」

 

「ドレスルーム」

 

「ライトニングブリッツSに追加パーツを接続するための円筒型プラットフォーム。ぽんぽこ号が展開して、青い子を中に入れて、パーツを着せる」

 

「着せるんですか?」

 

「換装って、要するに着替えでしょ」

 

 ケースの上のぽんぽこが、得意げに胸を張った。

 

「米びつ、非推奨呼称。正式、ドレスルーム」

 

「でも見た目は米びつですよね」

 

「セイ、発言、危険」

 

「わかるよ。私も最初そう思った」

 

 ショウコは少し遠い目をした。

 

「けど、これがないとライトニングブリッツSは追加外装をまともに着られない。接続角度、粒子供給、冷却ライン、全部ここで合わせる。ぽんぽこ号は支援MAだけど、このドレスルーム込みで、やっと換装母艦になる」

 

 セイは円筒の内側を覗き込んだ。

 小さなアームが何本も畳まれている。

 機体を固定し、肩、背中、腰、脚へ順番にパーツを接続するための構造だ。

 ガンプラ一機分の小さな更衣室。

 あるいは、青い機体を稲妻へ変えるための発射台。

 

「……すごい」

 

「重いけどね」

 

「重量、問題」

 

「あなたも一因だよ、ぽんぽこ」

 

「否定。ぽんぽこ、かわいい」

 

「かわいさは軽量化にならない」

 

 覗き窓の向こうで、リン子はとうとう声を出して笑った。

 

「ショウコちゃん、本当にいろいろ作るわね」

 

「一機で全部やるの、苦手なんですよ。というか、やりたいことを一機に詰めると壊れる」

 

 ショウコはライトニングブリッツSを見た。

 

「だから分けた。青い子が走って、ぽんぽこ号が支える。二つで一つ」

 

 セイはその言葉を聞きながら、青い機体の背中を見ていた。

 

 確かに、空いている。

 

 単体でも成立している。

 けれど、完全ではない。

 パーツの接続部、背面の余裕、肩のライン、腰の保持穴。

 そこには支援機との連携が前提になっている設計が見えた。

 

「ぽんぽこ号がいないと、どうなるんですか?」

 

「青い稲妻になりきれない」

 

 ショウコは、少しだけ笑った。

 

「光るだけ。落ちる場所まで決められない」

 

 セイは息を呑んだ。

 

 その言い方が、なぜかとても悔しそうに聞こえたからだ。

 

 リン子が、売り場側の覗き窓から何気なく言う。

 

「せっかくだから、少し動かしてみたら? セイのビルドストライクも調整中なんでしょ」

 

「母さん!?」

 

「あら、ちょうどいいじゃない」

 

 セイは慌てて机の上のビルドストライクを見た。

 

 ビルドストライクガンダム。

 

 セイが作った、彼自身のガンプラ。

 武装は頭部バルカン四門と、腰部ビームサーベルラック二基。

 まだ完成途上の部分はあるが、その作り込みは並のものではない。

 

 ショウコはストライクを両手で持ち上げた。

 

「じゃあ、軽くエキシビション。こっちは素組みストライク。セイくんはビルドストライク。今日はライフルなし。近接寄りの動作確認」

 

「ライフルなし、ですか?」

 

「ライフルがまだないなら、ない状態で戦う練習をする。武装が足りない時ほど、機体の癖が出るから」

 

「はい!」

 

「本命は出さないからね」

 

「……はい」

 

「いま少し間があった」

 

「ありません」

 

「ぽんぽこ、記録。セイ、沈黙、〇・八秒」

 

「記録しないでください!」

 

 二人は向かい合って、GBSを起動した。

 

『Please set your GP Base.』

 

 無機質なシステム音声が、狭いバトル室に響く。

 

「ぷりーぜっちゃ、じーぴーべ」

 

「ぽんぽこ、復唱しない」

 

 ショウコとセイは、それぞれのGPベースをスロットへ差し込んだ。

 

『Beginning Plavsky particle dispersal.』

 

「びぎに、ぷらふふきぱーちこーですぽーさ!」

 

 ぽんぽこが得意げに復唱する。

 

 ショウコはもう突っ込まなかった。

 

 GBSの内部に、淡い粒子の光が満ちていく。

 

 透明なフィールドが輪郭を持ち、二機のガンプラがバトルシステムに認識された。

 

『Field selected. City Area.』

 

「してぃーえりあー!」

 

 ぽんぽこが短い前足を上げた。

 

 ステージは市街地。

 ビルが並び、道路が走り、射線と遮蔽が入り混じる標準的なフィールドだ。

 

 ショウコのストライクが地面に立つ。

 

 セイのビルドストライクが、その向かいに降り立った。

 

 外見は似ている。

 だが立ち姿は違った。

 

 ストライクは素直だった。

 標準的な重心。

 標準的な武装配置。

 設計の癖が少ない。

 

 ビルドストライクは、少し前のめりに見えた。

 セイの改造が、反応速度と接近戦への対応を意識しているからだ。

 各部の軽量化、可動域の確保、武装の取り回し。

 作り手の考えが、機体の影になって現れている。

 

「行きます!」

 

「どうぞ」

 

 ビルドストライクが駆け出す。

 

 ストライクが頭部イーゲルシュテルンを撃った。

 小さな弾が足元の路面を穿つ。

 ダメージはない。

 だがビルドストライクの踏み込みが遅れる。

 

 その一瞬で、ストライクが距離を詰めた。

 左腕のシールドを前に出し、右手はすでに腰へ伸びている。

 

「もうそこまで……!」

 

「今日はライフルなしって言ったでしょ」

 

 ストライクの右腰で、サイドスカートが跳ね上がる。

 折り畳まれたアーマーシュナイダーが引き抜かれ、刃が展開した。

 

「近っ……!」

 

 ビルドストライクは腰のビームサーベルへ手を伸ばした。

 

 判断は悪くない。

 近づかれたなら、サーベルで迎え撃つべきだ。

 

 ただ、手順が一つ足りない。

 

「抜く前に、距離を作ってないよ」

 

「えっ」

 

 踏み込む。

 押し返す。

 盾を出させる。

 どれでもよかった。

 

 けれど、焦ったセイは、その場でサーベルを抜こうとしてしまった。

 

 その一拍を、ショウコは待っていた。

 

 ストライクの左腕に残ったシールドが、ビルドストライクの左腕を押さえ込む。

 防がせるための一撃だった。

 ビルドストライクは反射的に左腕を上げ、サーベルへ伸びる右手がさらに遅れる。

 

 その遅れに、アーマーシュナイダーが差し込まれた。

 

 刃は装甲を狙わない。

 ビルドストライクの右手首、その動きだけを叩く。

 

「あっ!」

 

 サーベルへ伸びていた右手が弾かれ、ビームサーベルの柄を掴み損ねた。

 

「武器を抜く前に、抜ける間合いを作る。そこ、覚えとくといいよ」

 

「はい!」

 

「でも、サーベルラックの位置はいい。抜きやすい」

 

 ショウコは攻撃しながら褒めた。

 

 セイは混乱した。

 攻められているのに褒められている。

 負けそうなのに、なぜか嬉しい。

 

 ビルドストライクがようやくビームサーベルを抜いた。

 光の刃が振るわれる。

 

 ストライクは退いた。

 だが完全には逃げない。

 左腕のシールドで受け、右手のナイフで刃の根元を押さえ、体勢を横へずらす。

 

 近接戦。

 

 ビルドストライクの可動域は良かった。

 セイの工作は嘘をつかない。

 肩が上がり、腰が回り、膝が粘る。

 普通のストライクより、はるかに滑らかに動く。

 

「いいね」

 

 ショウコが言った。

 

「ちゃんと戦うストライクになってる」

 

 ビルドストライクのサーベルが、ストライクの肩装甲をかすめた。

 

 セイの顔が明るくなる。

 

 だが次の瞬間、ストライクはシールドを投げた。

 

「えっ」

 

 投げたシールドが、ビルドストライクの視界を塞ぐ。

 

 その影から、ストライクが踏み込んだ。

 

 アーマーシュナイダーの先端が、ビルドストライクの胸部寸前で止まる。

 

 胸部寸前で止まった刃に、GBSが警告表示を出した。

 

 エキシビション終了。

 

 セイは息を吐いた。

 

「負けた……」

 

「操作ではね」

 

 セイはビルドストライクの肩に残った細い傷を見つけ、少しだけ息を呑んだ。

 

「大丈夫。装甲をかすめただけ」

 

 ショウコはストライクのアーマーシュナイダーを畳む。

 

「ガンプラバトルは、ちゃんと壊れるからね」

 

 ショウコはストライクを回収しながら言った。

 

「でも、機体はかなりいい。私の素組みストライクより反応がいいし、踏ん張りも効く。近接に入る導線も見えてる。ビルドストライク、かなり危ないよ」

 

「危ない、ですか?」

 

「伸びるって意味。上手いファイターが使ったら化ける」

 

 セイは黙った。

 

 嬉しい。

 だが、胸の奥が少し痛い。

 

 上手いファイターが使ったら。

 

 それはつまり、自分ではまだ引き出せていないということでもある。

 

 ショウコはそれを責めるようには言わなかった。

 

「作るのが得意なら、戦うやつと組めばいい」

 

「でも、僕のガンプラですし……」

 

「だからこそだよ。ガンプラは一人で完成しなくてもいい。作る人、動かす人、支える人。全部そろって初めて見える形もある」

 

 セイはビルドストライクを見つめた。

 

 その横で、ぽんぽこが短く鳴いた。

 

「名言、検出」

 

「茶化さない」

 

「了解。保存」

 

「保存もしない」

 

 リン子は売り場側の覗き窓越しに、楽しそうに二人を見ていた。

 

 セイはしばらくビルドストライクを見ていたが、やがて顔を上げた。

 

 視線は、キャリーケースの奥へ向かっていた。

 

 青い機体。

 

 ライトニングブリッツS。

 

「ショウコさん」

 

「なにかな」

 

「本命も、見せてください」

 

 ショウコは固まった。

 

「……いま見たでしょ」

 

「動いてるところを見たいです」

 

「エキシビションは終わりました」

 

「少しだけでいいので」

 

「調整中」

 

「見るだけでも」

 

「セイくん」

 

「はい」

 

「その目はよくない。ビルダーの目じゃなくて、分解したい研究者の目になってる」

 

「分解はしません!」

 

「しません、って言う子はだいたい関節構造を見たがる」

 

 ぽんぽこが前足を上げた。

 

「セイ、ビルダー眼、危険域」

 

「ほら」

 

「ぽんぽこまで!?」

 

 リン子が覗き窓の向こうから、さらっと言った。

 

「ショウコちゃん、少しだけ見せてあげたら?」

 

「リン子さんまで……」

 

「セイ、今日ずっと調整で煮詰まってたのよ。いい刺激になると思うわ」

 

「刺激が強すぎる可能性が」

 

「模型店だもの。刺激は大事よ」

 

 ショウコは深く息を吐いた。

 

 そして、キャリーケースの奥からライトニングブリッツSを取り出した。

 

 青い機体が、店の照明を受けて光る。

 

 ストライクの白とは違う。

 ビルドストライクの鮮やかさとも違う。

 冷たい青ではない。

 どこか熱を持った青。

 雷が落ちる直前の空みたいな色だった。

 

 セイは言葉を失った。

 

「……綺麗だ」

 

「ありがとう」

 

 ショウコは少し照れたように言った。

 

「でも、この子は一機で完成してない」

 

「ぽんぽこ号と一緒で、ですか」

 

「そう。ライトニングブリッツSは走る。ぽんぽこ号は支える。粒子供給、換装、防御、冷却、緊急離脱。全部込みで、やっと青い稲妻になる」

 

 キャリーケースの上で、ぽんぽこが胸を張る。

 

「ぽんぽこ、重要」

 

「重要なのは本当」

 

「かわいいも重要」

 

「それは別枠」

 

 セイはライトニングブリッツSの背面を覗き込んだ。

 触らない。

 だが視線は細かく動く。

 肩の接続。

 背面の円錐状スラスター。

 腰の保持部。

 脚部の放熱機構。

 

「これ、出力を上げる形態がありますよね?」

 

 ショウコの眉が上がった。

 

「……わかる?」

 

「この放熱板、通常出力だけなら大きすぎます。あと肩の受けが、追加装甲というより高出力パック用に見えます」

 

 ショウコは黙ってセイを見た。

 

 そして、笑った。

 

「やっぱり危ないなぁ、セイくん」

 

「えっ」

 

「正解。フォルテストラっていう高出力パッケージがある」

 

「フォルテストラ……」

 

「でも今日は出さない。あれは本当に調整中。ぽんぽこ号なしで動かすと、すぐ熱が回る」

 

「熱暴走、ですか?」

 

「そう。青く光って、きれいに焼ける」

 

 冗談めかしていたが、ショウコの声には苦さがあった。

 

 セイはその苦さを聞き取った。

 

 ライトニングブリッツSは、本命機だ。

 

 でも完全ではない。

 いや、完全になるためには、単体であることをやめなければならない。

 支援機が必要で、制御が必要で、戦場を組み上げる必要がある。

 

「一機で全部できるガンプラも、かっこいいけどね」

 

 ショウコは言った。

 

「私は、戦場ごと作るほうが好きなんだと思う」

 

「戦場ごと……」

 

「相手の得意をずらす。味方の足りないところを埋める。逃げ道を用意する。出力を上げるなら、冷ます場所も作る。そういうの全部含めて、私のガンプラ」

 

 セイはビルドストライクを見た。

 

 自分は、一機を作っている。

 

 ショウコは、戦場を作っている。

 

 同じガンプラなのに、見ているものが違う。

 

 その違いが、妙にまぶしかった。

 

「じゃあ、ぽんぽこ号も出して……」

 

「出さない」

 

「まだ何も言ってません」

 

「言う前に止める。今日はここまで」

 

「少しだけ」

 

「だめ」

 

「本当に少しだけ」

 

「セイくん」

 

 ショウコはライトニングブリッツSを両手で持ったまま、真顔になった。

 

「この子とぽんぽこ号を一緒に出すと、説明が長くなる」

 

「長くても聞きます!」

 

「そこが危ない」

 

 ぽんぽこが頷く。

 

「セイ、沼、適性あり」

 

「沼……」

 

「ガンプラ、底なし」

 

 覗き窓の向こうで、リン子が笑った。

 

「それはみんなそうね」

 

 ショウコはライトニングブリッツSをそっとケースに戻した。

 青い機体は緩衝材の中へ沈み、少しだけ名残惜しそうに見えた。

 

 続いてストライク。

 オルトスチールS。

 ゴーストファイターS。

 ぽんぽこ号。

 最後に米びつ呼ばわりされたドレスルームが、下段のくぼみに戻される。

 

 四機と一匹と一つの米びつもどきが、また小さな格納庫へ収まっていく。

 

 最後に、ぬいぐるみロボのぽんぽこがキャリーケースの上へよじ登った。

 

「ショウコ、次、賞金戦?」

 

「そう。稼がないと塗料もパーツも買えない」

 

「労働、過酷」

 

「ぬいぐるみに言われたくない」

 

 セイが顔を上げた。

 

「賞金戦って、野良試合ですか?」

 

「うん。地域大会とか、バトルフロントの変則ルールとか。二対二、五対五、支援機あり、持ち込み複数可。そういうごちゃごちゃしたやつ」

 

「ショウコさん、そういうのに出てるんですか?」

 

「出てる。公式レギュだと、私の子たちはちょっと窮屈だから」

 

 ショウコはキャリーケースのハンドルを伸ばした。

 

「でも、野良はいいよ。変なのがいっぱいいる。ルールも雑。強さの形も雑。だから、たまにすごく面白い」

 

「変なの……」

 

「刹那の格好したエクシア使いとか」

 

「えっ」

 

「この前、次のダブルスに出るって聞いた」

 

「いるんですか!?」

 

「いる。世界の歪みを断ち切るって言いながら突っ込んでくるタイプ」

 

「それは……すごいですね」

 

「すごいよ。発音は甘いけど」

 

 セイは想像して、少し笑った。

 

 イオリ模型店の外には、いつものけやきが丘の夕方があった。

 人家の窓に明かりが灯り、遠くで自転車のベルが鳴っている。

 まだ赤い髪の少年はいない。

 セイの隣に立つ、あの特別なファイターはまだ現れていない。

 

 けれど、この店にはすでに変なお姉さんがいる。

 

 重たいキャリーケースを引き、タヌキを連れ、青い未完成の稲妻を抱え、素組みのストライクで少年のガンプラを見極める人。

 

 ショウコは自動ドアの前で振り返った。

 

「セイくん」

 

「はい」

 

「ビルドストライク、いいガンプラだよ」

 

 セイの表情が明るくなる。

 

「ありがとうございます!」

 

「だから、誰が使うかも大事にしな」

 

「……はい」

 

「あと、私の本命を見たことは秘密」

 

「えっ、どうしてですか?」

 

「恥ずかしいから」

 

 ぽんぽこが短く鳴いた。

 

「ショウコ、照れ、検出」

 

「黙って」

 

 自動ドアが開く。

 

 がら、ごろ、ごろり。

 

 重たいキャリーケースの音が、イオリ模型店の外へ遠ざかっていく。

 

 セイはしばらく、その背中を見送っていた。

 

 そして売り場奥の作業机に戻り、ビルドストライクを見た。

 

 一人で完成しなくてもいい。

 その言葉は、まだ少年の中で意味を持ちきっていない。

 けれど、確かにどこかへ引っかかった。

 

 青い稲妻になりきれない機体。

 支援MAを操るタヌキ。

 

 素組みのストライクを使って、改造機の癖を見抜く変なお姉さん。

 

 ガンプラは、思っていたよりずっと広い。

 

 セイはビルドストライクを手に取りもう一度確認した。

 

 抜こうとして遅れたサーベル。

 

 押さえ込まれた左腕。

 

 抜きやすいと褒められたラック。

 

 けれど、抜きやすいだけでは足りない。

 抜ける間合いを作らなければ、武装は武装にならない。

 

 直すところは、まだある。

 

 作れるところは、まだある。

 

 イオリ模型店の奥で、ニッパーの音が小さく鳴った。




第1話 登場武装簡易カタログ

元ネタや武装を知らない方向けの補足です。
本文中で使用された武装と、その役割をまとめています。

ストライクガンダム/ダテ・ショウコ
標準的な性能と武装を持つベーシックなガンプラ。大きな改造はないが、その分だけ元機体の動きや武装の扱いを確認しやすい。ショウコにとっては、改造機の癖を見るための基準機でもある。


頭部バルカン「イーゲルシュテルン」×2
頭部に内蔵された近距離牽制用火器。第1話では足元付近を叩き、ビルドストライクの接近を遅らせた。

ストライクシールド
左腕に装備された防御装備。第1話では防御だけでなく、接近戦で相手の左腕や視界を押さえるためにも使われた。

アーマーシュナイダー×2
腰部左右のサイドスカートに内蔵された対装甲ナイフ。第1話ではビルドストライクの手首を弾き、最後は胸部寸前で止めて勝負を決めた。

ビルドストライクガンダム/イオリ・セイ
ストライクガンダムをベースに、可動域や反応、近接戦への移行を意識して作られたガンプラ。第1話では完成度の高さを見せた一方、武装を使うための間合い作りが追いつかず、サーベルに切り替える隙を咎められた。

頭部バルカン×4
頭部に内蔵された標準火器。第1話では目立った使用はないが、機体の基本武装として搭載されている。

ビームサーベル×2
腰部ビームサーベルラックに装備された近接戦用武装。ラックの位置は抜きやすいとショウコに評価されたが、第1話では距離を詰められたまま抜こうとしたため、動作が遅れてしまった。
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