ガンダムビルドファイターズ ダテ・ショウコの軌跡 作:わしのシアン
イオリ模型店には、模型店らしい空気がある。
塗料の匂い。
紙箱の匂い。
ランナーを切ったあとの、少しだけ甘いプラスチックの匂い。
店の右手のバトル室には、ガンプラバトルシステムが置かれている。
公式競技場ほど大きくない。
ガンプラ・バー〈サイド7〉ほど騒がしくもない。
けれど、ここにも戦場はある。
作業机の前で、ダテ・ショウコは腕を組んでいた。
その横で、ぽんぽこがキャリーケースの上に座っている。
「ショウコ、修理停滞」
「停滞じゃない。部品待ち」
「ライトニングブリッツS、胴体未完」
「言わないで」
「右腕、再製作中」
「言わないでって」
ぽんぽこは短い前足を上げた。
「事実確認」
「事実は時々、人を傷つける」
ショウコの前には、赤い機体が置かれていた。
オルトスチールS。
赤い装甲。
重い肩。
右腕の三連マシンキャノン。
左腕の回転弾倉式パイルバンカー。
両肩の小型ミサイル。
額には、赤く光るヒートホーン。
速く、重く、曲がらない。
ショウコがチーム戦用として作った、一点破壊のための機体だった。
それを見て、ぽんぽこが言う。
「赤猪」
「それ、まだ正式採用してない」
「仮称、赤猪」
「却下」
店の自動ドアが開いた。
入ってきたのは、大柄な男だった。
青い服。
濃いひげ。
やけに落ち着いた歩き方。
ランバ・ラル。
イオリ模型店に時々現れる、常連の一人だった。
その後ろから、イオリ・リン子が顔を出す。
「あら、ショウコちゃん。今日はオルトスチールなの?」
「試したい改修があって」
「試したい?」
リン子が首を傾げる。
ラルが赤い機体を見た。
目が細くなる。
「ほう」
その一言だけで、ショウコは嫌な予感がした。
「ラルさん、その顔は何ですか」
「よい機体だ」
「褒められてる気がしない」
「褒めている」
ラルは持っていた紙袋を、作業机の上に置いた。
古い模型店のロゴが入った、少し色あせた紙袋だった。
「持ってきてるんですか」
「念のためにな」
「念のために、グフを?」
「グフは、念のために持つものだ」
「初めて聞きました」
ラルは紙袋の中から箱を取り出した。
新しいHGUCではない。
もっと前の、古いHG。
箱の角は少し擦れている。
だが、中の機体は丁寧に組まれていた。
出てきたのは、青いグフだった。
未改修のHGグフ。
古いキットだった。
けれど、ただ古いだけではなかった。
関節の限界も、手首の不自由さも、全部わかったうえで整えられている。
肘と膝は、だいたい九十度まで。
フィンガーバルカンは、手首の向きにしか撃てない。
ヒート・ロッドは棒状の持ち替えパーツ。
バズーカも持たせていない。
実質、ヒート・サーベル一本。
ショウコはグフを見た。
それから、ラルを見た。
作り込まれていることはわかる。
だが、それと思ったことは別だった。
「舐めてます?」
「教材だ」
「舐めてますね?」
「教材だとも」
リン子が苦笑する。
「ラルさん、ショウコちゃん相手に意地悪しちゃだめですよ?」
「意地悪ではない。古いキットには、古いキットの戦い方がある」
ショウコはオルトスチールSを見下ろした。
赤い機体は、何も言わない。
ぽんぽこだけが言う。
「相手、旧式」
「見れば分かる」
「舐めプ、検出」
「言わない」
ラルが笑った。
「では、やるか」
促されてキャリーケースごとバトル室へ入る。
「ショウコ、戦意確認」
ショウコはGPベースを取り出した。
ぽんぽこが身を乗り出す。
『Please set your GP Base.』
「ぷりーせっちゃ、じーぴーべ」
「今日は復唱するの?」
「エキシビションぽんぽこ、復唱」
ショウコは、オルトスチールSをGPベースごと読み取り台へ置く。
ラルも、使い込まれたGPベースごとグフを読み取り台へ置いた。
モニターに名前が表示される。
ダテ・ショウコ/オルトスチールS。
ランバ・ラル/HGグフ。
『Beginning Plavsky particle dispersal.』
「びぎに、ぷらふふきぱーちこーですぽーさ」
『Field selected. City Area.』
「してぃえりあ」
プラフスキー粒子が満ちる。
赤い機体と青い機体が、簡易都市の道路へ降り立った。
シティエリア。
ビルの影。
広い交差点。
舗装された道路。
背の低い建物。
曲がり角。
逃げ道。
オルトスチールSは、重い足で地面を踏んだ。
青いグフは、道路の向こうに立っている。
構えは低くない。
大きく動く気もない。
ただ、そこに立っている。
「来い」
ラルが言った。
「赤い猪」
ショウコの眉が動いた。
「その呼び方、採用してません」
「似合っている」
「似合ってません」
「速く、重く、まっすぐだ」
「全部悪口に聞こえる」
ぽんぽこがキャリーケースの上で前足を上げた。
「ショウコ、突撃準備」
「一々言わない」
「ログ開始」
ショウコは息を吐いた。
「じゃあ、見せます」
オルトスチールSが沈む。
重い脚が地面を噛む。
肩のスラスターが噴く。
赤い機体が、前へ出た。
速い。
曲がらない。
ビルの影を使わない。
回り込まない。
ただ、正面から距離を潰す。
ラルのグフは動かない。
ショウコは左腕を前へ出す。
回転弾倉が鳴った。
がいん。
炸薬が装填される。
左腕のパイルバンカーが、青いグフの胴体を狙う。
当たれば終わる。
当たれば、古いHGグフの胴体は耐えられない。
だが。
青いグフは、半歩だけ動いた。
避けた、というほど大きな動きではない。
踏み替えただけ。
肩の角度が変わる。
胴体の位置が、ほんの少しずれる。
ヒート・サーベルの刃が、赤い機体の踏み直す場所に置かれる。
パイルバンカーが空を刺した。
「え」
ショウコの声が漏れる。
オルトスチールSは止まれない。
赤い足が道路を削る。
ずさあ、と滑る。
着地硬直。
踏み直し。
その一瞬に、青いグフがいた。
ヒート・サーベルが、オルトスチールSの首元に置かれている。
振り下ろしではない。
大きな斬撃でもない。
ただ、そこに刃がある。
モニターに警告が走る。
戦闘継続不能判定、寸前。
ラルは刃を止めていた。
エキシビションだからだ。
システムが試合を止める。
『Battle ended. Winner, ランバ・ラル』
バトル室の中が、少しだけ静かになった。
ショウコは操縦席の前で固まっていた。
ぽんぽこが言う。
「敗北」
「分かってる」
「赤猪、停止」
「分かってる」
「直線限定」
「うるさい」
ラルはグフを回収した。
青い機体は、ほとんど動いていなかった。
フィンガーバルカンも撃っていない。
ヒート・ロッドも使っていない。
バズーカもない。
ヒート・サーベル一本。
ショウコは、納得しきれない顔でラルを見る。
「なんで当たらないんですか」
「よい突進だった」
「褒めてる場合ですか」
「当たれば、私の負けだった」
「当たってないから負けました」
「そうだ」
ラルは静かに言う。
「曲がらんからだ」
ショウコは黙った。
ぽんぽこが前足を上げる。
「曲線機動なし」
「言い方」
「事実確認」
ラルはオルトスチールSを見る。
「速い。重い。怖い。だが、まっすぐだ。見えていれば、当たる線から外れればよい」
「……タイマン向きじゃないのは分かってます」
「分かっているなら、よい」
「よくないです」
ショウコは赤い機体を持ち上げた。
「曲げます」
ラルが少し笑う。
「ほう」
「曲がれるようにします」
「猪に翼をつけるか」
「猪じゃないです」
「では、赤い何だ」
「オルトスチールSです」
ぽんぽこが言う。
「正式名称、長」
「うるさい」
ショウコは、バトル室を抜けると作業机へ向かった。
リン子が工具箱を出してくれる。
「ショウコちゃん、使う?」
「ありがとうございます」
セイも棚の横から顔を出していた。
「ショウコさん、何を作るんですか?」
「背負いもの」
「背負いもの?」
「空中制御用のウイングユニット。GNドライヴも入れる」
セイの目が輝いた。
「GNドライヴをオルトスチールSに?」
「うん。飛ぶためじゃない。曲がるため」
ショウコはジャンクパーツの箱を開けた。
黒い円筒パーツ。
小型スラスター。
薄いウイング。
接続アーム。
粒子制御用のケーブル。
ぽんぽこが覗き込む。
「急造。完成度、低」
「まずは試験用」
「赤猪、翼装備」
「だから猪じゃない」
作業は早かった。
ショウコは迷わない。
切る。
削る。
合わせる。
瞬間接着剤で仮止めする。
補強ピンを入れる。
背部コネクタへ接続する。
セイが横で見ている。
「下半身は補強しないんですか?」
ショウコの手が止まった。
「……あとで」
「あとで?」
「まず曲がるか見る」
ラルが腕を組んだまま言う。
「速くしたものは、止めねばならんぞ」
「分かってます」
ぽんぽこが言う。
「理解、未反映」
「うるさい」
やがて、赤い機体の背中に黒いユニットが固定された。
GNドライヴ付きウイングユニット。
大きな翼ではない。
派手な飛行装備でもない。
背中に追加された、姿勢制御用の粒子推進装置だった。
ショウコは赤い機体を持ち上げる。
「仮称、オルトスチールSⅡ」
ぽんぽこが前足を上げた。
「曲がれ猪」
「却下」
リン子が笑った。
「かわいい名前ね」
「かわいくないです」
再びバトル室へ入り、ガンプラバトルシステムを起動する。
『Please set your GP Base.』
「ぷりーせっちゃ、じーぴーべ」
ショウコはGPベースを置く。
今回は相手はいない。
テストフライト。
『Beginning Plavsky particle dispersal.』
「びぎに、ぷらふふきぱーちこーですぽーさ」
『Field selected. City Area.』
「してぃえりあ」
赤い機体が、再びシティエリアへ降り立った。
背中のウイングユニットが低く唸る。
「GNドライヴ出力、低」
「姿勢制御、開始」
「赤猪、飛行補助」
「オルトスチールSⅡ、テスト開始」
ショウコは操縦桿を握った。
軽く前へ出る。
赤い機体が道路を蹴る。
いつもなら、そのまま一直線に進む。
だが、今回は違った。
空中で、肩がわずかに動く。
背中のウイングユニットが粒子を噴く。
赤い機体が、横へ滑った。
着地の前に、軌道が変わる。
曲がった。
ショウコは小さく息を吐く。
「曲がった」
ぽんぽこが言う。
「赤猪、曲がった」
「そこは素直に喜んで」
「曲線機動、獲得」
「よし」
覗き窓ごしにセイが目を輝かせる。
「すごい。あの重さで空中制御できてる」
セイの隣でラルも頷いた。
「よい改修だ」
「でしょう」
ショウコは少し笑った。
少しだけ。
それがいけなかった。
「……トランザム、軽く入れたらどうなるかな」
ぽんぽこが即答する。
「非推奨」
「軽く」
「非推奨」
「一瞬だけ」
「非推奨、強」
覗き窓の外でセイが慌てる。
「ショウコさん、まだ下半身の補強してないですよね?」
「一瞬だけだから」
ラルが言う。
「止まれるか?」
「……たぶん」
ぽんぽこが前足を下ろした。
「たぶん、危険」
ショウコは聞かなかった。
「トランザム」
赤い機体が、さらに赤く染まった。
次の瞬間。
オルトスチールSⅡは消えた。
「うわっ!?」
前へ出た。
出すぎた。
曲がるために付けたウイングユニットが、曲がる前に機体を押し出す。
GNドライヴの粒子が背中から噴き、赤い機体はシティエリアの道路を一直線に飛んだ。
ビルの影が流れる。
道路が消える。
戦場の端が迫る。
警告表示が走った。
場外ライン接近。
推力過多。
姿勢制御限界。
着地制動、不足。
「止まれ止まれ止まれ!」
ショウコは逆噴射をかける。
背中のウイングユニットが悲鳴のように光る。
オルトスチールSⅡの足裏が道路を削った。
火花が散る。
足首が震える。
膝が沈む。
下半身が、速さを受け止めきれていない。
左腕の回転弾倉が、何の意味もなく鳴った。
がいん。
「今じゃない!」
フィールド端まで、あとわずか。
あと一歩。
あと一歩で、戦場の外だった。
あと一歩で、ガンプラではなく、模型店の床の藻屑だった。
赤い機体は、ぎりぎりで止まった。
店内が静まり返る。
カウンターから遠目に眺めていたリン子が最初に言った。
「床、大丈夫かしら〜?」
ショウコはモニターを見た。
フィールドは無事だった。
模型店の床も無事だった。
オルトスチールSⅡの足裏は、無事ではなかった。
ぽんぽこが短い前足を上げる。
「場外未遂」
「うん」
「前ブー、一回」
「うん」
「足裏、要修理」
「うん」
「トランザム、封印推奨」
「……うん」
ラルが覗き窓の外で腕を組んだまま笑った。
「猪が曲がるようになったと思えば、今度は止まれんか」
「はい」
「速さは力だ。だが、止まれん速さは、ただの事故だ」
ショウコは、赤い機体を回収した。
足裏のパーツが削れている。
膝関節にも負荷が入っている。
背中のウイングユニットは動いた。
曲がれるようにはなった。
だが、下半身が追いついていない。
ショウコは小さく息を吐く。
「下半身、補強しないと」
ぽんぽこが言う。
「膝、股関節、足裏、補強推奨」
「うん」
「逆噴射機構、増設推奨」
「うん」
「トランザム前ブー、危険」
「うん」
ショウコは足裏を見ながら言った。
「やったらダメだぞ」
ぽんぽこが前足を上げた。
「自戒、記録」
「記録しないで」
とぼとぼとバトル室から抜け出す。
「はぁ……」
セイが苦笑しながら、赤い機体を覗き込む。
「でも、曲がりましたね」
「曲がった」
「次は、止まれるようにするんですね」
「うん」
ラルが頷く。
「猪に翼をつけたなら、次は脚を鍛えることだな」
「猪じゃないです」
「では、赤い何だ」
ショウコは少し考えた。
削れた足裏を見る。
「……オルトスチールSⅡ、仮称です」
ぽんぽこが言う。
「赤猪Ⅱ、仮称」
「却下」
リン子が笑った。
「バトル室の床が無事でよかったわ」
「本当にすみません」
「大丈夫。次からは、もう少し安全にやってね」
「はい」
ぽんぽこが揺れた。
「床、保護成功」
「それを一番の成果みたいに言わない」
「本日の成果。曲線機動、獲得。トランザム事故、確認。足裏、要修理。床、無事」
「最後が一番大事そうに聞こえる」
ショウコはオルトスチールSⅡを緩衝材の上に置いた。
まだ完成ではない。
曲がれるようにはなった。
でも、止まれない。
速さを受け止める足がない。
改修は、ここからだった。
黒い機体は、サイド7で稼いだ。
赤い機体は、模型店で転びかけた。
どちらも、ショウコのガンプラだった。
勝つために作る。
負けて直す。
曲がれないなら、曲げる。
止まれないなら、止まれるようにする。
ショウコはキャリーケースを閉じた。
がちん、とロックが鳴る。
ぽんぽこが短い前足を上げる。
「次回、下半身」
「次回って言わない」
「修理、確定」
「それは事実」
ラルが静かに笑う。
「楽しみにしている」
「次は当てます」
「当てられる場所に、私がいればな」
ショウコは少しだけむっとした。
「やっぱり舐めてますよね」
「教材だ」
「舐めてます」
「教材だとも」
リン子が笑う。
セイも笑う。
ぽんぽこだけが、真面目な声で言った。
「赤猪、再教育中」
「ぽんぽこ」
「オルトスチールSⅡ、再教育中」
「それなら、まあ」
「赤猪、括弧内」
「括弧内も消して」
イオリ模型店の奥で、赤い機体は修理台に置かれた。
足裏は削れている。
膝も見なければいけない。
背中のユニットも調整がいる。
それでも、ショウコの顔は暗くなかった。
負けた。
失敗した。
でも、理由は分かった。
なら、次は直せる。
オルトスチールSⅡは、まだ仮称だった。
赤い猪は、まだ止まれない。
けれど、曲がることだけは覚えた。
第6話 登場武装簡易カタログ
ショウコの使ったガンプラ及び、対戦相手の使用ガンプラの元ネタを知らない方向けの補足です。
本文中で使用された武装と、その役割をまとめています。
オルトスチールS/ダテ・ショウコ
一点突破用の赤い強襲機。速く、重く、正面突破力に優れるが、直線機動に寄りすぎており、見られている相手には当てにくい。第6話ではランバ・ラルのHGグフに半歩だけ外され、ヒート・サーベルを首元に置かれて敗北した。
回転弾倉式パイルバンカー
左腕に装備された主武装。当たれば大きな損傷を与える一点破壊武装。第6話では突撃からの一撃を狙ったが、グフに踏み替えだけで軸を外され、空振りに終わった。
仮称オルトスチールSⅡ/ダテ・ショウコ
オルトスチールSにGNドライヴ付きウイングユニットを追加した急造改修型。飛行用ではなく、突撃中の姿勢制御と曲線機動を目的とする。第6話では曲がることには成功したが、下半身の補強不足により停止性能が追いつかず、トランザム使用時に場外寸前まで暴走した。
GNドライヴ付きウイングユニット
背部に追加された姿勢制御用ユニット。粒子推進によって空中で軌道をずらすための装備。曲がれないオルトスチールSの弱点を補うために急造されたが、推力に対して脚部と制動機構が不足していた。
トランザム
一時的な高出力モード。第6話では試験段階のオルトスチールSⅡで使用され、推力過多による場外未遂を起こした。ぽんぽこ曰く「非推奨、強」。
HGグフ/ランバ・ラル
古いHGキットを丁寧に整えたグフ。関節可動や武装の自由度は高くないが、その制限を理解したうえで運用されている。第6話では、ショウコに古いキットなりの戦い方を教える教材役となり、ヒート・サーベル一本でオルトスチールSの突撃線を外し、止まる場所に刃を置いた。
ヒート・サーベル
グフの主近接武装。第6話では大きく振るのではなく、オルトスチールSが踏み直す場所へ先に置くことで勝負を決めた。