ガンダムビルドファイターズ ダテ・ショウコの軌跡 作:わしのシアン
ただし、描写は本作内のガンプラバトル用に調整しています。
ガンプラ・バー〈古強者たちの巣窟〉は、東京の少し奥まった場所にある。
表通りからは見えない。
派手な看板もない。
地下へ続く階段の入口に、小さな木製の札が下がっているだけだった。
古強者たちの巣窟。
名前だけなら、冗談みたいな店だった。
だが、その扉の向こうにある空気は、冗談ではなかった。
開業から七年。
ガンプラバトルシステムが今ほど整っていなかった頃から筐体を置いている、中堅のガンプラ・バー。
酒を飲みながらガンプラを語り、古いキットを持ち寄り、時々本気で負けて悔しがる大人たちの店。
賞金戦はない。
店舗ポイント戦もない。
時間料金。
一時間三千円。
飲料は基本料金に含まれる。
食事は別料金。
安い店ではない。
だが、大型GBSを維持し、宇宙戦まで回せる地下対戦場を持ち、古いキットの話を朝までできる店である。
安いわけがなかった。
その店の扉を、ランバ・ラルが開けた。
「ハモン」
ラルの声に、カウンターの奥でグラスを拭いていた女性が顔を上げる。
クラウレ・ハモン。
三十代前半の女主人だった。
落ち着いた髪。
柔らかい声。
だが、店の空気を支配する目をしている。
ショウコは、その目を見た瞬間に思った。
この人、強い。
ガンプラを操縦するかどうかは知らない。
でも、店を操縦している人間の目だった。
「いらっしゃい、ラル」
ハモンは笑った。
その視線が、ラルの後ろへ向く。
ダテ・ショウコ。
そして、キャリーケースの上に座る、タヌキのぬいぐるみのようなロボット。
ぽんぽこ。
ハモンは少し目を細めた。
「あら。あなたが、赤い猪の子ね」
ショウコの足が止まった。
「違います」
即答だった。
ラルが笑う。
「早いな」
「違いますから」
ハモンは小さく首を傾げた。
「ラルに聞いているわ。赤くて、速くて、曲がらなかった子」
「今は曲がれます」
「そうなの?」
「改修しました。もう曲がれます。猪じゃありません」
ぽんぽこが短い前足を上げた。
「赤猪、曲線機動、獲得」
「ぽんぽこ」
「事実確認」
ハモンはぽんぽこを見た。
タヌキ型の小さなロボット。
キャリーケースの上で、短い前足を上げている。
「あら、かわいい」
ぽんぽこが固まった。
「ぽんぽこ、高性能AI」
「そう。賢いのね」
「ぽんぽこ、高性能」
「ふふ。いい子ね」
ハモンはカウンターの下から、小さな皿を出した。
そこには、丸いクッキーが数枚置かれている。
「食べる?」
「摂食機能、なし」
「そうなの。残念」
ぽんぽこは短い前足を下げた。
「初見認識、もふもふタヌキロボ」
「合ってる」
「訂正要求」
「今日は我慢して」
ショウコはため息をついた。
その様子を見て、カウンター席の常連たちが笑った。
「かわいいお嬢ちゃんが来たな」
「タヌキ連れだ」
「ラルさん、どこで拾ってきた」
「拾ってません」
ショウコは即座に言う。
「私は十九です」
「若いなあ」
「若手だな」
「お嬢ちゃんだ」
「お嬢ちゃんじゃないです」
ぽんぽこが言う。
「ショウコ、若手」
「ぽんぽこまで」
「平均年齢、高」
常連たちが笑う。
ショウコは少しだけ眉を寄せた。
サイド7では、黒い賞金稼ぎ。
イオリ模型店では、変なお姉さん。
ここでは、赤い猪の子。
分類が雑だった。
「ホームでは、黒い賞金稼ぎで通してます」
ショウコは言った。
ハモンが微笑む。
「黒い方なの?」
「ゴーストファイターSの方です」
「ああ、ラルから聞いているわ。黒い機体で稼ぐ子」
「その呼び方ならまだいいです」
「でも今日は赤い子なのでしょう?」
「今日は改修試験です」
ラルが腕を組む。
「ほう。ならば、この戦場で新たな猪を試すとしよう」
「猪じゃないです」
「では、新たなオルトスチールSⅡを試すとしよう」
「最初からそれでお願いします」
ハモンがカウンターの横にある端末を操作した。
「ちょうど、地下が空いたところよ」
ショウコは顔を上げた。
「地下?」
「大型GBSがあるの」
ハモンは微笑む。
「うちは、宇宙も砂漠もできるわ」
常連の一人が立ち上がる。
「五対五、人数足りるぞ」
「シャッフルでいいか」
「新入りの赤い子も入れよう」
「赤い子じゃないです」
「じゃあ赤い猪」
「もっと悪い」
ぽんぽこが前足を上げた。
「赤猪、参加確定」
「まだ確定してない」
ハモンが言う。
「一時間三千円。飲み物は基本料金に含まれるわ」
「高い」
「食事は別料金」
「さらに高い」
「賞金戦はないから安心して」
「勝っても戻らないんですね」
「そうよ」
ショウコは少し考えた。
ライトニングブリッツSは修理中。
ゴーストファイターSはサイド7で稼いだが、今日は持ってきていない。
キャリーケースの中にあるのは、赤い機体。
オルトスチールSⅡ。
曲がることを覚えた赤い機体。
まだ、止まることも、戻ることも、知らない機体。
「やります」
ショウコは言った。
ラルが満足そうに頷いた。
「よし」
常連たちがぞろぞろと立ち上がる。
その動きは、妙に早かった。
飲んでいたはずなのに、ガンプラのケースを持つ手はぶれない。
ショウコは少しだけ引いた。
「皆さん、準備早くないですか」
「五対五は逃すと次がない」
「大型GBSは空いている時に使う」
「砂漠ならなおさらだ」
「砂漠?」
ハモンが端末を操作する。
「今日のおすすめフィールドは砂漠ね」
「おすすめフィールド」
「店の大型GBSは、日によって粒子調整の癖が出るの。今日は砂が綺麗に出るわ」
「砂が綺麗に出る」
ショウコは反復した。
この店の会話は、時々おかしい。
だが、常連たちは真顔だった。
ラルが言う。
「砂漠はよい。足が出る」
「足が?」
「動きの癖が出る」
ショウコは、キャリーケースの取っ手を握り直した。
がら、ごろ、ごろり。
地下へ続く階段を、キャリーケースの車輪が鳴らす。
ぽんぽこはその上で揺れていた。
「地下GBS、移動」
「落ちないでね」
「安定、良好」
地下には、広い部屋があった。
天井は高い。
壁には防音材。
奥には、大型のガンプラバトルシステムが鎮座している。
イオリ模型店のものより大きい。
サイド7のものより、重い。
筐体の縁には、細かな傷があった。
七年分の戦闘と整備の跡。
初期型ではない。
だが、初期環境を知る者たちが使い続け、直し続けた筐体だった。
ショウコはそれを見て、少しだけ息を呑んだ。
「大きい」
ぽんぽこが言う。
「大型GBS、検出」
「分かるの?」
「筐体規模、大。粒子出力、高。維持費、高」
「最後は言わなくていい」
常連たちは、それぞれのガンプラを台に置いていく。
ドム。
ザク・デザートタイプ。
グフ・カスタム。
ザクキャノン。
ジム・スナイパーⅡ。
陸戦型ジム。
ザクⅡ改。
ガンキャノン量産型。
ジム・スナイパーカスタム。
そして、オルトスチールSⅡ。
ジオンも連邦も混ざっている。
シャッフルマッチ。
勝つための陣営ではない。
その場に集まった機体で、戦う。
これもまた、ガンプラバトルだった。
ハモンが端末を見た。
「チーム分け、出たわ」
モニターに表示される。
チームA。
ダテ・ショウコ/オルトスチールSⅡ。
陸戦型ジム。
ザクⅡ改。
ガンキャノン量産型。
ジム・スナイパーカスタム。
チームB。
ドム。
ザク・デザートタイプ。
グフカスタム。
ザクキャノン。
ジム・スナイパーⅡ。
ショウコは敵編成を見た。
汎用二枚。
強襲一枚。
支援二枚。
かなり普通に、嫌な編成だった。
前衛がいる。
強襲もいる。
支援が二枚いる。
砂漠で、射線が通る。
支援を放置すれば、味方前線が削れる。
ショウコはオルトスチールSⅡを見下ろした。
「支援、行きます」
味方の陸戦型ジム使いが言った。
「行くなら、戻ってきてくれ」
「はい」
ザクⅡ改の常連が肩をすくめる。
「刺さるならいいけど、刺さりっぱなしは困るぞ」
「刺さりっぱなし」
ぽんぽこが前足を上げた。
「赤猪、帰還課題」
「うるさい」
ガンキャノン量産型の常連が、穏やかに言う。
「敵のグフカスタムは、こっちに来ると思う。できれば見てくれると助かる」
ショウコは敵のグフカスタムを見た。
第3話で、ライトニングブリッツSを落とされた記憶がよぎる。
ヒートロッド。
ガトリング。
詰めてくる強襲。
だが、敵にはザクキャノンとジム・スナイパーⅡがいる。
砂漠の後ろに、射線を作る支援が二枚。
敵支援を落とせば、味方前線は楽になる。
だが、敵強襲を放っておけば、味方支援が食われる。
どちらも強襲の仕事だった。
どちらかを選ばなければならない。
ショウコは判断する。
「支援を先に落とします」
ぽんぽこが言う。
「敵強襲、未処理」
「後で」
「後で、危険」
「分かってる」
分かっている。
そのつもりだった。
『Please set your GP Base.』
大型GBSの音声が、地下室に響いた。
ぽんぽこが小さく復唱する。
「ぷりーせっちゃ、じーぴーべ」
ショウコはGPベースを置いた。
常連たちも、それぞれのGPベースをセットする。
『Beginning Plavsky particle dispersal.』
「びぎに、ぷらふふきぱーちこーですぽーさ」
『Field selected. Desert.』
「でざーと」
プラフスキー粒子が満ちる。
大型GBSの中に、砂漠が広がった。
空は白い。
地平線は揺れている。
砂丘が重なり、岩場が点在し、遠くに壊れた基地の残骸が見える。
足を取る砂。
遮蔽になる岩。
長い射線。
砂漠。
オルトスチールSⅡは、赤い足で砂を踏んだ。
足が沈む。
わずかに。
だが、確かに沈む。
ショウコは操縦桿を握る。
「動ける」
ぽんぽこが言う。
「砂地補正、重」
「でも動ける」
「赤猪、砂漠走行」
「だから猪じゃない」
試合開始のカウントが落ちる。
五。
四。
三。
二。
一。
『Battle start.』
砂漠が動いた。
味方の陸戦型ジムとザクⅡ改が前に出る。
ガンキャノン量産型が少し下がり、キャノンを構える。
ジム・スナイパーカスタムは岩陰へ回り、射線を探る。
敵のドムが、砂上を滑った。
ホバー移動。
砂を巻き上げながら、横へ流れる。
ザク・デザートタイプが、その後ろで足を止め、ミサイルをばらまいた。
グフカスタムは、まだ前に出ない。
敵支援は、後ろだ。
ザクキャノン。
ジム・スナイパーⅡ。
ショウコは砂丘の影へ機体を沈める。
オルトスチールSⅡの背中で、GNドライヴ付きウイングユニットが低く唸った。
飛ぶためではない。
曲がるため。
砂丘の向こうで、ザクキャノンがキャノンを撃つ。
味方の陸戦型ジムの前に、砂柱が立った。
「行く」
ショウコは前へ出た。
赤い機体が砂を蹴る。
まっすぐではない。
砂丘の斜面を斜めに登る。
背中のウイングユニットが粒子を噴く。
オルトスチールSⅡが、砂の上で軌道を曲げた。
以前の赤い機体なら、そのまま直線で突っ込んでいた。
今は違う。
砂丘の裏をなぞるように、赤い影が滑る。
ザクキャノンの砲身が向く。
遅い。
ショウコは左腕を構える。
回転弾倉が鳴った。
がいん。
パイルバンカーが、ザクキャノンの胴体へ叩き込まれる。
装甲が歪む。
キャノンの砲身が跳ねる。
撃破判定。
『Enemy unit destroyed.』
ショウコは息を吐いた。
「一機」
ぽんぽこが言う。
「敵支援、一機撃破」
「次」
ジム・スナイパーⅡは、さらに後ろにいた。
白い機体。
砂丘の稜線の向こう。
ビームスナイパーライフルを構え、必要な時だけ身体を出す。
狙撃手だった。
ショウコはそちらへ機体を向ける。
その時、味方の通信が入った。
「グフカスタム、来てる!」
ガンキャノン量産型の声。
ショウコは一瞬だけ、前線の方を見る。
グフカスタムが砂を蹴っていた。
右腕のヒートロッドが伸びる。
味方のガンキャノン量産型へ向かっている。
ぽんぽこが言う。
「敵強襲、味方支援へ接近」
「見えてる」
「対応推奨」
ジム・スナイパーⅡの銃口が光る。
白いビームが、味方の陸戦型ジムの足元を撃った。
陸戦型ジムがよろける。
そこへドムのバズーカが入る。
前線が揺れる。
ショウコは奥歯を噛む。
「先に支援」
「敵強襲、未処理」
「ジムスナを止める」
赤い機体が走る。
砂丘を越える。
ジム・スナイパーⅡが後退する。
速い。
支援機の動きではない。
砂の上で無駄なく下がり、岩陰へ入る。
ショウコはさらに踏み込む。
背中のウイングユニットが粒子を噴く。
横へ曲がる。
岩陰を回る。
白い機体が見えた。
「そこ」
回転弾倉が鳴る。
がいん。
オルトスチールSⅡの左腕が、ジム・スナイパーⅡへ伸びる。
ジム・スナイパーⅡはライフルを捨てなかった。
下がりきれない。
受けきれない。
それでも、銃口を下げない。
パイルバンカーが、白い胴体を捉えた。
杭が入る。
装甲が歪む。
ジム・スナイパーⅡの胴体が、大きく弾けた。
ショウコは、撃破したと思った。
だが、表示は出ない。
撃破判定が出ない。
「なんで」
警告表示。
敵機損傷、大。
脚部制御低下。
右腕可動不良。
だが、中枢判定を貫けていなかった。
戦闘継続不能では、ない。
ジム・スナイパーⅡの左腕が、ビームスナイパーライフルを支えていた。
白い機体は膝をつきかけている。
それでも、銃口は赤い機体の胸へ向いている。
「まだ撃つの」
ぽんぽこが叫ぶ。
「撃破未確認」
遅い。
オルトスチールSⅡは近すぎた。
速すぎた。
そして、止まれなかった。
白い光が走った。
ビームスナイパーライフル。
赤い胸部を、真っ直ぐに貫く。
モニターに警告が走る。
胸部損傷、致命。
中枢判定、喪失。
戦闘継続不能。
『Unit destroyed.』
ショウコの視界が赤く染まる。
「……落としきれなかった」
ぽんぽこが低く言う。
「敵支援、一機大破。撃破未確認」
その間に、味方の声が重なった。
「ガンキャノン、落ちた!」
「グフが抜けた!」
「前、下がる!」
「ドム止まらない!」
ショウコはモニターを見る。
味方のガンキャノン量産型が落ちている。
ジム・スナイパーカスタムが位置を下げる。
陸戦型ジムはドムとザク・デザートタイプに押されている。
ザクⅡ改も、砂の中でよろけていた。
敵のグフ・カスタムは、すでに次の獲物へ向かっている。
赤い機体は、動けない。
戻れない。
前線は、遠い。
砂の向こうで、味方が一機ずつ落ちていく。
試合は、長く続かなかった。
『Battle ended. Winner, Team B.』
地下の大型GBSから、粒子の光が引いていく。
砂漠が消える。
現実の床が戻る。
ショウコは操縦席の前で固まっていた。
オルトスチールSⅡは回収台の上で、胸部を撃ち抜かれた状態で止まっている。
左腕のパイルバンカーは無事だった。
胸が死んでいた。
ぽんぽこがキャリーケースの上で言う。
「敗北」
「分かってる」
「敵支援、一機撃破」
「うん」
「敵支援、一機大破」
「うん」
「撃破未確認」
「うん」
「帰還、未達」
「……うん」
「強襲任務、失敗」
ショウコは黙った。
ぽんぽこは少しだけ前足を下げた。
「言葉、選択中」
「今のが?」
「選択後」
「選んでそれ」
常連たちが、ガンプラを回収しながら集まってくる。
陸戦型ジムの常連が、ショウコを見る。
怒ってはいなかった。
だが、優しくもなかった。
「ザクキャノンを落としたのは助かった」
「はい」
「ジム・スナイパーⅡにも届いた」
「はい」
「でも、落としきれてない」
「……はい」
「それで君が落ちた」
ショウコは頷いた。
ガンキャノン量産型の常連が、穏やかな声で続ける。
「こっちは、グフカスタムに食われた」
「……はい」
「来てくれると助かった」
ショウコは顔を上げられなかった。
「支援を落としに行くのは、間違いじゃない」
ジム・スナイパーカスタムの常連が言う。
「でも、支援を刈り取れない強襲が、戻ってもこない。前線から見ると、それは一枚欠けたのと同じだ」
ショウコの肩が少し沈む。
ぽんぽこが言う。
「一枚欠け、検出」
「追い討ちしないで」
ザクⅡ改の常連が笑う。
「まあ、最初はそんなもんだ。刺さりに行くのは得意そうだしな」
「刺さるのは、できます」
「なら、次は抜いて帰ってこい」
その言葉に、ショウコは少しだけ顔を上げた。
抜いて、帰る。
刺さったまま死なない。
それが、今回できなかったこと。
奥で、ジム・スナイパーⅡの常連が白い機体を見ていた。
胴体は大きく歪んでいる。
右腕もおかしい。
脚部も危ない。
それでも、撃破判定は出なかった。
常連はショウコを見る。
「いい突撃だったよ」
「でも、落とせませんでした」
「撃破表示を見るまでは、倒したとは言わない」
ショウコは、その言葉を黙って受け取った。
ハモンが、地下への階段から降りてきた。
手には、水の入ったグラスがある。
それをショウコの前に置いた。
「お疲れさま」
「負けました」
「見ていたわ」
「……恥ずかしいところを」
「いいえ」
ハモンは微笑む。
「ガンプラは自由よ」
「はい」
「でも、戦場は自由にしてくれないの」
ショウコは水を見た。
透明な水だった。
何のごまかしもない。
ラルが腕を組んでいる。
「好きに作るのはよい」
「はい」
「好きに死ぬのは、よくない」
「……はい」
ぽんぽこが言う。
「赤猪、要再教育」
「猪じゃない」
声は弱かった。
常連たちが少し笑う。
笑われている。
だが、馬鹿にされているわけではない。
この店の笑いは、少しだけ重い。
失敗した者に、次も来いと言う笑いだった。
ショウコはオルトスチールSⅡを見た。
曲がれるようにはなった。
ザクキャノンは落とした。
ジム・スナイパーⅡにも届いた。
だが、落としきれなかった。
戻れなかった。
味方を守れなかった。
強くなったはずの赤い機体は、砂漠で死んだ。
どれだけ強そうになっても、死んだら一緒。
ガンプラは自由だ。
だが、勝てるとは言っていない。
ショウコは水を飲んだ。
冷たかった。
「次は」
言いかけて、止まる。
次は落とす。
そう言おうとした。
だが、それだけでは足りない。
ショウコは言い直した。
「次は、落として戻ります」
ラルが頷く。
「それでよい」
ぽんぽこが前足を上げる。
「次回目標。撃破確認。帰還達成。味方支援、防衛」
「次回って言わない」
「課題、多」
「それは分かってる」
ハモンが笑った。
「今日は飲み物だけにしておく?」
「食事は別料金でしたよね」
「ええ」
「今日は飲み物だけで」
ぽんぽこが言う。
「資金、防衛」
「そこは防衛できた」
常連たちがまた笑った。
地下の大型GBSは静かに光っている。
砂漠は消えた。
だが、砂の感触は、ショウコの指に残っていた。
赤い猪は、曲がれるようになった。
だが、帰ることを知らなかった。
古強者たちの巣窟。
その名の通りの場所だった。
優しい。
子供には甘い。
だが、戦場で死んだ強襲には、甘くない。
第7話 登場機体簡易カタログ
今回はショウコが使用したオルトスチールSⅡについてまとめています。
オルトスチールSⅡ/ダテ・ショウコ
オルトスチールSにGNドライヴ付きウイングユニットを追加した急造改修型。
直線突撃に寄りすぎていた機体を、砂丘や遮蔽物に沿って曲がれるようにした形態。
第7話では砂漠の5対5戦に投入され、ザクキャノンの撃破には成功した。
しかしジムスナイパーⅡを落としきれず、反撃のビームスナイパーライフルで胸部を撃ち抜かれて戦闘不能になった。
支援機を狙う判断自体は間違いではなかったが、撃破確認と帰還ができなかったことが敗因。
また、三連マシンキャノンや両肩部小型ミサイルを使わず、パイルバンカーの一撃に頼りすぎた点も課題として残った。
曲がれるようにはなった。
だが、まだ帰ることを知らない機体である。
回転弾倉式パイルバンカー
左腕に装備された一点破壊武装。
第7話ではザクキャノンを撃破し、ジムスナイパーⅡにも大損傷を与えた。
ただし、ジムスナイパーⅡ戦では中枢判定を貫けず、撃破には至らなかった。
当たれば強いが、当てた後の撃破確認と離脱が必要になる。
GNドライヴ付きウイングユニット
背部に追加された姿勢制御用ユニット。
飛行用ではなく、突撃中に軌道をずらすための装備。
第7話では砂漠での曲線機動に成功したが、敵支援に刺さった後の離脱や味方前線への帰還にはつながらなかった。