―――新天地京都、丁度京都駅に着いた。次にいつ来るかもわからないので観光でもしようかと思った。駅を出て道を歩くが妙にひと気が少ない。降りる駅間違えたかなと思ったが京都駅の案内表示板が出ている。どうやら裏通りへ出てしまったらしい。このままグルリと回って表通りに向かおうと思った時…
「誰か⁉ 助けて⁉」
「可愛い顔してる上にスタイルも良いじゃん。俺我慢出来ねえよ、早くヤッちまおうぜ!」
馬鹿はどこにでもいるんだなぁと溜め息をつきながら声の発生源を走って探す。見つけた。裏通りの更に裏路地らしき場所、そこにひとりの女性を6人の男たちが囲んでいる。思考が追い付く前に声が出た。
「何 や っ て ん だ て め え ら‼」
「てめえこそ何だよ、邪魔すんならブッ殺すぞ!」
「やってみろや。」
男がナイフを取り出す。真っすぐ突進して俺の腹に刺す。
「……何だそれ?」
「……。」
僅かに刺さっているナイフを袖を伸ばして掴んで指紋が付かないように投げ捨てた。唖然としている様子の男の顔を両手で掴んで思いっきり膝蹴りをブチ込む。上下の前歯が綺麗に全損してブッ倒れた。残り5人、の内3人がナイフを持って構える。真っすぐ向かってくるが今度は刺さってはやれない。左右のストレートと股間に前蹴りをブッ込んで気絶させる。残り2人。前蹴りで顎を蹴り上げ脚を折りたたんで勢いのまま回し蹴りを側頭部に叩きこむ。呆気なく倒れて地面に頭を打ち付ける。男のひとりのポケットをまさぐって携帯電話…スマホというやつで通報する。電話は切らないまま放置した。女性の腕を握る。
「警察が来ると面倒なので逃げましょう。」
女性と共に京都駅へ戻った。
「それでは失礼します。」
一礼して立ち去ろうとした。袖を掴まれた。
「た、助けていただいたお礼をさせてください⁉」
困った。このままではお礼目当てで良からぬことを要求する変態野郎だと思われるかもしれない。
「人として当然のことをしただけです。お気になさらないでください。」
振り払い、去ろうとするがそれでも袖を掴まれる。
「せめてお名前と連絡先でもどうか⁉ お願いします⁉」
「……二度と会うことはないでしょうが、もし次に会うことがあったら貴女のお好きになさってください。」
今度こそ振り払った。切符売り場で切符を買い目的地へと向かう電車に乗った。
「……。」
最寄り駅で降りた。目的地…北宇治高等学校。地図を頼りにうろついた。何分か遠回りしたが道は覚えた。次…契約したばかりのボロアパート。走って向かった。今度は迷わなかった。今通った道を通学路にしようと決めた。部屋に入ってジャージに着替える。走り込みと筋トレをしまくった。頭がフラフラになるまで追い込んだ。どうにか部屋まで辿り着いて電子ジャーのスイッチを入れシャワーを浴びて柔軟体操をした。電子音が鳴る。丼にご飯を盛って納豆とレトルトものをかけてスプーンでかきこんだ。薬を取り出して口の中に放り込み水道水で流し込んだ。布団に入りノートPCを眺める。適当にネットに記事を読んでいる内に頭がボーっとしてきたので急いで電源を切って枕に頭を置いて目を瞑った。
翌日、入学式当日。せっかくなのでバリカンで髪を刈り上げ髭と眉を剃って洗髪歯磨き洗顔を済ませた。走って登校した。昇降口でクラス割りを確認して教室にバッグを置いて体育館をへ向かった。早く来すぎたらしく周囲を見渡す。倉庫に入り目当てのものを見つけた。テンションが上がり活用させていただいた。時間を潰している内にざわめきが聞こえる。俺も列に並んだ。退屈な入学式が終わり教室へ戻る。席につきボケーっと教室を見渡す。特に何かを期待しているわけではない。ただ退屈な高校生活が始める、そう思っていた。ひとりの女子が入ってきた。見惚れた。美しい。綺麗な顔立ちで温和そうな雰囲気、髪も美しくて艶のある茶色がかった長い髪。人生初めての衝撃だった。ドキドキする。その彼女がこちらを向いて満面の笑みで歩み寄ってくる。何だろうか。思考が混乱する。隣の席に座った。椅子をこちらに向けて一礼する。
「またお会い出来ましたね! 改めて…助けていただいてありがとうございました! 『もし次に会うことがあったら貴女のお好きになさってください。』と仰ったので好きにさせていただきます!」
「あー…ええと…貴女とは初対面のはずですが…?」
「えー⁉ あんなに感動的な出会いだったのにとぼけないでください⁉ 私、本当に感謝しているんですよ⁉ 恩返しさせてください⁉」
「すみません…。あの時は顔もロクに見ていない状態だったので実感が湧きません…。」
「そういえば今も目線を逸らしていますね? どうしてですか?」
「女性と会話するのに慣れていなくて…特に貴女のような美人と目を合わせるなんてとても無理です…。」
「び⁉ じゃなくって⁉ 本当に女性慣れしていないんですか⁉ そうやって女の子を口説いてるんじゃないんですか⁉」
「口説くなんてとても…彼女も女子の友達もいない根性無しですよ…。」
「根性無しがナイフ持った不良6人もやっつけたりしませんよ。」
「相手が弱すぎましたからお気になさらないでください。」
「気にしますよ⁉ 本当に感謝しているんですから⁉」
担任の先生らしき人が入ってきた。
「あ、失礼します。」
「いえ、こちらこそ。」
正面に向き直る。軽い挨拶を済ませて生徒をひとりひとり呼んでいく。早速俺の番になる。
「かがみ…いや…かくがみ…すまん。名前を教えてくれないだろうか。」
「藺上鷲武弥(いのうえじゅんな)と申します。」
「え⁉」
と隣の彼女が驚いた様子だ。
「私も『いのうえじゅんな』っていうんですけど、どういう字を書くんですか⁉」
こうですとノートに書いて渡した。
「『藺上鷲武弥』これで(いのうえじゅんな)って読むんですか…。初めてで読める人いないと思いますよ…。苦労しませんでした…?」
「しましたが慣れました。」
ちなみに私はこうですとノートに書いて渡された。『井上順奈』 いい名前だと思った。彼女にピッタリだと思った。
「いい名前ですね。」
「そうですか? 普通ですよ。」
「美しい貴女にピッタリな名前だと思いますよ。」
「うっ⁉ じゃなくって⁉ 女性慣れしてないなんて嘘でしょう⁉ 信じられませんよ⁉」
「本当です。」
そういえば…普段の俺なら言わないようなことでも彼女が相手ならスラスラと言えてしまう。彼女の人柄故なのだろうか。とても安心する。
長いホームルームが終わり下校となった。帰り支度をしていると
順奈「藺上くん! うーん違うな…同じ「いのうえじゅんな」同士ですし鷲武弥くんと呼んでもいいですか!」
鷲武弥「いいですよ、俺も順奈さんと呼びますね。」
順奈「物凄い体格してますけど体育会系の部活に入る予定でもありますか?」
鷲武弥「特にないですね。」
順奈「じゃあ吹奏楽部へ行くっていうのはどうです?」
鷲武弥「順奈さんがそう仰るならついていきますよ。」
順奈「やった! それでは早速行きましょう!」
彼女の笑顔も美しかった。順奈さんについていくまま音楽室についた。扉を開けて「失礼します。」と声を掛けた。
「見学ですか?」
鷲武弥「はい。初心者のド素人ですので見学させていただきます。」
「うん! 好きなだけ見ていって!」
こうして順奈さんと部活が終わるまで見学していった。「失礼しました。」と声を掛けて退出する。順奈さんの顔を見る。何というか…不満気というか…イラついてるというか…何か思う所があるようだ。
鷲武弥「どうでしたか? 吹奏楽部?」
順奈「下手だね。あれじゃ先が思いやられるよ。」
鷲武弥「そうなんですか?」
順奈「あ、言い忘れてたけど私、中学3年間吹奏楽部だったの。パーカッション担当。」
鷲武弥「パーカッションとは何ですか?」
順奈「打楽器のことね。シンバルとかドラムって言ったらわかるかな?」
鷲武弥「はい、わかります。それにしても…中学3年間の経験者から見て下手だとは…どうします? 入部します?」
順奈「うーん…他にやることもないしねぇ…入部する!」
鷲武弥「じゃあ俺も入部します。」
順奈「いいの? そんなに簡単に決めちゃって?」
鷲武弥「興味のある楽器もありますし後は努力で何とかします。」
順奈「『興味のある楽器』って?」
鷲武弥「サックスというやつです。」
順奈「サックスも何種類かあるけど…?」
鷲武弥「え⁉ そうだったんですか⁉ アパートに帰ったら調べてみます!」
順奈「アパートって…独り暮らし?」
鷲武弥「はい。」
順奈「どこかから引っ越してきたの?」
鷲武弥「はい。」
順奈「ワケあり?」
鷲武弥「うーん…まあ…そうですね…。」
順奈「聞いてもいい?」
鷲武弥「話すと長くなりますよ、あ、俺こっちです。」
順奈「私はこっち。話したくなったらいつでも聞くから! それじゃあね! バイバイ!」
同姓同名とはいえいきなり名前呼びの関係になってしまった。あんなに美人な女子と。とにかく考えるのは止めて走って帰った。例の如くジャージに着替えて運動しまくった。後始末を終えてノートPCで検索した。楽器の目星はついた。後は楽譜の読み方を頭に叩き込んだ。頭がボーっとしてくる。枕に頭を置いて目を瞑った。順奈さんの顔を思い浮かべた。意外と早く眠りについた。
翌日、目が覚める。頭痛と倦怠感。我慢して起き上がる。歯磨き洗顔を済ませて走って登校した。早く来すぎた。体育館で筋トレして時間を潰した。教室へ向かう。順奈さんは…いた。
鷲武弥「おはようございます。順奈さん。」
順奈「おはよう! 鷲武弥くん! 楽器決まった?」
鷲武弥「アルトサックスという奴で間違いないと思います。」
順奈「それならまあ…外れではなさそうね。」
鷲武弥「早く吹きたいですね。楽譜の読み方は頭に叩き込んだので。」
順奈「あはは、まだ入部もしてないのに気が早いね。」
鷲武弥「初心者のド素人ですので。放課後が待ち遠しいです。」
放課後になった。音楽室に入り入部届けに名前を書いた。一応振り仮名も書いておいた。松本先生という副顧問だという先生がいらっしゃって滝先生なる顧問の御方が明日いらっしゃるそうだ。それから小笠原晴香さんという優しくて温和そうな先輩が部長だと自己紹介して楽器紹介に移った。既に俺の楽器は決まっていた。サックスパートに集まり説明を受けていると鮮やかな音色が音楽室に響き渡り僅かに沈黙が走った。あの女子は…いきなり入部した女子だ。経験者でかなり上手いと見た。楽器は違うが彼女のようになりたいと思った。
翌日、部活。1年生による机出しの作業から始まる。机の上に逆さに机を置いて2個同時に運ぶ。女子たちから奇異な視線を受ける。この運び方は誰にでも出来るわけではないらしい。
順奈「凄い勢いで作業してたね。」
鷲武弥「初心者のド素人ですので役に立てることは何でもしたいです。」
順奈「無理しないでね。」
鷲武弥「はい。」
そのうち好青年然とした男性が入ってきた。この男性が滝先生なる御方だろう。始めに部の目標を決めることになった。先生は『全国大会出場』と書いた。これが去年までの部の目標だったらしい。先輩方の反応も薄い。先生は×印をつけて『全国大会出場』に決めて厳しい練習をするか、楽しい思い出を残すために緩くやるかどちらかを求めた。副部長の提案で多数決を取ることになった。結果『全国大会出場』に決まった。俺もそっちに手を挙げた。やるなら思いっきりやりたい。それから練習…とはいかなかった。先生は「合奏できるクオリティになったら呼んでください。」と言って立ち去った。楽曲は海兵隊なる曲だそうだ。早速アルトサックスを手に取って吹いてみた。部長や親切な先輩の指導の下、どこを塞げばどんな音が出るのかは理解した。海兵隊の譜面を見てひたすら練習した。褒められた。嬉しかった。部活が終わっても居残り練習した。
「鷲武弥くん。」
聞き覚えのある声、目を向けると順奈さんが立っていた。
順奈「もう暗くなるよ。そろそろ終わりにしたら?」
鷲武弥「あ、本当だ。ごめんね待たせちゃって。」
帰り支度をして順奈さんと一緒に帰った。
順奈「初心者のド素人とは思えないほど上達していってるわね。」
鷲武弥「そうなの? よくわからないかな。」
順奈「その調子で頑張ってね、応援してる。」
鷲武弥「うん、頑張る。ありがとうね。」
順奈「こちらこそ、助けてもらったお礼もしてないのに…。」
鷲武弥「それなら忘れちゃっていいよ。大したこともしてないし。」
順奈「君に助けられなかったらどうなってたか…想像しただけでゾッとする。だから大したことしてないなんて言わないで。」
鷲武弥「はい。」
順奈「本当にわかってる?」
鷲武弥「わかってますよ。すみませんでした。」
順奈「謝られることでもないんだけど…もっと自信を持った方が良いと思うよ!」
鷲武弥「うーん…難しいですね…。俺は人との距離の取り方がわかりません。今こうして順奈さんと会話していますがこれも適正な距離感なのかなって思ってしまいます。気分を害したようでしたら申し訳ございません。」
順奈「せっかくタメ口になったと思ったら敬語に戻ってるし…過去に何があったの? それと関係あるの?」
鷲武弥「あるかもしれません。」
順奈「聞きたい。」
鷲武弥「湿気た話ですし楽しいものでもないですよ。俺もあまり思い出したくないです。」
順奈「私に話したくないなら話したくなるような相手ならいいってことよね?」
鷲武弥「…? そんな相手がいればの話ですが…?」
そして順奈さんと別れた。翌日、早朝。朝練のために早く学校へ向かった。職員室に滝先生がいてくれ!と内心祈った。滝先生は…いた!
鷲武弥「おはようございます。お疲れ様です。滝先生。音楽室の鍵を受け取りに参りました。」
滝「お早いですね。どうぞ。」
鷲武弥「初心者のド素人ですので早く滝先生の求めるクオリティになりたいです。では行ってきます。」
音楽室で黙々と海兵隊を吹きまくった。もう譜面も暗記して合奏練習するくらいしかやることがなくなってしまった。ぶっちゃけ飽きた。ふと思い出した。バッグを漁る。いつか吹けたらいいなぁと思っていた曲。その名は『il vento d’oro』 楽譜を見ながら吹いていく。まだ暗記していないのでページをめくっては演奏してまたページをめくる…の繰り返しだ。どうにか最後まで吹いた。もうホームルームの時間になる。走って職員室へ行き滝先生は…いた。
鷲武弥「遅れてしまい申し訳ございません。鍵を返しに参りました。」
滝「海兵隊の他にもう1曲吹いていませんでしたか? もしよろしければ楽譜を見せていただけませんか?」
鷲武弥「あ、はい。少々お待ちください。こちらです。」
滝「……これを貴方が吹いていたのですか?」
鷲武弥「まだ譜面を暗記していないのでページをめくっては演奏するの繰り返しで拙い演奏になってしまいました。見苦しいものをお聴かせして申し訳ございません。」
滝「いえ、それでもいい音を出していましたよ。特にこのソロパートは見事なものでした。」
鷲武弥「勿体ないお言葉をいただき光栄の限りです。」
滝「もっと自信を持っていいんですよ。それだけの演奏をしたと思います。」
鷲武弥「初心者のド素人ですので早く滝先生の求めるクオリティになりたいです。では失礼します。」
一礼して職員室を出た。順奈さんと挨拶を交わす。笑顔が眩しかった。