中川菜々から優木せつ菜へ 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
翌日の日曜日、優木家とたけしくんの家、そして桜坂家の間で、大忙しの事後処理が行われました。
事の真相を知り、誠一さんは即座にたけしくんのご両親と連絡を取りました。
結果として、日曜日の午後に、たけしくん本人がご両親に連れられ、しずくさんの家を訪れて、深く謝罪することで、この騒動は一旦の幕引きを迎えることとなりました。
後に誠一さんから聞いた話では、しずくさんは、たけしくんの謝罪に対して、「もういいよ。ヨーテリーが元気になったから」と、穏やかな笑顔で受け入れたそうです。
本当にしずくさんはお優しい方ですね。
私なら、再発防止のための念書の一筆でも求めたいところですが…。
そんな不穏な考えを打ち消し、私はしずくさんの度量の深さに改めて感服しました。
そして月曜日。
週末の嵐が去り、いつものように穏やかな光が差し込む「ニジガサキポケモン幼稚園」の朝がやってきました。
朝の会が始まると、担任の先生がにこやかに園児たちを見回しました。
「おはようございます、皆さん。今日は週明けの最初の日ですから、この土日に『頑張ったこと』や『新しく決めたこと』がある人に、発表してもらいましょう。 誰かお話ししてくれる人はいますか?」
普段なら、元気自慢の男の子たちが我先にと手を挙げる場面です。
ところが、今日一番に真っ直ぐな右手を突き上げたのは、意外な人物でした。
「はい!」
「……っ!?」
私は思わず隣の席のしずくさんを二度見しました。
あんなに引っ込み思案で、人前で話すのを極端に避けていた彼女が、瞳を輝かせて挙手しているのです。
「あら、桜坂さん! 珍しいわね。さあ、前へ出てお話ししてちょうだい」
しずくさんはトテトテと教室の前へ歩み出ると、深呼吸を一つして、教室中の視線を一身に受け止めました。
「あのね…、土曜日に、せつ菜ちゃんが私とヨーテリーを助けてくれたの! その時のせつ菜ちゃんのバトル、すっごくかっこよくて。 だから私は、これから、せつ菜ちゃんと一緒にポケモンのことをいっぱい勉強して、小学校は『トレーナーズスクール』に通うことに決めました!」
凛とした、迷いのない宣言。
教室内が、一瞬の静寂の後にざわめきに包まれました。
……やはり、そのお話になりましたか。
私は自分の席で、顔が熱くなるのを感じて俯きました。
ふと教室の隅を見ると、たけしくんが小さくなってバツの悪そうな顔をしています。
彼にとっては、自分の失態を蒸し返されるような心地なのでしょう。
「まあ、素敵! 優木さん、それは本当なの?」
先生が感心したように私に視線を向けました。
「えっ? は…、はいっ! その…、及ばずながら、共により高みを目指そうと約束いたしました」
私の少々硬すぎる返答に、園児たちから驚きと感心の声が上がります。
「せつ菜ちゃんもしずくちゃんも、すごい! えらいね!」
「ねぇ、私にも教えて! せつ菜ちゃん、どうやって戦うの?」
「せつ菜はいつも図鑑を読んでるしね!」
無邪気な眼差しが、一気に私に集中しました。
昨日まで「変な子」だと思われていたはずの評価が、しずくさんの一言で、「ポケモンのエキスパート」へと反転してしまったのです。
「この年齢で、ポケモンについて自主的に学ぶ姿勢。 素晴らしいわ! それじゃ、せっかくだから、これからみんなで、ポケモンのことを楽しく学びましょうか!」
「は~い!」
園児たちが元気よく返事をします。先生は悪戯っぽく微笑み、私に視線を移しました。
「ふふっ。そうなると、今日からせつ菜ちゃんが、みんなの『ポケモン先生』ね!」
「……はい?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げました。
なぜ、私が講師する立場になるのでしょうか?
確かに図鑑の内容は一通り暗記しましたし、理論的な戦術も頭に入っています。
ですが、私は元々この世界の住人ではありません。
知識の深みや経験で言えば、現地の大人である先生のほうが詳しいはずです。
というか、私はポケモンのことを「学びたい」って言ってるんですが…。
……あぁ、なるほど。
これは先生による、私をクラスのコミュニティに強制参加させるための高度な教育的配慮なのですね?
孤立しがちだった私を、共通の話題でリーダーシップを執らせることで輪に入れようとしている…。
その意図を見抜き、私は溜息を飲み込みました。
…仕方ありません。
これも円滑な幼稚園生活、そして将来のスクール入学に向けた対人スキルの特訓だと思えば、安いものです。
「……承知いたしました。微力ながら、謹んでお受けいたします!」
ビシッと背筋を伸ばし、私は右手を胸に当てて深く礼をしました。
「……『謹んでお受けいたします』って、そんな言葉遣い、一体どこで覚えたのよ? 優木さん、あなた本当に4歳?」
先生が引きつった笑顔と、本気で戸惑ったような声を漏らしました。
周囲の園児たちも「つつしんで……?」と首を傾げています。
「……っ! よ……4歳ですよ! 大人びた本を読みすぎた弊害でしょうか?」
私は慌てて、これ以上ないほど子供らしい(と私では思っている)満面の笑みを作って誤魔化しました。
前世で生徒会長として培った演説の癖が、思わず漏れ出てしまったようです。危ういところでした。
こうして、私の幼稚園生活は、孤立した園児から、博識なポケモン先生という奇妙なポジションへと激変しました。
しずくさんは隣で「せつ菜ちゃん先生、よろしくお願いします!」と嬉しそうに笑っています。
……先が思いやられますが、悪くはありませんね。
さあ、講義を始めましょうか!
私は再び図鑑を開き、目を輝かせる子供たちの中心へと、一歩踏み出したのでした。