逢魔が森の神父   作:SP_KEY_Z

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待ちに待った春

逢魔が森と呼ばれる深い森と、長い山脈に囲まれた場に、さして大きくもない村があった。

この地方の特色である長い冬もようやく終わりかけ

森のほとりにある背の高い教会には、ぽかぽかと暖かい日差しが差していた。

 

「…んだから、神父様 おらの何がダメかってんですよう」

聖堂の隅の懺悔部屋、一人の村人が告白をしている。

「…あぁ、そうだな」

衝立の向こうからあくびの音が聞こえたような気がする。

「おらが好きだぁ、言ったら逃げていっちまって…」

「…あんたに気が有るから嬉しかったんじゃねえのか?」

さも早く終わらせたいような、渇き切ったサービスの言葉。

「で、ですよねぇ!」

さも嬉しそうに顔を輝かせる村人。

「…で、おらはこれからどうしたらいいんでしょう?」

「あ゛?」

少し苛ついたような返事。

「だ、だって村で一番娘っ子におもてになる神父様なら、いいお知恵を…」

ボリボリと音がする。

「……北北西、がいいんじゃないか?」

「…へ?」

村人、まばたきふたつ。

「だ、か、ら北北西って出てるぜ オミクジっていう東洋の思想でな、霊験あらたかだ」

「…へ、へぃ、わかったような、よくわかんねぇような…」

「あんたにゃ難しかったかもしれんな… ま、金貨一枚でいいぜ」

カーテンの向こうからにゅっと飛び出す手。

「え、ええ!?、高すぎなんじゃ…」

「高い?、俺の貴重な昼が潰れたんだぜ? …まあパイプの葉でもいい、一級のな」

「パパパパイプぅ!?」

そういえば先ほどから辺りが少し煙たい気がする。

「宿屋の親父、値段上げやがってな…」

「…あのぉ神父様、さっきから何やらパイプくせぇような…」

「一級のお香だよ あんたにゃわからんかもしれ…」

言葉の途中、ごんっと鈍い音。そして引っ込む手。

「…気になって覗いてみたら、…ちょっとは真面目にやりなさいよっ!」

衝立の向こうから女の子らしき大きな声。

(…こ、この声はハルお嬢さんかな…?)と、村人。

「…痛ってえな、いきなり後ろから脳天に肘落とすんじゃねえ!」

「あ~らごめんなさい、わ、ざ、と、だ、か、ら!」

ぎゃあぎゃあと聞こえる怒声に呆然とする村人。

「おほほほ…、主は北北西がよろしいと仰いますようですわよ」

(あ…この声はシスター・ハクかな?)と、村人。

「とにかく、貴方に神のご加護のあらんことを…、アーメン」

「…へ、へぃ!、アァメン!」

でれんと鼻の下を伸ばす村人。

「あんたは今日のお昼ぬき!」

「あぁん?、激務に励む俺様をねぎらう心はねえってのか!?」

「まぁまぁお二人とも、もうお止めになって…」

到底終わりそうにない言い争いに、所在を無くした村人が声を掛ける。

「…じゃ、おらけぇりますんで…」

「帰れ!!」「帰りなさいよっ!!」

「まぁ…お二人とも大きなお声…」

一目散に逃げ出す村人。

出口まで辿り着いた時、両開きの扉が勢いよく開き、もんどり打って倒れる。

「こんにちは!、神父にーさまー!!」

「こんにちはっ!、にーさま遊ぼー!!」

「げごふっ!」

二人の少女が元気よく自分の腹を踏みつけていった。

「あっ、ゴメーン!」

緑髪の少女は気付いたらしい。

怒鳴られたし、扉で思い切り鼻を打つし、続け様に腹を踏み潰されるし

さっさと退散せねば何が起こるかわからんと、四つん這いののまま去っていった。

 

「こんにちはミクさん、コハルさん。お昼はお済みですの?」

にこにこと二人の手を取るハク。

「うんっ!」「だから遊びに行こー!」

早く早くとハクの手を引っ張る二人。

「ごめんなさい、私達がまだですの。それに…」

「…あんたには言いたいことがたっっっくさんあるわ!」

「…そうか、俺は別に聞く耳持たんが、な!」

困り顔で懺悔室の前を見つめるハク。

「神父兄様とハル姉様またケンカしてるー!、いけないんだー!」

きっ、と妹を見つめるハル。

「コハル、ちょっと大事な話があるからミクちゃんとそこで遊んでなさい!」

「はーーい!」

ミクとコハルは聖堂の椅子をぐるぐると駆け回り始めた。

きゃあきゃあと響く子供たちの喚声をよそに、ハルの説教は続く。

「パイプなんか吸ってたくせにお香とか…、神父が嘘ついてどうするのよっ!」

仁王立ちで、びしっと神父に指を向ける。

「仕事をさぼってまでの女々しい振られ話など付き合ってられるか あれで構わん」

ふてくされ顔で懺悔室の椅子にもたれる神父。

「…それにあんな高いお金を求めるなんて、ここの評判が悪くなるでしょ!?」

「まぁまぁハルさん、お二人がお待ちですしそろそろお昼に…」

「…それにハクお姉様も!」

ハルの指先が向き直り、矛先が回って来たとたじろぐハク。

「ちょっとお酒臭い!、今日は子供たちが集まる日じゃないけど止めてよね!」

「おほほ…、何のことかしら?」

とぼけ顔のハク、普段から赤い目がさらに紅か味を増すからすぐわかると言うのに。

「…もー、こんな人たちとは思ってなかった!」

もう何度言ったかわからないほどの台詞とため息。

「大きなお世話だ」

もう何度繰り返したか覚えていないほどの赤目の神父の言葉。

 

教会に務めて3年目になるが、ハルは正しく言うと修道女ではない。

都の中央修道会にて聖なる誓いを立てておらず、その立場はあくまで見習いである。

10歳の時、どうしてもこの教会のお手伝いをしたいと(そして修道服を着てみたいと)懇願し、

また、その働きぶりも周囲が感心するほど献身的なものがあった。

もっとも、誓願を立てていないのは赤目の神父も同じであったのだが。

現在この教会で正式な修道者は、都から10年前に派遣されてきたハクのみである。

 

「でもハルさん そんなにかっかとなさってたら可愛らしいお顔が台無しですわよ?」

閉じた両手を頬の脇に添え、にっこりと世辞をひとつ。

「お、お姉様ってば……、ご、ご飯の支度してくる!」

真っ赤になって食堂へ走り去るハル。

「単純なヤツだ」

肩をすくめる神父と、大成功と微笑むハク。

「神父兄様たち、まーだー?」

そわそわと後ろから声を掛けるコハル。

「あぁ済まん、これからだ 俺の作ったパンもあるが食べていくか?」

「兄様の美味しいパン!」

目を輝かせながら万歳をするコハル、ミク。

「あら、それならおやつがわりに持っていきません?」

「ここでも食べるし、丘でも食べるのっ!」

まぁ、とハク。おやおや、と神父。共にミクの頭を撫でる。

「あ、ずるーい わたしもそうする!」

ぴょんぴょんと跳ねるコハル。二人に頭を撫でてもらうと嬉しさに顔をほころばせる。

「えへ…」

子供たちの手を取るハク。食堂へ向かう一同。

「でもあたし、シスターのパンって食べたことがなーい」

急に立ち止まるハク、涙目で語る。

「……神父様って、…わたくしより…、お料理お上手ですの……」

「…ミクちゃん!」

青ざめるミクの腕をつねるコハル。

「いたた! ご、ごめんなさい!!」

「ま、嗜む程度だ」

軽く言い放つ神父、激しく沈む空気。

「…みんなー、準備できたわよー!」

救いのようなハルの言葉。

「ほ、ほら行くぞ 食事も神の与えたもうた大切な仕事だ」

「…シスタ~、ごめんなさぁい」「…元気出して~」

「ふふ、大丈夫ですわよ」

さっきから二人、ハクにべったりである。

(まるで俺が悪者みたいじゃねえかよ…)

神にもすがりつきたい気分の神父であった。

 

昼下がり、村の中央を走るなだらかな道を歩む神父ら一行。

先頭にはミク、コハルと手を繋ぐハル、元気に歌う3人。

"Mary had a little lamb,Little lamb, little lamb,Mary had a little lamb...♪"

その少し後にはハクがバスケットを抱え、黒い帽子を被った神父と並んで歩く。

向かいから荷馬車がごとごとと音を立て近づいて来る。

乗り手の老人が一行に気付くと荷馬車を止め、ぺこりと頭を下げた。

「よぉ、神父さん方とお嬢ちゃんたち お散歩かい?」

「よう、サム爺さん」「こんにちは」

「こんにちは!」「こんにちは、サムじいちゃん!」

「うんっ、丘に遊びに行くの!」

ほっほっほと笑う老人。

「おぉおぉ、みんな元気でいいのぉ」

「こらコハルっ、ちゃんと挨拶できないとダメでしょ!?」

コツンと軽くコハルの頭を叩くハル。

「えへへ…、おじいちゃん、こんにちはでごめんなさーい」

ぺろりと舌を出すコハル。

「えぇよ、えぇよ 村長のお嬢さん方にそんなかしこまられたら儂が困っちまうわい」

一同の笑い声が響く。

ぴょこんと御者席に飛び乗るミクとコハル、荷台を覗き込むとその目を丸くする。

「わぁ~…」「麦の種いっぱーい!」

「そろそろ種蒔きの準備をせんといかんでな…」

麦わら帽子を被り直すサム翁。

「もうそんな季節ですのねぇ」「精が出るな、爺さん」

「今年もいいのが採れるよう祈っておくれ。神父、シスター」

「……私は?」

ぶすっと老人を見つめるハル。

「ほっほっほ!、もちろんハルお嬢さんもじゃよ!」

こりゃいかんといった風に皺だらけの額をぴしゃりと叩く。

笑い転げる子供たちに、堪えるのが大変そうな神父とシスター。

「…ほら二人とも、お爺さんの邪魔しちゃダメだから降りましょ!」

まだ少し納得いかない顔でミクとコハルを抱き降ろすハル。

「さて、そろそろ行くかの」

「俺たちも行くか」

「…神父、ようやくうちの孫も読み書きができようになったでな… ありがとうよ」

帽子を軽く揚げる神父。

「…別に感謝される謂われはないぜ じゃあな、サム爺さん」

はいよっ、と馬に鞭打つサム翁。荷馬車が再び音を立て進み出す。

「サムじいちゃーん、またお店に来てねー!」

振り返りながらミクに手を振るサム翁。

一行は、しばらくその場で老人を見送った。

 

道の脇を流れる山脈から続く美しい川、その向こう側に麦畑が広がる。

短い暖かな時期を利用して育てられ、収穫時にはまばらに建つサイロを満たし、

その質の良さから村の重要な収入源として都市と取引される。

特にこの村産の麦で醸造されたエールは絶品であり、

村の酒場に納品され出すとシスターの目を輝かせるが、それはまた別の話。

 

次第に周囲に草原が多くなる。

前方から、身なりの良い中年男性の姿が近づいてくるのが見えた。

「あっ、父様ー!」

突然コハルが走り出し、村長に飛びついた。

「おお、コハル どうした、こんなところに」

「うん、姉様とみんなで丘に遊びに行くの!」

小さな指で後ろの面々を指差すコハル。

村長が飛びついたコハルを地面に降ろし、一行の目前まで近づいた。

「村長さん、こんにちは~」

ミクは笑みを浮かべ、軽やかにお辞儀をする。

「村長様、ご機嫌麗しゅう 神のご加護がありますように……」

続いてハクが祈りを捧げるように深く頭を下げた。

「うむ、宿屋の歌姫さんに優しきシスター 神の加護あれ」

神父は村長の手前、一応帽子を取り一礼する。

「……そちらの偏屈な神父殿も、お元気そうで何よりだ」

村長が皮肉を言う。

「フン、お互いにな」

神父は帽子を被り直した。

「お父様? ……こんな村外れで何してるの?」

「これ、ハル。ちゃんと挨拶なさい、お前はお姉さんだろう?」

村長が人差し指を横に振る。

「……ごめんなさい こんにちは、お父様」

「うむ、よろしい、ハルよ 羊の数を牧場に尋ねてきたところだ」

確かにこの先には羊飼いの牧場がある。

「あっ!、蝶々ー」

ミクとコハルは川原にある草原の蝶を追いかけ始めた。

「今年は例年よりも暖かい、良い予兆だ しかし、よろしからぬこともある  今朝方、商人を名乗る者が私を訪ねてきた」

「どちらからお越しになられた方ですの?」

村長の言葉にハクが尋ねる。

「それが、聞いたこともない土地の名だった 麦を独占し通常よりも高く売りさばこうとする詐欺の類の輩であろう、私は丁重に断り追い帰した」

「……お疲れ様です、お父様」

「何この程度 村のためならば厭わない ……そういえば、遊びに来たのだったな」

村長が川原で遊ぶ子供たちを見る。

「二人とも遅くなる前に帰るんだぞ、森の魔に吸い寄せられないように!」

「はーーい!!」

やっと話は終わったのかと、嬉しそうにこちらへ駆けてくるコハル、ミク。

村長が道を歩み出す、交差したときに神父を睨め付け低い声を発する。

「お前ももうこの村に来て長い、教会の主としてその身を慎むことだ……」

 

小さな共同体というものは、多かれ少なかれ、よそからやってくる者を拒もうとする風潮がある

この村にも、ほんの僅かながらそういった人々がいた

 

「……!」

拳を握り締め、がばりと振り向く神父。

その場に緊張が走る。

「……神父様っ」

ハクの両手が神父の拳を包む。

わけがわからずに戸惑うコハル、ミク。

「…父様、…兄様ぁ…?」

「…村長さん、怒ってたの…?」

不安そうにハルの袖を掴む二人。

「……だぁいじょうぶ!、大丈夫だから!」

素っ頓狂なハルの声。そしてミクとコハルの手を握り締める。

「お父様ね、ちょっとお忙しくて神父様に相談に乗ってもらってたの!」

「…え…でも」と、ミク。

二人の目線の高さまで屈みこむハル。

「…私の言うこと、信じてもらえないのかな~?」

悲しげな顔。

「…ううん!、そんなことない!」と、コハル。

「…あ、お姉ちゃん!、ごめんなさい!」と、ミク。

凛と立ち上がると、精一杯の笑顔で丘の方向を見つめるハル。

「ありがとう! じゃあ丘まで競争よ、一番の子にはパンをひとつ多くあげるわ!!」

突然大きく手を叩き、走り出すハル。

「あぁ!、姉様ずるいーー!」

「ハルお姉ちゃん、それってふらいんぐー!」

慌てながらハルを追いかける子供たち。

しばらくあっけに取られていた神父、ハク。

「は、ははははははは……」

「おほほほほほほほ……」

握り締めた手も、包んでいた手も、いつしか互いに腹を抱えて笑い合う。

「…やられたな」

ボリボリと頭を掻く神父。

「一芝居打たれましたわね…」

涙を拭うハク。

「あーーーっ、羊さーーーん!!!」

「いっぱい、いっぱいいるー!!!」

緩やかな坂の上から、風に乗って賑やかな声が聞こえてくる。

「…俺たちも行くか ゆっくりと」

「…えぇ」

三人の足跡を追い、歩き始める神父、ハク。

「今度、嘘つきシスターとでも呼んでやろうか」

「まぁ、本当に食事抜きにされてしまいますわよ?」

穏やかな風が二人の前髪を揺らす。

 

(そうか…、あれからもう5年も経つのか…)

 

 風が、風が強くなる。

 暗い森の中、冷たい風が吹き荒ぶ。

 (もっと早く抜けられるかと思ったが…)

 赤い目をした男が、向かい風に逆らいながら歩いている。

 手を放すと、マントが吹き飛ばされてしまうかのような嵐。

 時折フードに入り込む風に、耳が千切れそうになるほど痛くなる。

 だが何よりも心をくじかせるのは、風の音。

 樹々の間を通り抜け不気味に共鳴するそれは、まるで妖しげな呪いの言葉のようであった。

 (…何なんだ、…この森は、…まるで、…これは…)

 

  殺意

 

 どくん、と心臓が波打つ。

 突然、闇雲に何かを振り払うかのような仕草で暴れ始める。

 足元の木の根に気付かずに、つまづき男は倒れ込んだ。

 「……くたばってたまる、か…」

 荒く息を弾ませながら立ち上がると、かっと前方を見据える。

 (…もう、…かなり、近い…)

 明かりの中に聖母の姿が映っている。

 吸い寄せられるように、男はそこを目指し再び歩き始めた。

 

 「…風が、随分強くなりましたわ」

 修道服姿の白い髪の女性が言う。

 「ふむ、こんな夜には森の魔が激しく騒ぎます 灯し火を強めましょう、シスター」

 高齢の、しかし上品な雰囲気を漂わせた神父が丁寧な口調で答えた。

 「はい、神父様。旅人が迷わぬように…」

 食事を終えたばかりの二人、手早く片付けを終えたのち倉庫へと向かった。

 聖堂の扉が開く、巨大な蝋燭を抱えた神父とシスターが見上げた先

 2階、いや3階とも言える高さだろうか

 蝋燭の大きさに見合う金色の燭台が、壁に備え付けられていた。

 中心から十等分に枝分かれした受け皿には、今は6本の蝋燭が灯されている。

 燭台の対面には、これまた巨大な聖母の姿を象ったステンドグラスがあり、

 教会自体が、まるで灯台のような造りとなっていた。

 「いかがいたしましょう、神父様?」

 「全て灯しましょう、そして早急に祈りを…」

 頷くシスター、その時教会の入り口の扉が大きな音を立て開いた。

 「きゃあ!」「む!?」

 悲鳴を上げるシスターと、入り口を見据える神父。

 聖堂中に嵐の音が響き渡る。

 一人の男が両手を真横に開き、肩を大きく弾ませいていた。

 「……何者ですか?、答えなさい」

 震えるシスターを抱きかかえ、尋ねる神父。

 「…驚かせて済まない、…宿を、…教えて…」

 力無く腕を下げると、前のめりのまま覚束ない足取りで歩み出す男。

 「旅人…?、森を抜けて来たのですか?」

 3、4歩も進んだ後、急に片膝が落ち椅子に体を預ける、が、

 意識も落ちてしまったのか、そのまま動かなくなる男。

 「いけません!」「あぁ!」

 男の方へ駆け出す二人。

 「もしもし、もし!。旅の方どうなされました、旅の方…」

 男に触れた時、おろおろとし出すシスター。

 「あぁ…、こんなに冷えきってしまって…」

 強い風のせいで閉めるのが困難な扉、神父は全体重を預けやっとの思いで閂をかる。

 「食堂にまだスープの残りがありましたね?、暖炉に薪をくべて温めるのです!」

 「…は、はい、神父様」

 「あと私の部屋から毛布を! この方は私が運びます、急ぐのです!」

 「お願いしますわ、神父様!」

 自分の頬をぴしゃぴしゃと叩き、奥の部屋へと走り出すシスター。

 胸の十字架に手を添え息を整える神父、改めて男を見つめる。

 少し雑然としているも、きちんとされた身なり。不精髭を生やすも、整った顔立ち。

 夜盗の類の胡散臭さは全く感じられない。

 男を運ぼうとその手を取った時、驚くほどの冷たさに気付く。

 (何故こんな冬の始めに 無理な旅を…?)

 

 教会の食堂にて。

 暖炉の前の席に座り、皿から温かなスープをすくう男。

 テーブルの両脇にはシスターと神父が座っている。

 温和な顔のシスター、先ほどまでの戸惑いは見られない。

 男がスープを頂く前に祈りを捧げる仕草を見たからである。

 「でも良かったですわ、大事に至らなくて…」

 「本当に申し訳ない…、食事まで頂いてしまって…、できる限りの礼はさせてもらう…」

 人差し指を横に振るシスター。

 「そんなことよりも、お代わりをお持ちいたしましょうか?」

 「いや、もう出るから構わない この村に、宿屋はあるか?」

 答えようとしない二人。困り顔の男。

 「…もし差し支え無ければ…、何故貴方は危険な旅を?」

 神父の問いに、しばし答えあぐねていた男だが

 「…行くあてなんてない、………だが…」

 重い口調で続ける。

 「もう長い間探している… 寒さを凌げる場所を…」

 暖炉の薪木の弾ける音が響く。

 神父は2度、3度頷いた後、静かに言った。

 「…そうですか ならばここに腰を落ち着けなさい」

 狐につままれたような表情の男。

 「貴方はついに探し当てたのです、何処よりも暖かき場所を…」

 笑顔の神父、ぽんっと手を打つシスター

 「名案ですわ!、神父様もお歳のことですし、常日頃男の方の手も欲しいと考えていましたの」

 ひどく焦ったような顔ばせで、シスターを見つめる男。

 「…何故 そんなたやすく見ず知らずの俺を…?」

 「心配ご無用ですわ こちらはジョゼフ神父、悪しき者は決してこの地に立ち入らせません」

 コホンと咳払いをするシスター。

 「…申し遅れました、私はシスター・ハク よろしかったら貴方のお名前も…」

 おもむろに、頭を垂れる男。

 「俺の名はデル……」

 長い前髪に隠れ表情こそ見えなかったが、その声は微かに震えている。

 「兄弟に、神の御加護のあらんことを…」

 神父とシスターは緩やかに、かつ恭しく十字を切った。

 

 こうして、風変わりな男が教会に住み着いた。

 

刻は戻る。

 

草原に座り食後の祈りを捧げる一同と、空っぽになったバスケットと、立て掛けられた神父の帽子。

なだらかな傾斜の丘、その付近には一休みするのにちょうど良い平坦な場所がある。

「ごちそうさま~、お腹いっぱ~い」

銀製の小さなカップに入った水を飲み干すミク。

「そりゃ昼を取った上に、あれだけパンも食えばな…」

ミクとコハルに挟まれ胡坐をかく神父、呆れ顔で言った。

「わたしもお腹いっぱーい ありがとう、兄様」

神父に祈りを捧げるコハル。

「コハル、今日のお夕飯残したらお母様に言いつけるからね」

神父の対面にハクと並んで座るハル。

コハルに水筒から汲んだ水を渡しながら言った。

「だ、大丈夫、食べられるもん!」

そんなやり取りに笑みをもらすハク、皆で摘んだ花をせっせと編んでいる。

「あー、ちょっと眠くなっちゃったぁ」

神父の片足に、こてんと膝枕するミク。

「お、おい」

「わたしも、わたしもー」

もう片足に膝枕するコハル。神父の顔をじっと見つめると、はにかみながら笑い出す。

「ん?、俺の顔に何かついているか?」

コハルの頭に手を置き尋ねる神父。

「えへへ、こうしてると神父兄様のお顔が近くで見れます…」

言葉を失い、ボリボリと頭を掻く神父。

「だからコハルちゃん、兄様がいつも言ってるじゃない『よく食べ、よく遊び、大きくなれ』って!」

「…まぁ、ミクはもう少し手習いを頑張れ お前の場合はよく学べ、も追加だ」

得意満面のミクを、ひやかすように説き伏せる神父。

「兄様ひっどい!、いいもん、父さんは『女は頭の良さより気立てのよさだ』って言ってくれてるもん!」

頬を膨らませ、どすんと神父の膝に頭を乗せるミク。

「いててて…、今日はとんだ災難だぜ…」

 

いつの間にか眠ってしまったミクとコハル。

「…あんだけ人を引っ張り回しておいて、勝手なもんだ」

言葉とは裏腹に、優しく二人の頭を撫でる神父。

「まぁ、何か掛けてあげる物を持ってくればよろしかったかしら?」

「…いや、いい このまま長く眠りこけられたら俺がかなわん…」

冗談を言い合う二人をよそに、悄然としてうつむくハル。

「ふう…神父にお姉様 さっきはごめんなさい」

「どうしましたの、ハルさん?」

怪訝そうにハルを見やる神父とハク。

「…お父様のこと コハルやミクちゃんの前であんなこと言わなくてもいいのに…」

三角座りのまま、身を縮こませるハル。

「いきなり何だ?、忘れていたぜ、そんなこと」

神父の言葉に頷くハク。

「お父様ね、コハルのことになると目の色変えるから…」

ハルにそっと身を寄せるハク。

「何か思うところがありますのね 聞かせていただけますかしら?」

「うん…昔、村の人の話を聞いてしまったんだけど、

お父様って私が男の子として生まれてくるのをすごく期待してたらしいの…」

「ふむ…」「まぁ…」

「それからは、どんなに厳しいこをと言われてもずっと言うこと聞いてきたわ 

私が女の子だからって、がっかりなんてされたくなかったもの…」

黙々と語りを聞き届ける二人。

こんなにも意気消沈したハルを見るのは初めてであった。

「でもコハルが生まれてからは…、それに生まれた時にあんなことがあったでしょ? 

コハルのことがとても愛おしいみたいで…」

少し冷たい風、草原に吹く。

「家にいると、いっつもお前はお姉さんだから、お姉さんだからって言われるばかりで…」

「…もしや、ハルさんが教会に通うのは…」

ハクの問いに言葉をうわずらせるハル。

「う、うぅん、教会は好きだから!、……でも、…それも、ちょっとあるか、な…」

「…何を言い出すかと思えば、年長者を厳しく躾けるのはどこの親でも同じこと 

それ程までに思い悩むなどお前らしくもない、バカバカしい」

ぐっと涙を堪え、膝に顔を埋めてしまうハル。

「…いけません神父様、…でも、ハルさんはコハルさんのことがお嫌いなのかしら?」

耳打ちできるほどの近さで、そっとハルに囁くハク。

「ううんっ、大好き! コハルも私のこと大好きって言ってくれるもの!」

がばっと顔を上げ声高に訴える。目を見ればわかる、それは嘘偽りのない言葉。

むずかる子供たち。しかし再度寝息を立て始めるのを見ると、胸を撫で下ろす神父。

「…それならばよいのです さぁ、そんなお顔をしていては駄目…」

バスケットから取り出したナプキンで、ハルの涙を拭うハク。

「ごめんなさい、お姉様ぁ…」

先ほどまでの自分に恥じ入ってしまったのか、鳶座りになるとハクの膝元にしなだれかかるハル。

「少し、そのまま目を閉じていてくださる?」

「…?」

不思議に思うも、言われるままに目を閉じる。

「さぁどうぞ、正直な貴女にご褒美ですわ」

頭の上に、ふんわりとした感覚。何かを確かめたくて起き上がる。

「おぉ…」

心ともなく感嘆の声をもらす神父。

ハルの頭に、白詰草を編んだ花冠が乗せられていた。

両手で花冠を高く掲げ陽の光にかざすと、白亜のごとき輝きが清楚な色どりを際立たせる。

「…きれい ありがとう、お姉様」

淑やかに冠を被り直すハル。ハクが小さく拍手をしながら言った。

「ふふふ、まるでお姫様のよう…」

これもまた嘘偽りのない言葉。

「お姉様ったら…、そんなことばっかり…」

頬を染め顔を背けるハル、その拍子に偶然神父と目が合う。

銀色の髪に白い花冠がよく似合い、とてもあでやかで可愛らしい。

「ま、馬子にも衣装ってヤツだな…」

落ち着かなく目を逸らす神父。

油断した隙に、姫様の平手打ちが往復した。

 

ハルとコハル、この姉妹には村はずれの教会に対して特別な想いがある。

 

 デルと名乗った男が教会に居つき半年ばかり経った頃、深夜の教会。

 どんどんと入り口の扉を叩く音、それと共に女の子の叫びが響く。

 「…あけてぇ!、あけてぇ!」

 閂の外れる音、中より現れたのは雑用を行っていた赤目の男だった。

 一人の女の子が夜着のまま、目を真っ赤に泣き腫らしている。

 「…お前は確か村長の娘? どうした、こんな時間に明かりも持たず!?」

 頃合を同じくして、奥の間からジョゼフ神父とシスターが駆けてくる。

 「妹が、妹が生きられないかもって…、お祈りさせてぇ…、お願いしますぅ…」

 その場に泣き崩れるハル。

 「村長のお嬢さん? 落ち着いて、どうか落ち着いてご説明を…」

 「お祈り、お祈りさせてぇ…」

 ひどく取り乱しており、とても神父の問いに答えられそうにない。

 「神父様、確か村長様の奥様が産み月近かったはずですわ」

 「妹が…、泣いてくれないの…、お婆さんが…、この子は駄目かもしれないって…」

 「あぁ…、神よ…」

 屈みこみ、むせび泣くハルを抱き寄せるハク。

 「よからぬ事態のようですね 村長宅へ赴きましょう、皆さんご準備を…」

 「…できている!」

 いつのまにか奥から戻ってきていた男。

 その手にランタンと僅かばかりの医具の入った鞄を抱えている。

 「…ありがとうございます、さあ参りましょう」

 「お待ちくださいまし、神父様!」

 奥の間へ走るハク、やがて厚手の上掛けを持ってやってきた。

 「さぁハルさん、これを着て そして貴女のお家へ参りましょう…」

 ハルにおぶさるよう、背を向け促すハク。

 「妹にお祈りしてくれるの…?」

 「もちろんですわ! 貴女のご家族も共に、皆でお祈りを捧げましょう…」

 安堵の表情を浮かべ、ハクの背中へ飛びつくハル。

 「ありがとう…、ありがとう」

 

 前年、この地方を襲った天候不順による大凶作は、この村にも流行り病いや飢饉などの被害を及ぼしていた。

 

 村長の家が近づくと、ハルはハクの背中から飛び降り、大急ぎで駆け出して扉を叩いた。

 「お父様、あけて!、お父様!」

 中よりどたどたと走る音がする。

 扉が開くとランプを持った村長が血相を変えながら言った。

 「ハル!、こんな真夜中にどこに行っていた!?」

 「ごめんなさいお父様!、皆様が来て下さったの!」

 ハルの振り返った方へ向き仰天する村長。

 「おぉ…、神父様にシスター、それに従僕の男…?」

 言葉を発さず祈りを捧ぐ神父たち。

 「…修道見習いの方ですわ、村長様」

 「あ、ああ、申し訳ない、気が動転していて、…ささ中へ、こんな夜分に感謝いたします…」

 ハクの言葉に落ち着きを取り戻すと、村長は一同を中へ招き入れた。

 一同の荷物を預かろうとするハル。

 「いや、これはいいんだ」

 赤目の男が鞄を渡すの断ると、ハルは客間へと駆けて行った。

 「お嬢様からお話は伺いましたが、お産まれの子のご様子は…?」

 苦渋の顔を見せる村長。

 「妻がようやく落ち着いたばかりで…、2階です」

 階段を上り、半開きの扉から明かりの漏れる部屋へ入る。

 村長夫妻の寝室と見られるその部屋では、夫人が呆然とベッドに伏せっていたが、

 神父の姿を見止めると破顔の表情を見せる。

 「あぁ…、神父様…」

 村長と共に夫人の傍らに立ち、その手をそっと取る神父。

 「感謝いたします、神父様 どうか、どうか我が子をお救いくださいまし…」

 「…お気を強く保つのです、奥様 お産まれの子はどちらに…?」

 手を離すと両手で顔を覆い、すすり泣き始める夫人。

 「今、産婆が連れてくるはず。どうぞお掛けください、神父様」

 神父の背後に椅子を持ちかける村長。

 神父が一礼し腰掛けた後ハクと赤目の男に視線を送るも、

 共に首を横に振り寝室の隅に控える二人。

 やがて廊下から人の歩く音がしだし、産着に包まれた赤子を抱きかかえた産婆と、

 目を潤ませながらランプを持つハルが現れた。

 産婆は隣のベッドの上の揺りかごへ赤子を寝かすと、悲痛な面持ちで語り始めた。

 「予定より早く産まれたこともあるけど、小さな子でねぇ…、何度産湯に浸からせても、

 尻を叩いてもぐったりとしてしまっているのさ…、せめて産声でも上げてくれればねぇ…」

 夫人のすすり泣く声が響く、母の手を取り傍らに寄り添うハル。

 「神父様、無茶な願いとは存じますが、この子に救いを…」

 「どれ…、失礼いたします」

 村長の言葉に頷き、赤子を抱きかかえ立ち上がる神父。おのずと周りに集まる一同。

 最初はあまりの軽さに固い表情を見せていた神父だが、

 赤子の声を聞くように首を傾けると、にこやかに笑い、言った。

 「…大丈夫、この子は必死に生きようとしています…」

 片手を天に掲げる神父。

 「主よ、この幼な子に導きあれ!」

 そのままゆっくりと手を下ろし、赤子の顔を見つめると十字を切り、その額に祝福を与える。

 「こんばんは、お嬢さん」

 瞬く間に赤子は大きな、大きな産声を上げ始めた。

 「おぉ、おぉ、元気な子だ…」

 目を見張る一同。

 「ハルお嬢さんの妹だから、コハルさんとお呼びしましょう おぉ…とても元気な子だ…」

 慈愛に満ち足りて赤子をあやす姿は、さながら子羊を抱く主イエス・キリストのようであったという。

 

 その翌日、高齢の神父はその生命を全て赤子に与えたかのように、静かに、眠るように、息を引き取った。

 

 亡くなる直前のジョゼフ神父の間。

 朝食中に突然倒れた神父。直ちにベッドに運ばれるも、急激に容態が悪化したため、

 その場に居合わせることができたのはハクと赤目の男、一番に知らせを受けた村長とハルのみであった。

 「…目が霞んでまいりました…」

 何度も瞬きながら、十字架を見つめる神父。

 「ああ神父様…、わたくしは、わたくしは、これからどうすれば…」 

 ベッドの傍らに跪き、激しく嘆き続けるハク。

 「…悲しんではなりません、シスター この定めから逃れられる者などいないのです…」

 「…しかし、我が子をお救いいただき、名までお与えくださったばかりだというのに…」 

 村長の言葉の終わらぬうちに、ベッドの脇に駆け寄るハル。

 「神父様ぁ…、妹にも、コハルにも…お唱や、お花や鳥たちの名前を教えてあげて欲しいのぉ…」

 「あぁ、ハルお嬢さん。貴女はとても利発で学ぶことに熱心な方でしたね…、いつまでも…、姉妹仲良く…」

 神父の言葉から徐々に力が失せていく。

 「…どうか皆様、お顔の見えるところまで…」

 「…!」

 村長と共に傍らへ駆け寄る赤目の男。

 安堵の表情浮かべる神父、男の手を取り十字架を預ける。

 「…短き間ながら、貴方のご奉仕に感謝いたします… どうか、私の代わりに教会とシスターを……」

 「なっ…!?」

 愕然とする男。そして、神父の手が落ちた。

 

 「…できるわけがない! 俺は神父どころか、修士の道など踏んだことすらない! 

 そんなヤツに任せようなんてどうにかしている!」

 「…でも、でもいつ遣わされるか分からない代理の方を待つよりも

 貴方に跡を継いでいただきたいのです… それくらい神父様も、貴方を信頼なされておりました!」

 憤然としながら歩く赤目の男、ひたすら追いすがり訴えかけるハク。

 数刻後、悲しみに暮れながら続々と教会に訪れ、神父の死を悼む村人たち。

 休憩と称して場を抜け出した二人、裏庭にて神父の遺言について言い争っていた。

 「そんなつもりは毛頭ない! …それに、あんたは都から神父とここに来たんだろう? 

 こんな田舎にいるよりも、戻った方があんたのためなんじゃないのか?」

 頑なに拒み続ける男。

 「…私は、この村を愛しているのです…、離れたくはないのです…」

 対して、そっと男の手を取るハク。

 「それに貴方はここを離れたとして、行く所がお在りなのですか…?」

 上目使いに、切なく男へ問いかける。

 「…よせ、誰かに見られていたらどうする …俺とてあんた方に救われたことには感謝している 

 だが、俺が神に仕えるなど…」

 「どうか、どうかお願いいたします…」

 手を振り解かれるも、涙ながらに訴え続けるハク。

 「…どうしても…、やれと言うのか……」

 

 最後には諦め顔でハクの訴えを呑み承諾した。

 これに村長は、歳が若すぎる上に、一方は得体が知れぬ男女が教会という場で暮らすことに猛反対した。

 しかし、男が務めを完璧にこなす様を見ると、渋々ながらしばらく様子を見ることにした。

 思いのほか博学で、かつ常識も持ち合わせおり、すんなり村人と馴染んだ新たな神父であった。

 だが、過去を問われると固く口を閉ざす事、そして時折見せる無作法な振る舞いを煙たがる者も少なくはなかった。

 

 いずれにせよ、ハルはあの日見た光景に強い憧れを、コハルは救われたことに深い感謝の念を、共に教会に対して抱いていたのである。

 

再び、刻は戻る。

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