あくまでエンタメ、科学への導入としてお楽しみください。
また原作内での現象について独自解釈を含みます。
夜。
復興中の街の外れに建てられた研究施設では、今日も遅くまで灯りがついていた。
石化現象の謎を解き、世界を取り戻した科学者たちは、今度はさらに無茶な目標へ向かっていた。
タイムマシン。
人類の歴史そのものに挑む、途方もない研究。
研究室の中では、数式が並び、図面が積まれ、試作品が何度も分解されていた。
千空とゼノも、今日一日ほとんど休まず議論と検証を続けていた。
その帰り道。
資料運びを手伝っていたスイカは、少し眠そうに目をこすりながら二人の後ろを歩いていた。
研究施設を離れるにつれて、街の灯りは少なくなっていく。
代わりに、空が広くなった。
「……わぁ」
スイカは思わず足を止めた。
夜空いっぱいに、星が広がっていた。
小さな光が、いくつも、いくつも。
その一つ一つが、チカチカと瞬いている。
「お星さまって……なんでキラキラしてるんだよ?」
前を歩いていた千空とゼノが、同時に振り返った。
「いい質問じゃねえか」
「実に観察者らしい疑問だ」
スイカは少し照れながら、空を指差した。
「だって、ずっと光ってるだけじゃなくてチカチカしてるんだよ。お星さまは光ったり消えたりしてるんだよ?」
千空は口元を上げた。
「結論から言うとな、星そのものが点滅してるわけじゃねえ」
「えっ、違うの?」
ゼノが夜空を見上げながら言った。
「原因は地球の大気だ」
「たいき……って、空気のこと?」
「そうだ」
ゼノは近くに落ちていた細い枝を拾い、地面に簡単な図を描いた。
上に星。
下に地面。
その間に、何本もの波打つ線。
「星の光は、遥か遠い宇宙からまっすぐ地球へ届く。だが、地球の周りには空気の層がある」
千空が続ける。
「空気っつっても、全部が全部同じ状態じゃねえ。あったけえ空気、冷てえ空気、濃い空気、薄い空気。そいつらがグチャグチャに混ざって、ずっと動いてんだよ」
スイカは空を見上げる。
「目には見えないのに動いてるんだよ?」
「あ゛あ゛、めちゃくちゃな」
千空は近くの煙突を指差した。
まだ火の残る作業場の上で、温かい空気がゆらゆらと立ちのぼっている。
その向こうにある建物の輪郭が、わずかに歪んで見えた。
「あれ見てみろ」
「……あっ。向こうの建物が、ぐにゃぐにゃしてるんだよ!」
「熱い空気が上がって、光の通り道を曲げてんだよ」
ゼノが補足する。
「光は通る場所の空気の密度が変わるとほんの少し曲がる。水の中の物が歪んで見えるのと同じ原理だ」
「水の中の石が、違う場所にあるみたいに見えるやつ!」
「そうだ」
千空が空を指差す。
「星の光も、地球の空気を通る間にちょいちょい曲げられてる。だから地上から見ると、星の位置や明るさが細かく揺れる」
「それが、お星さまがキラキラして見える理由なんだよ……?」
「そういうことだ」
スイカは納得したように頷いた。
けれど、すぐにまた首を傾げる。
「でも……」
「ん?」
「全部のお星さまが、同じくらいキラキラしてるわけじゃない気がするんだよ」
千空とゼノが、少しだけ目を細めた。
スイカは空の高いところを指差した。
「真上の方の星は、ちょっと落ち着いてる感じがするんだよ」
それから、遠くの地平線近くを指す。
「あっちの低い星の方が、もっとチカチカしてる!」
千空の笑みが深くなる。
「ハッ。流石は名探偵スイカ様だ。良い目してんじゃねえか」
ゼノも満足そうに頷いた。
「実にエレガントだ、Dr.スイカ。その観察は正しい」
「本当!?」
千空は地面の図に、もう一本、斜めの線を描き加えた。
真上の星から地面へ落ちる短い線。
地平線近くの星から、斜めに長く伸びる線。
「真上の星の光は、大気を突っ切る距離が短い」
千空は短い線を枝で叩く。
「だが、地平線近くの星の光は斜めから来る」
今度は長い線をなぞる。
「そのぶん、大気の中を長く通る。つまり揺れる空気にたくさん邪魔される」
スイカの顔がぱっと明るくなる。
「だから低いお星さまの方が、いっぱいキラキラするんだよ!」
「正解だ」
ゼノが言う。
「大気の層を長く通れば通るほど、光は揺らぎの影響を受けやすい。地平線近くの星は、まさにその条件に当てはまる」
スイカは嬉しそうに、真上の星と低い星を何度も見比べた。
「ほんとだ……見方が分かると、空って全然違って見えるんだよ」
千空は肩をすくめる。
「科学ってのは、そういうもんだ。知る前と後じゃ、同じ景色でも見え方が変わる」
その言葉に、スイカは少しだけ胸を張った。
けれど次の瞬間、また新しい疑問が浮かぶ。
「じゃあ、お月さまも空気で揺れてるんだよ?けど、お月さまはお星さまみたいにキラキラしないんだよ」
「そこまで来るか」
千空が感心したように笑う。
ゼノは星空を指差した。
「星はあまりにも遠いため、地上からはほとんど点に見える。点の光は、少し通り道がずれるだけで明るさが大きく変わって見える」
続けて月を指す。
「だが月は違う。大きさを持った面として見えている」
千空が噛み砕く。
「月の右端の光がちょい揺れても、左端や真ん中の光もあんだろ。全部まとめて見りゃあ、揺れが平均化されるってワケだ」
「だから、あんまりキラキラしない……」
「その通りだ」
スイカは両手を合わせた。
「お星さまは点だからキラキラして、お月さまは大きいからキラキラしにくいんだよ!」
「いいまとめだ」
ゼノが静かに言った。
「ついでに言えば、惑星も恒星より瞬きにくいことが多い」
「惑星?」
「火星や木星のような星だ。あれらは恒星ではなく、太陽の光を反射している天体だが、望遠鏡で見ればわずかに面積を持って見える。故に恒星より瞬きが目立ちにくい」
千空がニヤリとする。
「昔の人間は、そういう見え方の違いも使って夜空を見てたってワケだな」
(解説イラストですが一部生成AIを使用しています。苦手な方はご注意ください)
スイカは感心して空を見上げた。
ただキラキラしているだけに見えた夜空が、急にたくさんの仕組みを持ったものに見えてきた。
空気。
光。
距離。
角度。
星と月の違い。
スイカの中で、夜空が少しずつ解けていく。
「けどな」
千空がぽつりと言った。
「その空気の揺れってのは、天文学者にとっちゃクッソ厄介な邪魔者でもある」
ゼノの目が、研究者のそれに変わった。
「地上望遠鏡の最大の敵の一つだな。大気がある限り、星の像は常に揺らぐ」
「なら、空気がないところで見たら……」
スイカが言いかける。
千空が笑う。
「そう。宇宙に望遠鏡を置きゃいい」
「宇宙に!?」
「大気の外なら空気で光が曲がらねえ。星の姿を、地上よりずっとクリアに見れるっつう訳だ」
ゼノが続ける。
「宇宙望遠鏡はそのための観測装置でもある。大気の揺らぎを避け、宇宙から直接光を受け取る」
スイカは目を輝かせた。
「星がキラキラする理由から、宇宙に望遠鏡まで置くことになっちゃったんだよ……!」
「科学は全部つながってる」
千空が言った。
「地面から空を見上げる話が、宇宙に機械を飛ばす話になる。唆るだろ?」
「そそるんだよ!」
スイカは満面の笑みで頷いた。
だが、そこでゼノが少しだけ口角を上げた。
「もっとも、二十一世紀の地上望遠鏡も黙って大気に負けていたわけではないがね」
千空が反応する。
「補償光学か」
「そうとも。大気の揺らぎを測定し、鏡の形をリアルタイムで変形させ、乱れた光を補正する。実にエレガントな技術だ」
「空気でグニャった光を、機械でグニャり返して元に戻すってことだな」
「かなり乱暴な表現だが、概念としては悪くない」
スイカは二人を交互に見る。
「えっと……鏡が動くんだよ?」
「秒間何百回、何千回という速度でね」
「そんなに!?」
ゼノの声に、だんだん熱が入り始める。
「星の瞬きは単なる美しい現象ではない。観測誤差であり、補正対象であり、同時に大気の状態を知る手がかりでもある」
千空も完全に乗った。
「さらに分光観測まで絡めりゃ、惑星の大気に何が混ざってるかまで見えてくる」
「恒星の光が惑星の大気を通過した時、特定の波長が吸収される」
「酸素、水蒸気、メタン……」
「生命活動の痕跡を示す可能性もある」
「つまり遥か彼方の星の周りに——」
ゼノの言葉を、千空が継いだ。
「生き物がいるかもしれねえって探れるワケだ」
二人の足取りが速くなる。
「クク、なら次は系外惑星の直接撮像だな」
「主星光の遮蔽技術が必要になるが」
「コロナグラフか、スターシェードか」
「重力レンズの利用も検討に値する」
「いや、タイムマシン開発の副産物で高精度制御が確立すりゃ——」
スイカはぽつんと後ろに残された。
「……お星さまがキラキラするって話だったんだよ?」
二人はもう聞いていない。
「恒星間航行に必要な観測精度は——」
「その前にエネルギー収支だ。ワット単位で見積もる必要がある」
「光圧推進も捨てがたい」
「いや、相対論効果を考慮しろ」
スイカは夜空を見上げた。
低い星が、ひときわ強くチカチカと瞬いている。
さっきまで不思議なだけだったその光が、今は少しだけ分かる。
空気の中を長く旅して、揺らぎながら届いている光。
「……うん」
スイカは小さく笑った。
「全部は分かんないけど、お星さまがキラキラする理由は分かったんだよ」
前方では、千空とゼノがまだ宇宙の話を続けている。
スイカは二人を追いかけながら、もう一度だけ空を見上げた。
夜空では、無数の星が静かに瞬いていた。
スイカちゃんの口調難しいんだよ。