逢魔が森の神父   作:SP_KEY_Z

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女の場合、男の場合

「こんなとこに居たのね…」

宵闇が真近に迫りそうな頃、丘に座り込んでいた神父に語り掛けるハル。

「…俺のお目付けか、ご苦労なこった」

振り向こうともせずに素っ気無い返事。

ふぅと小さくため息を吐くハル。神父から少し離れた場所に並ぶと、茜色に染まる草原に座り込んだ。

「みんな昼間の噂で持ちきりよ 神父サマが辞めるんじゃないか、って…」

『様』のアクセントに軽く皮肉を込める。

「…知ったことか」

「この間はここで私にあんなこと言っておいて… あんたの方こそよっぽどだらしないじゃない…」

「…あぁ、俺は愚かな大馬鹿野郎だ…」

「いつもみたいに言い返すこともできないの? とにかく、早く戻りなさいよね…」

「…俺は所詮よそ者、戻る場所など…」

「あぁもぅっ!」

激高し、両手を振り上げながら立ち上がるハル。

びしっ、と神父に人差し指を向ける。

「いい加減にしてよ! あんたなんてハクお姉様が心配しなければ探しに来たりしないわ!」

ハルの剣幕を気にも留めない神父。

「…シスターのため、か」

「お姉様のためだけじゃない! ジョゼフ神父様が愛した教会のため! お守りくださったこの村のためだものっ!」

「…いい気なもんだな」

神父の赤い目が、叫ぶ自分を見据える。

憤りなのか、悲哀なのか、その表情はいまいち読み取れない。

「…リトル・シスター お前はもしこの村に大きな争い事が起こったらどうする?」

「はぁっ!?」

大げさに肩をすくめるハル。

ざあっと冷たい風が草原を揺らす。

「…何よそれ、言ってること全然わからないっ!」

ほぞをを噛みながら、ボリボリと頭を掻く神父。

「…そうだな、馬鹿げたことを尋ねて済まなかった」

うつむく神父、おもむろに立ち上がると服に付いた草を掃う。

「陽も落ち始めて肌寒くなってきた 早く帰れ」

重い足取りで丘を下りて行く神父。

「ちょ、ちょっとっ!、灯火の儀式はどうするのよっ!」

「任せる… 俺も、直に戻る…」

「…なんなのよ、馬鹿あっ!!」

 

日も落ちてからすぐの頃、教会の前で荷馬車に乗ったサム翁と談笑を交わすハク。

「…たくさんの蜜蝋をありがとうございます、サムワイズさん 蝋燭作りにとても助かっておりますわ」

「なぁに、うちの蜜蜂小屋の蜂どももぶんぶんと忙しそうに仕事をしておるでな この分ならまたすぐに届けることができそうじゃ」

「ほほほ…」

「それに、昼間の噂じゃが儂は信じん 神父はおのれの仕事をやりぬく者だと思うておる… 時に神父はどうしたんじゃ?」

「…それなのですが、ハルさんが夕刻にお会いになられたようなのですが、ひどく興奮されており要領を得られず、神父様も未だお戻りになられておりません…」

「クリフの小僧め!、余計な騒ぎを起こしおってからに… 話に聞くと娘よりもしょげかえっておるらしい!」

だんっ、と荷馬車の席をたたくサム翁、だがすぐに腰の痛みを訴え始める。

「いて、いてててて…」

「だ、大丈夫ですの!?」

「…ふぃ、儂もすっかり無理の効かぬ体になっちまったわい 困ったもんじゃの、シスター」

そう呟くと煌めく教会と、皺だらけになったおのれの手を交互に見つめる。

「…この景色もあと何度見られたものやら…」

教会に祈りを捧げるサム翁。

「そんなことを仰せられずに… 貴方よりもお元気な方はこの村にはいらっしゃいません、ですわ」

微笑むシスターに対し、麦わら帽子を外し一礼する。

「ありがとぅよ、シスター 儂はそろそろ行くとするか、…はいよっ!」

馬に鞭打つ音と共に荷馬車がごとごとと動き出す。

麦わら帽子を被り直すと振り向きながら手を振るサム翁。

「お疲れ様です いつまでもお元気で…」

遠ざかって行くサム翁の姿にに対し、十字架に祈りを捧ぐハク。

その後、教会内に入り、天井の聖母の姿を見上げると、

『…この景色もあと何度見られたものやら…』

先程のサム翁の言葉を思い返し、何とも言えぬ複雑な表情を浮かべる。

…が、おのれの頬をぴしゃぴしゃと叩くと奥の間へ、しずしずと入って行った。

 

教会の奥の倉庫にて、どかどかと乱暴に蜜蝋の壺をしまい込むハル。

「はあぁ~~~」

「…まぁ、大きなため息 そんなに気を抜いていると魔が忍び寄りますわよ」

「…あ、お姉様!、だってあいつって本当にわけがわからないんだもの」

苛つくハル、最後の壺をどかっと積み上げる。

「神父様のことですの? もう一度お聞かせいただけますか?」

ハルは夕刻の神父との一部始終を語り始めた。

「あのね……」

 

「……そんなことがありましたの…」

「私、物事をはっきり言わない態度って大っ嫌い!」

近くにあった木箱に両手を叩きつけるハル。

「はっきり言うと私もお父様と同じ! あいつがこの教会にいること自体、間違っていると思うの! 

言ったでしょ?、お姉様は私の目標だって! あいつにはそんなもの微塵も感じることはできないわっ!」

「…神父様も神に仕えるお立場の前に人の子、きっと何らかの事情がおありなのですわ」

「でもっ!」

「…そう、人には何かしら胸の内に秘めておきたいことがありますわ」

天を仰ぎ見ながら、何かを思いめぐらすハク。

「お姉様…?」

「…シスター・ハル、貴女だけに伝えたいことがあります」

「ど、どうしたの、急に…?」

戸惑いながら首を傾げるハル。

「今から言うことが、ご理解できるお齢でもあろうし…」

痛々しい程に張り詰めた表情のハク。

「わたくしは…」

そのただならぬ雰囲気に、ハルはごくりと固唾を飲み込む。

「…私は父親の無き子として産まれました 

母は美しさだけしか取り柄のない方で、都の街娼として日銭を稼いでおりました」

「…え?」

ふらふらと木箱に体を支えるハル。

「そんな母は身籠った命を堕ろす度に、教会へ懺悔に訪れておりました 

しかし、教会ではそのような者にまともに耳を貸そうとする方はおらず、唯一ジョゼフ神父様だけが真摯に母の言葉を受け止めておられていたのです」

ハクの瞳に涙が浮かび始める。

「ジョゼフ神父様の襟首にあった痣を覚えておられますか?」

「う、うん、確か…」

ゆっくりと修道服の頭巾を下ろし始めるハク。

現れた長い白髪をかきあげると、そのうなじにはジョゼフ神父と同じものであった痣の跡が。

「そ、そんな…、そんなことって…」

木箱を背に、その場にずりずりとへたり込むハル。

「母は唯一の心の拠り所であるジョゼフ神父、いえ、父にお言葉以上のものを何度も、何度も求め続けました 応じてくれなければ自死の道を選ぶとまでも… 

そしてある日、あろうことか父は母の求めに応えてしまわれたのです 

結果、母は私を身籠り、罪の意識から都から別の街へと逃げ出していきました 

その街で再び同じ道を繰り返し、かつ産まれた私を育て始めたのです…」

ハクが目を閉じる。ぽろりと雫になった涙と共にさらに語り続けた。

「しかし女手一つで、私を育てながら暮らして行くのには限界がありました 私が3つになる頃、母は病を患い治すお金も無くその命を閉じてしまいました 

母の元で泣き続けた私、その手が段々と冷たくなっていったことを、かろうじて覚えております… 

しばらくして、決して幸いと言ってよいかは解りませんが、噂を聞きつけ都から馳せ参じた父の率いるご一行が、ぼろぼろの服を着て、惨めに瘦せ細った私をお救いくだされたのです

都の施設にて数年不安な時を過ごした私は、ある日を境に修道院へと送られました 

そこであくまでも優しく、父は私に仰せられたのです 人前で決してその頭巾を下ろしてはいけないと…」

絶句し続けるハル、ハクがさらに続ける。

「中央修道会とは、貴女が思い浮かべるような場所では決してございません 

中央の乱雑な建物の中には、権威を肩におのれの正義のみを振りかざす方、他人を妬み密かに蹴落とさんとする方、お金の勘定ばかりに無我夢中であられる方… 

同じ道を向く方ばかりではなく、実に様々な方々がいらっしゃいます… 

そのような中で、私の秘密はいつまでも隠し通せるはずも無く唐突に暴かれ、父は糾弾されることになったのです 

けれども父は中央の次期の長たる幼きお方の支援役となるまでに至った方、論議の末に聖職を解かれることは無く、あくまでも追放という形で私と共に、この地に、この村に遣わされることとなったのです…」

床にひれ伏すハク、大きな声で涙を流し続ける。

「父母は咎人、そしてその元に産まれた私も咎人! 

いのちの書に我が名は無く、天上に送られることも決して無く、地獄の焔にその身をを焼かれるしか術はありませんわ! 

解りますか、ハルさん? 私は敬られるような身の者では無いのです 

軽蔑されるべき者、侮蔑されるべき者、唾を吐かれて当然であるべき者、赦されざるべき者なのですわ!」

胸元にある十字架をはじく。

「…お姉様っ!」

ハクの元まで近寄ると、その上身を抱き起こし、かつ抱きしめる。

「いけません! 貴女の御身が穢れてしまいますっ!」

「…誰が許さないなんて言ったの!? 

たとえ神様が言われたとしても、世界中の人すべてが言ったとしても、私だけは許すわ! 

ジョゼフ神父様と一緒にここにしてきてくれたことも忘れてしまったの!? 

私たちはとても感謝しているわ!、忘れなんかしないっ!」

ハルの瞳からも止めどもなく涙が溢れ出す。

「……ハルさん?」

「ずっと一緒よ!

お姉様が地獄に堕とされるならば私も一緒に行く!、どんなことがあっても着いて行くわ! 

ずっと、ずっと一緒なんだからっ!、これからもずっと!」

ハクを抱きしめる腕に、ぎゅっと力がこもる。

「これ以上悲しいこと言われたら私、お姉様のこと嫌いになってしまいそうよ…… 

だからもぅ自分を責めないで、いつものお姉様に戻って、そぅ約束してちょうだい、お願い、おねがいよぉ……」

ハルを優しく、包み込むように抱きしめる。

「…………はい」

涙に暮れ続けるハルへ、声を絞り出すようにして頷く。

「……お約束いたします……」

誓いの言葉。

「ありがとう…、ありがとう」

感謝の言葉。

 

「船が着くぞおーーーーーっ……!」

カモメ達の鳴き声と共に、輸入船の船員の声が港に響き渡る。ここは都から遠過ぎもせず、近過ぎもしない海沿いにある港街。国の輸入出に携わる重要な拠点として大きく栄えていた。

港の桟橋には輸入船を迎え入れる若き頃の神父、いやデルと呼ぶべきだろうか者の姿、横には不細工で筋肉質な大男の姿。その後部には大勢の作業員が控えていた。

やがて船が到着すると、船尾の大扉が開き始め桟橋脇に着岸した。

船内から通関業者が現れるとこちらに歩み寄り、デルに積荷の書類を手渡す。全ての箇所に了承済のサインを記し終えると、業者に手渡し返す。

「はい、確かに こちらは控えとなりますので…」

再び書類を受け取るデル。業者が船内に戻るのを確認すると、大男が野太い声で腕に力こぶを作りながら言った。

「ほら、ここからは俺たちの出番だ 屋敷に戻ってくれ、若旦那様 

お前ら、積荷を降ろせぇっ!」

軽く会釈する作業員達、どかどかと船内へと乗り込んで行った。

「また俺をそう呼ぶのか? もっと親しんでくれてもいいだろうに…」

「いや、若旦那様は若旦那様以外にねぇ 早く戻りな、大旦那様がお待ちだろう?」

ボリボリと頭を掻くデル。

大男がにかっと笑いながら親指を立てるのを見ると、デルは振り返り片手を挙げながら屋敷へと歩き出した。

 

この港街で一番大きな建物に辿り着く。ここは一代で港一の大立者に成り上がった、貿易商の父が建てた屋敷。

よそからあそこは阿漕な事ばかりをやっていると囁かれていたが、デルは気にも気にも留めず、ただ日々の仕事をこなす事のみを考えていた。

大扉を開きメイド達の挨拶を受けると、父の書斎へ歩んだ。

「ただいま戻りました、父上 作業は滞りなく進んでいます」

でっぷりと太った身体で椅子に深く腰掛ける父。

デルに鋭い視線を投げかけると、机に置かれた書類を取り隅々まで目を通す。

「…うむ」

深く頷くと、そのまま書類を隣に立っていた執事に手渡す。

「毎度ご苦労 相変わらず仕事が早いな」

「いえ、俺だけの力ではありません 今時は作業員たちが仕事を終えている頃合いだと思います」

「わはは! 我が家は当分安泰だな、なぁクレセント」

「はい、仰せのままに、大旦那様 書類の管理はお任せください、若旦那様」

クレセントと呼ばれた長身長髪の執事は、左目に三日月の模様が入った不気味なアイパッチを付けていた。元無頼漢と云われ、過去に一人で海賊船を全滅させたとの噂を持つが、父はこの男をいたく気に入り右腕として扱っていた。

だがデルはこの男の全てを見透かしたかのような、見下げているかのような右目の妖しい輝きを、心の奥底では嫌っていた。

「お前も今夜のパーティに出席しろ、デル」

父の言葉に頷き、クレセントに対し浮かんだ苛立ちを抑える。

「………はい、これで失礼します。父上」

 

日が落ちて夜間、パーティ一色に染まる邸内。

月に何度か開かれる催しは、港町の金持ち達が集まり、その度に大きな盛況を呈していた。

正装で参加したデル、その瞳の鋭さは父譲りのもの。そして上品な雰囲気を漂わせた姿は、都の下級貴族の四女に生まれ政略結婚の道具として屋敷に嫁いだ母から授かったもの。

幼き頃から何事もそつなくこなす事が出来た。

父の過剰過ぎるまでの期待に応えるが為、その力を遺憾なく発揮してきた。

それ故に面倒事に巻き込まれる事を嫌い、常に冷めた目つきで世を拗ねた者のそぶりを演じてきた。

だが何時しか偽りの仮面は顔面にこびりつき、その下にあった筈の素顔を今となっては思い出せずにいた。

金持ちの誰もが我が娘を嫁にと申し出してくるが、これは毎度の通過儀礼のような物。

パーティが終わる頃、父が一番自分を称えた金持ちの娘をデルの夜伽に宛てがわんとして、それにやむなく応じ一夜を過ごす。

だがデルは気付いていた。相手の娘達はおのれの背後にある金のみしか考えていない算段である事を。

寝床にて口にしたパイプを吸い終えるデル、寝息を立てる娘の隣に再び横になると、

「これも仕事だ…」 と呟き目を閉じた。

 

再び輸入船が訪れた日、早い時間の桟橋に何故か大男の姿は無い。

いつも一番に顔を出す筈なのに、今日に限ってはそれが無かった。

「どうします?、若旦那」

「…仕方ない お前たちだけで荷降ろししろ」

作業員達にそう命じると、デルはいつも通り屋敷を目指し歩み始める。

だがしばらく歩くと、突然背後から女の大きな悲鳴が聞こえた。

何が起こったのかと桟橋辺りに駆け戻るデル。

桟橋には黒人女性の母子を無理矢理に倉庫へ連れ込まんとする作業員達の姿が。

「…ちっ、猿ぐつわが外れちまった!」

「…何やってんだ、テメェ! 早くしろ!」

「…それもこれもあの木偶の坊が居やがらないから!」

作業員達が腕ずくに母子を引きはがす。

言葉は分からなくとも、恐らくその悲鳴の意味は分かる。

 

娘の名前を必死に叫び続ける母の声。

 

母の元へ必死に戻ろうとする娘の叫び声。

 

(これは…、奴隷売買…!?)

作業員の一人がこちらに気付くと、薄ら笑いを浮かべながら近寄り言った。

「おや、見てらしたんですか? …このことは他言無用ですぜ、わ、か、だ、ん、な」

確かに積荷の書類には何も記入されていない箇所があった。だがしかし仕事を早く終わらせるため、深くは考えずに了承のサインを記した。それがまさか、まさかこのような有り様であったとは…。

奴隷売買は国から罪として禁止されている。突然くらくらと頭が揺れると、その場にがっくりと膝を突いた。

 

作業員達に直ちに荷降ろしを止めるように指示を出した後。屋敷に戻ると入り口に部下と衛兵達の言い争う場を見い出し、即座に身を外壁の横に隠す。

(…これは、事が明るみに出たのか? …しかし早すぎる!?)

何とか外壁を飛び越え邸内に忍び込む。屋敷に入り父の書斎へ歩み始めると、表から部下達と衛兵達の激しく剣を打ち合う音が聞こえた。

滅多に見せない焦燥感が顔に浮かぶ。

(こんなことなど有り得ない、父を問いただす! 何故こんな悪事を働いたのかを… 事の次第でによってはっ…!)

書斎の扉を乱暴に開けると内部に驚きの光景を見た。

そこには父の心臓にナイフを刺し入れたまま、荒々しく息を弾ませる大男の姿が。

「父上っ…!?」

2,3歩歩み寄ろうとすると、大男がナイフを引き抜きこちらを睨み付けてきた。

「お前も俺を馬鹿にするのかっ!? …お前もっ!」

明らかな殺意を感じ、引き下がろうとするも大男の方が一足早くおのれの体に組み付いてきた。

「待ってくれ! 何があった!?」

理解が追い付かず叫ぶも、力で適う筈もなく、馬乗りになられると大男がナイフを振り上げる。

「…お前も殺してやる!、…お前もっ!」

人が人を屠らんとする際の眼差し、その何という凄まじさ。

ナイフが振り下ろされんとする。だが人は絶望の淵に信じられぬ力を発する時が有る。

ナイフを払いのけようとした手が、大男の手を猛烈に叩き、弾き飛んだ刃は大男の頸動脈辺りを深く切り裂いた。

「ぐわぁぁぁぁぁっ…!」

首筋を押さえながら何度も床をのた打ち回る大男、だがその眼差しは変わらない。

「お前を憎んでやる…! があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…!」

震えながらも何とか立ち上がり、大男に駆けよらんとした際、背後に部屋に踏み込む足音が聞こえ振り返る。

「クレセントッ!?」

「ちっ!」

部屋内の様子を見ると激しく舌打ちをするクレセント。

その悔しげな目付きを見るとデルは彼奴に殴り掛からんとした。

「これはお前の差し金なのかっ!?」

だが突然に彼奴の姿が消える、直後デルは後頭部に強烈な衝撃を感じた。

「ぐはっ!」

「…まさか小賢しき貴様が残るとはな…」

薄れゆく意識の中、衛兵達がなだれ込む鎧の音と、彼奴の物言いが聞こえた。

「…まこと計算外であった」

そのまま、闇の中に落ちて行った。

 

一連の事件が終わった後、デルは罪人として捕らえられた。

母は都の下流貴族の実家へ引き取られる事となった。

「それでは、母上 お元気で…」

後ろ手を縛られたまま面会を果たす。

「どなたか存じ上げませんがご親切にひひ、ひーひひひひひ……」

元来気弱であった母は父の亡骸を見た後、気が触れてしまっていた。

これより天涯孤独の身となり、家族と呼べる者は全て失った。

デルは拘束されたまま、都の裁判の場へと馬で護送された。

「では、罪人よ 汝は国の法を犯し穢れた行為を行った事を認めるか?」

(こういう輩にはバカの振りをして黙っておいたほうがいい… そうすればヤツらは呆れ果てて何も言わなくなる…)

黙秘を貫いたデル、死の宮と呼ばれる重罪を犯した者が送られる場に収監された。

思う所はただ一つ、どうにかクレセントに一矢報いたかったが、何も果たせぬまま日は過ぎた。

ある日死者が乗せられた手押し車が牢屋の前を通ろうとする。

覆いに隠された荷台からは一つのアイパッチが落ちた。

(三日月っ…!? あんな悪趣味な物を付けたがるヤツは一人しかいない! 俺は何も果たせぬままヤツは死んだのか…!? あれ程までのヤツが本当に逝ったのか…!?)

数日後、裁判の末にデルは罪の張本人では無いとされ釈放される事となった。

生家の財産はあらかた没収されたが、屋敷に居た頃よりは少な過ぎすぎるも、だが一人の者が持つには多過ぎる金銭を持たされ世に放たれた。

重い荷物を背負いながら都の中を歩くデルの背中を、馬に乗った役人と首輪を付けられたクレセントが見つめていた。

「何故、奴を弁護するような真似をしたのだ? 貴様が得することなど何も無かろうに?」

「くくく 奴は己のしたたかさのみで危機を乗り越えた。それを褒めてやったまでよ」

役人の問い掛けにクレセントが答えた。

「言っておくが妙な真似は起こすなよ 貴様は悪徳商人を潰し財産を没収する為だけに、生きることを許された大罪人なのだからな」

「くくく このように無様にされた者に今さら何を言う?」

クレセントは片腕と片足を失った場所に、取り付けられた義手と義足を見せ付けた。

「失敗を犯した者に科された罰だ 余り付け上がるな」

「くくく 今まで散々こき使ってくれておいて、よくそんなことが言えたものだ」

「貴様にはこれ以降、相応しい責務が科せられる 死の宮の守り人、にな…」

「くくくくく 今までの所業を想えば臨むところだ」

デルを見つめながらクレセントは考える。

(されど貴様がまことの困難に陥るのはこれからだ 精々足掻いて生きてみせるがよい…)

 

最初は都の隅に居を構えた。

しかし悪い噂と呼ばれるものは、余計な尾ひれを付け歪められた形で何時も巡り回るもの。

ある朝、窓をを開けた際に突然石が投げ込まれる。

「この親殺しめが!」 との叫びと共に。

額を割ってどろりと流れる血が目に入った時、目だけではなく、心の中にまでに痛みが染み入った。

これに留まらず、二度、三度、幾度居を変えても似たような迫害を受け続けた。

やがて魂は倦み疲れ果て、憔悴しきりながらも、不意に思い付いた。

(山脈を越えて他の国に行こう、おのれのことを誰も知る者がいない地へ)

そう考えながらも拠り所のない長い流浪の旅を続け続け、

(この辺りの国々の言葉なら大抵分かる、生きて行ける)

ついには死線を彷徨いながらも最果ての村に辿り着いた。

 

眠りの果てに時折り見るのは常々同じ夢。

 

『お前を憎んでやる…!』 の言葉、さらに凄まじき殺意の眼差し。

 

「…………うわあっ!!!」

ふと気が付けばそこは教会の中の自分の部屋。

夜も遅くなったため家に帰って行ったハルと、入れ違いに教会に戻って来ていた神父。

(…夢、か)

ばくんばくんと鳴り続ける鼓動。

落ち着こうと何度か深呼吸を繰り返すと、背後の扉をノックする音が響いた。

「…神父様、いかがなされました?」

(…シスター?)

「大きなお声が聞こえましたが…」

未だ夢虚ろなままの心持ちの神父。

「寝ぼけて椅子から転げ落ちそうにになってしまったみたいだ」

できる限り平静を装わんと、あきれるほど間抜けな返事を告げる。

「まぁ、お寝坊さんですのね 私は自室に戻りますわ」

何も答えぬ神父。教会の廊下をつかつかと歩き出すシスター。

(嘘つきですのね、神父様 悪夢に囚われておられていたのでしょうに…)

胸の前の十字架を掲げるため両手を組み祈りを捧げる。

(せめて貴方が背負い続ける重く大きな十字架を 少しでも軽く小さくして差しあげることができたらならば…)

 

自室の椅子に深く座り直す。

再び思い浮かぶのは先程夢に現れた大男の姿。

妾の子として生まれた為、父から酷く疎まれていた。

愚鈍であったた為、父を父として呼ぶ事すら許されなかった。

けれど父に認められんとする為、日々必死に努力をし続けていた。

幼き頃は、共に港町を走り回りよく遊んだ。

母の焼いてくれた菓子を、共に食べる事もあった。

机の上に開き放しにされた聖書。

詠じ上げる毎に必ず手が止まる情景は、

"..Behold, thou hast driven me this day away from the ground, and from thy face I shall be hidden,

and I shall be a fugitive and a wanderer on the earth, and...and......"

詠じる言葉を詰まらせる。

過去をどんなに嘆いても、死者が戻る事などまず有り得ない。

ランプの灯火を落とす。

暗闇の訪れと共に、漆黒の沼の奥底に沈み落ちていくかのような感覚を覚える、

(俺はあの家を出て行くつもりだったんだぜ…)

幾ばくか愛着が持つ事ができたこの村からも、とうとう去るべき時が来たのだろうか。

(兄、さん…………)

 

ぱたん、と本を閉じる音がした。

 

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